セリーナ・ウィリアムズ。 【テニス界最強ママ】セリーナ・ウィリアムズの強さの秘密、母親とアスリートの両立と苦労とは

img.directresponse.net : セリーナ・ウィリアムズ、大坂なおみに謝罪 昨年の暴言騒ぎ巡り

セリーナ・ウィリアムズ

表彰式で涙を見せるた大坂なおみ(左)とセリーナ・ウィリアムズ。 セリーナは観客にブーイングをやめるように説いた。 大坂のグランドスラム初出場は2016年。 2017年の全米 オープンでもめざましい健闘を見せ、今回も注目選手の1人だった。 8月末の「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」には、大坂がライオンのたてがみのような髪をなびかせながらこちらを見つめる、インパクトある写真とともに、「」というタイトルの力の入った長編記事が掲載された。 記事では、彼女の生い立ちや家族関係、人物像に加え、日本社会におけるハーフの扱われ方や、何をもって「日本人」とされるかなどについても突っ込んでいた。 セリーナ・ウィリアムズにとってもまた、この全米オープンには多くのものがかかっていた。 母体にも危険を伴うような難産、産休を経て復帰したばかりであることに加え、この全米オープンに優勝すれば24回目のグランドスラム女子シングルス優勝になり、歴代最多優勝者であるマーガレット・コートの記録とタイになるからだ。 彼女のスポンサーであるナイキなどは、開幕前から大々的な広告を打ち、期待感を盛り上げていた。 現在36歳のセリーナがグランドスラムに初優勝したのは、弱冠17歳の時だ。 歴史的に白人が支配してきたテニス界で、黒人としては(アリシア・ギブソンに続く)たった2人目の女性チャンピオンだった。 以来、約20年にわたり女子テニス界のトップに君臨してきた彼女が、今度は、日本人とハイチ人のハーフである20歳の選手の挑戦を受けた。 すべてはコーチのサインから始まった トーナメントレフェリーと話し合うセリーナ。 グランドスラムではコーチングは禁じられている。 セリーナは主審から警告を受けると、「私はズルはしない。 ズルをして勝つくらいなら負けた方がまし」と直訴。 ちなみにコーチングは、選手がそれを見ていたかどうかにかかわらず、グランドスラムでは警告の対象となり、セリーナのコーチは、コーチングをしていたことを(「しょっちゅう行われていること」と言いつつも)認めている。 2度目の警告はラケットを壊したことに対して出され、セリーナはポイントを失う。 この直後、セリーナは再び主審に苦情を言いにいったが、その際、「あなたは私に謝罪するべきよ。 私は悪いことはしていない」「あなたは私のポイントを盗んだ。 泥棒だ」と言ったことが「暴言」と判断され、それが3度目の警告。 今度はゲームペナルティを受け、大坂に1ゲームが加算された。 上記の3つの行為に対し、全米テニス協会は後日、セリーナに罰金US1万7000ドルを科すと発表している。 大坂はコートの中でも外でも素晴らしかった アメリカの新聞はじめ主要メディアには今回の件でさまざまな意見が噴出しているのだが、大多数が同意していると言えるポイントは、下記3点だろう。 主審とセリーナの間のドラマのせいで試合の焦点がすり替わり、肝心の、大坂のグランドスラム初優勝という、彼女にとって一生に一度の祝福の時が台無しになってしまった。 これは取り返しのつかないことだ。 表彰式での観衆のブーイングは、テニス史上、前代未聞の恥ずべき出来事で、それがたとえ大坂ではなく、主審に対するものでも許されるものではない。 ニューヨーク・ポストなどは、「これほどまでにスポーツマン精神に反した出来事は、思い出そうとしてもなかなか思い出せるものではない」と。 大坂の安定したプレイは文句がつけようもない。 彼女は勝つべくして勝った。 彼女はコートの中でも外でも素晴らしかった。 セリーナへの差別はあったのか では、試合から1週間経った今でも人々が議論し続けているのはなぜか。 議論のポイントは、大きく2つある。 セリーナに対する審判の扱いはフェアだったか。 彼女が言うように、「女だから差別的な扱いを受けた」のか?• 仮に差別があったとして、試合中・試合後のセリーナの行動、態度は妥当だったか。 ゲーム中にイライラして、ラケットを壊したことで警告を受けた。 Robert Deutsch-USA TODAY Sports まず、「セリーナに対する主審の扱いはフェアだったか」という問題。 主審批判派の主流意見は、「審判は試合中、選手のテンションが高くなってきたときに、それをうまく抑えるのが仕事だ。 ラモス主審は自分の権威を乱用して、むしろテンションをエスカレートさせ、結果的に試合を台無しにした」というものだ。 アトランティック誌なども、ラモスのやり方を「」と批判、CNNやワシントン・ポストも似たようなコメントを出した。 彼女の発言がペナルティを受けるべき「暴言」と言えるのどうかは意見が分かれる。 だが、今回の最大のポイントは、「主審の判断に、性的差別があったと言えるか」という点だ。 つまり、セリーナの言うように、女性だから厳しいジャッジを受けたのか、ということだ。 セリーナは「この程度のことを言っても、男性なら罰せられなかったはずだ」と主審に抗議した。 そんなの正しくない」とコート横で食い下がった。 マッケンローなら最後まで試合ができなかっただろう 男女差別はタイムリーな話題でもある。 ちょうど前週、同じく全米オープンでアリゼ・コルネが着ているシャツが逆さまであることに気づき、試合中コート脇で着直したところ、主審から警告を受けた。 これに対し、「男性選手なら誰でもやっていること。 なんで女だと罰せられるんだ」という批判が殺到、翌日、全米テニス協会は、「」と認め、謝罪した。 試合中に審判に暴言を投げつけるテニス選手の姿は珍しくない。 でも、私たちが今まで見てきたそれらの大多数は白人男性だ。 は過去に暴言を吐いてきた男性選手たちの例を挙げ、 「ラモスがこのたびセリーナに適用したような規準を用いるなら、ジョン・マッケンローは一試合も最後までやり遂げることなどできなかっただろう」 と述べている。 ワシントン・ポストは、で、 「ラモス主審は、女がギャーギャーわめくのに我慢がならなかったからセリーナを罰したのだ。 これまで何人もの男性選手たちが大声で口汚い言葉を口にしたり、ラケットを投げつけたりしてきたではないか。 でも彼らは、今回セリーナが罰されたような厳しさでは罰されてこなかった」 と述べ、いちはやくセリーナ擁護に回った。 女性は「ヒステリー」、男性は「意見をはっきり言う」 実際、この点については、多くのテニス関係者たちが、男女差別の存在を認めるコメントを出している。 グランドスラムで数多くの記録を打ち立てた伝説の女性選手ビリー・ジーン・キングも、この試合終了直後に自らのツイッターで、 「女性が感情的になると『ヒステリー』と呼ばれ、罰を受ける。 男性が同じことをしても『意見をはっきり言う』とみなされるだけで、なんの懲罰も受けないのに」と述べている。 Thank you, , for calling out this double standard. More voices are needed to do the same. — Billie Jean King BillieJeanKing 9月11日に「」に出演した全米テニス協会CEOのカトリーナ・アダムスも、 「ダブルスタンダードは今も存在すると私は思います。 おそらくずっとあったんです。 女性だからといって、何かをするたびに、男性なら背負わなくていい余計なものを背負わされるというのはおかしいですよね」 と発言している。 一方、主審のラモスは、口うるさいという評判の審判で、ジョコビッチやナダルはじめ男性の選手とももめた過去があり、「彼は男女問わず、厳しい審判だ」という意見もある。 差別され続けてきた人間は敏感になって当たり前 ただ、セリーナは女性であると同時に黒人でもある。 テニスという白人中心の世界で、マイノリティとして戦ってきた。 いくつかの有力紙は、人種というこのもう一つの要因に注目した議論を展開している。 セリーナはペナルティを課せられた後、コートで憮然とした表情を浮かべた。 Geoff Burke-USA TODAY Sports 例えば「」は、セリーナがこれまで繰り返し、性別、人種、そしてアグレッシブな性格ゆえに、あからさまに差別的な批判に晒されてきたことを指摘し、今回のことを彼女が、「私が私であるがゆえの差別的扱いだ」と感じたとしても驚きではないだろうと述べている。 同じことを言われても全ての耳に同じように聞こえる訳ではない。 差別され続けてきた人が差別に敏感になったとしても、当たり前ではないか?と。 「男がやっていいことなら女もやっていい」のか? 数多くの意見を読んで、その中で一番まっとうだと思ったのが、1980年代に活躍し、ウィンブルドンはじめ数々の記録をうちたてた名選手、マルチナ・ナブラチロワのものだ。 9月10日の「」で彼女は、 「セリーナは、部分的には正しい。 女性と男性が違う基準で罰されるということは、もちろんある。 私だってそう思う。 そしてそれはテニスにおいてだけではない」 と指摘した。 その一方で、だからといって、男がやって許されることなら女もやっていいという考え方は賛成できるものではない、と指摘している。 いつも選手が自らに問うべきなのは、 「テニスというスポーツ、そして自分の対戦相手に対し、敬意をもって接するためには、今どういう行動を取るのが正しいだろう」 ということなのだ、と。 ナブラチロワ自身、試合中に頭にきて、ラケットを粉々にしたいと思ったことは何度もあるそうだ。 でも、そのたび、「私の姿を子どもたちが見ている。 私は、ロールモデルとして振舞わなくてはいけない」と思って我慢したと言う。 セリーナの行動・態度は妥当だった? 試合後ハグをする大坂(右)とセリーナ。 試合を見ながら、「自分が負けそうになったから、審判に八つ当たりしただけでしょうが!」と思った人も少なくなかったと思う。 表彰式でのセリーナの行動や態度についても、評価が分かれる。 セリーナは、ブーイングする観衆たちに、「彼女(大坂)は、いいプレイをしました。 そしてこれが彼女の初めてのグランドスラムです」と切り出したあと、「今この時をできる限りいい時間にしましょう。 ブーイングはやめましょう。 私たちは今日あったことを乗りこえるんです。 ポジティブになりましょう。 なおみ、おめでとう」と言って大坂の肩を抱いた。 これについて、セリーナを「立派だった」「あれでこそ真の女王」などと言って称賛するメディアは数多かった。 例えば、は、 「これまで、セリーナは私たちにたくさんの素晴らしいものを見せてくれた。 でも、彼女が長く素晴らしいキャリアの中で見せてくれた多くの勝利と同じくらいの強さで、この時の彼女は私を感動させてくれた。 相手に寄り添う心のシンプルな表現によって。 これは、胸が痛くなるようなものでもあり、インスパイアされるものでもあった」 というように。 大坂が涙をサンバイザーで隠そうとしたとき、セリーナが彼女に何か囁いている様子がカメラに捉えられたが、そこで何と言ったのかは映像からはわからず、報道もされていなかった。 9月12日、に出演した大坂に、司会のエレン・デジェネレスが「あの時、セリーナは何て囁いたの?」と尋ねると、大坂は「何て言ったと思う?」と嬉しそうに笑い、 「セリーナは、『あなたのことを誇らしく思うわ』って言ってくれました。 そして、『観衆たちは、あなたに向かってブーイングをしているのではないのよ』って言ってくれたんです。 それを聞いて、嬉しかったし、少し気持ちが楽になりました」 と答えた。 「ものすごく日本人的よね」 大坂が日本に帰国後に開かれた記者会見ではテニスに関係のない質問が多く出たことで、メディアも非難された。 アメリカ在住40年になる日本人の友人は、「アメリカにいる私たちの目から見ると、大坂選手はものすごく日本人的に見えるよね」と言った。 確かにそうなのだ。 彼女の振る舞い(ちょこんと頭を下げるジェスチャーとか)、喋り方、シャイな感じ、質問への受け答えの仕方(直線的でない答え方をする)などは、アメリカ人のコミュニケーションスタイルに慣れている目には「日本人的」に映る。 3歳で渡米した彼女は、もちろん流暢な英語を喋る。 でも、発声方法や言葉の選び方などが非常に日本的に聞こえる。 例えば、一つのセンテンスに「Um…(と口ごもる)」「I mean」「like」「a little bit」といった単語を頻繁に挟む。 無意識なクセだとしても、遠慮がちに聞こえる。 ボディランゲージも控えめだ。 一部日本の報道で「勝ってごめんなさい」と訳されていたのを見た時、私は反射的に誤訳だと思った。 彼女には何も非はないし、試合に出る以上、勝つことを目指すのは当然なのだから。 むしろ「こんな終わり方になってしまったことを残念に思います」と訳した方が適切ではなかったか。 「自分より両親に何か買ってあげたい」 話し合うラモス主審(右)とセリーナ選手(中央)、大坂選手(左)。 大坂は試合の2日後、に出演した際、まさにこの点について尋ねられ、「ただあの場では感情に圧倒されてしまって。 謝らなければいけない気がしたんです」と述べている。 続いて、表彰式でのブーイングについてどう感じたか尋ねられると、。 「少し悲しく感じました。 彼らが私に対してブーイングしているのか、それとも自分たちが求めていた結果が得られなかったことに対して怒っているのかがわからなかったから。 それに、私も彼らの気持ちはわかるなと思ったんです。 私も今までずっとセリーナのファンだったから。 観衆の皆さんがどんなに彼女に勝ってほしいと思っていたか、私にもよくわかるから」 前出のテレビ番組「エレン」に出演した時、エレンから「賞金の US$3. 8ミリオンで何を買うの?何か欲しいものあるでしょ?車でも買ったら?」と言われると、彼女は「うーん… でも何か買うなら、自分よりも両親に買ってあげたいです」と答え、スタジオの観客たちから感嘆の声がもれた。 試合では強靭な身体能力と精神力を見せながらも、コートから離れると、別人のように物腰が柔らかく、頼りないほど優しげで、恥ずかしがり屋で、おっとりしている。 そのギャップが彼女の魅力だ。 大坂は、これから多くの大会で勝利を収め、何度も私たちに笑顔を見せてくれるだろう。 「あんなこともあったね」と笑える日がくるかもしれないし、そうだといいなと思う。 今回のことをくぐり抜けて、彼女は一層強くなったはずから。 (敬称略).

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セリーナ・ウィリアムズが審判の判断を「性差別だ」と批判

セリーナ・ウィリアムズ

— 1月 24, 2017 at 6:02午前 PST プロフィール 生年月日 1981年9月26日 出身地 アメリカ・ミシガン州 身長 175cm 体重 70kg 利き腕 右 略歴 1986年 姉のヴィーナスと共に5歳からテニスを始める 1995年 14歳でプロデビュー 1998年 混合ダブルスで、ウィンブルドンと全米オープンで優勝する 1999年 全米オープンで「17歳11ヶ月」の若さで4大大会初優勝を達成 2002年 4大大会4連勝を記録し、世界ランキング1位となる 2003年 ケガで欠場が多くなり、2006年まではほとんど欠場する 2007年 世界ランキング81位のノーシードから勝ち上がり、全豪オープンで優勝する 2008年 再び世界ランキング1位となる 2010年 ケガで欠場が多くなり、世界ランキング1位から陥落する 2012年 男女初めてのシングルス、ダブルスでのゴールデンスラムを達成する 2013年 31歳4カ月で世界ランキング1位となり、史上最年長記録を更新する 2015年 前年から数えてグランドスラム4大会連続優勝する 2016年 186週連続で在位した世界ランキング1位から陥落する 2017年 全豪オープンで優勝し、再び世界ランキング1位となる セリーナ・ウィリアムズの両親や弟とは? セリーナ・ウィリアムズ選手の父親は、リチャード・ウィリアムズさんで1942年2月生まれなので、2017年現在は75歳です。 父親のリチャード・ウィリアムズさんは、1965年に一度目の結婚をして3男3女が生まれていますが、1973年に離婚しています。 その後、セリーナ選手とヴィーナス選手の母親となる、 オラセン・プライスさんと1979年に出会い、ヴィーナス選手が生まれた後の1980年に再婚しています。 母親のオラセン・プライスさんは1952年生まれなので、2017年現在は65歳になられる方です。 また、母親のオラセン・プライスも実は再婚で、前夫との間に3人の娘がいました。 なので、セリーナ・ウィリアムズ選手と姉のヴィーナス・ウィリアムズ選手には、父親違いの姉が3人いる事となります。 そして、父親のリチャード・ウィリアムズさんは過去にテニスのレッスンを受けた経験があり、それを元に娘達にコーチをする計画書を作って、毎日4時間半のレッスンを行いました。 さらに、母親のオラセン・プライスさんもテニスコーチとして、夫のサポートをしながら娘の指導もしていたようです。 母親は主に規律やメンタル面などを指導していたと言われています。 そんな両親の熱心な指導が実り、その後娘の実力が認められて無料でレッスンが受けれるフロリダに家族で移住しますが、2002年に両親はお互いの考え方が合わないようになり、離婚しています。 その後、時が経ち2009年に父親のリチャード・ウィリアムズさんは、67歳の時に37歳年下の レイクイシャ・グラハム( Lakeisha graham)さんと出会い、その年に婚約しています。 そして、翌年の2010年に三回目の結婚をして、2012年に息子の ディラン・スター・ウィリアムズが生まれました。 なので、セリーナ・ウィリアムズ選手には、2017年現在5歳の腹違いの弟がいます。 一方、母親のオラセン・プライスさんはその後再婚はしていないようです。 オラセン・プライスさんは、アフリカのセネガルに学校を設立する慈善事業を展開していて、娘のセリーナ・ウィリアムズ選手と一緒にアフリカを旅したりしています。 そして、姉のヴィーナス・ウィリアムズ選手は、新しく生まれた親子程の年の離れた 「弟」を溺愛しているようです。 嫁のレイクイシャ・グラハムさんとは1歳しか違わないので、ほとんど友達のような関係なのではないでしょうか。 この先、セリーナ選手とヴィーナス選手がこの弟に英才教育を施すと、とんでもない選手に育つかも知れませんね・・・。 将来が楽しみです! 姉の不幸な事件とは? セリーナ・ウィリアムズ選手には、ヴィーナス選手以外にも父親違いの姉が3人います。 3人の姉のうち、 リンドリー・プライスさんは現在WEBデザインの仕事をしています。 また、 イーシャ・プライスさんは弁護士として活動しているようです。 そして、3人目の姉イェツンデ・プライス( Yetunde Price)さんが、2003年9月に事件に巻き込まれて亡くなっています。 イェツンデ・プライスさんは、1972年生まれで看護師の資格を持ち、当時は妹のヴィーナス選手とセリーナ選手のマネージメントなども行っていました。 そして、事件のあった日はギャングの多い事でも知られる ロサンゼルスのコンプトンで、当時付き合っていた彼氏の車に同乗していた所、銃撃され頭を撃たれたと言う事です。 当時、現場周辺の住民は20発くらいの銃声を聞いたと話していたので、イェツンデ・プライスさんの車が狙われた訳では無く、たまたまギャング同士の抗争の場に居合わせた可能性が高いです。 そして、襲われた後病院に搬送されましたが、残念ながら死亡が確認されました。 後に捕まった犯人は、 エドワード・マックスフィールドと言う25歳の青年で、その後の裁判で懲役15年の判決が出ています。 そして、父親違いの姉とはいえ、姉のヴィーナス選手とセリーナ選手のマネージメントをやっていたと言う事なので、かなり仲は良かったのではないでしょうか。 また、セリーナ・ウィリアムズ選手は、2003年の後半は姉のヴィーナス選手と共に体調を崩して試合を欠場しています。 その原因は明らかにこの事件が関係しているのは明白なので、やはり姉の死はウィリアムズ姉妹にとってはかなりショックな出来事だったのだと思います。 しかし、その後は徐々に体調も回復し、2008年には再び世界ランキング1位になり現在まで衰える事無く、活躍し続けています! 現在の強さも、こういった悲しい出来事を乗り越えてきたからかも知れません。 また、2017年には交際中のアレクシス・ オハニアン氏との間に子供も出来た事で、今後はさらにパワーアップしたセリーナ・ウィリアムズ選手が見れるのではないでしょうか! これから母親になったセリーナ・ウィリアムズ選手が、どんな活躍をするのか非常に楽しみです! こちらの関連記事もどうぞ! 終わりに セリーナ・ウィリアムズ選手は、このまま行くと恐らく現在のグランドスラム最多優勝者の マーガレット・スミス・コートが作った24回を抜くのは間違いないと思われていました。 しかし、妊娠が発表されたので子供が生まれるまでは試合は出来ないので、微妙な感じになりましたね・・・。 まさかこのまま引退・・・って事は無いと思いますが、とにかく今後もセリーナ・ウィリアムズ選手の活動には注目です!.

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セリーナ・ウィリアムズが審判の判断を「性差別だ」と批判

セリーナ・ウィリアムズ

本名 セリーナ・ジャメカ・ウィリアムズ name Serena Jameka Williams 出身 アメリカ・ミシガン州 生年月日 1981年9月26日 身長 175cm 利き手 右 生涯獲得賞金 $88,692,106(約96億2200万円) ラケットメーカー ウィルソン セリーナのプレーの特徴 セリーナの特徴は一言で言えます。 それはパワーです。 ウィリアムズ姉妹が女子テニスにパワフルさを持ち込んだ最初の選手と言われています。 女子選手の枠を超えたパワーを持っており、サーブ、リターン、ストロークのフォアもバックも全てのショットがパワフルです。 そのパワフルなショットにより、サービスエースやストロークのウィナーを量産し相手を力で押し切ってしまいます。 セリーナの主な記録・タイトル キャリアグランドスラム シングルス 3回達成 キャリアグランドスラム ダブルス 2回達成 キャリアゴールデンスラム シングルス 男女合わせて4名のみ キャリアゴールデンスラム シングルス ダブルス両方 男女共に史上初 キャリアスーパースラム 男女合わせて3名のみ ノン・カレンダー・イヤーグランドスラム 2回達成 男女共に史上初 世界1位連続保持 186週 1位タイ 世界1位通算在位 319週 単独3位 グランドスラム優勝数 23回 単独2位 全豪オープン優勝回数 7回 歴代2位 ウィンブルドン優勝回数 7回 3位タイ 全米オープン優勝回数 6回 オープン後1位タイ その他まだまだ書ききれないほどの記録を保持しています。 【完全版】セリーナ・ウィリアムズの経歴 テニス選手セリーナ・ウィリアムズの始まり 5人姉妹の末っ子として生まれたセリーナ。 テニスは1歳年上の姉ヴィーナスと3歳の時にはじめました。 のちにこのヴィーナス・セレナ姉妹が女子テニス界の頂点に君臨します。 きっかけは父親がテレビでテニス選手が大金を受け取るところを見たところから始まり、ヴィーナスとセレナをテニス選手にすることを決めます。 父から独学でテニスを学びながら2人はテニスの練習に励みました。 大坂なおみ選手のテニスをはじめたきっかけに似てるモウ。 彼女は父親がテレビでウィリアムズ兄弟が優勝したのを見て姉のマリとともに父親の独学でテニスをはじめたモウ。 16歳でプロへ 驚異の新人 1998年にプロでデューしグランドスラム出場します。 そこですぐにウィンブルドン選手権と全米オープンの混合ダブルスで2連勝を飾ります。 そしてよく1999年プロ2年目の17歳でパリ・インドア選手権でアメリ・モレスモを破り初優勝、そして現在のBNPパリバオープンに当たるエバート・カップでシュテフィ・グラフを破り大会2勝目、その年のグランドスラム全米オープンでマルチナ・ヒンギスを破り17歳と11ヶ月でグランドスラム初優勝を果たした。 これは史上2人目の黒人の優勝者でもありました。 姉の活躍で優勝できず。 初の姉妹対決。 2000年、2001年は姉のヴィーナスが結果をだし、2000年2001年とウィンブルドン選手権2連覇、全米オープン2連覇を果たしました。 セリーナはベスト8までは行くものの、姉のヴィーナスやM. ヒンギス、ダベンポートといった当時のトッププレイヤーに破れてしまっていました。 2000年の全米オープンでは初のウィリアムズ姉妹での決勝になり、ヴィーナスに破れて準優勝となっています。 2000年に行われたシドニーオリンピックでヴィーナスがシングルスで金メダル、ダブルスでヴィーナス・セリーナペアが金メダルを獲得しています。 ウィリアムズ姉妹の時代到来 2002年からからセリーナの時代がきました。 なんと2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープンまで4大会連続優勝、そして全て決勝はヴィーナスとの姉妹対決といったウィリアムズ姉妹の黄金時代を迎えました。 この4大会連続優勝で早々とキャリアグランドスラム達成とノン・カレンダー・イヤーグランドスラムを達成してしまいました。 2003年の全仏オープンではベスト4で敗退したが、ウィンブルドン選手権で再びウィリアムズ姉妹の決勝となり、セリーナが勝ち優勝している。 その直後ヴィーナス、セリーナはともに体調不良を原因に2003年の大会を欠場しています。 2003年9月ヴィーナス、セリーナの姉、3女が事件に巻き込まれ死亡した。 このことが原因と考えられています。 ウィンブルドン選手権では決勝でマリア・シャラポワに敗れ準優勝。 全米オープンでもベスト8止まりでした。 2005年の全豪オープンで再び優勝したが、その後怪我の影響で出場機会が減り2006年も結果を残せていない。 この間に世界ランキングは81位まで落ちてしまっています。 2007年世界ランキング81位から全豪オープンノーシードで優勝を再び果たしました。 この年行われた北京オリンピックでもベスト8で敗退しました。 しかしダブルスではヴィーナスとペアを組みオリンピックで2度目の金メダルを獲得しています。 しかしその年のウィンブルドン選手権で5年ぶりの決勝戦姉妹対決になり、ヴィーナスがセリーナを破り優勝、セリーナは準優勝。 続く全米オープンで優勝すると2009年全豪オープン優勝。 ウィンブルドン選手権は2年連続の決勝を姉妹対決で今度はセリーナが制し優勝。 2010年も全豪オープンとウィンブルドン選手権をともに2年連続で優勝を飾りましたが、再び怪我でウィンブルドン選手権以降欠場し、さらに肺血栓塞栓症による入院も重なり2011年のウィンブルドン選手権前しょう戦まで欠場が続いた。 世界ランキングは再び100位以下に降格しました。 しかしこの年の全米オープンでは準優勝をしています。 しかし迎えた全仏オープン、彼女初のグランドスラム1回戦敗退をしてしまいます。 しかし、またここからウィンブルドンと全米オープンを優勝。 さらにこの年行われたロンドンオリンピックでシングルス、ダブルスともに金メダルを獲得し、シングルス、ダブルスともにキャリア・ゴールデンスラムのダブル達成を果たした。 これは男女通じ史上初の快挙でした。 2013年も全仏オープン、全米オープンを優勝した。 全仏オープンは2002年以来の2度目の優勝で、これにより2度目のキャリアグランドスラムの達成となりました。 この年はグランドスラムの他にWTAツアー11勝し、勝率は95%に達しました。 獲得賞金も年間1,000万ドルを超えました。 これは女子で史上初めてのことでした。 2014年、前半戦は4回戦敗退でまりでしたが、この年の全米オープンから2015年のウィンブルドン選手権まで4連勝を飾り、2度目のノン・カレンダー・イヤーグランドスラム達成とともに、3回目のキャリアグランドスラムも達成しました。 しかし全米オープンでは準決勝で敗れ、自身初の年間グランドスラムは逃してしまいました。 2015年の好調のまま、全豪オープン準優勝、全仏オープン準優勝、ウィンブルドン優勝と続きますが、またしても全米オープンベスト4でした。 これによりグランドスラム優勝回数が23回になり、シュテフィ・グラフの23回を抜き単独2位へ。 単独1位のマーガレット・コートが持つ24勝まであと1勝となりました。 しかしその後、怪我を理由に大会を欠場していましたが、妊娠が発覚し2017年の大会全てを欠場しました。 この間、2017年9月1日に女児を出産しました。 2018年3月のBNPパリバ・オープンで復活しましたが3回戦でヴィーナスに敗れて敗退。 全仏オープンは怪我により棄権しました。 ウィンブルドン選手権で決勝まで進出し準決勝で終わったが、復活を印象付けました。 そして迎えた2018年の全米オープン、決勝で当時二十歳の大坂なおみに敗れて準優勝に終わりました。 2019年は全豪オープンではベスト8、全仏オープンでは3回戦敗退となっています。 ウィンブルドン選手権と全米オープンでは共に惜しくも準優勝を果たしました。 今後、あと1勝で女子シングルスグランドスラム優勝回数が24勝になり歴代1位タイとなります。 この勢いで行けばこの記録は時間の問題で、単独1位の25勝もあり得る話です。 SW、セリーナ・ウィリアムズのシグネチャーモデルで、なんと女子選手のシグネチャーモデルはシュテフィ・グラフ選手以来20年ぶりだそうです。 「ブレード」は「しなり」「柔らかさ」「パワー」を体現するために作られたモデルでウィルソン契約ツアー選手の使用率がNo. 1のモデルのようです。 ウェア アパレル ウェアもナイキとオフホワイトによるコラボ商品を使用しています。 彼女のあの独特なファッショナブルなウェアは入手困難です。 セリーナのファッションブランド セリーナ・ウィリアムズ自身もファッションブランドを立ち上げているようですね。 その名も「Serena セリーナ)」。 長らくファッションに興味を抱いており、18歳の時にテニスの試合を控えファッションスクールに通ったこともあったようです。 そんな彼女が長年の夢をまた1つ叶えて、自身のブランドを立ち上げました。 女性が気持ちよく着られる素材で作られており、女性を勇気付けるメッセージがプリントされたアパレルブランドになっているようです。 セリーナの最大のライバルたち セリーナの最大のライバルは、姉のヴィーナスではないでしょうか。 小さい頃から共にテニスをはじめ、一緒にプロになり共にテニス人生を歩んできました。 そして、幾度もグランドスラムの決勝で優勝を奪い合い、お互いにグランドスラムの優勝を勝ち取ってきた。 彼女以上のライバルはいないと思います。 そして、セリーナの記録の面でのライバルはシュテフィ・グラフです。 グラフもグランドスラム4回達成やゴールデンスラム達成者、世界ランキング1位在位連続期間はセリーナと並んで1位タイ。 世界ランキング1位在位期間はセリーナが超えられない377週の記録をもち、さらにセリーナが達成できていない年間グランドスラムと、年間ゴールデンスラムを持っています。 これから、記録の面でグラフを目標にしているのではないでしょうか。 そして現在、彼女の優勝を阻むプレーヤーは大坂なおみがライバルと言っていいでしょう。 セリーナに憧れてテニスを始めた大坂なおみのプレースタイルは、セリーナに似ています。 そして大坂なおみには若さがあります。 これから彼女はどんどん強くなり、逆にセリーナはもう37歳。 これからセリーナの優勝を阻む最大のライバルになると考えられます。 女性アスリートで最も稼いでいる選手 セリーナ・ウィリアムズは女子テニス界で最も稼いでいる選手です。 2019年発表の年俸で2,920万ドル、約31億6290万円。 女子テニス界で最も稼いでいる選手です。 男女合わせたランキングでもテニス界では5位(1位フェデラー、2位ジョコビッチ、3位錦織圭、4位ナダル)。 そしてスポーツ界全体でも最も稼いでいる女性アスリートです。 彼女の生涯獲得賞金も88,673,097ドル(約約95億8450万円)とぶっちぎりでテニス女子で1位です。 ちなみに女子の生涯獲得賞金2位がヴィーナスで約45億円だモウ。 姉妹でとんでもない額を稼いでいるモウ。 セリーナの家族関係 兄弟姉妹 セリーナには実はセリーナを含め10人の兄弟姉妹がいます。 セリーナの父と母が結婚する前に父には3男3女の子供が、母親には3女がいました。 母親の3姉妹が連れ子として、父と暮らしていたところにヴィーナスとセレナが生まれて5姉妹になりました。 ですので本当のセレナの姉妹はヴィーナスだけで他の姉妹は異父姉妹となります。 その後、父と母は離婚し、父が再婚した相手に男の子が生まれて異父異母兄弟姉妹合わせて12名になります。 旦那と子供 セリーナは2017年9月に交際相手だったITサイト共同創業者のアレクシス・オハニアンとの間に女児を授かりました。 名前も公開されておりアレクシス・オハニアン・ジュニアだそうです。 この年の11月に結婚式を挙げており、出席者はビヨンセ・ジェイZ夫婦やケリー・ローランドを始め、イギリスのメーガン妃も含まれた200名あまりの出席者が参列したそうです。 セリーナの暴言 2018年大坂なおみが全米オープンで優勝した決勝戦で、セリーナが暴言を吐きゲームを失ったことが話題になりましたが、どうやら彼女は前から暴言によりペナルティを受けることが度々あったようです。 2009年の全米オープン準決勝で、フットフォールトの判定にライン審判に暴言を吐きポイントを失い、そのまま敗れたことや、2011年の全米オープン決勝でも妨害行為の判定をくだされポイントを失ったことへ暴言を吐き度々罰金が課されていることが記録されています。 彼女のパワフルなプレーは、気持ちからもきているのでしょうかね。 差別の問題 セリーナ・ウィリアムズは人種差別や性差別の問題が幾度と取り上げられる人物でもあります。 最近では大坂なおみ選手との試合中に審判に暴言を吐きゲームを失ったことへ「性差別」と問題を定義し物議を醸しています。 この件については賛否両論あるようで、審判は暴言に対する適切な処置をしたと見る一方で「男子選手がもっと汚い暴言を吐いてもゲームを失ったことはない。 女性選手だと『ヒステリック』だとすぐに罰則が課せられている」と言った意見もあるようです。 また「人種差別」問題でも話題になったケースもあります。 彼女は幼少期から黒人選手ということもあり、幾度と「人種差別」を感じてきたことがあるようですが、その件で有名な話は2001年のBNPパリバ・オープンのことです。 2001年アメリカ・インディアンウェルズで開催されたBNPパリバ・オープンの準決勝で姉のヴィーナスと対戦予定でしたが、ヴィーナスが棄権しセリーナが戦わずに決勝に進んだことでワザとセリーナを決勝へ進めたと批判が起こり、決勝の舞台で会場全体から差別的なブーイングが続いた。 それ以来セリーナは「2度とこの大会には出ない」とその後BNPパリバ・オープンの出場拒否していました。 2015年に14年ぶりに大会出場を果たしてます。 セリーナ・ウィリアムズを観るなら 女子テニスの2019年の放送・配信は地上波、WOWOW、DAZN、WTA TVが主に行なっています。 WTAツアーは現在、日本ですとDAZNの独占配信になっています。 女子テニスツアーを観るなら断然「DAZN」がオススメだモウ。 まとめ テニス界に止まらず、女性アスリートとしても世界ナンバーワンの地位を築いたセリーナ・ウィリアムズ。 テニス選手として、数々の記録とタイトルを獲得してきました。 そして37歳になった今尚、未だ達成されていない記録に挑戦しています。 彼女に憧れてテニスを始めた選手は大坂なおみを始め数多くいることでしょう。 私生活はヴィーナスを始め家族兄弟姉妹を大切にし、結婚出産を通して自分の家族を持ったセリーナ。 戦う女性の象徴として、「人種差別」や「性差別」とも戦い、彼女の夢であったファッションブランドを立ち上げ、女性を励まし鼓舞するメッセージを送っています。 テニスの枠に止まらず、世界中に影響を与え続けているセリーナ・ウィリアムズ。 彼女の人間力は計り知れません。

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