この世界の片隅に 太極旗。 この世界の片隅に (映画)

『火垂るの墓』『この世界の片隅に』は“反戦映画ではない”のか 高畑勲監督の発言などから検証|Real Sound|リアルサウンド 映画部

この世界の片隅に 太極旗

以下、ネタバレに属する事柄と思う。 先日、 直後に太極旗(現・韓国の国旗)が呉の街中に掲げられるシーンがある。 (言うまでもなく、現地に住んでいた が、ついに植民地支配から解放されるという意味でかかげたものである) 映画ではこれについてすずは何も言わなかったが、原作では「暴力で従えとったいう事か。 じゃけえ暴力に屈するいう事かね。 それがこの国の正体かね」という非常に重要な一言を述べている。 と書いたのだが、これは記憶違いで、すずは「何も言わなかった」のではなく、別のセリフを言っていた。 ちゃんともう一度映画を見直して確認したいが、「絵コンテ集」に書いてあるセリフを確かそのまま言っていたと思う。 そのセリフとは 「海の向こうから来たお米…大豆…そんなそんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。 じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」 である。 これ単体で見ると、終戦という一大事に直面して錯乱している様子がうかがえるセリフということになるが、しかし元のセリフと比べると、不可解な変更だと感じる。 「暴力で従えとったいう事か。 じゃけえ暴力に屈するいう事かね。 それがこの国の正体かね」 から 「海の向こうから来たお米…大豆…そんなそんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。 じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」 への変更。 はっきりとした論理性のある原作のセリフに比べて、映画のセリフは支離滅裂になっているという印象を持たざるを得ない。 いったいどうしたことか…。 (絵コンテにはこう書かれていたというだけの話なので、実際どう言っていたか、ちゃんともう一度劇場に足を運んで確かめるつもりだ。 ) この件に限らず、この作品における、「見たくないものの隠蔽」という側面から目を背けるわけにはいかないのではないかと思う。 太極旗が視認できるくらいだから、すずの生活圏には普通にいたわけだが、それは一切出てこない。 みんなの見たいものだけ見せて、それで「美しい映画!」と褒め合っているようでは、ひどい欺瞞である。 もちろん自分は、この映画がひどい欺瞞だとは全く思っていない。 唐突に登場する太極旗を見て、自分も含めて「しまった、彼らのことをすっかり忘れていた」と反省させられた観客は少なくないはずだ。 この映画の圧倒的な考証、リアリティーは、必ず人々をして「当時のことをもっと知りたい」という方向に向かわしむはずである。 そのような効果がありながら、やはり作り手の側にも「隠したい」という気持を抑えられないところがあったのではないか…と想像せざるをえない箇所はいくつもある。 もちろん、あらゆることを隠し偽りながら生きている平凡な自分が偉そうに言えることではまったくないけれど。

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昭和天皇の玉音放送に異議申し立てる片腕すず!! 最高視聴率と消えた太極旗『この世界の片隅に』第8話|日刊サイゾー

この世界の片隅に 太極旗

TBS系『この世界の片隅に』番組公式サイトより 昭和20年(1945)9月17日は、枕崎台風が日本に上陸した日です。 枕崎台風は終戦間もない日本を縦断し、甚大な被害をもたらしました。 とりわけ広島県の被害は大きく、死者・行方不明者は2,000人以上にもなりました。 こうの史代のベストセラーコミックの実写ドラマ化『この世界の片隅に』(TBS系)の第8話。 広島市から呉市へと嫁いだ主人公すずは、終戦と終戦直後の混乱期をどのように過ごしたのでしょうか。 TBS側の覚悟が問われた第8話を振り返ってみたいと思います。 (前回までのレビューは から) 8月6日。 広島市の上空に巨大なキノコ雲が出現し、その様子を呉市から見ていた北條すず(松本穂香)は広島市内で暮らす実家の安否が気になります。 数日後、元看護婦のハル(竹内都子)が広島市へ救助活動に向かうと知ったすずは同行させてほしいと頼み、長い髪をばっさりとハサミで切って決意のほどを見せます。 でも、空襲で右手を失っているすずは、あっさりと同行を断られてしまいます。 広島市から爆風に飛ばされ、北條家の庭の木に宙ぶらりんになっている破れ格子戸を相手に「うちは強くなりたいよ。 優しくなりたいよ」と呟くすずでした。 8月15日。 現人神として崇められてきた昭和天皇による玉音放送がラジオから流れてきます。 ラジオの声がひどく聴き取りにくいのですが、堂本のじいちゃん(塩見三省)によると日本はどうやら戦争に負けたようです。 このとき、昭和天皇の周辺ではどんなことが起きていたのか気になった人は、松坂桃李が血気盛んな青年将校を演じた実録映画『日本のいちばん長い日』(2015)をぜひご覧ください。 とりあえず、空襲の心配はもうしなくていいわけです。 でも、右手を失っているすずだけは一人で怒声をあげるのでした。 「最後の1人まで戦うんじゃなかったんか? まだ左手も両足も残っとる。 まだ戦えるじゃろ!」 すずがぼーっとしている間に日本は日中戦争、太平洋戦争を始め、耐乏生活を強いられ、そして兄・要一(大内田悠平)は南方の戦場で玉砕し、小学校に入ったばかりだった姪っこの晴美(稲垣来泉)は空襲で命を絶たれました。 巡洋艦青葉に乗って呉港を襲う米軍機と戦った水兵の水原哲(村上虹郎)も、遊郭街で働いていた白木リン(二階堂ふみ)も、すでにこの世の人ではなくなっていると思われます。 この世界の真ん中にいる人たちによって戦争は始まり、すずの大切な人たちを奪い、そして戦争はもう止めると言い出したのです。 すずにはこの世界を動かしている偉い人たちがあまりにも身勝手に思えて仕方ありません。 すずは右手を失ったことで、もう得意の絵を描くことも、亡くなった人たちの思い出を絵の世界に甦らせることもできなくなりました。 すずにとっての終戦記念日は、生き残ることができたという安堵感よりも、大切な人たちとの生と死の境界線がはっきりと引かれたつらい1日となったのでした。 地面に突っ伏して泣くすずの頭上に、ふいに幻影のような右手が現われ、すずの頭を優しく撫でては消えていきます。 一体、誰の右手だったのでしょう。 すずの頭をいつもグーで殴っていた兄の要一でしょうか。 まだ幼かった晴美が大人になった手でしょうか。 それとも怒りで全身を震わせることなどなかったイノセントだった頃のすず自身の右手でしょうか。 いや、それとも……。

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【韓国の反応】「この世界の片隅に」を見た韓国人「恐ろしいほど上手く洗脳したね」

この世界の片隅に 太極旗

この映画「この世界の片隅に」の予告編に「悲しくてやりきれない」が流れてきたときも「おやっ」と思いました。 私の青春時代、フォークの名曲として誕生したこの歌は大好きですが、歌のモチーフとなったのは当時の日本では放送禁止歌になっていた「イムジン河」(朝鮮半島の河)だったからです。 その辺りの話は映画「パッチギ」にも登場しますね。 映画「この世界の片隅に」の中でのヒロイン・すずは、行間を読むと、どうやら在日との設定みたいですね。 すずは広島・呉に嫁ぎますが、日本海軍の軍港だったそこは何度も空襲されます。 絵の好きな彼女が丘の上から港を描いていると憲兵に見つかって大変叱られました。 これは在日の方ならなおさら怖い話でしょう。 さらに、町で偶然逢った出征まじかの幼なじみの男を自宅に連れてきたすずを見て(二人は喧嘩するほど仲が良い)、夫は「あいつは家には泊められん。 物置に寝てもらう」と追いだし、すずに「これを持っていって、ついでに積もる話でもして来い」と、冬なので「炭のあんか」を持たせ、自宅のカギをかけて、締めだしてしまうのです。 つまり「出征まじかの男だから、妻が望むなら一晩抱かせても良い」という意味です。 結局なにもありませんでしたが、後に妻は夫に「なぜあんなことをしたのか!」と詰め寄りました。 すると夫は「お前たちは喧嘩するほど仲が良いが、私とは喧嘩もしれくれない…」と。 するとすずは「今喧嘩してるじゃない!」と返します。 この一件で夫婦の仲はいっそう深まりました。 このエピソードは「日本と、在日の方の母国」がモチーフになっているのではないでしょうか。 韓国映画でおなじみの「北朝鮮と韓国・二つのものにゆれ動く葛藤」にも似ています。 映画の主題もこの「居場所」ではないでしょうか。 そして原爆が落ち、玉音放送が…。 日本が負けたことを知って、すでに片手を爆弾で失っていたすずは、「私はまだまだ戦える!」と泣きながら家を飛びだしました。 本土決戦、一億総玉砕の魂です。 確かあのとき、遥か遠くに小さく「太極旗(テグッキ)」らしきものが一瞬だけ映るのです。 私は目の錯覚かと思いました。 このクライマックスに「日章旗」や「旭日旗」ではなく「太極旗(テグッキ)」が出てきたことは重要記号です。 映画「私は貝になりたい」〈1959年〉が、戦場で日本人として戦った在日の方々への鎮魂歌なら、この映画「この世界の片隅に」も、銃後で日本人として戦った在日の方々への、それであったのでしょう。 ところで映画の予告編には能年玲奈さんが登場し、「私が主演した…」と言います。 彼女のファンですが、正直に言えば、私は「アニメの声優なのに主演!?」と思っていました。 でも映画を観てなっとくです。 彼女の声からNHK朝ドラ「あまちゃん」の主人公をもっと煮詰めたようなキャラが聴こえてきて(いや、観えてきて)、まるで絵に魂が宿ったように、アニメではなく実写を見ている様に感じられたからです。 「私が主演」という言葉にウソはありませんでした。 熱演です。 そして、観ている内に昔のモノクロ時代の名作邦画(実写)を観ているような気持ちになるほど「大人のドラマ」していました。 失恋ドラマを観れば、失恋の古傷が疼き、容易に主人公に感情移入できる私ですが、戦後生まれのせいか、こんなに上質な作品なのに、いまだ戦時中の人々の哀しみが実感として湧きません。 その己の薄情さに気づかされもした一本でした。 しかし西日本を中心に白いタンポポもあるらしいのです。 ためしにネットで調べてみると、一口にタンポポと言っても、専門的にはここに書ききれないほどの、たくさんの種類があるのを知りました。 又、中には、ざっくりと「在来種(白)と外来種(黄色)」という区別もありました。 映画「この世界の片隅に」のチラシには、ヒロイン・すずの周囲にタンポポが描かれているものもあります。 そのタンポポは白と黄色が共生しているのです。 私の地元では見た記憶のない構図ですが、西日本では当たり前の風景なのでしょうか。 これは映画の冒頭にもアップで出てきました。 だから重要記号だと思います。 私は、あの色は日本人と在日の方を表現しているのではないかと思いました。 共生する姿を。 そうすると、突然すずが舞妓さんみたいに顔を真っ白に塗った意味が分かるような気がします。 白い波ウサギや、白いサギが象徴的に使われていることも。 よく見ると下駄の片方はひっくり返っています。 すずは裸足で足をふんばっています。 あのとき、すずもタンポポの花なんですね。 素足で大地に根を張った。 すずは何色の花なのでしょう。 映画のラスト、玉音放送が流れたとき、淡々と受け止めていた周囲の人々とは対照的に、ひとり激高して飛びだしたすずがいました。 いっこは武蔵じゃ」。 予告編でも聴かれるこの言葉、 これも「色違いのタンポポ」と同じ事を語っていたのでしょう。 あえて「両手を印象付ける」ためでしょうか。 あのような愛らしいシーンは数か所あった記憶です。 二種類のタンポポや、二隻の戦艦のエピソードもそこへ収束して行くのでしょう。 幼なじみ(在日の方・母国の記号)と、夫(日本の記号)の二人も。 そして、すずは夫婦の契りを結んだ夫だけを選択したのと同じように「片手も無くす」のです。 生来の利き手(母国)を。 あれは、敵味方・二者択一の戦争に生まれる、ある意味「踏み絵」を、すずが踏んだという事かもしれません。 これからすずは、不自由な左手を訓練して(日本人として)生きていくのです。 母を亡くした孤児といっしょに。 子育ては生きがいでもあります。 根底にあったのは人種差別だったと思われます。 その舞台となったのがサイパンでした。 あの「小さな島で日米が戦う」ことで、軍曹の「心の中の葛藤」を表現していました。 つまり戦争を描く為ではなく、葛藤を描く為にあえてサイパン戦が選択された(あの映画が存在した)とも言えるのです。 この映画「この世界の片隅に」も「居場所」、つまり「人は同時に二つの場所には存在できない」、「だれも、二人の主人に仕えることはできない(聖書より)」などを語っていますが、それを描く為に戦争が舞台になったと思われます。 そのあたり、二つの場所、二人の恋人に葛藤する映画「ブルックリン」も思いだします。 だから軍港と民家が隣接する呉、そして民間人までもが原爆の被害を受けた広島が選択されたのかもしれません。 そして戦争自体もまた、いつか勝敗がつくものです。 両者ともが勝利者になることはできません。 あらためてチラシを見ると、確かに何カットかにありました。 野原で振り返っているすずは、ホクロが見えるようにか、左に振り返っていますし。 唐突なセリフは重要記号の可能性大ですので、ぼんやりと考えていましたが、少し解った気がしました。 それは「太極旗(テグッキ)」の周囲四隅にある「卦」と呼ばれる黒いマークの事だったのかもしれません。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 さらに中央の丸は、「陰陽」の「太極」を表しています。 大人しすぎるほどだったすずの感情がラストに大爆発したのは、陰から陽にスイングした姿だったのかもしれません。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 とくに下駄の歯が「卦」ぽいですね。 そして、さらに俯瞰すると… チラシではカットされていた周辺部も「公式サイトのトップ画面」で見ることができました。 「四角」(手前にある階段)と、「点々」(奥にある麻雀パイみたいな模様)に記号化された「太極旗(テグッキ)」の「卦」が見えます。 そうすると野原の丸くなったすずと周囲に置いてある下駄や花、ノートの総体、あの丸が「太極旗(テグッキ)」の「陰陽」の「太極」になります。 又、毛布をかぶってかっ歩するシーンの絵があります。 あの珍奇な姿が気になっていましたが、あの毛布に書いてある花は、韓国の花である「むくげ」のようです。 毛布をかぶったのは、花をまとうための必然なのでしょう。 あれはヴァイオリンを演奏している様にも見えます。 映画「戦場のピアニスト」では「戦争の極限状態でも人間は食と芸術」を求めると語られていましたが、すずの鍋のシーンも「食と芸術」を表現していたのかもしれません。 そうすると、すずが絵を描いていたのも、病院の音楽も、アリさんが砂糖のツボに行列を作るのも、お姉さんが砂糖の溶けた水を、それを知らずに喜んだのも「食と芸術」の表現なのです。 やわらかでクセのないアナログライクな絵と、爆撃を受けたときの刺激的なデジタルっぽい音作り。 あの対比の妙。 あの際立つ刺激音の痛さは、映画「プライベート・ライアン」だっかでしょうか、私の中では、あの着弾音の痛さを思いださせるものでした。 >すると米軍のバンカーバスターで、ゴジラの体に空いたたくさんの穴も、「星条旗の星」だったのかもしれません。 >すると、その穴から出た放射熱線は「星条旗の横線」になるのです。 (映画「シン・ゴジラ」追記16より) 上記がバトルモード時のゴジラならば、一歩手前のゴジラの姿はこうなります。 さらに沢山の歯については、「歯並びが悪いな…」という、わざとらしいセリフが入るぐらい強調されたポイントです。 この「両手+沢山の歯」は、「(記号化された)星条旗の星」だと思います。 そして「星条旗の赤ライン」はご存じ血のようなゴジラの赤い縞、「白いライン」は背びれの青白い発光だと思います。 つまり、ゴジラは「歩く星条旗」だったのかもしれません。 「私が主演」という言葉にウソはありませんでした。 熱演です。 (本文より) のんさん(能年玲奈さん)は、歌も歌っておられます。 ヒロイン・すずの声よりも、少しハイトーンのようですが、ロック音楽の中に、のんさんの声質の良さが乗っています。 html• のんさんには、声優だけでなく、女優としてのご活躍も期待しています。 返信を投稿• 私の青春時代、フォークの名曲として誕生したこの歌は大好きですが、歌のモチーフとなったのは当時の日本では放送禁止歌になっていた「イムジン河」(朝鮮半島の河)だったからです。 その辺りの話は映画「パッチギ」にも登場しますね。 すずは広島・呉に嫁ぎますが、日本海軍の軍港だったそこは何度も空襲されます。 絵の好きな彼女が丘の上から港を描いていると憲兵に見つかって大変叱られました。 これは在日の方ならなおさら怖い話でしょう。 物置に寝てもらう」と追いだし、すずに「これを持っていって、ついでに積もる話でもして来い」と、冬なので「炭のあんか」を持たせ、自宅のカギをかけて、締めだしてしまうのです。 すると夫は「お前たちは喧嘩するほど仲が良いが、私とは喧嘩もしれくれない…」と。 するとすずは「今喧嘩してるじゃない!」と返します。 この一件で夫婦の仲はいっそう深まりました。 韓国映画でおなじみの「北朝鮮と韓国・二つのものにゆれ動く葛藤」にも似ています。 映画の主題もこの「居場所」ではないでしょうか。 本土決戦、一億総玉砕の魂です。 私は目の錯覚かと思いました。 このクライマックスに「日章旗」や「旭日旗」ではなく「太極旗(テグッキ)」が出てきたことは重要記号です。 彼女のファンですが、正直に言えば、私は「アニメの声優なのに主演!?」と思っていました。 「私が主演」という言葉にウソはありませんでした。 熱演です。 その己の薄情さに気づかされもした一本でした。 しかし西日本を中心に白いタンポポもあるらしいのです。 又、中には、ざっくりと「在来種(白)と外来種(黄色)」という区別もありました。 そのタンポポは白と黄色が共生しているのです。 私の地元では見た記憶のない構図ですが、西日本では当たり前の風景なのでしょうか。 これは映画の冒頭にもアップで出てきました。 だから重要記号だと思います。 共生する姿を。 白い波ウサギや、白いサギが象徴的に使われていることも。 よく見ると下駄の片方はひっくり返っています。 すずは裸足で足をふんばっています。 素足で大地に根を張った。 すずは何色の花なのでしょう。 いっこは武蔵じゃ」。 あのような愛らしいシーンは数か所あった記憶です。 生来の利き手(母国)を。 母を亡くした孤児といっしょに。 子育ては生きがいでもあります。 根底にあったのは人種差別だったと思われます。 つまり戦争を描く為ではなく、葛藤を描く為にあえてサイパン戦が選択された(あの映画が存在した)とも言えるのです。 そのあたり、二つの場所、二人の恋人に葛藤する映画「ブルックリン」も思いだします。 両者ともが勝利者になることはできません。 あらためてチラシを見ると、確かに何カットかにありました。 野原で振り返っているすずは、ホクロが見えるようにか、左に振り返っていますし。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 大人しすぎるほどだったすずの感情がラストに大爆発したのは、陰から陽にスイングした姿だったのかもしれません。 つまりすずは「太極旗(テグッキ)」をモチーフにされていたのかも。 とくに下駄の歯が「卦」ぽいですね。 「四角」(手前にある階段)と、「点々」(奥にある麻雀パイみたいな模様)に記号化された「太極旗(テグッキ)」の「卦」が見えます。 あの珍奇な姿が気になっていましたが、あの毛布に書いてある花は、韓国の花である「むくげ」のようです。 毛布をかぶったのは、花をまとうための必然なのでしょう。 映画「戦場のピアニスト」では「戦争の極限状態でも人間は食と芸術」を求めると語られていましたが、すずの鍋のシーンも「食と芸術」を表現していたのかもしれません。 やわらかでクセのないアナログライクな絵と、爆撃を受けたときの刺激的なデジタルっぽい音作り。 あの対比の妙。 あの際立つ刺激音の痛さは、映画「プライベート・ライアン」だっかでしょうか、私の中では、あの着弾音の痛さを思いださせるものでした。

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