ハイ コンテクスト。 ハイコンテクストな日本のお断り言葉についてパックンが指摘

Japan as a “high context culture”:ハイコンテクスト文化な日本

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ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化 2017. 04 このコミュニケーション環境を説明するのに役立つ概念として、アメリカの文化人類学者であるエドワード. ホールが唱えた「ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化」という識別法があります。 この識別により、国や地域のコミュニケーションスタイルの特長が理解しやすくなります。 ここで使われている「コンテクスト」とはコミュニケーションの基盤である「言語・共通の知識・体験・価値観・ロジック・嗜好性」などのことです。 ハイコンテクスト文化とはコンテクストの共有性が高い文化のことで、伝える努力やスキルがなくても、お互いに相手の意図を察しあうことで、なんとなく通じてしまう環境のことです。 とりわけ日本では、コンテクストが主に共有時間や共有体験に基づいて形成される傾向が強く、「同じ釜のメシを食った」仲間同士ではツーカーで気持ちが通じ合うことになります。 ところがその環境が整わないと、今度は一転してコミュニケーションが滞ってしまいます。 お互いに話の糸口も見つけられず、会話も弾まず、相手の言わんとしていることがつかめなくなってしまうのです。 このことから、日本においては、「コミュニケーションの成否は会話ではなく共有するコンテクストの量による」ことと、「話し手の能力よりも聞き手の能力によるところが大きい」ことがわかります。 一方、欧米などのローコンテクスト文化ではコミュニケーションのスタイルと考え方が一変してしまいます。 コンテクストに依存するのではなく、あくまで言語によりコミュニケーションを図ろうとします(見方を変えればコンテクストに頼った意思疎通が不得意とも言えます)。 そのため、言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示し、コミュニケーションに関する諸能力(論理的思考力、表現力、説明能力、ディベート力、説得力、交渉力)が重要視されることになります。 ハイコンテクストとローコンテクストの違い したがって、ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化ではコミュニケーションに対する考え方や求められるスキルが異なります。 それらの違いはコミュニケーションが「コンテクスト依存型」か「言語依存型」と大別できますが、さらに具体的な違いをまとめると下記のようになります。 ハイコンテクスト文化 聞き手の能力を期待するあまり下記のような傾向があります。 直接的表現より単純表現や凝った描写を好む• 曖昧な表現を好む• 多く話さない• 論理的飛躍が許される• 質疑応答の直接性を重要視しない ローコンテクスト文化 話し手の責任が重いため下記のような傾向があります。 直接的で解りやすい表現を好む• 言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示す• 単純でシンプルな理論を好む• 明示的な表現を好む• 寡黙であることを評価しない• 論理的飛躍を好まない• 質疑応答では直接的に答える ここで一例を挙げましょう。 ある商社で「先週のインドネシアでの商談はうまくいったのかい」という問いかけがあったとします。 日本型のコミュニケーションスタイルでは、 「人間万事塞翁が馬。 今のインドネシア情勢の変動は激しく予断を許さないからね。 今回の契約もどうなるかとヒヤヒヤしていたんだ。 人間諦めないで最後まで頑張ってみるものだね・・・・」 のように、問いに対する答えを直接的に伝えることよりも、周囲の状況や自分の感情などを詳細に説明することで共感を求め、肝心の答えは相手に推測してもらおうとする傾向があります。 We got two new big contracts there. 大きな新規契約を2つ結んだよ」 のように、問いに対する回答や結果などの重要な情報を明確に伝えます。 推測しなければならないような回答は、伝達側の努力不足でありルール違反であり、非常に無責任なものととられます。 日本人とアメリカ人が会話をすると、アメリカ人が盛んに話し、日本人が聞き手にまわっているのをよく見かけます。 その理由は、一般には英語で会話しているからだと考える人が多いと思います。 ところが実際にはアメリカ人と日本語で会話をしても、相変わらずアメリカ人の話す割合が圧倒的に多いのです。 1日の会話量を計測したある調査データによると、平均してアメリカ人は日本人の2倍の量を1日に話すそうです。 ローコンテクスト社会では、日本人が想像する以上に、言葉によるコミュニケーションが重要視されているのです。 グローバル社会は究極のローコンテクスト社会 それではグローバル社会で求められるコミュニケーションのスタイルや考え方とはどのようなものでしょうか。 その答えもこのハイコンテクスト・ローコンテクストの識別で導き出すことができます。 グローバル社会は経験・知識・価値観・人生観・倫理観、その他宗教や歴史など全てが異なり、さらにお互いに偏見を持ちあっている現実もある、究極のローコンテクスト社会です。 その中でかわされるコミュニケーションは、極言すれば「通じない」ことを前提にしなければならないと言っても過言ではありません。 つまり、グローバル社会においてはハイコンテクスト社会のコミュニケーションは十分に機能しないと言わざるを得ないでしょう。 本人は頑張っているつもりでも「コミュニケーションに熱心でなく、誠意がなく、能力もない」と評価されてしまう危険性が高いのです。 さらにグローバル社会ではコミュニケーション能力の評価が重要なポイントとなり、そこに仕事の能力をオーバーラップさせて評価する傾向が強いのです。 どんなに素晴らしいアイディアや商品を持っていたとしても、表現力がないだけで受け入れられない危険性がつきまとってきます。 コミュニケーション力が十分でなければ、まともな人付き合いや仕事も難しい——それがグローバル社会のルールです。 日本のビジネス環境もローコンテクスト化が進行 したがってローコンテクスト型コミュニケーションに対応していくことは、グローバル社会への第一歩と言えます。 さらにこの対応は国内においても求められています。 日本という国家が本質的な国際化を遂げようとしているいま、グローバル化とは海の向こうのことではなく、日本国内を主な舞台として進行していることなのです。 インターネットマーケットには国境は存在しませんし、外資の進出などで日本企業が外国人とビジネスを行うことも増加の一途をたどっています。 また、日本人同士であっても、価値観が多様化し、特にビジネス社会においては若手社員と管理層の間に代表されるように、コンテクストを共有することが非常に難しくなってきています。 つまりローコンテクスト型コミュニケーション力の修得は、日本のビジネス環境において誰もが求められることになってきているのです。 ローコンテクスト型コミュニケーションでは、先に述べたように「言語」による情報伝達が主となります。 そして相手のコンテクストに関わらず、正確に伝えるためには論理性が非常に重要となります。 そしてローコンテクスト型社会には、その論理性を高めるためのルールやスキルが存在します。 異なる基盤を持つ者同士がコミュニケーションを行うためには、相手が自分の事を何も知らないという前提で、お互いが理解しやすいように話す工夫があるからです。 パンネーションズではこのスキルを日本人向けにアレンジし、誰もが学習できるよう体系化することに成功しました。 アウトライン化技法を使うと、自分の話したいことが的確に整理でき、相手に正確に伝えられるばかりでなく、相手の論理性の欠如を指摘することができ、情報を正確に理解する能力も高まります。 また、会議などグループでディスカッションする時にも論理的な基盤の上で進行することができます。

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日本人が曖昧を好むのはなんで?〜ハイコンテクストとローコンテクスト文化の違い〜

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コンテクストについて理解しよう コンテクストという言葉だけでは、何のことかわからないという方も多いでしょう。 まずはコンテクストとは何か、またコミュニケーションの分野で言われるハイコンテクストとローコンテクストについてご説明します。 コンテクストとは? コンテクストとは、コミュニケーションを取る際の共通認識のことをいいます。 共通認識があることをどれくらい感じているかは、文化や歴史、生活上のコミュニケーションの習慣が大きく影響していると言われています。 たとえば欧米人と日本人ではコミュニケーションの取り方に差がありますよね。 これはコンテクストの違いから生じる差です。 ハイコンテクスト文化 ハイコンテクストとは、コミュニケーションの中で言葉や表情に出さなくても共通認識があるコミュニケーションが取りやすい文化のことをいいます。 日本に「あ、うんの呼吸」や「慮る」というコミュニケーションが成り立つのはハイコンテクストの証です。 共通認識は、共通の常識、共通の考え方などと言い換えることができるでしょう。 同じ境遇を経験していると同じような価値観や意見を持ちやすくなります。 日本は他の文化との接点が極端に少なかった島国であるため、皆が同じ文化を共有しています。 日本ではハイコンテクストなコミュニケーションが習慣化しているのです。 ローコンテクスト文化 ローコンテクストとは、話し手の言葉ありきのコミュニケーションといえます。 言葉にしたことがそのまま伝わり物事が進んでいく文化です。 主に、ヨーロッパなどには、このローコンテクストでコミュニケーションを取る文化があるといわれています。 ローコンテクスト文化ではシンプルで率直な言葉のやり取りが行われます。 言葉にしないと伝わらないため、内に秘めた感覚が通じにくいことも特徴的です。 世界はローコンテクスト寄りの風潮 ハイコンテクストとローコンテクストはコミュニケーションの個性であり、それぞれに優劣はありません。 しかしグローバルにビジネスを進めようとする場合には、このコンテクストの在り方に意識を向ける必要がありそうです。 世界は多様!ローコンテクストが好まれる 日本人の個性もさまざまですが、世界規模で人の個性やコミュニケーションの取り方を見ると多様性に富んでいることがわかります。 このような多様な文化の人たちとともに仕事を進めるときは、共通認識がないことがほとんどです。 相手の受け止め方に暗黙の期待を寄せることは出来なくなります。 伝えたいことは言葉で表現することが大切なのです。 日本人同士にも必須! コンテクストは生活やコミュニケーション習慣で変化するものです。 そのため日本人同士のコミュニケーションでもコンテクストを意識する必要性があります。 たとえば40代と10代では生まれ育った環境が大きく異なります。 さらに価値観も大きく違うでしょう。 そういった時代には、相手のコンテクストを意識したコミュニケーションが求められているのです。 コンテクストについて役立つ本 コンテクストの違いの存在を知り、どのようなコミュニケーションが必要とされているのかを知ることに役立つ本として各国の文化の特色について書かれた「異文化理解力」エリン・メイヤー 著 がオススメです。 千差万別の個性をどう理解して、どう対処していくかを知る手がかりになるでしょう。 異文化を理解することに慣れていないといわれる日本人は、まず、価値観やコミュニケーション手法の「違いの存在」に気付くことが先決です。 日本人同士のコミュニケーションでもきっと役立つ視点を学ぶことができます。 まとめ 日本企業のグローバル化やダイバーシティ化が進むにつれ、個々の社員にはローコンテクストなコミュニケーションが求められています。 ローコンテクストなコミュニケーションはコミュニケーションコストの削減、認識のずれによるトラブル回避にも有効です。 社内で意識してみてはいかがでしょう。

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日本はハイコンテクスト文化?コミュニケーション向上に必要な意識変革

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「文脈」という言葉の意味を確認する コンテクストは、日本語に訳すると「文脈」になります。 ほとんどの場合、コンテクストと文脈は同じ意味で使われますが、コンテクストの方がより広い意味で使われる場合が多いです。 ここで「文脈」という言葉の意味を確認してみると、 「文章の流れの中にある意味内容のつながりぐあい」 (大辞林) つまり、文脈は「文章の流れ」みたいなものでしょう。 例えば、「空」という漢字は、「青空」と「空車」で意味が変わってくる。 「青空」は「そら」、「空車」は「空(あ)く」と読める。 これは、「空」という漢字についている「青」や「車」という漢字の違いに 依存しているということです。 言い換えれば、「空」という漢字が、「青」や「車」という文脈に依存しているというわけです。 このように考えてみると、多くの単語や文章が文脈に依存していることが分かります。 例えば、皆さんが使っている「マウス」が「動物のネズミ」の意味で取られないのも、「パソコンを操作する」という文脈があるからこそなのです。 「コンテクスト」とは何か? コンテクストも、基本は文脈と同じです。 しかしコンテクストの場合、文章に限らず、 社会やあらゆる現象のつながりを意味することがあります。 例えば、「あなたのコンテクストは、私のとは違う」と言ったときの「コンテクスト」は、あなたの文章という意味に限らず、「その人がここに来るまでどういう経緯を踏んで、これからどうしたいか」と言った意味があります。 哲学においては(これも、コンテクストの一種ですが)、人やモノというのはそれぞれ「他者に依存している存在である」と見なす立場が優勢なため、自己や文章の意味を規定するのにコンテクストの問題が重要になってきます。 「僕たちはどれだけのコンテクストに依存しているか?」と言う問題は、現代哲学を読むにあたって欠かせない問いになります。 ハイデガーやデリダと言った哲学者に触れるとき、私たちが いかにコンテクストに縛られているかが明らかになるでしょう。 実際のシーンで使ってみよう! とりあえず、使ってみないと話になりません。 言葉とは、使って初めてその意味を理解できます。 周りの人に通じようが通じなかろうが関係はありません。 通じなかったときは、意味を解説すればいいのです。 それを面倒くさがるような友達は、切りましょう。 ファミレスで…… A「この本どうだった?」 B「うーん、いまいちだったかな」 A「え、なんでよ! 絶対おもしろいと思ったのに! ちゃんと同じもの読んだでしょ?」 B「内容は同じでも、この本を読んだときの コンテクストは違ったんじゃないかな」 A「え? どういうこと?」 B「ええっと、A君がその本に触れたときの環境や状況が、僕とは全然違うってこと。 君の性格も、僕の性格と全然違うし」 A「つまり、状況が違ったから、本の内容も違った印象を持ったってこと?」 B「そう! ここまで話したら、どうしてA君にはおもしろくて僕にはおもしろくなかったかが気になってきた。 一緒にコンテクストの違いを考えてみない?」 帰り道で…… A「はー、今日も疲れた。 帰りに一杯飲んでいかない?」 B「一杯? 何を飲むの?」 A「呆れた。 これに決まってんじゃん、これ(お猪口を口へ傾けるしぐさをしながら)」 B「いやいや、これじゃわかんないよ。 ジュース?」 A「はぁ、僕たちは成人。 そして、今は会社帰りでしょ。 そこで一杯飲んでくって言われたら、お酒しかないでしょ」 B「なるほど。 この コンテクストでは、『一杯』という言葉は『お酒』という意味になるんだね! 勉強になったわ」 A「今まで知らなかったのかよ! 全く、これだからコンテクストを共有しようとしない人間と喋るのは付かれるなあ」 ハイコンテクストとローコンテクスト 若干心理学用語になりますが、「ハイコンテクスト」と「ローコンテクスト」という言葉の意味に触れておきましょう。 ハイコンテクスト文化 先ほどの、「帰り道で……」の項目で話していたA君とB君で説明しようと思います。 A君は、「一杯」という言葉を使って「お酒を飲もう」という意図を伝えようとしました。 しかし、B君はそれを理解できません。 会話中にも合ったように、「一杯=お酒」となるには、たくさんのコンテクストを共有している必要があるからです。 このように、多くのコンテクストに依存していることを「ハイコンテクスト」と言います。 A君のお酒を飲むしぐさなども、「ハイコンテクスト」と言えるでしょう。 口元で何かを飲んでいるしぐさから、持っているものが「お猪口」だと推測するには、やはりA君や日本社会のコンテクストをたくさん知っておかなければなりません。 A君のような会話をする人がたくさんいるような文化を「ハイコンテクスト文化」と言います。 日本は、しばしば遠回し表現をするため、ハイコンテクスト文化だと言われることが多いようです(決してそんなことはないが……笑)。 おもしろいのは、「トイレ」の表現の多さです。 「お手洗い」「化粧室」などは、非常にハイコンテクストな言葉でしょう。 「お花を摘みに行ってくる」とか、センスさえ感じます。 ローコンテクスト文化 反対に、ローコンテクストとは、ほとんど文脈に依存しない言葉になります。 簡単に言えば、「誰でもすぐわかる言葉」がローコンテクストと呼べるでしょう。 というか、そうじゃなきゃ不親切極まりない。 このブログも、例外なく「ローコンテクスト」であることを心がけています。 「一杯」という言葉が伝わらないA君は、しびれを切らして「はぁ、僕たちは成人。 そして、今は会社帰りでしょ。 そこで一杯飲んでくって言われたら、お酒しかないでしょ」と説明しています。 この説明なら、「一杯=お酒」ということが誰に対しても伝わりますよね。 これがローコンテクストです。 通常人間は、こうしてハイコンテクストとローコンテクストを使い分けながら会話しています。 言葉を言い換えるとよりわかりやすくなると思います。

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