浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い。 浄土真宗と日蓮宗、また創価学会の違いを教えてください。特...

天台宗と浄土真宗の教えとの違い

浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い

今回「終活ねっと」では浄土宗と浄土真宗に関して以下のような事柄を中心に説明していきます。 浄土宗と浄土真宗の歴史• 浄土宗と浄土真宗のちがいについて 時間がないという方やお急ぎの方も、知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。 ぜひ最後までお読みください。 時代背景 浄土宗と浄土真宗は、平安時代の終わり頃に開かれました。 朝廷では摂関政治が幕を閉じ、院政が行われている時代です。 当時、寺院は土地や僧兵という武力を持っていて、朝廷にも発言できるような強い勢力になっていました。 院政を行っている上皇たちも、自分たちの権力を安定させるため、寺院を後ろ盾にしていたのです。 このように、当時の仏教とは、個々人を救済する宗教ではなく、国家の安定のために存在するものでした。 同じ時期、世の中には武士が台頭し始めて、治安が悪化していました。 庶民の間では「末法思想」という「この世は終わりだ」という考えが広まって、不安感が大きくなっていったのです。 浄土宗と浄土真宗の成立 浄土宗 浄土宗の開祖は、法然上人です。 法然上人は幼い頃より仏教を学び、天台宗の本山、比叡山で厳しい修行に励みました。 若くして勉学に励む法然上人は、周りから注目され期待されますが、自身が望むような真理に出会うことはなかなかできませんでした。 しかしながら、修業の中で出会った『往生要集』を熟読していくうちに、「阿弥陀仏の名をたたえて、念仏を称えれば極楽浄土に往生できる」という教えに感化されます。 そして、1175年、ただ念仏を称えれば誰でも平等に往生できるという、専修念仏の教えを説きました。 こうして、浄土宗が開かれたのです。 今までの仏教では、厳しい修業を行った者や財力や権力を持つ者だけが救われると考えられていました。 このため、「『南無阿弥陀仏』を称えれば誰でも平等に極楽浄土へ往生できる」という浄土宗の教えは、庶民から圧倒的な支持を得て広まっていきました。 日本で最初の、庶民に開かれた仏教の教えとも言えます。 浄土真宗 浄土真宗の開祖は、法然の弟子だった親鸞聖人です。 親鸞聖人が法然上人の教えを否定して、新しい宗派を作ったものだと勘違いされがちですが、実際には、親鸞聖人は法然上人のことを生涯に渡り尊敬しており、自ら新しい宗派を開こうと考えたことはなかったそうです。 法然上人の浄土宗が広まっていく中で、その人気を恐れた既存の宗派や朝廷が法然上人やその弟子たちを弾圧し始めます。 法然上人と弟子たちは各地に流罪になり、その中で弟子同士で法然の教えについて解釈に差異が生じていきました。 親鸞聖人も越後に流罪となったとき、「非僧非俗」という立場を取ります。 これは僧侶のような浮世離れした人間ではなく、今生きている人間に教えを説くというものです。 その一環として、親鸞聖人は越後で結婚をして、子どもにも恵まれました。 浄土真宗では、浄土宗を基礎にしながらも、解釈の異なる部分があります。 絶対他力 浄土宗・浄土真宗のいう「他力」とは、阿弥陀如来の本願力のことです。 浄土宗では、念仏を称えるという行いにより救われるという「他力本願」を説きますが、浄土真宗では、念仏を称えようと思ったときにはすでに救われているという「絶対他力」を説いています。 行いなのか、心なのかという違いがあるのです。 悪人正機説 人には皆悪いところがあるので、悪人ですら救われるという教えです。 肉食妻帯を認める どんな生き物でも、生きるためには殺生をしなければなりません。 また、次世代に子孫を残すためには、結婚することも必要です。 つまり、肉食妻帯はごく自然なことで、それを絶たなければ救われないというのは、逆に不自然だという考えによります。 浄土宗と浄土真宗の具体的な違い 同じく「南無阿弥陀仏」という念仏を称え、極楽浄土への往生を祈る両宗派ですが、違いはどこにあるのでしょうか? お経 両宗派とも、「浄土三部経」を教えのよりどころにしています。 浄土宗では他の宗派でも採用されている「般若心経」も読みますが、浄土真宗では読みません。 般若とは、智慧という意味です。 般若心経を読むことは、人間が仏の智慧を得てその道を進むことを目指しています。 けれども、浄土真宗では「絶対他力」という考えがあるので、人間が智慧を得る必要がないのです。 仏壇 仏壇の飾り方にも違いがあります。 大きく違うのは、ご本尊である阿弥陀如来の姿と掛け軸です。 浄土宗 阿弥陀如来は、舟形の光背のついたものです。 掛け軸は、向かって右側が「善導大師」、向かって左側が「法然上人」です。 浄土真宗 阿弥陀如来は、頭光と光背が付いているものです。 掛け軸は、向かって右側が「親鸞聖人」、向かって左側が「蓮如聖人」です。 まとめ いかがでしたか? 浄土宗と浄土真宗の関係性をご理解いただけましたでしょうか。 どちらも、平安時代から現在まで長く人々を惹き付ける宗派です。 今も昔も、人が往生を願う気持ちは変わらないのでしょうね。 「終活ねっと」では様々な記事を紹介しています。 鎌倉新仏教についても知りたい方は、こちらの「終活ねっと」の記事をご覧ください。 カテゴリーから記事を探す• 関連する記事•

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浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い

A ベストアンサー 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義 右派リバタリアン で、それ以後を新保守主義 ネオコン といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン 左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法 戦争など過激な改革を許容する を執ると言う主義 です。 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで 高福祉政策 」などが有ります。 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。 そして変える方向 変えない方向 が自由か統制かで分類できます。 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。 自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共... A ベストアンサー 「本尊」の定義とは、 ある宗派によって、本師・本仏として供養・礼拝する尊像のことであり、 一堂・一宇において供養される尊像の中心的なもの であろうと思います。 ANo. 2さまの回答は、このうちの「本仏として供養・礼拝する」対象という意味で「釈迦牟尼仏」とおっしゃったのだと思います。 お釈迦様がいなければ、仏教はなかったわけですから、お釈迦様を尊崇しない宗派は仏教ではあり得ないとは思います。 東大寺は華厳宗で、『華厳経』の教主は毘盧遮那仏で、それを本尊として華厳宗という宗派を立て、高野山や東寺が本山の真言宗は、『金剛経』『大日経』を中心に、大日如来を本尊として教義を広めているのです。 東大寺や東寺その他、各宗派の本山と呼ばれるお寺でも、塔頭はたくさんあり、塔頭によって祀られている本尊は違いますが、本山の中心的なお堂(本堂なり金堂なり)には、その宗派が依りどころとしている仏さまが本尊として祀られています。 そこで、本題の天台宗ですが、ANo. 1さまがおっしゃっているように、天台宗では特定の本尊を定めていません。 天台宗の中にはいろいろな教義(円教や密教、浄土など)があり、塔頭によって中心とする教義が違い、それによって本尊が決まっているようです。 ただ、その中でも、天台宗総本山比叡山延暦寺の中心といわれるお堂は「根本中堂」です。 その根本中堂には最澄が手ずから彫ったといわれる「薬師瑠璃光如来」が秘仏として祀られています。 天台宗の密教では、薬師如来を重要視した、真言宗とは少し違った教義を持っているようです。 先にも言いましたように、天台宗は特定の本尊を立てていないので、あくまで、根本中堂に祀られている本尊が薬師如来であって、天台宗の本尊という位置づけではないのですが。 智[豈頁]や荊渓湛然が中国の天台山でどのような本尊に向かってどのようなお経を唱えていたかは、専門家ではないのでよく分かりませんでした。 「本尊」の定義とは、 ある宗派によって、本師・本仏として供養・礼拝する尊像のことであり、 一堂・一宇において供養される尊像の中心的なもの であろうと思います。 ANo. 2さまの回答は、このうちの「本仏として供養・礼拝する」対象という意味で「釈迦牟尼仏」とおっしゃったのだと思います。 お釈迦様がいなければ、仏教はなかったわけですから、お釈迦様を尊崇しない宗派は仏教ではあり得ないとは思います。 安土宗論のことを指しているのではないかと思います。 天正7年(1579年)に、安土で、織田信長により、日蓮宗と浄土宗が宗教論争を行い、浄土宗の勝ちとされた事件です。 これは、当時京都及び堺などで勢力があり、「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」など他宗に排他的な日蓮宗について、意図的に浄土宗側の勝ちとした事件です。 信長は前々から日蓮宗を抑制しようとしていたようで、折りよく安土城下で布教活動を展開していた浄土宗に論争を挑んだ日蓮宗に対して、信長が関与して宗論を実施し、浄土宗側の勝ちとし、日蓮宗に今後の宗論を禁止させことをいっているのではないでしょうか。 日蓮宗はこの後、豊臣秀吉時代に秀吉の母の法要で、秀吉の布施を受ける、受けないで派内で争い分裂をする。 これが徳川幕府のもとで論争をすることになり、結局布施を受けないとした不受不施派は江戸時代を通じて弾圧されることになります。 (余談です) >華厳宗などの南都六宗などは中国伝来であり、今の『葬式』がなかったので、葬式を行うときは浄土宗の僧にお願いするらしいです。 「南都六宗」は仏教教学を研究するグル-プのようなもので、現代で言えば仏教大学に近い存在です。 信仰が異なる宗派や教団とは性格が違います。 ですから現在でも『葬式』に関与することは無いと思います。 法隆寺も葬式に関与せず、墓も無く、檀家も無いと聞いたことがあります。 仏教僧が今の『葬式』に関与したのは、戦陣の従軍僧のような存在であった時宗の僧に始まると思います。 >余談ですが、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、法華宗の日蓮、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元は皆天台宗の延暦寺で若い時期に修行し、宗派の開祖となっています。 その面では、天台宗が多くの宗派の母胎とも言えるのではないでしょうか。 (格付けではなく) 以上参考まで。 安土宗論のことを指しているのではないかと思います。 天正7年(1579年)に、安土で、織田信長により、日蓮宗と浄土宗が宗教論争を行い、浄土宗の勝ちとされた事件です。 これは、当時京都及び堺などで勢力があり、「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」など他宗に排他的な日蓮宗について、意図的に浄土宗側の勝ちとした事件です。 信長は前々から日蓮宗を抑制しようとしていたようで、折りよく安土城下で布教活... Q いつも参考にさせていただいております。 私たちは2人姉妹で嫁いでおり、実家には後継はいません。 私の主人の実家は浄土宗で10年前に主人が亡くなり地元にお寺と墓もあります。 妹は実家と宗派は同じですが、長男夫婦が関東に住んでいてこちらには帰ってこない予定で、次男ですが仏壇と墓を管理してます。 今まで実家のW市にある墓はお寺の近所に住んでいた父のお姉さん(嫁いでおり他の宗派)が実家の先祖代々の墓の供養をしてくださっていましたが、先日亡くなりました。 これまでのようにお墓の管理ができなくなったのと、父が亡くなった場合は実家の後継がいなくなるため、父が永代供養の相談をお寺(先祖代々檀家です)でしてきたそうです。 (母は3年前に他界してその墓に納骨しました) 父は亡くなったらその墓に遺骨して永代供養を希望して相談に行ったのですが、お寺に費用を尋ねても「お気持ちだけで・・・」とおっしゃるだけだそうで困っております。 また、お寺より「永代供養の期間」も教えて欲しいと言われておりますが、何年をお頼みするのが通例でしょうか? 母が亡くなった時に近所の宗派の同じお寺の住職さまに来ていただき、お盆はそちらの寺で供養をしていただいている事(一周忌・三回忌はW市のお寺・父は2つのお寺で自分の都合の良いように供養をしてもらってます)も、W市の寺で永代供養にした場合はどう対処したら良いかも教えていただけると助かります。 アドバイスをよろしくお願いいたします。 いつも参考にさせていただいております。 私たちは2人姉妹で嫁いでおり、実家には後継はいません。 私の主人の実家は浄土宗で10年前に主人が亡くなり地元にお寺と墓もあります。 妹は実家と宗派は同じですが、長男夫婦が関東に住んでいてこちらには帰ってこない予定で、次男ですが仏壇と墓を管理してます。 今まで実家のW市にある墓はお寺の近所に住んでいた父のお姉さん(嫁いでおり他の宗派)が実家の先祖代々の墓の供養をしてくださっていましたが、先日亡くなりました。 これまでのようにお墓の管理ができな... A ベストアンサー W市のお寺で永代供養を申し込まれる際の「お気持ちだけで・・」には本当にお困りだと思います。 永代供養と云うのは永久にでは無く3回忌以降続くであろう回忌毎のお勤めを何処まで続けるかと云うことを御住持は仰っているのだと思います。 しかし普通の人にとってはそんな事言われても・・・と戸惑いますね。 お宅が西本願寺派か大谷派(東本願寺)かは判りませんが、どちらの本願寺でも本山で「永代供養」と云っているのは「永代経扱い」であってずっと続く供養であり期間は無限と云って良いでしょう。 その場合の懇志金(納める代金)は5万円以上です。 (上は金額によって年間供養の回数が異なる) 普通、お墓を整理する時は(墓石業者に頼みます、値段は業者によってピンきり)墓地をお寺に返します。 お墓の権利と云うのは地上の(お墓の一区画、一坪は90センチ四方)使用権であって土地を所有していた訳ではありません。 余談ですがバブル時、京都の大谷墓地の権利譲渡は一坪1000万円以上でした。 貴女がそのお寺から聞かれている期間と云うのは3回忌から50回忌までの没後供養を何回忌までするのかと云うことなんです。 本山(東西本願寺)に収める場合は永久供養。 末寺なら何回忌までと決めるのが普通です。 金額に相場はありませんが33回忌までなら一つの目安として30万円が良い所だろうと思います。 但し収めたからと云ってお寺が供養してくれると言う保障はありません。 (新しい作られたお寺などは宗派を問わない、永代供養します、で大々的に宣伝していますがトラブルも多いそうです。 志納金だけ受けて供養しないなどの) 本山なら、納めた方々全体の供養を行事として行いますからその心配はありません。 また、其れにまつわる「納骨」に関しては下記をご参考に。 hongwanji. html なを、浄土宗だ禅宗だからと云って何処のお寺でも当寺は宗派が違うからと受けないという事は有りませんしお墓も作れます。 うちも門徒ですが墓地は古い日蓮宗のお寺に有ります。 多分大昔、応仁の乱以前は日蓮宗だったのかもしれません。 宗派代えは良くある事です。 失礼しました。 W市のお寺で永代供養を申し込まれる際の「お気持ちだけで・・」には本当にお困りだと思います。 永代供養と云うのは永久にでは無く3回忌以降続くであろう回忌毎のお勤めを何処まで続けるかと云うことを御住持は仰っているのだと思います。 しかし普通の人にとってはそんな事言われても・・・と戸惑いますね。 お宅が西本願寺派か大谷派(東本願寺)かは判りませんが、どちらの本願寺でも本山で「永代供養」と云っているのは「永代経扱い」であってずっと続く供養であり期間は無限と云って良いでしょう。

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数珠、念珠の宗派による違い|天台宗 真言宗 浄土宗 浄土真宗 曹洞宗 臨済宗 日蓮宗 曹洞宗(禅宗)等

浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い

浄土宗を開かれた法然上人の教えは念仏為本 浄土宗を開かれた上人も、浄土真宗を開かれた聖人もお釈迦様の説かれた仏教をそのまま伝えられ、内容も全く同じです。 ただ、教え方が異なりました。 浄土宗の各派は、浄土真宗も含めて、法然上人のお弟子が開いたものですので、それぞれ教えに違いがありますが、もっとも法然上人の教えの通りなのが親鸞聖人だったので、親鸞聖人の教えを浄土真宗と言われます。 法然上人の当時、それまでの山へ入って修行をする聖道門仏教に対して、法然上人は、によってこの世で絶対の幸福に救われる浄土門仏教を打ち立てられました。 これを「 念仏為本」(念仏によって救われる)といいます。 (この世で、というのは、法然上人43才のときです。 黒谷の報恩蔵の中で、中国のの観無量寿経疏の一文を読まれた時に救われました) ところが、 あなたはと称えたことがあるでしょうか。 もしあれば、称えたら救われたでしょうか? もちろん念仏さえ称えれば、どんな心で称えてもいいのではありません。 浄土真宗を明かされた親鸞聖人の教えは信心為本 親鸞聖人は、法然上人のお導きにより、29才の時、絶対の幸福に救い摂られました。 そして、念仏から別に信心を取り出され、どんな心で念仏を称えて救われるのか、より鮮明に明らかにされました。 これを「 信心為本」(信心によって救われる)といいます。 法然上人の「念仏為本」と、親鸞聖人の「信心為本」は全く同じです。 法然上人が、「 念仏為本」と言われたのは、財布が大事ということです。 親鸞聖人が、「 信心為本」と言われたのは、財布の中からお金を取り出して、お金が大事と言われたのです。 財布が大事と言ったら、普通は、中のお金が大事ということなのです。 ところが、財布が大事と言ったら、みんな形にとらわれたのか、お金を忘れて、からの財布を大事にしてしてしまったのです。 親鸞聖人は、そんな間違いのないように、財布からお金を取り出して、お金が大事と言われたのです。 親鸞聖人のご親切です。 法然上人の教えられた信心 しかし、法然上人も実は、信心で救われると説かれているのです。 法然上人の主著『 選択本願念仏集』には、こう説かれています。 まさに知るべし。 生死の家には疑いをもって止まる所となす。 涅槃の城には、信をもって能入となす。 法然上人が「 偏に善導に依る」と大変尊敬されている中国の善導大師は、絶対の幸福に救われた信心について、主著『 観無量寿経疏』に 「 堕つるに間違いなし」と疑いはれた「 機の深信」 「 助かるに間違いなし」と疑いはれた「 法の深信」 が同時に永遠にある「 二種深信」を説かれています。 も主著『 浄土論註』にこう教えられています。 称名憶念することあれども無明なお存して所願をみてざるものあり 念仏称えていても、助からない者がある 念仏を称える心を「 三信(他力)」と「 三不信(自力)」に分けられ、自力を捨ててに帰せよと教えられました。 「 八宗の祖師」「 小釈迦」とたたえられるインドのも、 を憶念して、即時に(この世で)必定(絶対の幸福)に入る と『 十住毘婆沙論』に説かれています。 このように、インド、中国、日本の高僧方は、教えられ方が異なっても、一貫して、お釈迦様が説かれた、すべての人が本当の幸福になれる道、信ずる一つでこの世で絶対の幸福に救われる教えを説かれているのです。

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