トラック 野郎 プラモデル。 青島文化教材社 online shop

一番星 望郷一番星 (プラモデル)

トラック 野郎 プラモデル

概要 [ ] 主演は、。 煌びやかな電飾と極彩画に飾られた長距離トラック(デコトラ)の運転手、一番星桃次郎(菅原)とヤモメのジョナサン(愛川)が巻き起こす、アクション・メロドラマ・お色気・下ネタ・笑い・人情が渾然一体となった大衆娯楽活劇である。 監督は奇才かつヒットメーカーで、菅原とは無名時代からの友人でもある。 『』シリーズなど、これまでシリアスなやくざ役のイメージが一般的には定着していた菅原文太だが、コメディタッチのやくざ映画『』シリーズでの喜劇的演技が好評を博し、本作は本格的に喜劇作品に挑戦した作品ともいえる。 作品誕生の経緯とシリーズ化 [ ] 『トラック野郎』誕生のきっかけは、ジョナサン役のがを担当していたアメリカの『』の様なを作りたいという構想を抱き、自ら東映に企画を持ち込んだのが始まり。 『ルート66』は、「若者二人がを駆ってを旅をする」という内容であったため、当時40歳になる自分がそのままやるのでは無理があると考えていた時、の内で、をを点けたトラックが走っている映像を観て、「これならイケるんじゃないか?」と閃き、当時、愛川が司会を務めていた情報バラエティ番組『』にゲスト出演して知り合ったに「何とか映画にならないものか」と相談 を持ち掛け、二人で「東映の社長(当時)に企画を持ち込み直談判した所、すんなり企画が通った」、「東映は岡田社長の鶴の一声で決まるから」と愛川は証言している。 「 トラック野郎」という題名はプロデューサーのによる命名。 シリーズ全10作の監督を務めたは、東映入社後、助監督時代から専属だったからに移って2年程経ち、この間、『』など3作品を演出、『』など2作品の脚本を手掛けていた。 当時の東映の看板路線だったの人気が下火になりつつあった時期にこの企画を持ち込まれ、やくざ映画に変わる新たな娯楽作を送り出そうと制作に意欲を示していたが、本社の企画会議で岡田から「バカヤロー! トラックの運ちゃんの映画なんて誰が見るんだ! 」と一蹴され、一旦ボツになったが 、「当初予定していた別の作品が俳優の都合で頓挫し、岡田社長から「それでいいから作れ」と、急遽、穴埋めとして製作されることになった」、と幸田清元東映東京撮影所長らは話している。 当初この枠で予定していた映画は、主演・共演の『華麗なる大ドロボウ』(監督予定だった)である。 岡田社長が「お盆映画にしては弱すぎる」と製作を無期延期したため『トラック野郎』が製作された。 宣伝部の福永邦昭は電飾トラックを紹介する雑誌記事を集め、横浜の電飾取り付け工場を取材。 さらには電飾トラックを扱ったNHKのドキュメンタリー番組を見つけ出すと「持ち出し禁止のフィルムを奥の手で借り受けて」、5月中旬には社内試写を行い、岡田から承認を得ていた。 鈴木は「わたしの映画人生の大恩人、岡田茂はヒットすると自分の企画案のように大絶賛していた」と話している。 企画から下準備、撮影を含めた製作期間は2か月、クランク・アップは封切り日の1週間前であった。 シリーズ化の予定はなく、単発作品としての公開だった。 こうして、過密な撮影スケジュールと低予算で製作された『』はに公開された。 ところが、いざ蓋を開けてみると、オールスターキャストの大作 『』(同年7月公開)の配給収入の2倍以上の約8億円を上げた [ — ]ことから、岡田社長は「正月映画はトラックでいけ」、「 喰う野郎やで」、「(2作目の)題名は爆走一番星や! 」と即座にシリーズ化を決定した。 『トラック野郎・御意見無用』の大ヒットの原因について当時の『』は「それまでのがタイトル、内容ともにえげつなくなり過ぎていたきらいがあり、本作はコミカルな要素も加わった異色作品で、観客層もそれまでの東映作品から幅広くなり、女性層もかなり吸引したこと、メガヒットだった『』のが二ヵ月に渡り勢いが下降し、また、もロングランで対抗する作品が皆無で、公開タイミングが最適であった」と分析している。 東映の興行の基盤となるドル箱シリーズとして末まで盆と正月の年2回公開されていた。 愛川曰くライバル映画の『』と常に同時期の公開だったことから、「トラトラ対決」(「 トラック野郎」と「」の対決の意)と呼ばれていた。 内容 [ ] 内容は菅原自身も後に語っているように、ライバル映画であった松竹の『』のスタイルを踏襲している。 毎回マドンナが現れ、惚れては失恋するところは、『男はつらいよ』のそれに似ているが、寅さんが「静・雅」なら桃さんは「動・俗」と対極をなしている。 物語の中核を担うのは寅さんではありえない「」「殴り合いの喧嘩」「派手な」で、とりわけ下ネタのシーンは屋外での行為や(現・、以下「トルコ」)、など、現在の視点から見るとかなり過激な描写も多い。 なお、本作の人気が高まるにつれ、未成年者のファンも増加したため、トルコの場面はそれらの観客への配慮もあり、シリーズ後半以降はほとんど描かれなくなり、テレビで放送される際には時間の関係もありその辺りのシーンをカットの対象とされることが多かった。 やなど、全国各地の有名な祭りの場面が登場するのも、このシリーズの特色である(参照)。 また当時人気のコメディアンや落語家がキャスティングされていることも特徴で、それぞれ一世を風靡した持ちネタや喜劇的演技を披露していた。 アクション、車両 [ ] 喧嘩のシーンはシリアスなものではなく、必ずギャグが入る。 また、カーアクションは、毎回クライマックスで一番星号が暴走する一方、多くの回(参照)で追跡する白バイやパトカーが横転、大破するなど、警察をコケにした代物である。 その為、からクレームが有り打ち切りとなるきっかけになった。 劇中に登場するトラックに関しては、第1作目で使用された一番星号(・)とジョナサン号()は廃車両を譲り受けたものだったが、続編の製作決定を期に共に新車(正確には北海道・室蘭で東映が購入した新古車、車種は一番星号がで、ジョナサン号は)に代替され、最終作の『故郷特急便』まで使用された。 三番星号はが使用された。 また、撮影にあたり、「哥麿会」などのデコレーション・トラックグループが全面協力。 実在のトラックも多数登場している。 ストーリーの骨子(プロット) [ ] 日本全国津々浦々を走る長距離トラック()運転手、一番星こと星桃次郎()が主人公。 やもめのジョナサンこと松下金造()は子沢山の相棒。 この二人が各地で起こす珍道中を描く。 シリーズ全10作に通ずる基本的なストーリーは、桃次郎が目の前に現われたマドンナに(たいてい便所や情けない姿をしている時に遭遇)一目惚れをし、相手の趣味や嗜好に合わせて(見当違いの)付け焼刃の知識で積極的にアタックしていく。 また、個性の強いライバルトラッカーが現われ、ワッパ勝負(トラック運転での勝負)や一対一の殴り合いの大喧嘩を展開する。 結局、恋は成就せず物語はクライマックスへ。 天下御免のトラック野郎に戻った桃次郎は、時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、愛車・一番星号に荷(時には人も)を載せてひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走る。 その走りぶりはアクセルを踏み込んだ時の加速力(メーターの上がり方)からしてもうかがえる。 追っ手の警察を蹴散らし、強化された検問を突破し、トラック野郎達の応援・協力を得て、道なき道を走り一番星号を満身創痍にしながらも(劇中に障害物で行灯が割れたり、泥水でトラックが汚れるなどの描写がある)時間内に無事送り届け、修理を終えた一番星号とジョナサン号が走り去る…というシーンで終わりを迎える(第1作のエンディングは一番星号がジョナサン号を牽引し、第3作ではジョナサン号が一番星号を牽引した。 これは、激走の代償として自走不能となってしまったため)。 後半の第6作以降には登場しない(ただし、第9-10作では母ちゃんがジョナサン号のハンドルを握るシーンがある)。 クライマックスの爆走 [ ] No. 出演者 [ ] 全10作に登場するキャラクターは、星桃次郎(一番星)、松下金造(やもめのジョナサン)のみである。 次点は松下君江(母ちゃん)の8作。 松下家の子供たちも同じであるが、途中で俳優が入れ替わっているため、子役の最多出演数は5作となっている。 なお、本業の俳優ではないが、グループの初代会長の宮崎靖男が、哥麿(うたまろ)役(運転手役)で第3作以降全作に登場している(第1作には「運転手」役で、第2作では「宮崎」役で出演)。 一番星桃次郎 [ ] 星 桃次郎(ほし ももじろう、演:)、主人公。 オープニングでのクレジットは「 一番星桃次郎」。 ジョナサンや松下君江(母ちゃん)からは「桃さん」と呼ばれている。 初期は、仲間のトラック野郎からは「 一番星」、女性(ドライブインのウエイトレスなど)からは「桃さん」と呼ばれていた。 徐々に男性からも「桃さん」と呼ばれるようになる(マドンナ基本的に「桃次郎さん」と呼んでいる)。 性格は短気で血の気も多いが、情に厚く真っ直ぐで、卑怯な真似を嫌う。 普段は粗野だが根は純情。 酒好き、女好きで大食漢。 トラック仲間からの人望が厚い。 相棒のジョナサンとは、時には大喧嘩するものの、その時も心の中では親友と思っている。 夏の衣装はダボシャツに腹巻、雪駄もしくはブーツ。 冬は上はタートルネックやコート、足元はブーツになるが、腹巻は服の上からしている(夏冬とも)。 第1作や第2作ではツナギ姿も見られた。 腹が弱く、運転中によく便意を催し、耐え切れない時は野外で脱糞をすることもある。 住所不定のため、手紙はいきつけの川崎のトルコ「ふるさと」宛に届けられる。 自ら「心の故郷」と言うほどのトルコ好きで、千人以上抱いていると称している。 無類の女好きで、ジャリパン(路上)とセックスしながら運転する事もあった(第8作のオープニングのラスト)。 マドンナに自己紹介する時は「学者」(第6作)、「関係」(第3作)など職業を偽る(あるいは見栄を張る)クセがある。 一人称も「僕」に変わる(普段は「俺」)。 マドンナの前でトイレ、トルコなどのネタが振られた場合、「下品な!」と一蹴しており、普段の性格とまるっきり反対の行動となっている。 マドンナにはほぼ毎回一目惚れしている(第9作のみ例外)が、ほぼ毎回振られている(第5作のみ例外)。 振られる原因は、桃次郎自身の言動や行動が、マドンナの想いを後押ししている場合がある。 振られることがハッキリした時は、マドンナと恋人の仲を取り持つ方に回ることもある。 直接取り持った例 - 第1・6・7・9作• 間接的に取り持った例 - 第2-4作 この他、第2作では杉本千秋(演:)と赤塚周平(演:)をジョナサンと共に取り持っている。 また、ライバルとの喧嘩の結果、第3作では浜村涼子(演:)と大熊田太郎次郎左衛門(演:)の、第5作では江波マヤ(演:)新村譲治(演:)の橋渡し役ともなっている。 東北の寒村の生まれだが、小学生の時にダム建設のため一家は村を追われ、父親の知り合いを頼ってへ移る。 にわか漁師となった父親は、下北へ移って間もなく海難事故で死亡。 その後、母親と妹と3人で極貧の中生き抜いてきたが、母親もその後病死している。 妹は生死不明で、劇中でもほとんど語られる事はなかった。 上記は第8作で語られたものだが、第2作では「母親がいない」という父子家庭だったと語っている(兄弟については説明なし)。 自分の生まれ故郷がダムの湖底に沈んで無くなってしまった為か、「故郷」というものに対する想いは人一倍強い。 性格に似合わず、泳げない(いわゆるカナヅチ)ばかりか、犬(特に)や馬も苦手である。 やもめのジョナサン [ ] 松下 金造(まつした きんぞう、演:)。 桃次郎の相棒。 妻帯者で子沢山。 行灯は「 やもめのジョナサン」(当時ヒットした映画「」の )。 クレジットの定位置はトメ(最後)となっているが、ライバル俳優がトメに回る場合(第5作のと第6作の)は2番目にクレジットされている。 クレジットは「 ヤモメのジョナサン」とカタカナの場合がある(第2・6-8作)。 性格は温厚で明るく人情家。 津軽出身。 元警察官で、かつては鬼代官ならぬ「の鬼台貫(だいかん)」と恐れられた。 パトカーの酔っ払い運転でになり、トラック野郎になる。 鬼台貫とは(=重量測定器)を用いて容赦のない取締りをする鬼代官(=警察官)であることを表した掛詞である。 運転手仲間やウエイトレスなど、ある程度親しい男女からは「ジョナサン」と呼ばれることがほとんどで、「ジョナサン さん」とは呼ばれない。 玉三郎を除き、本名(苗字)で呼ぶことは稀である(第4作の序盤での運賃の支払い場面や、第8作の金融会社、第9作の上松運送のシーンなど、改まった場面のみ)。 家族からは「父ちゃん」と呼ばれている。 苗字の「松下」は、愛川が出演したののCM内でのセリフ「あんた、 松下さん? 」にちなむ命名で、(当時の)日本一の金持ちであるにあやかっている。 また、第7作では松下運送の社歌を歌ったが、松下電器の社歌の替え歌である(車体にも書き込んでいた)。 普段の衣装は虎縞の腹巻が定番(帽子は第2作から)。 男女の仲を取り持つのが得意だが、桃次郎とマドンナの仲は取り持てていない。 仲を取り持った例は、以下の通り。 第1作 - 万田千吉(演:)と竜崎京子(演:)• 第8作 - 馬場作太郎(演:)と石川鮎子(演:) この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)を、桃次郎と共に取り持っている。 また、第3作では浜村涼子(演:)と大熊田太郎次郎左衛門(演:)の仲を取り持つきっかけも作った。 のみならず「花嫁募集中」の行灯まで存在する。 マドンナや意中の女性の前では「妻とは死別」、「妻は出て行った。 原因は子供が出来なかったこと」などと寡夫と称して口説こうとする場面がある。 トラック「やもめのジョナサン号」は公称4トン半の積載量である。 としての特徴としては、車体側面に大きくが描かれていることが挙げられる。 運転席の背面にも一万円札ならぬ一億円札を何枚も印刷したデザインのカーテンが引かれている(第2作まではヌードパネルだった。 回転式であり、自宅に留める際は背面の家族写真にひっくり返している)。 行灯にも「」(当時の一万円札に使用されていた)があるほか、「」、「日本銀行御用達」なども設置されていた(無論、荷は魚か野菜、果物ばかりで、現金を輸送するシーンはない。 日本銀行とも無縁だった)。 松下君江と子供たち [ ] 松下 君江(まつした きみえ、演:) ジョナサンの妻。 第5作と第7作を除く8作品に登場。 夫や子供たちからは「母ちゃん」と呼ばれる。 子沢山で、実子は7人(第1作序盤)から9人(第3作)に増加。 さらに養女がいる。 父は元警察署長。 第2作で結婚14年目と語られている(長子の幸之助は学生服姿であり、この時点で中学生と見られる)。 ジョナサンが航海(長距離輸送)から帰ると、生卵など栄養のある物を食卓に並べ「久しぶり」とセックスを促している(ジョナサンが及び腰なのも含めて、シリーズの「お約束」となっている)。 ジョナサンが病気や怪我の時(第9作、第10作)は代わってジョナサン号に乗る、パワフルな肝っ玉母ちゃんである。 松下 由美(まつした ゆみ、演:角所由美) 松下家の養女。 旧姓は寺山(てらやま)。 第1作で一番星号の運転席に手紙と共に置き去りにされており、困惑する桃次郎に対し、ジョナサンが引き取りを申し出た。 その後、ねぶた祭りのテレビ放送を見て踊りだしたことから青森出身と推測され、桃次郎・ジョナサンに連れられねぶた祭りに参加。 この時、知り合いの土田(演:)に偶然遭遇し、父親が判明した。 父・寺山正吉は11トン車の運転手だったが、積載オーバーとスピード違反により免停6箇月になり、月賦が払えないうえに病気になり、妻に逃げられる。 その後、由美を一番星号に置き去りにしたが、これは運転手仲間を信頼してのことと思われる(土田の推測による)。 (ねぶた祭りの)3日前に、トンネル工事の爆破に巻き込まれ死亡した。 寺山を目の敵にしていたのが「花巻の鬼台貫」であると聞かされ、ジョナサンは責任を痛感する(その後、台貫場に突入する)。 第8作以降は未登場(第9作の点呼に登場せず)。 『映画「トラック野郎」大全集』 、『トラック野郎 浪漫アルバム』 ともにクレジットされていない。 松下家の実子たち 君江と同じく、第5作と第7作を除く8作品に登場するが、前期のキャストは第6作まで(ただし、年少者などは何度か替わっている)。 第8作以降は総入れ替えとなっている。 これは、「(浮気がバレたりして)ジョナサンに子供たちが詰め寄る」というシーンが考慮されている。 子供たちが成長しすぎたため、「子供たちの体格が良すぎると、笑えるシーンじゃなくなる」と、監督の鈴木が判断したためだった。 しかし、「(20作ぐらい続くと思っていたが)、10作で終わるのであれば、変えない方が良かった」と鈴木は回想している。 幸五郎(5男)は第1作終盤で、幸六郎(6男)は第3作『』で誕生(第2作で受胎が説明されている)。 登場作では、横一列に整列しての点呼(年齢順に自分の名前をいう)が恒例になっているが、後期のキャストでは第9作のみに留まっている。 乳飲み子等、まだ喋れない子達は、君江やジョナサンが代わって紹介する。 その際、長男のみ苗字込み、以後は苗字を省略して名乗る。 ほぼ全員一緒に行動する。 個人で見せ場があるのは例外である(第4作『』において3女・サヤ子が養女に貰われたり、第6作『』で君江と幸之助がジョナサンを尾行するシーンなど)。 幸之助(長男) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 酒井克也(第8-10作) 幸次郎(次男) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 桜庭一成(第8-10作) 美智子(長女) 前期 - 白取雅子(第1-4・6作) 後期 - 大久保和美(第8-10作) 華子(次女) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 文蔵あかね(第8-10作) 幸三郎(3男) 前期 - 大久保純(第1-4・6作) 後期 - 木村雄(第8-10作) サヤ子(3女 ) 前期 - 鈴本照江(第1作)、高橋直美(第2・3作)、吉田利香(第4・6作) 後期 - 石井ひとみ(第8-10作) 由美(4女) 前期 - 角所由美(第1-4・6作) 後期 - (なし) 幸四郎(4男) 前期 - 一条寛之(第1・2 作)、斉藤宙(第3作)、東剛(第4・6作) 後期 - 中村太郎(第8-10作) 幸五郎(5男) 前期 - 不明(第1作 )、吉崎勝一(第2 ・4・6 作)、東力也(第6作 ) 後期 - 小椋基弘(第8-10作) 幸六郎(6男) 前期 - 不明(第3作 )、吉田絵里(第4 ・6 作) 後期 - 石井旬(第8-10作) 資料によって相違する部分は、出典を明記した上で併記した。 オープニングでのクレジットは「 三番星玉三郎」。 オープニングで役名がクレジットされるのは、一番星、ジョナサン以外では玉三郎のみである(クレジットの順番もマドンナより前)。 元トラック野郎だったが、初登場(第7作『』)の職業はインチキ。 同作のラストでトラック野郎に復帰した。 桃次郎やジョナサンに弟子入りしたものの、無責任かつお調子者のため、失敗の連続であり、愛想をつかされる場面もある。 第8作『一番星北へ帰る』では、友人に金を持ち逃げされ、トラックも人手に渡ったために社員に転職。 その後、ライバルのBig99に拾われアシスタントとなった。 最終的にはトラックを取り戻すに至る。 第9作ではドライブインの従業員となり、娘の婿になる計画を立てていたが、友人から使い物にならないインベーダーゲームを押し付けられたため、クビになる。 その後、トラック野郎に復帰、クライマックスで囮となり警察を引き付けた。 10作目も出演予定であったが、せんだの急病により取りやめとなった。 テル美 桃次郎いきつけのトルコ「ふるさと」のトルコ嬢。 他に3人ほど馴染みの嬢がいるが、絡んでいるシーンがあるのはテル美のみである。 たらいで洗濯するなど、かなり面倒見がいい。 初代は(第1-3、5-6作)、2代目は(第8-9作)。 第3作以降全作登場。 哥麿の羽織を着ていることが多い。 ドライブインのシーンなど、運転手が集まる場所で登場し、桃次郎やジョナサンの側(もしくは奥、あるいは手前)に映っていることが多い。 一番目立っている(一番セリフの多い)シーンは第5作のクライマックスで、「桃次郎に無線封鎖の件を伝え、(自分の)妻の手製弁当を差し入れる」シーンである。 宮崎は俳優ではなく、トラック運転手が本業である。 本作の企画のきっかけとなった、NHKのドキュメンタリー番組内にも登場しており、本作製作にあたり哥麿会を立ち上げ、トラックの手配などで貢献している(初代会長であり、後に終身名誉会長となった)。 2010年の『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』( MOOK)では、監督のと共に全作を視聴し、当時のことについて言及している。 宮崎の出演としては、第1作の台貫場のシーンが初。 この時は「運転手」役であり、終始拝み倒すような姿勢であり顔が判らない。 その上、声はが吹き替えている。 そしてノンクレジットである。 続く第2作では「宮崎」役となっているが、初登場は同じように台貫場のシーンであった。 ただし、こちらは演じる警官から「宮崎」と呼ばれるなど、前作よりは目立っている(オープニングにもクレジットあり)。 以後、ドライブインのシーンなどにも登場している。 主なスタッフ [ ] 企画は1作目のみ単独、以後は連名。 脚本は全作共同脚本(連名)である。 監督:• 企画:高村賢治、天尾完次(第2-10作)• 脚本:鈴木則文(第1・2・4・6・8・9作)、(第1-3・5作)、(第3・5作)、中島信昭(第4・7-9作)、掛札昌裕(第6-9作)、(第10作)、松島利昭(第10作)• 音楽:(第1・2・4・5・7-10作)、(第3作 )、(第6作 )• 撮影:仲沢半次郎(第1・4作)、飯村雅彦(第2・3・5-7作)、中島徹(第8作)、中島芳男(第9作)、出先哲也(第10作)• :(クレジットなし。 第4 ・3・6・7 作)• 協力会社、組織(複数回登場したもののみ)• 株式会社カントリー(全作):が、当時所属していた事務所。 (全作):宮崎靖男を中心としたトラック運転手のグループ。 本シリーズのために立ち上げた組織で、トラック等の手配に尽力した。 (第1-3・5作)• (第8・9作) 主題歌・主な挿入歌 [ ] 唄:・愛川欽也 作詞:、作曲:、編曲:• 主題歌。 全10作中、第8作『一番星北へ帰る』を除いた9作品でオープニングとエンディングに使用された。 挿入歌。 第1作と第2作で使用。 毎回のように挿入歌が作られたが、複数作品で使用されているのは本曲のみ(使用シーンは、共に一番星号で桃次郎とマドンナがドライブする場面)。 第1作では、ドライブの途中でガソリンスタンドに寄って給油しているが、スタンドの店員をダウン・タウン・ブギウギ・バンドのメンバーが演じている。 監督のキャッチコピー [ ] 予告編でのキャッチコピーは以下の通り。 (なし)• (なし)• 大ヒットメーカー• 喜劇の大将• 喜劇のエース• ヒットメーカー• ヒットメーカー• (監督のクレジットなし)• 絶好調 シリーズ一覧 [ ] 桃次郎・ジョナサンの地元であるは、『突撃一番星』を除いた全ての作品に登場するため一覧からは除外した。 また、第10作のみダブルマドンナである。 なお、「龍馬號」はあくまで垣内竜次が運転するトレーラーの名前である。 大谷直子が演じた北見静代は子持ちの未亡人であり、従来のマドンナと一線を画している。 (澤井信一郎・田中陽造脚本)と(澤井信一郎脚本)の、準備稿の存在が確認されている。 どちらも設定が変更されて公開に至った。 備考 [ ] シリーズそのものに関わる事柄 [ ] 造語 「トラック野郎」という言葉は、東映が作った造語であるが、映画のヒットで大型・長距離トラックの運転手の俗称として一般的に使用されるようになった。 また本作はのデコレーショントラック()が巷に溢れるきっかけの一つとなった。 車両のデザイン、ペイント 一番星号・ジョナサン号・ライバル車といった、劇中に登場するトラックのデザイン及びトラックの箱(荷台)に描かれた絵は、本シリーズ全10作の美術監督を務めた桑名忠之がデザインを担当した。 ペイントを担当したのは、塗装業務会社である。 シナハンと装飾 第1作の撮影前、鈴木則文と澤井信一郎とで、長距離トラックに同乗する5日間の取材旅行を敢行し、シナリオの執筆にあたった。 一番星号の正面下部にある「雪の下北」、「はぐれ鳥」の装飾は、取材旅行で最初に同乗したトラックにあった装飾を、そのまま引き継いだものである。 キラ星の演出 本シリーズのお約束でもある、桃次郎とマドンナが初めて遭遇する場面で、アップで映るマドンナの周囲に無数の星が輝くカットがあるが、これを考案したのは第1作『御意見無用』、第4作『天下御免』の撮影を担当した東映東京撮影所のベテラン撮影技師・仲沢半次郎である。 警察との対立 トラックの「違法改造」の問題、また菅原文太が当初大型免許を所持していなかったことから、撮影時は警察との対立が絶えなかった。 方向性の転換 8月公開の第7作『』までは全体的にコメディ色の強い作風であったが、同年12月公開の第8作『』からはシリアスな面もかなり描かれている。 [ ] シリーズの終了 [ ] シリーズ終了の経緯については諸説ある。 本シリーズは、第3作『』から第8作『』まで4週間(28日間)の興行を打っていたが、12月公開の第10作『』はもどきの併映作『』に足を引っ張られ 、極端の不振で予定より4日早めて24日間で打ち切りになり、『』の繰り上げ公開となった。 第10作は2人のマドンナを迎え、これまでの大ヒットには及ばないとはいえ、多くの観客を集めた。 シリーズはすべてヒットし、盆と正月に公開される東映の興行の柱であった。 打ち切りの通達が発表される直前まで鈴木は、第11作として山陽・山陰路や夏の秋田、冬の北海道といったロケ地を打診していた。 菅原文太は「10億円を切ったって嫌みを言われたから俺の方からやめたんだよ」と話している。 『』は「岡田茂社長が『』や『』、『』といった大型や大作を稼ぎどきにぶつけ、収益広大を目指したため打ち切った」と論じている。 1980年1月2日のには「東映は大作路線の強化、安定を図るため、かせぎ時の正月、夏休み興行でドル箱シリーズとなってきた『トラック野郎』を現在公開中の10作で打ち切り、大作に置きかえていくことになった。 東映のほか、東宝、松竹を含めた邦画大手3社は正月、夏休み興行に人気シリーズ作品を配し、手堅くかせぐ作戦を展開してきたが、東映では同シリーズの動員力が頭打ち現象が強まってきたとして方向転換を図ることになったもの」と書かれている。 今年のお盆に出ないことだけは決定したが、東映は、シリーズをこれで完全に打ち切るかどうかはまだ未定だと言っている。 ただ、作品自体の力の落ち具合からみてもやはり、ここらで打ち切りが妥当だろう。 『トラック野郎』に対する評価は落ちている。 昨年のお盆興行でも、看板の『トラック野郎』に稼働力があったのではなく、併映の『』が引っぱった感じがある。 聞いたところによると『トラック野郎』を正月とお盆の興行からはずし、一本立て大作としてやれば、平月でも6、7億円稼ぐようになるのではないかという楽観的な見通しのもとで一応やる方向にいっているというが、それでも無理なような気がする。 今までの東映の流れを見ると、が約6年、その後のが3年か4年。 それで『トラック野郎』が今回で5年目を迎えた。 路線番組の時間的な流れからみても、もう大体寿命が尽きているからこれで打ち切りだろう。 今の日本映画の状況を考えるともう路線で当たる時代ではなくなってきているから」などと書かれている。 『』1980年4月号には「東映は新年早々、今年のお盆番組は『トラック野郎』を製作しない。 しかし、シリーズ打ち切りではない、と未練たっぷりではあるが、敗北宣伝をしなかった。 東映のいう延期は、過去の例でいうと事実上の中止であるため、もう、文太・キンキンのコンビが復活することは九分通りないだろう」と書かれている。 はっきりと打ち切りは発表されず、継続を模索しているうちに、うやむやに終了してしまったものらしい。 シリーズの打ち切りの後、トラックも売却された。 車両のその後 [ ] 一番星号はシリーズが終了後売却されるが、売却される前の1980年(昭和55年)に放送された特撮テレビドラマ『』第8話「白骨都市の大魔王」ではロケ地でもある東映大泉撮影所の資材置き場に放置されている姿が映し出された。 売却後、1980年代前半はパチンコ店の看板車両として展示されていたが、車両へのいたずらや部品の盗難や破壊等によって1980年代中盤に廃車状態で中古車販売店に置かれていたことが確認されていた。 その後1988~89年ごろに大阪でリサイクル業を営む個人オーナーが購入して修復し、1991年頃に復活させた(ただしこの時の修復は当時の姿とは違う部分もあり、電飾等は完全に修復できず、サイドウインカーや後部反射板など、時代々々の法改正に合わせたパーツが装着されていた)。 その後は主に仕事車両として使われていたが、2000年代後半あたりから排ガス規制等の事情で走らせることが困難となる。 それでも思い入れが強かったため手放すことはしなかったが、2014年に全国哥麿会の会長である田島順市との出会いを機に考えを変え、一番星号を哥麿会へ譲渡することとなった。 譲渡後はイベントに参加する傍ら当時の姿に近づけるべく段階的にが行われ 、2019年までに前述の電飾関係も含めほぼ当時の姿に修復 、『』 など数々の作品に登場した「竜神丸」 と共に各地のイベントに顔を出している。 修復にあたっては、電飾は滋賀県のが、箱絵は福島県のの手によって行われ、箱絵ペイントの修復 には本車両の箱絵のデザインを手がけた美術監督の桑名忠之(車両のデザイン、ペイントの項目参照)も参加した。 その他、2007年には個人オーナーの手によって第9作『熱風5000キロ』仕様のレプリカ車が製作され 、『カミオン』2007年12月号では一番星号(オリジナル)との初対面を果たしている。 一方ジョナサン号はシリーズ終了後にライバル車として登場したコリーダ丸や龍馬號を所有していたが購入したものの、仕事車両としては使い勝手が悪かったため売却。 その後所在を転々とした後(一時期は売却後の一番星と同じ場所に置かれていたこともあった)、時期は不明だが部品が盗難され痛みの激しい状態で茨城県のスクラップ業者に置かれていることが確認された。 その後解体された模様で車両は現存せず、荷台箱のみ頃とある農家の倉庫として使われていたのが目撃されていたが、2000年代に入る前に処分されている。 その後2010年に群馬県にあるトラックパーツショップ「」の手によって1から作り起こしたジョナサン号(第9作仕様)が完成し、公式ウェブサイトでは『カミオン』誌の特集記事をそのまま掲載している。 ゲスト車両として第10作に登場した龍馬號は、1986年に事故で損傷した荷台ペイント部分の修復を行い、当時の『カミオン』誌でも記事に取り上げられた。 1998年にで放送された『』の企画でトレーラー部分が爆破解体される。 現在は2代目として同じデザインのペイントを施した3軸のトレーラーが存在する。 派生作品と続編の企画 [ ] 東映は、に新しいトラック野郎にを起用して『』を公開するが、本作と比較すると興行は芳しいものとは言えなかった。 に『新トラック野郎』としてシリーズを復活させるという企画が持ち上がり、『トラック野郎』第6作から第9作の脚本を担当したが脚本を書いた。 「主役は桃次郎ではないが二人組。 トラックとよくすれ違う、60代の男が運転する謎の自家用車が出てきて、実はそれがもう余命いくばくかもない奥さんに日本全国を見せるために走っている事だっていうのが最後に分かる」という話。 これを岡田茂に見せたところ、「お前、気が狂ったんじゃないか?」と一喝され却下されたという。 後に掛札は『爆走トラッカー軍団』シリーズの全作で脚本を手がけている。 テレビ放送 [ ] 12月に、シリーズ初のテレビ放送が行われた。 第1作『』が「」の特別篇として2時間拡大版として放送された(当時は1時間半枠)。 翌年に第2作から第4作までが、ゴールデンタイムに順次放送されていった。 当時は、東映がの筆頭株主だった(現在は2位株主)関係で、の中期ぐらいまでは、よく放送され ており、特に年末年始は必ずといっていいほど放送があった。 また、初頭まではTBS土曜午後の映画枠(『』)の常連でもあった。 9月以降よりにて定期的に放送されている。 近年の地上波ではほとんど放送されていない。 ただし、2010年代に入って本作の主人公である桃次郎とジョナサンを演じた菅原文太と愛川欽也がに入った後は、その追悼として放送された(参照)。 シリーズ終了後の話題(2000年代以降) [ ] テレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマ『』GP37(第37話)「炎神バンキ!? 」にて、デコトラをモチーフとした怪人「エンジンバンキ」(声 - )が登場。 怪人の攻撃技で当シリーズのタイトルが多数使用された。 怪人は広島弁で台詞を話し、(最後の台詞)は「最終作は…故郷特急便…もっと爆走したかったんじゃがのぅ…」だった。 7月、シリーズ完結30周年記念として、研究本『映画『トラック野郎』大全集』が出版された。 に放送されたテレビ朝日の深夜番組『』で、新・3大トラック野郎の男気あふれる爆走」と銘打ち、第5作『』、第3作『』、第6作『』の3本を取り上げた。 なお2017年3月28日放送の『怒り新党』最終回では、『男一匹桃次郎』を再放送した。 9月、のフルモデルチェンジの際、テレビCMに菅原文太とが出演した(のちにもこのCMのレギュラーに加わる)。 1月により『CRトラック野郎』がリリースされる。 12月、主演の菅原文太が死去。 追悼番組として、の『』で、12月4日に『』が放送された。 菅原の訃報が報道されている時期に、菅原文太とが一緒に写った写真がネット上で話題となった (1978年に、デビュー間もない頃のヴァン・ヘイレンが初来日時に東映の撮影所に訪れており、菅原と共に写真を撮影していた)。 主演の愛川欽也死去。 追悼番組として、テレビ東京の『午後のロードショー』で、4月20日に『』 が放送された。 2月に開催されたにて一番星号が展示される。 デコトラ以外の自動車イベントでは9月のジャパントラックショーでも展示された。 4月、の河川敷にて、愛川欽也三回忌チャリティーイベントが行われる。 デコトラグループ「関東み組」の主催で、全国から550台のデコトラが集まった。 「哥麿会」初代会長の宮崎靖男の協力で、愛川の妻のおよび東映の公認を得て開催された。 8月、WOWOWにおいて「」以外の9作が放映された。 関連グッズ [ ]• DVD(全10作):• ビデオ(全10作):東映ビデオ• ブルーレイ 全10作 :東映ビデオ• サウンドトラック(全3枚):AMJ• :(現:)• (10種・12台):(現:)• モーター駆動で走って光る(4種類):• CRトラック野郎():• 他に業者が契約を無視して5000円のパネルを勝手に作り市場に出回った。 これはプラモデル初心者にも作りやすいキットだったが、2010年代は店頭で見ることが稀になってしまったぐらいの貴重品である。 『』のオープニングでは、これで遊ぶ子供たちが登場している。 またそのバンダイの関連会社で、後にバンダイに吸収されるのミニカー玩具「」から、『』・『天下御免』・『』にそれぞれ登場した桃次郎のトラックをキット化して発売した。 いずれもによりキャビンとコンテナが光るギミックが搭載されている。 この他にも、ポピーの関連会社「ロビン」から、ポピーの主力商品「」と同じ素材で作られたダイキャスト製「超合金バッジ」にも、本作のトラックを象ったバッジが発売された。 また、1978年には、ポピーがスポンサーとなったテレビアニメ『』(トレーラーが巨大ロボットに変形する)が放送され、玩具も販売された。 その後、『熱風5000キロ』版、『突撃一番星』版、『男一匹桃次郎』版、『天下御免』版、『一番星北へ帰る』版、5作目の『度胸一番星』版がモデル化されている(2015年現在)。 他にも当時の映出車であるコリーダ丸(2007年及び2012年)、龍馬号(2007年)や、6作目のライバル車両である「袴田運送」(ただし一部実車とは異なる)などがモデル化されている。 注釈 [ ] []• 鈴木則文は後年のコラムで『男はつらいよ』=古典落語、『トラック野郎』=漫才と述べている。 「一番星」の名は、哥麿会副会長のトラックの愛称が由来となっている。 キャスト一覧にてニックネームの記載なし。 『トラック野郎 浪漫アルバム』 94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。 キャスト一覧にてニックネームの記載なし。 『トラック野郎 浪漫アルバム』94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。 『』誌の読者投稿コーナーにも掲載されていた。 電飾修復作業の途中、桃次郎役の菅原が逝去した。 主演のも菅原が亡くなる9日前に逝去していた。 この車両も2000年代後半にが購入、荷台ペイントやアンドンの装飾などを同遊園地で稼働していたジェットコースターをモチーフとしたデザインにリニューアルし「二代目絶叫丸」としてイベント用として使用されていたものを2012年に哥麿会で買い取り、再度「竜神丸」として復活させている。 ただしこの車両は劇用車として登場した当時の姿での修復ではなく新たなペイント等が施され、電飾も更なるアップデートを重ねている。 前オーナーが修復してから20年以上の年月が経過していたため塗装の痛みが激しく、既存の塗装の上から描くことは困難だったため、完全に剥離してからの描き直しとなった。 特に開始の『』(月曜 20:02 - 21:48)では、4月まで常連だった。 出典 [ ]• 「アナーキー日本映画史1959-1979」• 、225、229頁• : p. 1975年10月7日• 2016年4月8日. 2016年4月20日時点のよりアーカイブ。 2016年6月27日閲覧。 、203頁• 日本経済新聞2月21日掲載分・鈴木則文コラムより• 、14頁• 、117頁• 「邦画新作情報 『トラック野郎』がシリーズ化に」『キネマ旬報』1975年10月下旬号、、 180頁。 「映画館 ヒット・Hit」『キネマ旬報』1975年10月下旬号、キネマ旬報社、 176頁。 、105、115頁• 、83頁• 、91頁• 、66頁• 、45頁• 、33頁• 、723頁• 、85頁• 、75頁• 、55頁• 、65頁• 、31頁• 、85頁• 、75頁• 、55頁、61頁• 、85頁• 、172頁。 、63頁• 、95頁• 、77頁• 、115頁• - スポーツ報知、2014年12月4日• 、156頁• 非売品小冊子「東映ビデオコレクション劇映画総解説」p. 18より• 、137頁• 192• 『シネアルバム 日本映画1981 1980年公開日本映画全集』佐藤忠男、山根貞男責任編集、芳賀書店、1980年、 p. 190• ありがとう、鈴木則文 天下御免の三角マークよ永遠なれ! 鈴木則文監督と映画 『トラック野郎』」『』2014年8月号、、 10頁。 「役者 鏡 菅原文太インタビュー 聞き手・市井義久」『』1997年冬号 No. 381、編集プロダクション映芸、 149頁。 : p. 1980年1月12日• 高橋英一・西沢正史・脇田巧彦・「映画・トピック・ジャーナル 『トラック野郎』製作中止か?」『キネマ旬報』1980年3月上旬号、キネマ旬報社。 河原一邦「邦画マンスリー」『』1980年4月号、、 226頁。 「映画の旅人」2014年9月27日• 、233頁• - Car Watch• amass 2014年12月2日• シネマトゥデイ. 2015年4月17日. 2015年4月17日閲覧。 「文太スゴめば東映ブルブル『トラック野郎』の海賊版パネル出回りファンのため怒る」『』1976年7月31日号 p. 33、。 「超合金Walker」()84 - 85頁 2015年 参考文献 [ ]• 鈴木則文『トラック野郎風雲録』、2010年。 鈴木則文、宮崎靖男、小川晋『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』〈 洋泉社MOOK〉、2010年。 鈴木則文『新トラック野郎風雲録』、2014年。 、『トラック野郎 浪漫アルバム』、2014年。

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一番星 望郷一番星 (プラモデル)

トラック 野郎 プラモデル

概要 [ ] 主演は、。 煌びやかな電飾と極彩画に飾られた長距離トラック(デコトラ)の運転手、一番星桃次郎(菅原)とヤモメのジョナサン(愛川)が巻き起こす、アクション・メロドラマ・お色気・下ネタ・笑い・人情が渾然一体となった大衆娯楽活劇である。 監督は奇才かつヒットメーカーで、菅原とは無名時代からの友人でもある。 『』シリーズなど、これまでシリアスなやくざ役のイメージが一般的には定着していた菅原文太だが、コメディタッチのやくざ映画『』シリーズでの喜劇的演技が好評を博し、本作は本格的に喜劇作品に挑戦した作品ともいえる。 作品誕生の経緯とシリーズ化 [ ] 『トラック野郎』誕生のきっかけは、ジョナサン役のがを担当していたアメリカの『』の様なを作りたいという構想を抱き、自ら東映に企画を持ち込んだのが始まり。 『ルート66』は、「若者二人がを駆ってを旅をする」という内容であったため、当時40歳になる自分がそのままやるのでは無理があると考えていた時、の内で、をを点けたトラックが走っている映像を観て、「これならイケるんじゃないか?」と閃き、当時、愛川が司会を務めていた情報バラエティ番組『』にゲスト出演して知り合ったに「何とか映画にならないものか」と相談 を持ち掛け、二人で「東映の社長(当時)に企画を持ち込み直談判した所、すんなり企画が通った」、「東映は岡田社長の鶴の一声で決まるから」と愛川は証言している。 「 トラック野郎」という題名はプロデューサーのによる命名。 シリーズ全10作の監督を務めたは、東映入社後、助監督時代から専属だったからに移って2年程経ち、この間、『』など3作品を演出、『』など2作品の脚本を手掛けていた。 当時の東映の看板路線だったの人気が下火になりつつあった時期にこの企画を持ち込まれ、やくざ映画に変わる新たな娯楽作を送り出そうと制作に意欲を示していたが、本社の企画会議で岡田から「バカヤロー! トラックの運ちゃんの映画なんて誰が見るんだ! 」と一蹴され、一旦ボツになったが 、「当初予定していた別の作品が俳優の都合で頓挫し、岡田社長から「それでいいから作れ」と、急遽、穴埋めとして製作されることになった」、と幸田清元東映東京撮影所長らは話している。 当初この枠で予定していた映画は、主演・共演の『華麗なる大ドロボウ』(監督予定だった)である。 岡田社長が「お盆映画にしては弱すぎる」と製作を無期延期したため『トラック野郎』が製作された。 宣伝部の福永邦昭は電飾トラックを紹介する雑誌記事を集め、横浜の電飾取り付け工場を取材。 さらには電飾トラックを扱ったNHKのドキュメンタリー番組を見つけ出すと「持ち出し禁止のフィルムを奥の手で借り受けて」、5月中旬には社内試写を行い、岡田から承認を得ていた。 鈴木は「わたしの映画人生の大恩人、岡田茂はヒットすると自分の企画案のように大絶賛していた」と話している。 企画から下準備、撮影を含めた製作期間は2か月、クランク・アップは封切り日の1週間前であった。 シリーズ化の予定はなく、単発作品としての公開だった。 こうして、過密な撮影スケジュールと低予算で製作された『』はに公開された。 ところが、いざ蓋を開けてみると、オールスターキャストの大作 『』(同年7月公開)の配給収入の2倍以上の約8億円を上げた [ — ]ことから、岡田社長は「正月映画はトラックでいけ」、「 喰う野郎やで」、「(2作目の)題名は爆走一番星や! 」と即座にシリーズ化を決定した。 『トラック野郎・御意見無用』の大ヒットの原因について当時の『』は「それまでのがタイトル、内容ともにえげつなくなり過ぎていたきらいがあり、本作はコミカルな要素も加わった異色作品で、観客層もそれまでの東映作品から幅広くなり、女性層もかなり吸引したこと、メガヒットだった『』のが二ヵ月に渡り勢いが下降し、また、もロングランで対抗する作品が皆無で、公開タイミングが最適であった」と分析している。 東映の興行の基盤となるドル箱シリーズとして末まで盆と正月の年2回公開されていた。 愛川曰くライバル映画の『』と常に同時期の公開だったことから、「トラトラ対決」(「 トラック野郎」と「」の対決の意)と呼ばれていた。 内容 [ ] 内容は菅原自身も後に語っているように、ライバル映画であった松竹の『』のスタイルを踏襲している。 毎回マドンナが現れ、惚れては失恋するところは、『男はつらいよ』のそれに似ているが、寅さんが「静・雅」なら桃さんは「動・俗」と対極をなしている。 物語の中核を担うのは寅さんではありえない「」「殴り合いの喧嘩」「派手な」で、とりわけ下ネタのシーンは屋外での行為や(現・、以下「トルコ」)、など、現在の視点から見るとかなり過激な描写も多い。 なお、本作の人気が高まるにつれ、未成年者のファンも増加したため、トルコの場面はそれらの観客への配慮もあり、シリーズ後半以降はほとんど描かれなくなり、テレビで放送される際には時間の関係もありその辺りのシーンをカットの対象とされることが多かった。 やなど、全国各地の有名な祭りの場面が登場するのも、このシリーズの特色である(参照)。 また当時人気のコメディアンや落語家がキャスティングされていることも特徴で、それぞれ一世を風靡した持ちネタや喜劇的演技を披露していた。 アクション、車両 [ ] 喧嘩のシーンはシリアスなものではなく、必ずギャグが入る。 また、カーアクションは、毎回クライマックスで一番星号が暴走する一方、多くの回(参照)で追跡する白バイやパトカーが横転、大破するなど、警察をコケにした代物である。 その為、からクレームが有り打ち切りとなるきっかけになった。 劇中に登場するトラックに関しては、第1作目で使用された一番星号(・)とジョナサン号()は廃車両を譲り受けたものだったが、続編の製作決定を期に共に新車(正確には北海道・室蘭で東映が購入した新古車、車種は一番星号がで、ジョナサン号は)に代替され、最終作の『故郷特急便』まで使用された。 三番星号はが使用された。 また、撮影にあたり、「哥麿会」などのデコレーション・トラックグループが全面協力。 実在のトラックも多数登場している。 ストーリーの骨子(プロット) [ ] 日本全国津々浦々を走る長距離トラック()運転手、一番星こと星桃次郎()が主人公。 やもめのジョナサンこと松下金造()は子沢山の相棒。 この二人が各地で起こす珍道中を描く。 シリーズ全10作に通ずる基本的なストーリーは、桃次郎が目の前に現われたマドンナに(たいてい便所や情けない姿をしている時に遭遇)一目惚れをし、相手の趣味や嗜好に合わせて(見当違いの)付け焼刃の知識で積極的にアタックしていく。 また、個性の強いライバルトラッカーが現われ、ワッパ勝負(トラック運転での勝負)や一対一の殴り合いの大喧嘩を展開する。 結局、恋は成就せず物語はクライマックスへ。 天下御免のトラック野郎に戻った桃次郎は、時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、愛車・一番星号に荷(時には人も)を載せてひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走る。 その走りぶりはアクセルを踏み込んだ時の加速力(メーターの上がり方)からしてもうかがえる。 追っ手の警察を蹴散らし、強化された検問を突破し、トラック野郎達の応援・協力を得て、道なき道を走り一番星号を満身創痍にしながらも(劇中に障害物で行灯が割れたり、泥水でトラックが汚れるなどの描写がある)時間内に無事送り届け、修理を終えた一番星号とジョナサン号が走り去る…というシーンで終わりを迎える(第1作のエンディングは一番星号がジョナサン号を牽引し、第3作ではジョナサン号が一番星号を牽引した。 これは、激走の代償として自走不能となってしまったため)。 後半の第6作以降には登場しない(ただし、第9-10作では母ちゃんがジョナサン号のハンドルを握るシーンがある)。 クライマックスの爆走 [ ] No. 出演者 [ ] 全10作に登場するキャラクターは、星桃次郎(一番星)、松下金造(やもめのジョナサン)のみである。 次点は松下君江(母ちゃん)の8作。 松下家の子供たちも同じであるが、途中で俳優が入れ替わっているため、子役の最多出演数は5作となっている。 なお、本業の俳優ではないが、グループの初代会長の宮崎靖男が、哥麿(うたまろ)役(運転手役)で第3作以降全作に登場している(第1作には「運転手」役で、第2作では「宮崎」役で出演)。 一番星桃次郎 [ ] 星 桃次郎(ほし ももじろう、演:)、主人公。 オープニングでのクレジットは「 一番星桃次郎」。 ジョナサンや松下君江(母ちゃん)からは「桃さん」と呼ばれている。 初期は、仲間のトラック野郎からは「 一番星」、女性(ドライブインのウエイトレスなど)からは「桃さん」と呼ばれていた。 徐々に男性からも「桃さん」と呼ばれるようになる(マドンナ基本的に「桃次郎さん」と呼んでいる)。 性格は短気で血の気も多いが、情に厚く真っ直ぐで、卑怯な真似を嫌う。 普段は粗野だが根は純情。 酒好き、女好きで大食漢。 トラック仲間からの人望が厚い。 相棒のジョナサンとは、時には大喧嘩するものの、その時も心の中では親友と思っている。 夏の衣装はダボシャツに腹巻、雪駄もしくはブーツ。 冬は上はタートルネックやコート、足元はブーツになるが、腹巻は服の上からしている(夏冬とも)。 第1作や第2作ではツナギ姿も見られた。 腹が弱く、運転中によく便意を催し、耐え切れない時は野外で脱糞をすることもある。 住所不定のため、手紙はいきつけの川崎のトルコ「ふるさと」宛に届けられる。 自ら「心の故郷」と言うほどのトルコ好きで、千人以上抱いていると称している。 無類の女好きで、ジャリパン(路上)とセックスしながら運転する事もあった(第8作のオープニングのラスト)。 マドンナに自己紹介する時は「学者」(第6作)、「関係」(第3作)など職業を偽る(あるいは見栄を張る)クセがある。 一人称も「僕」に変わる(普段は「俺」)。 マドンナの前でトイレ、トルコなどのネタが振られた場合、「下品な!」と一蹴しており、普段の性格とまるっきり反対の行動となっている。 マドンナにはほぼ毎回一目惚れしている(第9作のみ例外)が、ほぼ毎回振られている(第5作のみ例外)。 振られる原因は、桃次郎自身の言動や行動が、マドンナの想いを後押ししている場合がある。 振られることがハッキリした時は、マドンナと恋人の仲を取り持つ方に回ることもある。 直接取り持った例 - 第1・6・7・9作• 間接的に取り持った例 - 第2-4作 この他、第2作では杉本千秋(演:)と赤塚周平(演:)をジョナサンと共に取り持っている。 また、ライバルとの喧嘩の結果、第3作では浜村涼子(演:)と大熊田太郎次郎左衛門(演:)の、第5作では江波マヤ(演:)新村譲治(演:)の橋渡し役ともなっている。 東北の寒村の生まれだが、小学生の時にダム建設のため一家は村を追われ、父親の知り合いを頼ってへ移る。 にわか漁師となった父親は、下北へ移って間もなく海難事故で死亡。 その後、母親と妹と3人で極貧の中生き抜いてきたが、母親もその後病死している。 妹は生死不明で、劇中でもほとんど語られる事はなかった。 上記は第8作で語られたものだが、第2作では「母親がいない」という父子家庭だったと語っている(兄弟については説明なし)。 自分の生まれ故郷がダムの湖底に沈んで無くなってしまった為か、「故郷」というものに対する想いは人一倍強い。 性格に似合わず、泳げない(いわゆるカナヅチ)ばかりか、犬(特に)や馬も苦手である。 やもめのジョナサン [ ] 松下 金造(まつした きんぞう、演:)。 桃次郎の相棒。 妻帯者で子沢山。 行灯は「 やもめのジョナサン」(当時ヒットした映画「」の )。 クレジットの定位置はトメ(最後)となっているが、ライバル俳優がトメに回る場合(第5作のと第6作の)は2番目にクレジットされている。 クレジットは「 ヤモメのジョナサン」とカタカナの場合がある(第2・6-8作)。 性格は温厚で明るく人情家。 津軽出身。 元警察官で、かつては鬼代官ならぬ「の鬼台貫(だいかん)」と恐れられた。 パトカーの酔っ払い運転でになり、トラック野郎になる。 鬼台貫とは(=重量測定器)を用いて容赦のない取締りをする鬼代官(=警察官)であることを表した掛詞である。 運転手仲間やウエイトレスなど、ある程度親しい男女からは「ジョナサン」と呼ばれることがほとんどで、「ジョナサン さん」とは呼ばれない。 玉三郎を除き、本名(苗字)で呼ぶことは稀である(第4作の序盤での運賃の支払い場面や、第8作の金融会社、第9作の上松運送のシーンなど、改まった場面のみ)。 家族からは「父ちゃん」と呼ばれている。 苗字の「松下」は、愛川が出演したののCM内でのセリフ「あんた、 松下さん? 」にちなむ命名で、(当時の)日本一の金持ちであるにあやかっている。 また、第7作では松下運送の社歌を歌ったが、松下電器の社歌の替え歌である(車体にも書き込んでいた)。 普段の衣装は虎縞の腹巻が定番(帽子は第2作から)。 男女の仲を取り持つのが得意だが、桃次郎とマドンナの仲は取り持てていない。 仲を取り持った例は、以下の通り。 第1作 - 万田千吉(演:)と竜崎京子(演:)• 第8作 - 馬場作太郎(演:)と石川鮎子(演:) この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)を、桃次郎と共に取り持っている。 また、第3作では浜村涼子(演:)と大熊田太郎次郎左衛門(演:)の仲を取り持つきっかけも作った。 のみならず「花嫁募集中」の行灯まで存在する。 マドンナや意中の女性の前では「妻とは死別」、「妻は出て行った。 原因は子供が出来なかったこと」などと寡夫と称して口説こうとする場面がある。 トラック「やもめのジョナサン号」は公称4トン半の積載量である。 としての特徴としては、車体側面に大きくが描かれていることが挙げられる。 運転席の背面にも一万円札ならぬ一億円札を何枚も印刷したデザインのカーテンが引かれている(第2作まではヌードパネルだった。 回転式であり、自宅に留める際は背面の家族写真にひっくり返している)。 行灯にも「」(当時の一万円札に使用されていた)があるほか、「」、「日本銀行御用達」なども設置されていた(無論、荷は魚か野菜、果物ばかりで、現金を輸送するシーンはない。 日本銀行とも無縁だった)。 松下君江と子供たち [ ] 松下 君江(まつした きみえ、演:) ジョナサンの妻。 第5作と第7作を除く8作品に登場。 夫や子供たちからは「母ちゃん」と呼ばれる。 子沢山で、実子は7人(第1作序盤)から9人(第3作)に増加。 さらに養女がいる。 父は元警察署長。 第2作で結婚14年目と語られている(長子の幸之助は学生服姿であり、この時点で中学生と見られる)。 ジョナサンが航海(長距離輸送)から帰ると、生卵など栄養のある物を食卓に並べ「久しぶり」とセックスを促している(ジョナサンが及び腰なのも含めて、シリーズの「お約束」となっている)。 ジョナサンが病気や怪我の時(第9作、第10作)は代わってジョナサン号に乗る、パワフルな肝っ玉母ちゃんである。 松下 由美(まつした ゆみ、演:角所由美) 松下家の養女。 旧姓は寺山(てらやま)。 第1作で一番星号の運転席に手紙と共に置き去りにされており、困惑する桃次郎に対し、ジョナサンが引き取りを申し出た。 その後、ねぶた祭りのテレビ放送を見て踊りだしたことから青森出身と推測され、桃次郎・ジョナサンに連れられねぶた祭りに参加。 この時、知り合いの土田(演:)に偶然遭遇し、父親が判明した。 父・寺山正吉は11トン車の運転手だったが、積載オーバーとスピード違反により免停6箇月になり、月賦が払えないうえに病気になり、妻に逃げられる。 その後、由美を一番星号に置き去りにしたが、これは運転手仲間を信頼してのことと思われる(土田の推測による)。 (ねぶた祭りの)3日前に、トンネル工事の爆破に巻き込まれ死亡した。 寺山を目の敵にしていたのが「花巻の鬼台貫」であると聞かされ、ジョナサンは責任を痛感する(その後、台貫場に突入する)。 第8作以降は未登場(第9作の点呼に登場せず)。 『映画「トラック野郎」大全集』 、『トラック野郎 浪漫アルバム』 ともにクレジットされていない。 松下家の実子たち 君江と同じく、第5作と第7作を除く8作品に登場するが、前期のキャストは第6作まで(ただし、年少者などは何度か替わっている)。 第8作以降は総入れ替えとなっている。 これは、「(浮気がバレたりして)ジョナサンに子供たちが詰め寄る」というシーンが考慮されている。 子供たちが成長しすぎたため、「子供たちの体格が良すぎると、笑えるシーンじゃなくなる」と、監督の鈴木が判断したためだった。 しかし、「(20作ぐらい続くと思っていたが)、10作で終わるのであれば、変えない方が良かった」と鈴木は回想している。 幸五郎(5男)は第1作終盤で、幸六郎(6男)は第3作『』で誕生(第2作で受胎が説明されている)。 登場作では、横一列に整列しての点呼(年齢順に自分の名前をいう)が恒例になっているが、後期のキャストでは第9作のみに留まっている。 乳飲み子等、まだ喋れない子達は、君江やジョナサンが代わって紹介する。 その際、長男のみ苗字込み、以後は苗字を省略して名乗る。 ほぼ全員一緒に行動する。 個人で見せ場があるのは例外である(第4作『』において3女・サヤ子が養女に貰われたり、第6作『』で君江と幸之助がジョナサンを尾行するシーンなど)。 幸之助(長男) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 酒井克也(第8-10作) 幸次郎(次男) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 桜庭一成(第8-10作) 美智子(長女) 前期 - 白取雅子(第1-4・6作) 後期 - 大久保和美(第8-10作) 華子(次女) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 文蔵あかね(第8-10作) 幸三郎(3男) 前期 - 大久保純(第1-4・6作) 後期 - 木村雄(第8-10作) サヤ子(3女 ) 前期 - 鈴本照江(第1作)、高橋直美(第2・3作)、吉田利香(第4・6作) 後期 - 石井ひとみ(第8-10作) 由美(4女) 前期 - 角所由美(第1-4・6作) 後期 - (なし) 幸四郎(4男) 前期 - 一条寛之(第1・2 作)、斉藤宙(第3作)、東剛(第4・6作) 後期 - 中村太郎(第8-10作) 幸五郎(5男) 前期 - 不明(第1作 )、吉崎勝一(第2 ・4・6 作)、東力也(第6作 ) 後期 - 小椋基弘(第8-10作) 幸六郎(6男) 前期 - 不明(第3作 )、吉田絵里(第4 ・6 作) 後期 - 石井旬(第8-10作) 資料によって相違する部分は、出典を明記した上で併記した。 オープニングでのクレジットは「 三番星玉三郎」。 オープニングで役名がクレジットされるのは、一番星、ジョナサン以外では玉三郎のみである(クレジットの順番もマドンナより前)。 元トラック野郎だったが、初登場(第7作『』)の職業はインチキ。 同作のラストでトラック野郎に復帰した。 桃次郎やジョナサンに弟子入りしたものの、無責任かつお調子者のため、失敗の連続であり、愛想をつかされる場面もある。 第8作『一番星北へ帰る』では、友人に金を持ち逃げされ、トラックも人手に渡ったために社員に転職。 その後、ライバルのBig99に拾われアシスタントとなった。 最終的にはトラックを取り戻すに至る。 第9作ではドライブインの従業員となり、娘の婿になる計画を立てていたが、友人から使い物にならないインベーダーゲームを押し付けられたため、クビになる。 その後、トラック野郎に復帰、クライマックスで囮となり警察を引き付けた。 10作目も出演予定であったが、せんだの急病により取りやめとなった。 テル美 桃次郎いきつけのトルコ「ふるさと」のトルコ嬢。 他に3人ほど馴染みの嬢がいるが、絡んでいるシーンがあるのはテル美のみである。 たらいで洗濯するなど、かなり面倒見がいい。 初代は(第1-3、5-6作)、2代目は(第8-9作)。 第3作以降全作登場。 哥麿の羽織を着ていることが多い。 ドライブインのシーンなど、運転手が集まる場所で登場し、桃次郎やジョナサンの側(もしくは奥、あるいは手前)に映っていることが多い。 一番目立っている(一番セリフの多い)シーンは第5作のクライマックスで、「桃次郎に無線封鎖の件を伝え、(自分の)妻の手製弁当を差し入れる」シーンである。 宮崎は俳優ではなく、トラック運転手が本業である。 本作の企画のきっかけとなった、NHKのドキュメンタリー番組内にも登場しており、本作製作にあたり哥麿会を立ち上げ、トラックの手配などで貢献している(初代会長であり、後に終身名誉会長となった)。 2010年の『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』( MOOK)では、監督のと共に全作を視聴し、当時のことについて言及している。 宮崎の出演としては、第1作の台貫場のシーンが初。 この時は「運転手」役であり、終始拝み倒すような姿勢であり顔が判らない。 その上、声はが吹き替えている。 そしてノンクレジットである。 続く第2作では「宮崎」役となっているが、初登場は同じように台貫場のシーンであった。 ただし、こちらは演じる警官から「宮崎」と呼ばれるなど、前作よりは目立っている(オープニングにもクレジットあり)。 以後、ドライブインのシーンなどにも登場している。 主なスタッフ [ ] 企画は1作目のみ単独、以後は連名。 脚本は全作共同脚本(連名)である。 監督:• 企画:高村賢治、天尾完次(第2-10作)• 脚本:鈴木則文(第1・2・4・6・8・9作)、(第1-3・5作)、(第3・5作)、中島信昭(第4・7-9作)、掛札昌裕(第6-9作)、(第10作)、松島利昭(第10作)• 音楽:(第1・2・4・5・7-10作)、(第3作 )、(第6作 )• 撮影:仲沢半次郎(第1・4作)、飯村雅彦(第2・3・5-7作)、中島徹(第8作)、中島芳男(第9作)、出先哲也(第10作)• :(クレジットなし。 第4 ・3・6・7 作)• 協力会社、組織(複数回登場したもののみ)• 株式会社カントリー(全作):が、当時所属していた事務所。 (全作):宮崎靖男を中心としたトラック運転手のグループ。 本シリーズのために立ち上げた組織で、トラック等の手配に尽力した。 (第1-3・5作)• (第8・9作) 主題歌・主な挿入歌 [ ] 唄:・愛川欽也 作詞:、作曲:、編曲:• 主題歌。 全10作中、第8作『一番星北へ帰る』を除いた9作品でオープニングとエンディングに使用された。 挿入歌。 第1作と第2作で使用。 毎回のように挿入歌が作られたが、複数作品で使用されているのは本曲のみ(使用シーンは、共に一番星号で桃次郎とマドンナがドライブする場面)。 第1作では、ドライブの途中でガソリンスタンドに寄って給油しているが、スタンドの店員をダウン・タウン・ブギウギ・バンドのメンバーが演じている。 監督のキャッチコピー [ ] 予告編でのキャッチコピーは以下の通り。 (なし)• (なし)• 大ヒットメーカー• 喜劇の大将• 喜劇のエース• ヒットメーカー• ヒットメーカー• (監督のクレジットなし)• 絶好調 シリーズ一覧 [ ] 桃次郎・ジョナサンの地元であるは、『突撃一番星』を除いた全ての作品に登場するため一覧からは除外した。 また、第10作のみダブルマドンナである。 なお、「龍馬號」はあくまで垣内竜次が運転するトレーラーの名前である。 大谷直子が演じた北見静代は子持ちの未亡人であり、従来のマドンナと一線を画している。 (澤井信一郎・田中陽造脚本)と(澤井信一郎脚本)の、準備稿の存在が確認されている。 どちらも設定が変更されて公開に至った。 備考 [ ] シリーズそのものに関わる事柄 [ ] 造語 「トラック野郎」という言葉は、東映が作った造語であるが、映画のヒットで大型・長距離トラックの運転手の俗称として一般的に使用されるようになった。 また本作はのデコレーショントラック()が巷に溢れるきっかけの一つとなった。 車両のデザイン、ペイント 一番星号・ジョナサン号・ライバル車といった、劇中に登場するトラックのデザイン及びトラックの箱(荷台)に描かれた絵は、本シリーズ全10作の美術監督を務めた桑名忠之がデザインを担当した。 ペイントを担当したのは、塗装業務会社である。 シナハンと装飾 第1作の撮影前、鈴木則文と澤井信一郎とで、長距離トラックに同乗する5日間の取材旅行を敢行し、シナリオの執筆にあたった。 一番星号の正面下部にある「雪の下北」、「はぐれ鳥」の装飾は、取材旅行で最初に同乗したトラックにあった装飾を、そのまま引き継いだものである。 キラ星の演出 本シリーズのお約束でもある、桃次郎とマドンナが初めて遭遇する場面で、アップで映るマドンナの周囲に無数の星が輝くカットがあるが、これを考案したのは第1作『御意見無用』、第4作『天下御免』の撮影を担当した東映東京撮影所のベテラン撮影技師・仲沢半次郎である。 警察との対立 トラックの「違法改造」の問題、また菅原文太が当初大型免許を所持していなかったことから、撮影時は警察との対立が絶えなかった。 方向性の転換 8月公開の第7作『』までは全体的にコメディ色の強い作風であったが、同年12月公開の第8作『』からはシリアスな面もかなり描かれている。 [ ] シリーズの終了 [ ] シリーズ終了の経緯については諸説ある。 本シリーズは、第3作『』から第8作『』まで4週間(28日間)の興行を打っていたが、12月公開の第10作『』はもどきの併映作『』に足を引っ張られ 、極端の不振で予定より4日早めて24日間で打ち切りになり、『』の繰り上げ公開となった。 第10作は2人のマドンナを迎え、これまでの大ヒットには及ばないとはいえ、多くの観客を集めた。 シリーズはすべてヒットし、盆と正月に公開される東映の興行の柱であった。 打ち切りの通達が発表される直前まで鈴木は、第11作として山陽・山陰路や夏の秋田、冬の北海道といったロケ地を打診していた。 菅原文太は「10億円を切ったって嫌みを言われたから俺の方からやめたんだよ」と話している。 『』は「岡田茂社長が『』や『』、『』といった大型や大作を稼ぎどきにぶつけ、収益広大を目指したため打ち切った」と論じている。 1980年1月2日のには「東映は大作路線の強化、安定を図るため、かせぎ時の正月、夏休み興行でドル箱シリーズとなってきた『トラック野郎』を現在公開中の10作で打ち切り、大作に置きかえていくことになった。 東映のほか、東宝、松竹を含めた邦画大手3社は正月、夏休み興行に人気シリーズ作品を配し、手堅くかせぐ作戦を展開してきたが、東映では同シリーズの動員力が頭打ち現象が強まってきたとして方向転換を図ることになったもの」と書かれている。 今年のお盆に出ないことだけは決定したが、東映は、シリーズをこれで完全に打ち切るかどうかはまだ未定だと言っている。 ただ、作品自体の力の落ち具合からみてもやはり、ここらで打ち切りが妥当だろう。 『トラック野郎』に対する評価は落ちている。 昨年のお盆興行でも、看板の『トラック野郎』に稼働力があったのではなく、併映の『』が引っぱった感じがある。 聞いたところによると『トラック野郎』を正月とお盆の興行からはずし、一本立て大作としてやれば、平月でも6、7億円稼ぐようになるのではないかという楽観的な見通しのもとで一応やる方向にいっているというが、それでも無理なような気がする。 今までの東映の流れを見ると、が約6年、その後のが3年か4年。 それで『トラック野郎』が今回で5年目を迎えた。 路線番組の時間的な流れからみても、もう大体寿命が尽きているからこれで打ち切りだろう。 今の日本映画の状況を考えるともう路線で当たる時代ではなくなってきているから」などと書かれている。 『』1980年4月号には「東映は新年早々、今年のお盆番組は『トラック野郎』を製作しない。 しかし、シリーズ打ち切りではない、と未練たっぷりではあるが、敗北宣伝をしなかった。 東映のいう延期は、過去の例でいうと事実上の中止であるため、もう、文太・キンキンのコンビが復活することは九分通りないだろう」と書かれている。 はっきりと打ち切りは発表されず、継続を模索しているうちに、うやむやに終了してしまったものらしい。 シリーズの打ち切りの後、トラックも売却された。 車両のその後 [ ] 一番星号はシリーズが終了後売却されるが、売却される前の1980年(昭和55年)に放送された特撮テレビドラマ『』第8話「白骨都市の大魔王」ではロケ地でもある東映大泉撮影所の資材置き場に放置されている姿が映し出された。 売却後、1980年代前半はパチンコ店の看板車両として展示されていたが、車両へのいたずらや部品の盗難や破壊等によって1980年代中盤に廃車状態で中古車販売店に置かれていたことが確認されていた。 その後1988~89年ごろに大阪でリサイクル業を営む個人オーナーが購入して修復し、1991年頃に復活させた(ただしこの時の修復は当時の姿とは違う部分もあり、電飾等は完全に修復できず、サイドウインカーや後部反射板など、時代々々の法改正に合わせたパーツが装着されていた)。 その後は主に仕事車両として使われていたが、2000年代後半あたりから排ガス規制等の事情で走らせることが困難となる。 それでも思い入れが強かったため手放すことはしなかったが、2014年に全国哥麿会の会長である田島順市との出会いを機に考えを変え、一番星号を哥麿会へ譲渡することとなった。 譲渡後はイベントに参加する傍ら当時の姿に近づけるべく段階的にが行われ 、2019年までに前述の電飾関係も含めほぼ当時の姿に修復 、『』 など数々の作品に登場した「竜神丸」 と共に各地のイベントに顔を出している。 修復にあたっては、電飾は滋賀県のが、箱絵は福島県のの手によって行われ、箱絵ペイントの修復 には本車両の箱絵のデザインを手がけた美術監督の桑名忠之(車両のデザイン、ペイントの項目参照)も参加した。 その他、2007年には個人オーナーの手によって第9作『熱風5000キロ』仕様のレプリカ車が製作され 、『カミオン』2007年12月号では一番星号(オリジナル)との初対面を果たしている。 一方ジョナサン号はシリーズ終了後にライバル車として登場したコリーダ丸や龍馬號を所有していたが購入したものの、仕事車両としては使い勝手が悪かったため売却。 その後所在を転々とした後(一時期は売却後の一番星と同じ場所に置かれていたこともあった)、時期は不明だが部品が盗難され痛みの激しい状態で茨城県のスクラップ業者に置かれていることが確認された。 その後解体された模様で車両は現存せず、荷台箱のみ頃とある農家の倉庫として使われていたのが目撃されていたが、2000年代に入る前に処分されている。 その後2010年に群馬県にあるトラックパーツショップ「」の手によって1から作り起こしたジョナサン号(第9作仕様)が完成し、公式ウェブサイトでは『カミオン』誌の特集記事をそのまま掲載している。 ゲスト車両として第10作に登場した龍馬號は、1986年に事故で損傷した荷台ペイント部分の修復を行い、当時の『カミオン』誌でも記事に取り上げられた。 1998年にで放送された『』の企画でトレーラー部分が爆破解体される。 現在は2代目として同じデザインのペイントを施した3軸のトレーラーが存在する。 派生作品と続編の企画 [ ] 東映は、に新しいトラック野郎にを起用して『』を公開するが、本作と比較すると興行は芳しいものとは言えなかった。 に『新トラック野郎』としてシリーズを復活させるという企画が持ち上がり、『トラック野郎』第6作から第9作の脚本を担当したが脚本を書いた。 「主役は桃次郎ではないが二人組。 トラックとよくすれ違う、60代の男が運転する謎の自家用車が出てきて、実はそれがもう余命いくばくかもない奥さんに日本全国を見せるために走っている事だっていうのが最後に分かる」という話。 これを岡田茂に見せたところ、「お前、気が狂ったんじゃないか?」と一喝され却下されたという。 後に掛札は『爆走トラッカー軍団』シリーズの全作で脚本を手がけている。 テレビ放送 [ ] 12月に、シリーズ初のテレビ放送が行われた。 第1作『』が「」の特別篇として2時間拡大版として放送された(当時は1時間半枠)。 翌年に第2作から第4作までが、ゴールデンタイムに順次放送されていった。 当時は、東映がの筆頭株主だった(現在は2位株主)関係で、の中期ぐらいまでは、よく放送され ており、特に年末年始は必ずといっていいほど放送があった。 また、初頭まではTBS土曜午後の映画枠(『』)の常連でもあった。 9月以降よりにて定期的に放送されている。 近年の地上波ではほとんど放送されていない。 ただし、2010年代に入って本作の主人公である桃次郎とジョナサンを演じた菅原文太と愛川欽也がに入った後は、その追悼として放送された(参照)。 シリーズ終了後の話題(2000年代以降) [ ] テレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマ『』GP37(第37話)「炎神バンキ!? 」にて、デコトラをモチーフとした怪人「エンジンバンキ」(声 - )が登場。 怪人の攻撃技で当シリーズのタイトルが多数使用された。 怪人は広島弁で台詞を話し、(最後の台詞)は「最終作は…故郷特急便…もっと爆走したかったんじゃがのぅ…」だった。 7月、シリーズ完結30周年記念として、研究本『映画『トラック野郎』大全集』が出版された。 に放送されたテレビ朝日の深夜番組『』で、新・3大トラック野郎の男気あふれる爆走」と銘打ち、第5作『』、第3作『』、第6作『』の3本を取り上げた。 なお2017年3月28日放送の『怒り新党』最終回では、『男一匹桃次郎』を再放送した。 9月、のフルモデルチェンジの際、テレビCMに菅原文太とが出演した(のちにもこのCMのレギュラーに加わる)。 1月により『CRトラック野郎』がリリースされる。 12月、主演の菅原文太が死去。 追悼番組として、の『』で、12月4日に『』が放送された。 菅原の訃報が報道されている時期に、菅原文太とが一緒に写った写真がネット上で話題となった (1978年に、デビュー間もない頃のヴァン・ヘイレンが初来日時に東映の撮影所に訪れており、菅原と共に写真を撮影していた)。 主演の愛川欽也死去。 追悼番組として、テレビ東京の『午後のロードショー』で、4月20日に『』 が放送された。 2月に開催されたにて一番星号が展示される。 デコトラ以外の自動車イベントでは9月のジャパントラックショーでも展示された。 4月、の河川敷にて、愛川欽也三回忌チャリティーイベントが行われる。 デコトラグループ「関東み組」の主催で、全国から550台のデコトラが集まった。 「哥麿会」初代会長の宮崎靖男の協力で、愛川の妻のおよび東映の公認を得て開催された。 8月、WOWOWにおいて「」以外の9作が放映された。 関連グッズ [ ]• DVD(全10作):• ビデオ(全10作):東映ビデオ• ブルーレイ 全10作 :東映ビデオ• サウンドトラック(全3枚):AMJ• :(現:)• (10種・12台):(現:)• モーター駆動で走って光る(4種類):• CRトラック野郎():• 他に業者が契約を無視して5000円のパネルを勝手に作り市場に出回った。 これはプラモデル初心者にも作りやすいキットだったが、2010年代は店頭で見ることが稀になってしまったぐらいの貴重品である。 『』のオープニングでは、これで遊ぶ子供たちが登場している。 またそのバンダイの関連会社で、後にバンダイに吸収されるのミニカー玩具「」から、『』・『天下御免』・『』にそれぞれ登場した桃次郎のトラックをキット化して発売した。 いずれもによりキャビンとコンテナが光るギミックが搭載されている。 この他にも、ポピーの関連会社「ロビン」から、ポピーの主力商品「」と同じ素材で作られたダイキャスト製「超合金バッジ」にも、本作のトラックを象ったバッジが発売された。 また、1978年には、ポピーがスポンサーとなったテレビアニメ『』(トレーラーが巨大ロボットに変形する)が放送され、玩具も販売された。 その後、『熱風5000キロ』版、『突撃一番星』版、『男一匹桃次郎』版、『天下御免』版、『一番星北へ帰る』版、5作目の『度胸一番星』版がモデル化されている(2015年現在)。 他にも当時の映出車であるコリーダ丸(2007年及び2012年)、龍馬号(2007年)や、6作目のライバル車両である「袴田運送」(ただし一部実車とは異なる)などがモデル化されている。 注釈 [ ] []• 鈴木則文は後年のコラムで『男はつらいよ』=古典落語、『トラック野郎』=漫才と述べている。 「一番星」の名は、哥麿会副会長のトラックの愛称が由来となっている。 キャスト一覧にてニックネームの記載なし。 『トラック野郎 浪漫アルバム』 94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。 キャスト一覧にてニックネームの記載なし。 『トラック野郎 浪漫アルバム』94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。 『』誌の読者投稿コーナーにも掲載されていた。 電飾修復作業の途中、桃次郎役の菅原が逝去した。 主演のも菅原が亡くなる9日前に逝去していた。 この車両も2000年代後半にが購入、荷台ペイントやアンドンの装飾などを同遊園地で稼働していたジェットコースターをモチーフとしたデザインにリニューアルし「二代目絶叫丸」としてイベント用として使用されていたものを2012年に哥麿会で買い取り、再度「竜神丸」として復活させている。 ただしこの車両は劇用車として登場した当時の姿での修復ではなく新たなペイント等が施され、電飾も更なるアップデートを重ねている。 前オーナーが修復してから20年以上の年月が経過していたため塗装の痛みが激しく、既存の塗装の上から描くことは困難だったため、完全に剥離してからの描き直しとなった。 特に開始の『』(月曜 20:02 - 21:48)では、4月まで常連だった。 出典 [ ]• 「アナーキー日本映画史1959-1979」• 、225、229頁• : p. 1975年10月7日• 2016年4月8日. 2016年4月20日時点のよりアーカイブ。 2016年6月27日閲覧。 、203頁• 日本経済新聞2月21日掲載分・鈴木則文コラムより• 、14頁• 、117頁• 「邦画新作情報 『トラック野郎』がシリーズ化に」『キネマ旬報』1975年10月下旬号、、 180頁。 「映画館 ヒット・Hit」『キネマ旬報』1975年10月下旬号、キネマ旬報社、 176頁。 、105、115頁• 、83頁• 、91頁• 、66頁• 、45頁• 、33頁• 、723頁• 、85頁• 、75頁• 、55頁• 、65頁• 、31頁• 、85頁• 、75頁• 、55頁、61頁• 、85頁• 、172頁。 、63頁• 、95頁• 、77頁• 、115頁• - スポーツ報知、2014年12月4日• 、156頁• 非売品小冊子「東映ビデオコレクション劇映画総解説」p. 18より• 、137頁• 192• 『シネアルバム 日本映画1981 1980年公開日本映画全集』佐藤忠男、山根貞男責任編集、芳賀書店、1980年、 p. 190• ありがとう、鈴木則文 天下御免の三角マークよ永遠なれ! 鈴木則文監督と映画 『トラック野郎』」『』2014年8月号、、 10頁。 「役者 鏡 菅原文太インタビュー 聞き手・市井義久」『』1997年冬号 No. 381、編集プロダクション映芸、 149頁。 : p. 1980年1月12日• 高橋英一・西沢正史・脇田巧彦・「映画・トピック・ジャーナル 『トラック野郎』製作中止か?」『キネマ旬報』1980年3月上旬号、キネマ旬報社。 河原一邦「邦画マンスリー」『』1980年4月号、、 226頁。 「映画の旅人」2014年9月27日• 、233頁• - Car Watch• amass 2014年12月2日• シネマトゥデイ. 2015年4月17日. 2015年4月17日閲覧。 「文太スゴめば東映ブルブル『トラック野郎』の海賊版パネル出回りファンのため怒る」『』1976年7月31日号 p. 33、。 「超合金Walker」()84 - 85頁 2015年 参考文献 [ ]• 鈴木則文『トラック野郎風雲録』、2010年。 鈴木則文、宮崎靖男、小川晋『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』〈 洋泉社MOOK〉、2010年。 鈴木則文『新トラック野郎風雲録』、2014年。 、『トラック野郎 浪漫アルバム』、2014年。

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トラック 野郎 プラモデル

概要 [ ] 主演は、。 煌びやかな電飾と極彩画に飾られた長距離トラック(デコトラ)の運転手、一番星桃次郎(菅原)とヤモメのジョナサン(愛川)が巻き起こす、アクション・メロドラマ・お色気・下ネタ・笑い・人情が渾然一体となった大衆娯楽活劇である。 監督は奇才かつヒットメーカーで、菅原とは無名時代からの友人でもある。 『』シリーズなど、これまでシリアスなやくざ役のイメージが一般的には定着していた菅原文太だが、コメディタッチのやくざ映画『』シリーズでの喜劇的演技が好評を博し、本作は本格的に喜劇作品に挑戦した作品ともいえる。 作品誕生の経緯とシリーズ化 [ ] 『トラック野郎』誕生のきっかけは、ジョナサン役のがを担当していたアメリカの『』の様なを作りたいという構想を抱き、自ら東映に企画を持ち込んだのが始まり。 『ルート66』は、「若者二人がを駆ってを旅をする」という内容であったため、当時40歳になる自分がそのままやるのでは無理があると考えていた時、の内で、をを点けたトラックが走っている映像を観て、「これならイケるんじゃないか?」と閃き、当時、愛川が司会を務めていた情報バラエティ番組『』にゲスト出演して知り合ったに「何とか映画にならないものか」と相談 を持ち掛け、二人で「東映の社長(当時)に企画を持ち込み直談判した所、すんなり企画が通った」、「東映は岡田社長の鶴の一声で決まるから」と愛川は証言している。 「 トラック野郎」という題名はプロデューサーのによる命名。 シリーズ全10作の監督を務めたは、東映入社後、助監督時代から専属だったからに移って2年程経ち、この間、『』など3作品を演出、『』など2作品の脚本を手掛けていた。 当時の東映の看板路線だったの人気が下火になりつつあった時期にこの企画を持ち込まれ、やくざ映画に変わる新たな娯楽作を送り出そうと制作に意欲を示していたが、本社の企画会議で岡田から「バカヤロー! トラックの運ちゃんの映画なんて誰が見るんだ! 」と一蹴され、一旦ボツになったが 、「当初予定していた別の作品が俳優の都合で頓挫し、岡田社長から「それでいいから作れ」と、急遽、穴埋めとして製作されることになった」、と幸田清元東映東京撮影所長らは話している。 当初この枠で予定していた映画は、主演・共演の『華麗なる大ドロボウ』(監督予定だった)である。 岡田社長が「お盆映画にしては弱すぎる」と製作を無期延期したため『トラック野郎』が製作された。 宣伝部の福永邦昭は電飾トラックを紹介する雑誌記事を集め、横浜の電飾取り付け工場を取材。 さらには電飾トラックを扱ったNHKのドキュメンタリー番組を見つけ出すと「持ち出し禁止のフィルムを奥の手で借り受けて」、5月中旬には社内試写を行い、岡田から承認を得ていた。 鈴木は「わたしの映画人生の大恩人、岡田茂はヒットすると自分の企画案のように大絶賛していた」と話している。 企画から下準備、撮影を含めた製作期間は2か月、クランク・アップは封切り日の1週間前であった。 シリーズ化の予定はなく、単発作品としての公開だった。 こうして、過密な撮影スケジュールと低予算で製作された『』はに公開された。 ところが、いざ蓋を開けてみると、オールスターキャストの大作 『』(同年7月公開)の配給収入の2倍以上の約8億円を上げた [ — ]ことから、岡田社長は「正月映画はトラックでいけ」、「 喰う野郎やで」、「(2作目の)題名は爆走一番星や! 」と即座にシリーズ化を決定した。 『トラック野郎・御意見無用』の大ヒットの原因について当時の『』は「それまでのがタイトル、内容ともにえげつなくなり過ぎていたきらいがあり、本作はコミカルな要素も加わった異色作品で、観客層もそれまでの東映作品から幅広くなり、女性層もかなり吸引したこと、メガヒットだった『』のが二ヵ月に渡り勢いが下降し、また、もロングランで対抗する作品が皆無で、公開タイミングが最適であった」と分析している。 東映の興行の基盤となるドル箱シリーズとして末まで盆と正月の年2回公開されていた。 愛川曰くライバル映画の『』と常に同時期の公開だったことから、「トラトラ対決」(「 トラック野郎」と「」の対決の意)と呼ばれていた。 内容 [ ] 内容は菅原自身も後に語っているように、ライバル映画であった松竹の『』のスタイルを踏襲している。 毎回マドンナが現れ、惚れては失恋するところは、『男はつらいよ』のそれに似ているが、寅さんが「静・雅」なら桃さんは「動・俗」と対極をなしている。 物語の中核を担うのは寅さんではありえない「」「殴り合いの喧嘩」「派手な」で、とりわけ下ネタのシーンは屋外での行為や(現・、以下「トルコ」)、など、現在の視点から見るとかなり過激な描写も多い。 なお、本作の人気が高まるにつれ、未成年者のファンも増加したため、トルコの場面はそれらの観客への配慮もあり、シリーズ後半以降はほとんど描かれなくなり、テレビで放送される際には時間の関係もありその辺りのシーンをカットの対象とされることが多かった。 やなど、全国各地の有名な祭りの場面が登場するのも、このシリーズの特色である(参照)。 また当時人気のコメディアンや落語家がキャスティングされていることも特徴で、それぞれ一世を風靡した持ちネタや喜劇的演技を披露していた。 アクション、車両 [ ] 喧嘩のシーンはシリアスなものではなく、必ずギャグが入る。 また、カーアクションは、毎回クライマックスで一番星号が暴走する一方、多くの回(参照)で追跡する白バイやパトカーが横転、大破するなど、警察をコケにした代物である。 その為、からクレームが有り打ち切りとなるきっかけになった。 劇中に登場するトラックに関しては、第1作目で使用された一番星号(・)とジョナサン号()は廃車両を譲り受けたものだったが、続編の製作決定を期に共に新車(正確には北海道・室蘭で東映が購入した新古車、車種は一番星号がで、ジョナサン号は)に代替され、最終作の『故郷特急便』まで使用された。 三番星号はが使用された。 また、撮影にあたり、「哥麿会」などのデコレーション・トラックグループが全面協力。 実在のトラックも多数登場している。 ストーリーの骨子(プロット) [ ] 日本全国津々浦々を走る長距離トラック()運転手、一番星こと星桃次郎()が主人公。 やもめのジョナサンこと松下金造()は子沢山の相棒。 この二人が各地で起こす珍道中を描く。 シリーズ全10作に通ずる基本的なストーリーは、桃次郎が目の前に現われたマドンナに(たいてい便所や情けない姿をしている時に遭遇)一目惚れをし、相手の趣味や嗜好に合わせて(見当違いの)付け焼刃の知識で積極的にアタックしていく。 また、個性の強いライバルトラッカーが現われ、ワッパ勝負(トラック運転での勝負)や一対一の殴り合いの大喧嘩を展開する。 結局、恋は成就せず物語はクライマックスへ。 天下御免のトラック野郎に戻った桃次郎は、時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、愛車・一番星号に荷(時には人も)を載せてひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走る。 その走りぶりはアクセルを踏み込んだ時の加速力(メーターの上がり方)からしてもうかがえる。 追っ手の警察を蹴散らし、強化された検問を突破し、トラック野郎達の応援・協力を得て、道なき道を走り一番星号を満身創痍にしながらも(劇中に障害物で行灯が割れたり、泥水でトラックが汚れるなどの描写がある)時間内に無事送り届け、修理を終えた一番星号とジョナサン号が走り去る…というシーンで終わりを迎える(第1作のエンディングは一番星号がジョナサン号を牽引し、第3作ではジョナサン号が一番星号を牽引した。 これは、激走の代償として自走不能となってしまったため)。 後半の第6作以降には登場しない(ただし、第9-10作では母ちゃんがジョナサン号のハンドルを握るシーンがある)。 クライマックスの爆走 [ ] No. 出演者 [ ] 全10作に登場するキャラクターは、星桃次郎(一番星)、松下金造(やもめのジョナサン)のみである。 次点は松下君江(母ちゃん)の8作。 松下家の子供たちも同じであるが、途中で俳優が入れ替わっているため、子役の最多出演数は5作となっている。 なお、本業の俳優ではないが、グループの初代会長の宮崎靖男が、哥麿(うたまろ)役(運転手役)で第3作以降全作に登場している(第1作には「運転手」役で、第2作では「宮崎」役で出演)。 一番星桃次郎 [ ] 星 桃次郎(ほし ももじろう、演:)、主人公。 オープニングでのクレジットは「 一番星桃次郎」。 ジョナサンや松下君江(母ちゃん)からは「桃さん」と呼ばれている。 初期は、仲間のトラック野郎からは「 一番星」、女性(ドライブインのウエイトレスなど)からは「桃さん」と呼ばれていた。 徐々に男性からも「桃さん」と呼ばれるようになる(マドンナ基本的に「桃次郎さん」と呼んでいる)。 性格は短気で血の気も多いが、情に厚く真っ直ぐで、卑怯な真似を嫌う。 普段は粗野だが根は純情。 酒好き、女好きで大食漢。 トラック仲間からの人望が厚い。 相棒のジョナサンとは、時には大喧嘩するものの、その時も心の中では親友と思っている。 夏の衣装はダボシャツに腹巻、雪駄もしくはブーツ。 冬は上はタートルネックやコート、足元はブーツになるが、腹巻は服の上からしている(夏冬とも)。 第1作や第2作ではツナギ姿も見られた。 腹が弱く、運転中によく便意を催し、耐え切れない時は野外で脱糞をすることもある。 住所不定のため、手紙はいきつけの川崎のトルコ「ふるさと」宛に届けられる。 自ら「心の故郷」と言うほどのトルコ好きで、千人以上抱いていると称している。 無類の女好きで、ジャリパン(路上)とセックスしながら運転する事もあった(第8作のオープニングのラスト)。 マドンナに自己紹介する時は「学者」(第6作)、「関係」(第3作)など職業を偽る(あるいは見栄を張る)クセがある。 一人称も「僕」に変わる(普段は「俺」)。 マドンナの前でトイレ、トルコなどのネタが振られた場合、「下品な!」と一蹴しており、普段の性格とまるっきり反対の行動となっている。 マドンナにはほぼ毎回一目惚れしている(第9作のみ例外)が、ほぼ毎回振られている(第5作のみ例外)。 振られる原因は、桃次郎自身の言動や行動が、マドンナの想いを後押ししている場合がある。 振られることがハッキリした時は、マドンナと恋人の仲を取り持つ方に回ることもある。 直接取り持った例 - 第1・6・7・9作• 間接的に取り持った例 - 第2-4作 この他、第2作では杉本千秋(演:)と赤塚周平(演:)をジョナサンと共に取り持っている。 また、ライバルとの喧嘩の結果、第3作では浜村涼子(演:)と大熊田太郎次郎左衛門(演:)の、第5作では江波マヤ(演:)新村譲治(演:)の橋渡し役ともなっている。 東北の寒村の生まれだが、小学生の時にダム建設のため一家は村を追われ、父親の知り合いを頼ってへ移る。 にわか漁師となった父親は、下北へ移って間もなく海難事故で死亡。 その後、母親と妹と3人で極貧の中生き抜いてきたが、母親もその後病死している。 妹は生死不明で、劇中でもほとんど語られる事はなかった。 上記は第8作で語られたものだが、第2作では「母親がいない」という父子家庭だったと語っている(兄弟については説明なし)。 自分の生まれ故郷がダムの湖底に沈んで無くなってしまった為か、「故郷」というものに対する想いは人一倍強い。 性格に似合わず、泳げない(いわゆるカナヅチ)ばかりか、犬(特に)や馬も苦手である。 やもめのジョナサン [ ] 松下 金造(まつした きんぞう、演:)。 桃次郎の相棒。 妻帯者で子沢山。 行灯は「 やもめのジョナサン」(当時ヒットした映画「」の )。 クレジットの定位置はトメ(最後)となっているが、ライバル俳優がトメに回る場合(第5作のと第6作の)は2番目にクレジットされている。 クレジットは「 ヤモメのジョナサン」とカタカナの場合がある(第2・6-8作)。 性格は温厚で明るく人情家。 津軽出身。 元警察官で、かつては鬼代官ならぬ「の鬼台貫(だいかん)」と恐れられた。 パトカーの酔っ払い運転でになり、トラック野郎になる。 鬼台貫とは(=重量測定器)を用いて容赦のない取締りをする鬼代官(=警察官)であることを表した掛詞である。 運転手仲間やウエイトレスなど、ある程度親しい男女からは「ジョナサン」と呼ばれることがほとんどで、「ジョナサン さん」とは呼ばれない。 玉三郎を除き、本名(苗字)で呼ぶことは稀である(第4作の序盤での運賃の支払い場面や、第8作の金融会社、第9作の上松運送のシーンなど、改まった場面のみ)。 家族からは「父ちゃん」と呼ばれている。 苗字の「松下」は、愛川が出演したののCM内でのセリフ「あんた、 松下さん? 」にちなむ命名で、(当時の)日本一の金持ちであるにあやかっている。 また、第7作では松下運送の社歌を歌ったが、松下電器の社歌の替え歌である(車体にも書き込んでいた)。 普段の衣装は虎縞の腹巻が定番(帽子は第2作から)。 男女の仲を取り持つのが得意だが、桃次郎とマドンナの仲は取り持てていない。 仲を取り持った例は、以下の通り。 第1作 - 万田千吉(演:)と竜崎京子(演:)• 第8作 - 馬場作太郎(演:)と石川鮎子(演:) この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)を、桃次郎と共に取り持っている。 また、第3作では浜村涼子(演:)と大熊田太郎次郎左衛門(演:)の仲を取り持つきっかけも作った。 のみならず「花嫁募集中」の行灯まで存在する。 マドンナや意中の女性の前では「妻とは死別」、「妻は出て行った。 原因は子供が出来なかったこと」などと寡夫と称して口説こうとする場面がある。 トラック「やもめのジョナサン号」は公称4トン半の積載量である。 としての特徴としては、車体側面に大きくが描かれていることが挙げられる。 運転席の背面にも一万円札ならぬ一億円札を何枚も印刷したデザインのカーテンが引かれている(第2作まではヌードパネルだった。 回転式であり、自宅に留める際は背面の家族写真にひっくり返している)。 行灯にも「」(当時の一万円札に使用されていた)があるほか、「」、「日本銀行御用達」なども設置されていた(無論、荷は魚か野菜、果物ばかりで、現金を輸送するシーンはない。 日本銀行とも無縁だった)。 松下君江と子供たち [ ] 松下 君江(まつした きみえ、演:) ジョナサンの妻。 第5作と第7作を除く8作品に登場。 夫や子供たちからは「母ちゃん」と呼ばれる。 子沢山で、実子は7人(第1作序盤)から9人(第3作)に増加。 さらに養女がいる。 父は元警察署長。 第2作で結婚14年目と語られている(長子の幸之助は学生服姿であり、この時点で中学生と見られる)。 ジョナサンが航海(長距離輸送)から帰ると、生卵など栄養のある物を食卓に並べ「久しぶり」とセックスを促している(ジョナサンが及び腰なのも含めて、シリーズの「お約束」となっている)。 ジョナサンが病気や怪我の時(第9作、第10作)は代わってジョナサン号に乗る、パワフルな肝っ玉母ちゃんである。 松下 由美(まつした ゆみ、演:角所由美) 松下家の養女。 旧姓は寺山(てらやま)。 第1作で一番星号の運転席に手紙と共に置き去りにされており、困惑する桃次郎に対し、ジョナサンが引き取りを申し出た。 その後、ねぶた祭りのテレビ放送を見て踊りだしたことから青森出身と推測され、桃次郎・ジョナサンに連れられねぶた祭りに参加。 この時、知り合いの土田(演:)に偶然遭遇し、父親が判明した。 父・寺山正吉は11トン車の運転手だったが、積載オーバーとスピード違反により免停6箇月になり、月賦が払えないうえに病気になり、妻に逃げられる。 その後、由美を一番星号に置き去りにしたが、これは運転手仲間を信頼してのことと思われる(土田の推測による)。 (ねぶた祭りの)3日前に、トンネル工事の爆破に巻き込まれ死亡した。 寺山を目の敵にしていたのが「花巻の鬼台貫」であると聞かされ、ジョナサンは責任を痛感する(その後、台貫場に突入する)。 第8作以降は未登場(第9作の点呼に登場せず)。 『映画「トラック野郎」大全集』 、『トラック野郎 浪漫アルバム』 ともにクレジットされていない。 松下家の実子たち 君江と同じく、第5作と第7作を除く8作品に登場するが、前期のキャストは第6作まで(ただし、年少者などは何度か替わっている)。 第8作以降は総入れ替えとなっている。 これは、「(浮気がバレたりして)ジョナサンに子供たちが詰め寄る」というシーンが考慮されている。 子供たちが成長しすぎたため、「子供たちの体格が良すぎると、笑えるシーンじゃなくなる」と、監督の鈴木が判断したためだった。 しかし、「(20作ぐらい続くと思っていたが)、10作で終わるのであれば、変えない方が良かった」と鈴木は回想している。 幸五郎(5男)は第1作終盤で、幸六郎(6男)は第3作『』で誕生(第2作で受胎が説明されている)。 登場作では、横一列に整列しての点呼(年齢順に自分の名前をいう)が恒例になっているが、後期のキャストでは第9作のみに留まっている。 乳飲み子等、まだ喋れない子達は、君江やジョナサンが代わって紹介する。 その際、長男のみ苗字込み、以後は苗字を省略して名乗る。 ほぼ全員一緒に行動する。 個人で見せ場があるのは例外である(第4作『』において3女・サヤ子が養女に貰われたり、第6作『』で君江と幸之助がジョナサンを尾行するシーンなど)。 幸之助(長男) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 酒井克也(第8-10作) 幸次郎(次男) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 桜庭一成(第8-10作) 美智子(長女) 前期 - 白取雅子(第1-4・6作) 後期 - 大久保和美(第8-10作) 華子(次女) 前期 - (第1-4・6作) 後期 - 文蔵あかね(第8-10作) 幸三郎(3男) 前期 - 大久保純(第1-4・6作) 後期 - 木村雄(第8-10作) サヤ子(3女 ) 前期 - 鈴本照江(第1作)、高橋直美(第2・3作)、吉田利香(第4・6作) 後期 - 石井ひとみ(第8-10作) 由美(4女) 前期 - 角所由美(第1-4・6作) 後期 - (なし) 幸四郎(4男) 前期 - 一条寛之(第1・2 作)、斉藤宙(第3作)、東剛(第4・6作) 後期 - 中村太郎(第8-10作) 幸五郎(5男) 前期 - 不明(第1作 )、吉崎勝一(第2 ・4・6 作)、東力也(第6作 ) 後期 - 小椋基弘(第8-10作) 幸六郎(6男) 前期 - 不明(第3作 )、吉田絵里(第4 ・6 作) 後期 - 石井旬(第8-10作) 資料によって相違する部分は、出典を明記した上で併記した。 オープニングでのクレジットは「 三番星玉三郎」。 オープニングで役名がクレジットされるのは、一番星、ジョナサン以外では玉三郎のみである(クレジットの順番もマドンナより前)。 元トラック野郎だったが、初登場(第7作『』)の職業はインチキ。 同作のラストでトラック野郎に復帰した。 桃次郎やジョナサンに弟子入りしたものの、無責任かつお調子者のため、失敗の連続であり、愛想をつかされる場面もある。 第8作『一番星北へ帰る』では、友人に金を持ち逃げされ、トラックも人手に渡ったために社員に転職。 その後、ライバルのBig99に拾われアシスタントとなった。 最終的にはトラックを取り戻すに至る。 第9作ではドライブインの従業員となり、娘の婿になる計画を立てていたが、友人から使い物にならないインベーダーゲームを押し付けられたため、クビになる。 その後、トラック野郎に復帰、クライマックスで囮となり警察を引き付けた。 10作目も出演予定であったが、せんだの急病により取りやめとなった。 テル美 桃次郎いきつけのトルコ「ふるさと」のトルコ嬢。 他に3人ほど馴染みの嬢がいるが、絡んでいるシーンがあるのはテル美のみである。 たらいで洗濯するなど、かなり面倒見がいい。 初代は(第1-3、5-6作)、2代目は(第8-9作)。 第3作以降全作登場。 哥麿の羽織を着ていることが多い。 ドライブインのシーンなど、運転手が集まる場所で登場し、桃次郎やジョナサンの側(もしくは奥、あるいは手前)に映っていることが多い。 一番目立っている(一番セリフの多い)シーンは第5作のクライマックスで、「桃次郎に無線封鎖の件を伝え、(自分の)妻の手製弁当を差し入れる」シーンである。 宮崎は俳優ではなく、トラック運転手が本業である。 本作の企画のきっかけとなった、NHKのドキュメンタリー番組内にも登場しており、本作製作にあたり哥麿会を立ち上げ、トラックの手配などで貢献している(初代会長であり、後に終身名誉会長となった)。 2010年の『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』( MOOK)では、監督のと共に全作を視聴し、当時のことについて言及している。 宮崎の出演としては、第1作の台貫場のシーンが初。 この時は「運転手」役であり、終始拝み倒すような姿勢であり顔が判らない。 その上、声はが吹き替えている。 そしてノンクレジットである。 続く第2作では「宮崎」役となっているが、初登場は同じように台貫場のシーンであった。 ただし、こちらは演じる警官から「宮崎」と呼ばれるなど、前作よりは目立っている(オープニングにもクレジットあり)。 以後、ドライブインのシーンなどにも登場している。 主なスタッフ [ ] 企画は1作目のみ単独、以後は連名。 脚本は全作共同脚本(連名)である。 監督:• 企画:高村賢治、天尾完次(第2-10作)• 脚本:鈴木則文(第1・2・4・6・8・9作)、(第1-3・5作)、(第3・5作)、中島信昭(第4・7-9作)、掛札昌裕(第6-9作)、(第10作)、松島利昭(第10作)• 音楽:(第1・2・4・5・7-10作)、(第3作 )、(第6作 )• 撮影:仲沢半次郎(第1・4作)、飯村雅彦(第2・3・5-7作)、中島徹(第8作)、中島芳男(第9作)、出先哲也(第10作)• :(クレジットなし。 第4 ・3・6・7 作)• 協力会社、組織(複数回登場したもののみ)• 株式会社カントリー(全作):が、当時所属していた事務所。 (全作):宮崎靖男を中心としたトラック運転手のグループ。 本シリーズのために立ち上げた組織で、トラック等の手配に尽力した。 (第1-3・5作)• (第8・9作) 主題歌・主な挿入歌 [ ] 唄:・愛川欽也 作詞:、作曲:、編曲:• 主題歌。 全10作中、第8作『一番星北へ帰る』を除いた9作品でオープニングとエンディングに使用された。 挿入歌。 第1作と第2作で使用。 毎回のように挿入歌が作られたが、複数作品で使用されているのは本曲のみ(使用シーンは、共に一番星号で桃次郎とマドンナがドライブする場面)。 第1作では、ドライブの途中でガソリンスタンドに寄って給油しているが、スタンドの店員をダウン・タウン・ブギウギ・バンドのメンバーが演じている。 監督のキャッチコピー [ ] 予告編でのキャッチコピーは以下の通り。 (なし)• (なし)• 大ヒットメーカー• 喜劇の大将• 喜劇のエース• ヒットメーカー• ヒットメーカー• (監督のクレジットなし)• 絶好調 シリーズ一覧 [ ] 桃次郎・ジョナサンの地元であるは、『突撃一番星』を除いた全ての作品に登場するため一覧からは除外した。 また、第10作のみダブルマドンナである。 なお、「龍馬號」はあくまで垣内竜次が運転するトレーラーの名前である。 大谷直子が演じた北見静代は子持ちの未亡人であり、従来のマドンナと一線を画している。 (澤井信一郎・田中陽造脚本)と(澤井信一郎脚本)の、準備稿の存在が確認されている。 どちらも設定が変更されて公開に至った。 備考 [ ] シリーズそのものに関わる事柄 [ ] 造語 「トラック野郎」という言葉は、東映が作った造語であるが、映画のヒットで大型・長距離トラックの運転手の俗称として一般的に使用されるようになった。 また本作はのデコレーショントラック()が巷に溢れるきっかけの一つとなった。 車両のデザイン、ペイント 一番星号・ジョナサン号・ライバル車といった、劇中に登場するトラックのデザイン及びトラックの箱(荷台)に描かれた絵は、本シリーズ全10作の美術監督を務めた桑名忠之がデザインを担当した。 ペイントを担当したのは、塗装業務会社である。 シナハンと装飾 第1作の撮影前、鈴木則文と澤井信一郎とで、長距離トラックに同乗する5日間の取材旅行を敢行し、シナリオの執筆にあたった。 一番星号の正面下部にある「雪の下北」、「はぐれ鳥」の装飾は、取材旅行で最初に同乗したトラックにあった装飾を、そのまま引き継いだものである。 キラ星の演出 本シリーズのお約束でもある、桃次郎とマドンナが初めて遭遇する場面で、アップで映るマドンナの周囲に無数の星が輝くカットがあるが、これを考案したのは第1作『御意見無用』、第4作『天下御免』の撮影を担当した東映東京撮影所のベテラン撮影技師・仲沢半次郎である。 警察との対立 トラックの「違法改造」の問題、また菅原文太が当初大型免許を所持していなかったことから、撮影時は警察との対立が絶えなかった。 方向性の転換 8月公開の第7作『』までは全体的にコメディ色の強い作風であったが、同年12月公開の第8作『』からはシリアスな面もかなり描かれている。 [ ] シリーズの終了 [ ] シリーズ終了の経緯については諸説ある。 本シリーズは、第3作『』から第8作『』まで4週間(28日間)の興行を打っていたが、12月公開の第10作『』はもどきの併映作『』に足を引っ張られ 、極端の不振で予定より4日早めて24日間で打ち切りになり、『』の繰り上げ公開となった。 第10作は2人のマドンナを迎え、これまでの大ヒットには及ばないとはいえ、多くの観客を集めた。 シリーズはすべてヒットし、盆と正月に公開される東映の興行の柱であった。 打ち切りの通達が発表される直前まで鈴木は、第11作として山陽・山陰路や夏の秋田、冬の北海道といったロケ地を打診していた。 菅原文太は「10億円を切ったって嫌みを言われたから俺の方からやめたんだよ」と話している。 『』は「岡田茂社長が『』や『』、『』といった大型や大作を稼ぎどきにぶつけ、収益広大を目指したため打ち切った」と論じている。 1980年1月2日のには「東映は大作路線の強化、安定を図るため、かせぎ時の正月、夏休み興行でドル箱シリーズとなってきた『トラック野郎』を現在公開中の10作で打ち切り、大作に置きかえていくことになった。 東映のほか、東宝、松竹を含めた邦画大手3社は正月、夏休み興行に人気シリーズ作品を配し、手堅くかせぐ作戦を展開してきたが、東映では同シリーズの動員力が頭打ち現象が強まってきたとして方向転換を図ることになったもの」と書かれている。 今年のお盆に出ないことだけは決定したが、東映は、シリーズをこれで完全に打ち切るかどうかはまだ未定だと言っている。 ただ、作品自体の力の落ち具合からみてもやはり、ここらで打ち切りが妥当だろう。 『トラック野郎』に対する評価は落ちている。 昨年のお盆興行でも、看板の『トラック野郎』に稼働力があったのではなく、併映の『』が引っぱった感じがある。 聞いたところによると『トラック野郎』を正月とお盆の興行からはずし、一本立て大作としてやれば、平月でも6、7億円稼ぐようになるのではないかという楽観的な見通しのもとで一応やる方向にいっているというが、それでも無理なような気がする。 今までの東映の流れを見ると、が約6年、その後のが3年か4年。 それで『トラック野郎』が今回で5年目を迎えた。 路線番組の時間的な流れからみても、もう大体寿命が尽きているからこれで打ち切りだろう。 今の日本映画の状況を考えるともう路線で当たる時代ではなくなってきているから」などと書かれている。 『』1980年4月号には「東映は新年早々、今年のお盆番組は『トラック野郎』を製作しない。 しかし、シリーズ打ち切りではない、と未練たっぷりではあるが、敗北宣伝をしなかった。 東映のいう延期は、過去の例でいうと事実上の中止であるため、もう、文太・キンキンのコンビが復活することは九分通りないだろう」と書かれている。 はっきりと打ち切りは発表されず、継続を模索しているうちに、うやむやに終了してしまったものらしい。 シリーズの打ち切りの後、トラックも売却された。 車両のその後 [ ] 一番星号はシリーズが終了後売却されるが、売却される前の1980年(昭和55年)に放送された特撮テレビドラマ『』第8話「白骨都市の大魔王」ではロケ地でもある東映大泉撮影所の資材置き場に放置されている姿が映し出された。 売却後、1980年代前半はパチンコ店の看板車両として展示されていたが、車両へのいたずらや部品の盗難や破壊等によって1980年代中盤に廃車状態で中古車販売店に置かれていたことが確認されていた。 その後1988~89年ごろに大阪でリサイクル業を営む個人オーナーが購入して修復し、1991年頃に復活させた(ただしこの時の修復は当時の姿とは違う部分もあり、電飾等は完全に修復できず、サイドウインカーや後部反射板など、時代々々の法改正に合わせたパーツが装着されていた)。 その後は主に仕事車両として使われていたが、2000年代後半あたりから排ガス規制等の事情で走らせることが困難となる。 それでも思い入れが強かったため手放すことはしなかったが、2014年に全国哥麿会の会長である田島順市との出会いを機に考えを変え、一番星号を哥麿会へ譲渡することとなった。 譲渡後はイベントに参加する傍ら当時の姿に近づけるべく段階的にが行われ 、2019年までに前述の電飾関係も含めほぼ当時の姿に修復 、『』 など数々の作品に登場した「竜神丸」 と共に各地のイベントに顔を出している。 修復にあたっては、電飾は滋賀県のが、箱絵は福島県のの手によって行われ、箱絵ペイントの修復 には本車両の箱絵のデザインを手がけた美術監督の桑名忠之(車両のデザイン、ペイントの項目参照)も参加した。 その他、2007年には個人オーナーの手によって第9作『熱風5000キロ』仕様のレプリカ車が製作され 、『カミオン』2007年12月号では一番星号(オリジナル)との初対面を果たしている。 一方ジョナサン号はシリーズ終了後にライバル車として登場したコリーダ丸や龍馬號を所有していたが購入したものの、仕事車両としては使い勝手が悪かったため売却。 その後所在を転々とした後(一時期は売却後の一番星と同じ場所に置かれていたこともあった)、時期は不明だが部品が盗難され痛みの激しい状態で茨城県のスクラップ業者に置かれていることが確認された。 その後解体された模様で車両は現存せず、荷台箱のみ頃とある農家の倉庫として使われていたのが目撃されていたが、2000年代に入る前に処分されている。 その後2010年に群馬県にあるトラックパーツショップ「」の手によって1から作り起こしたジョナサン号(第9作仕様)が完成し、公式ウェブサイトでは『カミオン』誌の特集記事をそのまま掲載している。 ゲスト車両として第10作に登場した龍馬號は、1986年に事故で損傷した荷台ペイント部分の修復を行い、当時の『カミオン』誌でも記事に取り上げられた。 1998年にで放送された『』の企画でトレーラー部分が爆破解体される。 現在は2代目として同じデザインのペイントを施した3軸のトレーラーが存在する。 派生作品と続編の企画 [ ] 東映は、に新しいトラック野郎にを起用して『』を公開するが、本作と比較すると興行は芳しいものとは言えなかった。 に『新トラック野郎』としてシリーズを復活させるという企画が持ち上がり、『トラック野郎』第6作から第9作の脚本を担当したが脚本を書いた。 「主役は桃次郎ではないが二人組。 トラックとよくすれ違う、60代の男が運転する謎の自家用車が出てきて、実はそれがもう余命いくばくかもない奥さんに日本全国を見せるために走っている事だっていうのが最後に分かる」という話。 これを岡田茂に見せたところ、「お前、気が狂ったんじゃないか?」と一喝され却下されたという。 後に掛札は『爆走トラッカー軍団』シリーズの全作で脚本を手がけている。 テレビ放送 [ ] 12月に、シリーズ初のテレビ放送が行われた。 第1作『』が「」の特別篇として2時間拡大版として放送された(当時は1時間半枠)。 翌年に第2作から第4作までが、ゴールデンタイムに順次放送されていった。 当時は、東映がの筆頭株主だった(現在は2位株主)関係で、の中期ぐらいまでは、よく放送され ており、特に年末年始は必ずといっていいほど放送があった。 また、初頭まではTBS土曜午後の映画枠(『』)の常連でもあった。 9月以降よりにて定期的に放送されている。 近年の地上波ではほとんど放送されていない。 ただし、2010年代に入って本作の主人公である桃次郎とジョナサンを演じた菅原文太と愛川欽也がに入った後は、その追悼として放送された(参照)。 シリーズ終了後の話題(2000年代以降) [ ] テレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマ『』GP37(第37話)「炎神バンキ!? 」にて、デコトラをモチーフとした怪人「エンジンバンキ」(声 - )が登場。 怪人の攻撃技で当シリーズのタイトルが多数使用された。 怪人は広島弁で台詞を話し、(最後の台詞)は「最終作は…故郷特急便…もっと爆走したかったんじゃがのぅ…」だった。 7月、シリーズ完結30周年記念として、研究本『映画『トラック野郎』大全集』が出版された。 に放送されたテレビ朝日の深夜番組『』で、新・3大トラック野郎の男気あふれる爆走」と銘打ち、第5作『』、第3作『』、第6作『』の3本を取り上げた。 なお2017年3月28日放送の『怒り新党』最終回では、『男一匹桃次郎』を再放送した。 9月、のフルモデルチェンジの際、テレビCMに菅原文太とが出演した(のちにもこのCMのレギュラーに加わる)。 1月により『CRトラック野郎』がリリースされる。 12月、主演の菅原文太が死去。 追悼番組として、の『』で、12月4日に『』が放送された。 菅原の訃報が報道されている時期に、菅原文太とが一緒に写った写真がネット上で話題となった (1978年に、デビュー間もない頃のヴァン・ヘイレンが初来日時に東映の撮影所に訪れており、菅原と共に写真を撮影していた)。 主演の愛川欽也死去。 追悼番組として、テレビ東京の『午後のロードショー』で、4月20日に『』 が放送された。 2月に開催されたにて一番星号が展示される。 デコトラ以外の自動車イベントでは9月のジャパントラックショーでも展示された。 4月、の河川敷にて、愛川欽也三回忌チャリティーイベントが行われる。 デコトラグループ「関東み組」の主催で、全国から550台のデコトラが集まった。 「哥麿会」初代会長の宮崎靖男の協力で、愛川の妻のおよび東映の公認を得て開催された。 8月、WOWOWにおいて「」以外の9作が放映された。 関連グッズ [ ]• DVD(全10作):• ビデオ(全10作):東映ビデオ• ブルーレイ 全10作 :東映ビデオ• サウンドトラック(全3枚):AMJ• :(現:)• (10種・12台):(現:)• モーター駆動で走って光る(4種類):• CRトラック野郎():• 他に業者が契約を無視して5000円のパネルを勝手に作り市場に出回った。 これはプラモデル初心者にも作りやすいキットだったが、2010年代は店頭で見ることが稀になってしまったぐらいの貴重品である。 『』のオープニングでは、これで遊ぶ子供たちが登場している。 またそのバンダイの関連会社で、後にバンダイに吸収されるのミニカー玩具「」から、『』・『天下御免』・『』にそれぞれ登場した桃次郎のトラックをキット化して発売した。 いずれもによりキャビンとコンテナが光るギミックが搭載されている。 この他にも、ポピーの関連会社「ロビン」から、ポピーの主力商品「」と同じ素材で作られたダイキャスト製「超合金バッジ」にも、本作のトラックを象ったバッジが発売された。 また、1978年には、ポピーがスポンサーとなったテレビアニメ『』(トレーラーが巨大ロボットに変形する)が放送され、玩具も販売された。 その後、『熱風5000キロ』版、『突撃一番星』版、『男一匹桃次郎』版、『天下御免』版、『一番星北へ帰る』版、5作目の『度胸一番星』版がモデル化されている(2015年現在)。 他にも当時の映出車であるコリーダ丸(2007年及び2012年)、龍馬号(2007年)や、6作目のライバル車両である「袴田運送」(ただし一部実車とは異なる)などがモデル化されている。 注釈 [ ] []• 鈴木則文は後年のコラムで『男はつらいよ』=古典落語、『トラック野郎』=漫才と述べている。 「一番星」の名は、哥麿会副会長のトラックの愛称が由来となっている。 キャスト一覧にてニックネームの記載なし。 『トラック野郎 浪漫アルバム』 94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。 キャスト一覧にてニックネームの記載なし。 『トラック野郎 浪漫アルバム』94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。 『』誌の読者投稿コーナーにも掲載されていた。 電飾修復作業の途中、桃次郎役の菅原が逝去した。 主演のも菅原が亡くなる9日前に逝去していた。 この車両も2000年代後半にが購入、荷台ペイントやアンドンの装飾などを同遊園地で稼働していたジェットコースターをモチーフとしたデザインにリニューアルし「二代目絶叫丸」としてイベント用として使用されていたものを2012年に哥麿会で買い取り、再度「竜神丸」として復活させている。 ただしこの車両は劇用車として登場した当時の姿での修復ではなく新たなペイント等が施され、電飾も更なるアップデートを重ねている。 前オーナーが修復してから20年以上の年月が経過していたため塗装の痛みが激しく、既存の塗装の上から描くことは困難だったため、完全に剥離してからの描き直しとなった。 特に開始の『』(月曜 20:02 - 21:48)では、4月まで常連だった。 出典 [ ]• 「アナーキー日本映画史1959-1979」• 、225、229頁• : p. 1975年10月7日• 2016年4月8日. 2016年4月20日時点のよりアーカイブ。 2016年6月27日閲覧。 、203頁• 日本経済新聞2月21日掲載分・鈴木則文コラムより• 、14頁• 、117頁• 「邦画新作情報 『トラック野郎』がシリーズ化に」『キネマ旬報』1975年10月下旬号、、 180頁。 「映画館 ヒット・Hit」『キネマ旬報』1975年10月下旬号、キネマ旬報社、 176頁。 、105、115頁• 、83頁• 、91頁• 、66頁• 、45頁• 、33頁• 、723頁• 、85頁• 、75頁• 、55頁• 、65頁• 、31頁• 、85頁• 、75頁• 、55頁、61頁• 、85頁• 、172頁。 、63頁• 、95頁• 、77頁• 、115頁• - スポーツ報知、2014年12月4日• 、156頁• 非売品小冊子「東映ビデオコレクション劇映画総解説」p. 18より• 、137頁• 192• 『シネアルバム 日本映画1981 1980年公開日本映画全集』佐藤忠男、山根貞男責任編集、芳賀書店、1980年、 p. 190• ありがとう、鈴木則文 天下御免の三角マークよ永遠なれ! 鈴木則文監督と映画 『トラック野郎』」『』2014年8月号、、 10頁。 「役者 鏡 菅原文太インタビュー 聞き手・市井義久」『』1997年冬号 No. 381、編集プロダクション映芸、 149頁。 : p. 1980年1月12日• 高橋英一・西沢正史・脇田巧彦・「映画・トピック・ジャーナル 『トラック野郎』製作中止か?」『キネマ旬報』1980年3月上旬号、キネマ旬報社。 河原一邦「邦画マンスリー」『』1980年4月号、、 226頁。 「映画の旅人」2014年9月27日• 、233頁• - Car Watch• amass 2014年12月2日• シネマトゥデイ. 2015年4月17日. 2015年4月17日閲覧。 「文太スゴめば東映ブルブル『トラック野郎』の海賊版パネル出回りファンのため怒る」『』1976年7月31日号 p. 33、。 「超合金Walker」()84 - 85頁 2015年 参考文献 [ ]• 鈴木則文『トラック野郎風雲録』、2010年。 鈴木則文、宮崎靖男、小川晋『映画「トラック野郎」大全集:日本最後のアナーキー・プログラム・ピクチャーの伝説』〈 洋泉社MOOK〉、2010年。 鈴木則文『新トラック野郎風雲録』、2014年。 、『トラック野郎 浪漫アルバム』、2014年。

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