あらたまっ けん ゆう 幼少 期。 武田 華:Takeda Hana

新田真剣佑は本名?父と母はあの人!本人に子供がいると噂も

あらたまっ けん ゆう 幼少 期

晩秋の好晴。 北条高時は江ノ島の 弁財天 ( べんざいてん )へ 参籠 ( さんろう )して、船で浜御所へもどる海上の途にあった。 「なに。 わしを 清盛 ( きよもり )のようだとか?」 あの特有なかなつぼ 眼 ( まなこ )で、高時は船中の 船酒盛 ( ふなさかも )りの近習らを、ねめ廻し、 「ばかを申せ。 猫の目より変りやすいごきげんなのだ。 人々は、それを言い出した北条 茂時 ( しげとき )の方をつい見てしまった。 若い茂時はただ、赤くなっている。 「わが娘を 皇后 ( みきさき )に入れ、一門、 摂関家 ( せっかんけ )と位階を 競 ( きそ )うた 平相国 ( へいしょうこく )であろうがの。 三ツ 鱗 ( うろこ )の幕やら彩旗をなびかせた女房船、供船などの数十そうが、一列な白波を長く曳いて行く。 その快も、高時の語を、 弾 ( はず )ませていた。 「高時は、堂上などに、 眷恋 ( けんれん )はせぬ。 京にも負けぬ、鎌倉の京をここに築いて見しょう。 あらゆる工芸の 粋 ( すい )をあつめ、 万華 ( まんげ )鎌倉の楽園を、一代に 創 ( つく )って、その中で生涯する。 ……なんで、朝廷の空名などを、物欲しげに」 と、嘲侮をうかべ、 「さるによ」と、やや怒ッた青すじを、 額 ( ひたい )にみせた。 「じたい、量見のおせまい天皇以下、事ごとに、関東を 忌 ( い )み恐れ、またこの高時を清盛に輪をかけた乱暴者と誤まっておる。 ……その果てが、正中ノ変よ。 つづいて先帝の、よんどころない 隠岐遷 ( おきうつ )し、さらには不逞な公卿坊主らの処刑となったのも、申さば、やりたくはないことを、しいて仕向けられたものだ」 「…………」 「が、わしは清盛でない。 清盛には、 野放図 ( のほうず )もない夢が多すぎた。 そのあげくに、あの熱病死。 そして一門も壇ノ浦のあわれを見たわさ……」 急に彼は、海に 眩 ( めまい )を起したような眉をして杯を下におき、眉の辺を指で抑えた。 ……壇ノ浦とは、地形がちがう。 鎌倉の海では、さはさせん。 たとえ敵が来るとも、さはさせん」 と、海へ向って、子供のように、胸を張った。 「いや、 太守 ( たいしゅ )」 侍 ( じ )していた 道誉 ( どうよ )が、そのとき、初めて口をひらいた。 「茂時どのが申されたのは、今日の江ノ島詣りと、平相国の 厳島詣 ( いつくしまもう )でとが、さも似たりと、仰っしゃったまでのことです」 「高時と清盛とを、くらべたわけではないと申すか」 「さようです。 清盛公は、福原から厳島へ、 月詣 ( つきもう )でもしたとのこと」 「その点も、似ていないな。 わしの方が、ずんと不信心らしい。 ははあ、それでか。 ……それで過日、江ノ島弁財天の夢見などしたわけよな」 道誉の助け舟で、茂時もほっとし、近習 ばらも、わざと話題をほかへ、 迷 ( は )ぐらした。 いつか、華麗な船列は、海中の一ノ大鳥居の下を通って、鎌倉の浜についていた。 浜は、出迎えの 綺羅 ( きら )な人馬でうまっていたが、高時が、浜御所に入るやいな、そこには、六波羅からの早打ちが、五騎も六騎も昨日から待っていた。 「なに、早打ちどもが?」 高時は、耳にしたが、驚いたふうもない。 事実、早馬早打ちには、鎌倉の上下とも、麻痺していた。 ここと都との通信機関は、早馬の往復だけが、 唯一無二 ( ゆいいつむに )のものである。 だから時局の 波瀾 ( はらん )をみると、海道から府内は、昼夜、ひっきりなしに六 波 ( は ) 羅 ( ら ) 飛脚 ( びきゃく )だ。 「なぜ、こんな所で、飛脚どもは待つのか」 座につくと、高時は、 脇息 ( きょうそく )をかかえるなり、長々と、両脚を前へ投げだして怒った。 「ここは浜御所、せっかく海上の疲れを、一ト休めと思うたに、 陸 ( おか )を 踏 ( ふ )むやいな、すぐ飛脚どもに待たれてはやりきれん。 なぜ柳営の方で、処置しないか」 「はっ」 淡河兵庫 ( おごうひょうご )が、彼の脚のさきの遠くに、平伏していた。 「おるす中といえ、急使の飛状は、その 都度 ( つど )、 政所 ( まんどころ )にて、ご処理でございますが、なにか、一刻も早く、お耳に達せねばならぬ火急と伺っておりまする」 ついと、高時は横を向く。 「茂時」 それから、また、 「道誉」 と、 名ざしのもとに、 「ふたりして、飛脚状を収め、また委細を、早打ちの武士どもから、訊きとっておけ。 ……わしは、こうしていてもまだ船の上に揺られているような心地だ。 ちと、ねむっておきたい」 茂時と道誉が、そこを立つまに、女房たちが、大きなお枕をささげて来て、高時の青い 頭 ( つむり )の下にあてがった。 そして彼のみを、そっと残して、やがてみな、 退 ( さ )がって行った。 高時は他愛がない。 頭もまろいし、大きな ぼんちみたいな寝相である。 このままの人ならば、 天真爛漫 ( てんしんらんまん )といっていい。 が、あいにく北条家九代の 嫡 ( ちゃく )と生れ、天下の 執権 ( しっけん )という、彼に似合わない政権と武権を双手にしていた。 すべて彼を愛し、彼を利用している周囲には、一こうにその自覚もないことが、いちばいな悲劇であった。 絢爛豪奢 ( けんらんごうしゃ )な喜劇でもあった。 すでに、 嘉暦 ( かれき )(六年前)のころ。 高時はいちど、執権職を 退 ( ひ )いて、職は 金沢貞顕 ( かなざわさだあき )にゆずり、またまもなく、 赤橋守時 ( あかはしもりとき )に代っていたはずだった。 へたに起せば、ごきげんを損じよう。 そして、こじれ出したら、ご持病のお物狂いもおこりかねない。 「……まずは、もすこし、お目ざめまで、待ち申そう」 道誉の分別にしたがって、 連署 ( れんしょ )の北条茂時も、彼と並んで、そっと、遠くに坐っていることにした。 浜御所の広間である。 いかにも、こころよげな高時のうたた寝だった。 波音も、眠りを あやす 階音 ( かいおん )になっている。 が、道誉の耳には、この波音も、時勢の吠え声に聞えていた。 「…………」 茂時とは、ほんとの胸など一語の語り合いもできないが、道誉はその茂時とたった今ふたりで、六波羅の急使たちと、表ノ間で対面し、風雲の急を、聞きとって来たばかりなのだ。 刻々、変ってゆき、また悪くばかりなってゆく国々の形勢図が、波と聞え、眼にも見えるここちがする。 「……だのに、寝てござる」 愍笑 ( びんしょう )を、禁じえない。 いま、耳にした六波羅飛報によれば。 とかくこの鎌倉では「名もない土豪の小さかしい野心沙汰」と見て、軽視の風がある 楠木正成 ( くすのきまさしげ )も、赤坂から 千早 ( ちはや )への築城を完了し、金剛山一帯は、今やひとつの 連鎖 ( れんさ )陣地をなして来たともつたえている。 その楠木と大塔ノ宮とが、歯と唇のように密接なのは、いうまでもない。 はやくも、それにこたえて。 播磨 ( はりま )では、赤松円心に、二心の準備がみえ、備前の児島党、松田党などもまた、いつでも、 呼応 ( こおう )の姿勢にある。 四国の河野党も怪しい。 九州の菊池党も、どうやら、あぶない。 なお疑えば、あなたこなたに、 宮方色 ( みやかたしょく )は、日にまし、多くなりつつある模様。 「今にして、大英断をくだし給わずば……」というのが、六波羅早馬の、声々だった。 だが、道誉には、それすら甘い 観方 ( みかた )とおもわれたほどである。 しかも、高時という 驕児 ( きょうじ )は、噴火山上に、昼の手枕だ。 道誉は、にっと、冷ややかな笑みをふくんで、彼を見ていた。 高時の明日の運命が、彼には、見えていたからである。 「道誉! 何を笑う」 ふと、彼はきもを冷やした。 高時が言ったのだ。 高時はいつのまにか、薄目をあいて、いたずらッぽく、逆に道誉の顔を見ていたのだった。 道誉はドキとした。 この暗愚な 太守 ( たいしゅ )、油断はできない、と思いながら、 「や、お目ざめで」 と、 畏 ( かしこ )んでみせた。 高時は、起きて、大 欠伸 ( あくび )を一ツした。 すぐ湯殿へ入る。 お 湯浴 ( ゆあ )み、お召換え、つづいて、浜座敷での 御一献 ( ごいっこん )と、女房たちが、もう配膳にかかり出す。 「……夕になったら」 と、高時は女房たちへ、註文をつけていた。 浜御所の廻廊すべての 吊 ( つ )り 燈籠 ( どうろう )に灯を入れること。 そして、 仮粧坂 ( けわいざか )や名越の 傾城 ( けいせい )、 白拍子 ( しらびょうし )などを、たくさんに呼びあつめろ。 踊る宗教といわれる 時宗 ( じしゅう )の流行は、ついに上方からこの鎌倉にもおよんでいる。 高時は自分もやってみたくなり、もう何度か、この浜御所に、鎌倉中の妓をあつめて、夜もすがら、踊りに踊ってみたのである。 「おもしろい!」と彼は絶讃していた。 そして従来の 闘犬興行 ( とうけんこうぎょう )とあわせ、これも彼の病みつきになりかけていたものだった。 「あいや、今宵は、お見あわせを」 道誉が、止めた。 いい出しかねている茂時の色を見て、それに代って、いかにも、忠臣が諫言するような、おもてで言った。 「太守。 ご歓楽は、長い先の春秋で、いくらでも 御堪能 ( ごたんのう )できましょう。 ここは、太守の大英断を、時局へお下しあらねばならぬ危機かとまで、思われますが」 「あ。 飛脚のことか。 そうそう、まだ聞いていなかったな」 と、高時は坐り直し、 「どうなのだ? 六波羅状の一つ一つは」 「 筑紫 ( つくし )(九州)の探題からも一、二報まいっております」 「そのために、評定所がある。 まった武者所と 政所 ( まんどころ )もある。 てばやく処置をとっておろうに」 「が、これまでの程度ならば、でございまする」 「こんどは違うか」 「しさいは、 連署殿 ( れんしょどの )からどうぞ」 と、道誉はゆずって、あとは茂時に語らせた。 大塔ノ宮の旗上げ、その吉野城と、金剛山との結びつき、四国九州にわたる宮方の危険な 兆 ( きざ )し、それらを、茂時は事務口調で、 吶々 ( とつとつ )と申し 陳 ( の )べた。 「ふーむ、たいへんだな」 高時は、 唸 ( うな )って、聞きすまし、 「なるほど、大英断を要しよう。 すておけん」 と、天井を仰いで言った。 「こんな夜、わしが踊り明かしていると、お耳にしたら、またまた、あの心配性な、母の 尼公 ( にこう )が、お病を重くするかもしれん。 止めよう、止めよう」 彼が恐い人は、妻の 舅 ( しゅうと )の長崎円喜と、生母の覚海未亡人であったようだ。 その尼公の病因は、しばしば、子の高時の盲愛に迷うためといわれているが、高時も母思いでないことはない。 踊りも宴も見あわせて、彼はその夕、若宮大路の柳営の内へ、座を移した。 高時の私生活は、高時だけのものである。 彼の 出入 ( しゅつにゅう )だけを見ていては、鎌倉の苦悩のなにもわからない。 現 ( げん )に、幕府の営中は、それどころでない空気だった。 ただ、華奢な一群の人員が激増しただけに過ぎない。 事あれば、ここには一族、重臣、元老、それに 譜代 ( ふだい )の御家人。 いかめしい肩書の人々は、ありあまっている。 そして、たれも心のうちでは、一個の驕児高時を、 あてにはしていなかった。 北条氏である! 九代の幕府である! その組織が彼らの主人であった。 一世紀半にわたって、日本全土に根を張ってきた政体の 巨幹 ( きょかん )である。 この組織が、と 恃 ( たの )んで、 「太守(高時)は、おかざりものでよい。 たとえ少々、ご奇矯であろうとも、執権職の空座をめぐッて、内輪争いを見るよりは、やはり、ご正嫡をあがめておくに 如 ( し )くはない」 という考えなのである。 ここ数日らいの難局もまた、全北条の主脳だけで、閣議にあたまをいためていたのだ。 それにしてもである。 で、やがてのこと。 「さっそくながら」 と、中御所へは、一族の名越、 普恩寺 ( ふおんじ )、赤橋、 大仏 ( おさらぎ )、江馬、金沢、 常葉 ( ときわ )などの、日ごろには営中に見えない門族の顔やら、四職の閣老すべて、高時の台下に、席次ただしくつめかけていた。 そして、ひとりが、 「まことに、ここひきつづいて、おもしろからぬことのみ、お耳にいれ、恐縮にござりまするが、いまは鎌倉の存亡にもかかわる大事と見えますれば、なにとぞ、ご勇断のもとに、さいごのおさしずを下したまわりたく」 と、さしせまった地方情勢の険を、絵で画くように、わかりやすく、 上聞 ( じょうぶん )にいれた。 高時は、台座にあぐらして、 つんと胸をそらしていた。 どれも親類のおじさんみたいな人ではある。 が、こう偉いのが顔をそろえて、あだかもこの自分を、神の天童のごとく、 礼拝 ( らいはい )しているのをみると、彼としても固くならないではいられない。 また自然そうしているうちに、彼自身の 脳裡 ( のうり )でも、火花のような智のひらめきを感じ出し、それを霊感と信じるような顔つきにもなってきた。 「そのことなら、もう聞いてる、聞いてる!」 とつぜん、 額 ( ひたい )からとび出すような声で、彼は一同をおどろかせた。 「そうくどく、説明にはおよばん。 浜御所での休息中に、飛脚どもから聞きとっておる。 そこで、皆はどうしたいのだ。 またぞろ、軍勢を出そうというのか」 「御意……」 と、おだやかにうけて、 「それも、このたびは、去年の笠置攻めに数倍する大軍をおつかわしなくば、なかなか、事むずかしいかと思われます」 子を 諭 ( さと )すような口調でいう老人がある。 二階堂出羽ノ入道 道蘊 ( どううん )だった。 「むむ」 と、高時は 合点 ( がてん )をみせ。 「やるからにはな。 ざっといって、どれくらい?」 「十万とぞんじます」 「十万?」 そんな兵力が、どこにあるか、と言いたげに、高時は眼をまろくした。 「いや、公称十万。 じつの数は六、七万で足りましょうか。 いずれにせよ、去年の三倍四倍の兵を要しまする」 「それではまるで、 蒙古襲来 ( もうこしゅうらい )の防ぎに駈け向うような軍勢になるな。 ……高時が生れぬ前のことだからよう知らんが、あのときは、十万といったそうだ」 「まだしも、蒙古の 襲兵 ( しゅうへい )は、筑紫の一局でございましたが」 「こんどは」 「吉野、赤坂、金剛山。 そのほか、 畿内 ( きない )、中国、四国にも」 「評議は、まとまったのか」 「ご裁可さえ給われば、ただちに、諸大名へ、兵の割当てと、発向の日を、 布令 ( ふれ )るばかりに相なっておりまする」 「 征 ( ゆ )くのは、誰々か」 「まず、この二階堂 道蘊 ( どううん )、老いたりといえ、先陣のひとりに 馳 ( は )せのぼるつもりです」 「それから」 「ご一族では、 阿曾 ( あそ )ノ 弾正少弼 ( だんじょうしょうひつ )、名越遠江守、 大仏陸奥守 ( おさらぎむつのかみ )、 伊具 ( いぐ )ノ右近大夫、長崎四郎左衛門」 「 外様 ( とざま )では」 「おまちください」 道蘊は、席次のつぎにいる工藤高景をかえりみて、代ってもらった。 やがて、武者所の 軍簿 ( ぐんぼ )から、動員される外様大名の名が、端から読みあげられて行った。 高時の 兎耳 ( うさぎみみ )も、赤く 透 ( す )いて、はりつめた神経を、ぴんとみせる。 千葉ノ大介、宇都宮三河守、小山政朝、武田伊豆ノ三郎、小笠原彦五郎、土岐 伯耆 ( ほうき )、芦名ノ判官、三浦 若狭 ( わかさ )、千田太郎、 城 ( じょう )ノ 大弐 ( だいに )、 結城 ( ゆうき )七郎、小田の常陸ノ 前司 ( ぜんじ )、長江弥六左衛門、長沼駿河守、渋谷遠江守、伊東前司、狩野七郎、宇佐美摂津ノ判官、 安保 ( あぼ )の左衛門、南部次郎。 工藤は、ここでつけ加えた。 「なお、私も右の内に入る者でございまする」 「ほかには」 「甲斐、信濃の源氏。 北陸七ヵ国の 勢 ( ぜい )。 一同が中御所をさがったのは、もう夜に入っていた。 それからのこと。 武者所は徹夜だった。 政所 ( まんどころ )の灯もあかつきを知らなかった。 そして 須臾 ( しゅゆ )のまに、鎌倉の府も、海道口も、日々 秋霜 ( しゅうそう )の軍馬で埋まった。 稀代 ( きたい )な景観に見えたのだろう。 毎日、西へゆく軍馬の流れを見ぬ日はない。 そんな或る日を。 西から東へ、とぼとぼ、牛車にまかせて来た忍び下向の公卿がある。 かねて幕府では、わかっていた人か、四 棟 ( むね )ノ御所に迎えて、ていちょうに扱っていた。 そして高時との対面の日が待たされた。 高時は、 「しさいない、いつでも」 と、いっている。 しかし周囲は、このさいであり、警戒のいろ濃く、あらかじめ、下向の内意をきいてから、やっと、ゆるした。 公卿は、後醍醐の 乳父 ( めのと )、吉田大納言定房だった。 いや、そういうよりも、正中ノ変の寸前に、宮中の陰謀を、幕府へ密告した公卿といった方が、いまではたれにでも分りがいい。 側近第一の 卿 ( きょう )が、なんで、みかど以下、われら同志のものを、蹴おとしたか」 と、死すまで、恨んでいたほどである。 あまつさえ、笠置のあとも、吉田大納言定房だけは、 恬 ( てん )として、新朝廷に仕えていた。 およそ以前は、後醍醐の 朝 ( ちょう )に、ひとつであった公卿すべてが、 流竄 ( るざん )、断罪に処せられぬはない中で、どうしてか彼だけは、新しい光厳帝にまみえ、花園院にも出入りして、 洒 ( しゃ )ア洒アと、こう生きながらえていたのである。 「その、辱知らずが」 と、鎌倉武士にしてからが、彼を、 蔑侮 ( べつぶ )の眼で迎え、 「……何を、また?」 と、高時との会見にも、要心をおこたらなかったが、しかし会見は、定房ののぞみで、人交ぜもせず、 石庭 ( せきてい )ノ 亭 ( てい )の一室でおこなわれた。 ……これはまた、大納言どのには、いたく老い込まれたご容子じゃな。 たんだ両三年、お会いせぬまに」 高時のお 愛想 ( あいそ )である。 定房は、白い 鬢 ( びん )をなでて、品よく笑った。 「人から 悪 ( あ )しざまに指さされると、そのたびごとに、一すじずつ髪の毛が白うなってゆきます。 ……がまだ、いささか黒毛が残っておりますから、なお、 科 ( とが )の 償 ( つぐな )いが足りぬものかもしれません」 「ふうむ……」と、高時はふしぎそうに「それが、あなたのお道楽ですかな?」 「はははは。 ま、そうでしょうな。 風月を楽しめる世ではありませんから、道楽かといわれれば、そんなところを、 生 ( い )き 効 ( が )いとしているのかもしれませぬ」 「そして、こんどのお下向のお心は」 「さきに、しばしば、書状にこめて、定房の 微衷 ( びちゅう )を、お願い申しあるが」 「あ、なるほど、たびたび拝見いたしておる。 あなたはさすが、文も筆蹟も、お上手だな」 定房は気がねれている。 大宮人のしなやかな辛抱づよさを笑みにもって、相手の風向きに逆らわず、 嬲 ( なぶ )れば、嬲らせている世に古い老い柳のごとき姿であった。 「ハハハ、お 迷 ( は )ぐらしを」 と、高時の 半痴 ( はんち )な言とも、遊び合う。 老躯の、しかも大納言ともある身で、こんなさい、関東のまッただ中へ、しのび下向を踏み切って来るなど、よほどな勇気と目的でなければならぬはずだった。 ……が、そんなあせりは少しもない。 根気よく高時の他愛ない話し相手になっていた。 とはいえ、いつかしら、定房は上手に、驕児の耳を、自分の言へも、かたむけさせていた。 それが天下 静謐 ( せいひつ )の前提です。 北条氏にも百年安泰の大計です。 ……その上で、どんな政治的な 御折衝 ( ごせっしょう )も可能ではありませんか。 ……この定房もまた、その上でなら、一命を 賭 ( と )して、後醍醐のきみをおなだめ申しあげ、きみを語ろう宮方の者どもを 鎮 ( しず )めるために、犬馬の労もいといません。 たとえ幕府の犬よとよばれ、ふた股者と 罵 ( ののし )られても、それで、世を平和に返し、民の 塗炭 ( とたん )が救えるものなら、この老骨の往生に、本望この上もありません」 と、いう意味のことを、るると説いているのであった。 高時は、はっと、定房の目的に気がついて「こやつ、なにをいうか」とばかり急に態度を 硬 ( こわ )めかけたが、そのくせ、頬にはタラと涙を垂れていた。 反省でもなく、後醍醐への同情でもない。 定房の老いの眼に涙をみたので、つい、誘われていたのであった。 「よう、 諮 ( はか )っておく」 彼としては、いい答であった。 政所や、評定所衆という機関のあるのを忘れていない。 「……なにとぞ」 と、老大納言は、 清涼 ( せいりょう )の 殿上 ( てんじょう )でもしないほどな平身低頭を、高時へはして、 「そこで、もひとつ、ここに。 御仁恕 ( ごじんじょ )を仰がねばならぬ一儀がございます」 と、いった。 父皇後醍醐とともに、軍事にたずさわった皇子らは、みな遠くへ流されたが、都の内には、なお中宮やら、十歳以下の幼い宮たちが幾人も、六波羅監視のもとにある。 「……申さば、あどけない 御子 ( みこ )やら皇女がたで、罪も知らず、みな別れ別れ、他家に預けられておいでなのです。 「よろしい」 高時は、初めて、権力の快を感じた。 「よいことだ、一存で承知した。 母の覚海尼公も、そういうことなら、お耳にいれると、たいそうよろこぶ。 案じられな……大納言殿」 夜は、小御所の 内殿 ( ないでん )で、饗応がひらかれた。 それも、そっとの催しで、 微行 ( しのび )の吉田大納言は、次の日、さっそく、京へ帰って行った。 冬ざれが来た。 こがらし、冬の海鳴り。 それさえ長くて、高時はたまらなく嫌いなのに、ほかの人間がみな、狂気に見えてくるような、明けても暮れてもの、戦ばなしだ。 「十二月だぞ」 高時は、つまらない。 「すぐ 初春 ( はる )だわ。 春となっても、闘犬は見られんのか。 踊りも踊れまいか。 ……いったい、いつまで軍勢を送りつづけるのだ」 戦時下が窮屈で、またこの人には、退屈なのだ。 ひょこと、評定所だの政所にあらわれては、そこの引付衆や重臣をみて 喞 ( かこ )つ。 ここといい、武者所といい、見馴れた顔は、めっきりと減っていた。 一方の大将として次々に出征したのだ。 それにつれ、鎌倉中の人口の 潮位 ( ちょうい )も激減していよう。 「いや、まだまだ、足りるどころではございませぬ」 居合せた 佐介上総介 ( さかいかずさのすけ )が答えていう。 どうして、そう底抜けに、兵力が必要なのか」 「 簿 ( ぼ )の上では、充分なはずですが、まま、令に応じぬ大名が、なかなか、動かぬためでございます」 「応じない大名がある?」 「はい」 「そんなのは懲罰にふして、さっさと、当面の戦争をかたづけてしまえんものか」 「 内争 ( ないそう )は禁物ですし、かえりみてもいられませぬ。 かつ、吉野や金剛山の宮方を、絶滅するには、このさい、思いきり大量な兵を投じて、余りな長陣にはせぬご方針とも聞いております」 「それよ、 長戦 ( ながいくさ )にするなとは、この高時が命じたのだ。 戦はかなわん。 遠くの戦でも、戦は好きでない。 足らぬものはぜひないゆえ、出す兵はどしどし派して、はやく 凱旋 ( がいせん )せよと申してやれ」 始終、つつましく、彼に 近仕 ( きんじ )していた佐々木道誉は、高時が、小御所の座所にもどると、あらたまって、 暇 ( いとま )をねがった。 「なに、近江へもどりたいと。 この上、そちがいなくなっては、いとど淋しいぞ。 なぜ急にさようなことを印し出るか」 「いま伺えば、出陣の 御教書 ( みきょうしょ )に接しても、雲行きをみて、容易に、腰をあげぬ大名も多いとか。 譜代 ( ふだい )のご恩もわすれた嘆かわしき武門の 廃 ( すた )れ、はや見ているにしのびません」 「では、出陣を望むのか」 「わが四ツ目 結 ( ゆい )の旗を先に立て、そのような忘恩の大名どもへ、後日、悔いを噛むなと、言ってやりたいのでございまする」 「しおらしい」 高時は、 賞 ( ほ )めそやしたが。 「まあ、そちまでが、 征 ( ゆ )かんでもよい。 身の側におれ」 「いや、ぜひとも、おつかわしを」 「なんの、武者所の 簿 ( ぼ )を 繰 ( く )れば、まだまだ鎌倉山の将は 綺羅星 ( きらぼし )だ。 わけて、当然出陣せねばならん者が、軍勢発向もよそに、いまだに顔すら見せおらん」 「ご府内の住人で」 「目のさきにおりながらよ」 「そのような不所存者は、そも誰でございますか」 「高氏じゃよ。 始終、胸につかえている名である。 道誉の家は二階堂だ。 大蔵 ( おおくら )の足利屋敷の門前は、まま通る。 「そ知らぬふりで、いちど立ち寄ってみてやろうか?」 しかし、何やら、うしろめたい。 さすが、そこまでの厚顔には、なりきれない。 かたがた。 高氏とて、この風雲や、関東大出兵の急もみていように、なんでしいんと大蔵の門をとじて、出仕もなまけているのだろうか。 ここらの高氏の心境なども、道誉には的確にまだつかめていない。 この鎌倉に多い 谷 ( やつ )の 洞穴 ( ほらあな )みたいにそれは不気味な感なので、 「まずは、ヘタに 触 ( さわ )るな」 と、いつも通りすぎていたのである。 「……なるほど、仰せのとおりでございますな。 私もこの春、 洛南 ( らくなん )の 羅刹谷 ( らせつだに )で会うたきり、足利殿には、ついぞお目にかかっておりません。 近ごろ、どうしておられますやら」 「病気だと称しておる」 「そんな噂も、ちらとは、耳にしていますが」 「そちにしても、 まにはうけまい」 「が。 ご不快では」 「いやいや、よく 仮病 ( けびょう )をかまえる男だ。 這奴 ( しゃつ )の不快とは、心の不快で、去年の出陣に、武者所がヤイヤイと催促したのを、恨みとしておるらしい」 「去年の出兵も、出渋ったのでございましたか」 「もっとも、陣触れをうけた前日に、父の貞氏が、あいにくと病死した。 子としては、 忌明 ( きあ )けの法事なども見て……と考えていたろうがの」 「ははあ、そんなことですか。 もし戦陣なら親の 屍 ( かばね )をふみ越えてさえ戦うのが武門のつね。 たたみの上でみまかった父の 死水 ( しにみず )を取って、征途にのぼれるなどは、まだ 倖 ( しあわ )せではございませぬか」 「そうは、とらんのだ。 ゆらいあの うすあばたは、この高時に心から馴じめぬらしい。 過ぐる年の闘犬興行でも、大勢の中で、高時の愛犬に 咬 ( か )みつかれ、手くびに消えぬ犬の歯型をのこしたことを、当時、いたく恨んでいたそうな」 「でも、赤橋殿の 妹君 ( いもぎみ )を 娶 ( むか )え、いまは御一族でございますのに」 「それよ、その若夫婦を、祝うてくりょうと、 華雲殿 ( げうんでん )に招いてやったこともある。 ……ところが 這奴 ( しゃつ )め、大酒に食べ酔うて、 田楽 ( でんがく )どもの 烏天狗 ( からすてんぐ )の姿を借り、この高時をしたたかな目にあわせおった。 わしを華雲殿のただ中に投げおった」 妖霊星……ようれいぼし……。 そろそろ、藤夜叉の名も、出かねない。 道誉は懐紙を出して、 咳 ( せき )をつつんだ。 話をほかへ持ってゆく手段である。 さし当って、高氏の病気とは、仮病かほんものか。 それを高時の権力でつきとめさせたい。 「いかがなものでしょう」 道誉は、すすめた。 「ひとつ、 太守 ( たいしゅ )からのお見舞をおつかわしになってみては。 ……さすれば仮病かほんものかは、明白ではございませぬか」 「いや、見舞の使いは、いくどかやっておるはずだ」 「公式にすぎますまい。 さような儀礼一片でなく、太守のご心配ひとかたならずと、かくべつに」 「いらんことだ」 と、高時は感情まる出しに。 「なぜ高氏ずれに、そこまでの機嫌をとらねばならんか」 「これはてまえの言い方が不行届きで。 要は、探りをやってみてはと申しあげてみたわけです」 「たれをやる?」 「てまえが行きましょう」 「おもしろいな」 と、たちまちニヤとして。 「 這奴 ( しゃつ )、仮病であったらあわてるだろうな。 そちではゴマ化しも相なるまいし」 「手にはのらぬつもりでございまする」 「よかろう。 申しつける」 数日後のことだった。 日ごろは横目に素通りしていた大蔵の足利屋敷の門へ、道誉はいい口実をえて、駒をつないだ。 すでに 年暮景色 ( くれげしき )で、どこの門にも 注連飾 ( しめかざ )りや大きな門松が立っていたが、足利家にはそれがなかった。 「……はてな」と見まわして「 服喪 ( ふくも )は一年、先代 貞氏 ( さだうじ )の 喪 ( も )なら、もう明けているはずだが」 邸内もひっそりだった。 考えてみると、足利家の門の繁昌も、赤橋守時が執権中だけのことで、そのごは守時の 逼塞 ( ひっそく )と共に、高氏も不遇な方にちがいなかった。 「そのせいか」 やがて、書院の客座につく。 下賜の鮮魚や品々の目録を披露して、道誉は、家臣一統へ、申しいれた。 「ご当主には、だいぶお長い御病気、どんなか、よう見舞うてこいとの 御諚 ( ごじょう )でおざる。 さしつかえなくば、ご病間でもいい、親しゅうお顔を拝したいが」 「あいや」 家臣たちの狼狽気味はありありだった。 「……しばし、お待ちのほどを」とばかり、 倉皇 ( そうこう )、奥へかくれてゆく。 ははん……。 思った通りであったと思う。 高時には うとまれるしで、とかく不遇な高氏だ。 ここは冬眠をよそおって石垣の穴から首を出すまいとしているのだろう。 それならそれで大いに話せる。 こっちも伊吹の蛇ではある。 「が、さて。 何と出てくるか」 道誉はだいぶ待ちしびれた。 だが、こう乗りこんできた以上、彼は高氏にあえて 負目 ( ひけめ )は感じていない。 高時の 寵 ( ちょう )はにぎっているし、また、京鎌倉の間の要地に、伊吹ノ城をも持っている。 どっちへころんでも高氏は正面切ッてこの自分を敵には廻せないはずである……と、その うぬ惚れは並ならぬ構えであった。 すると。 ずしっ、ずしっと大きな跫音。 つづいてすぐ、大書院の袖のあたりで、 「やあ、どうも、どうも」 と、ひどく馴れ馴れしいガラ声がひびいた。 来たな。 と感じたものの、それはどうもすこぶる不愉快な予感だった。 それにまだ一度も会ったことはない人物に思われた。 入って来た男は、人間以前の人間の毛ぶかい痕跡を手の甲や耳の穴にまだ持っている四十がらみの侍だった。 力士 ( りきし )だといったら誰もほんとうにするだろう。 かたい 肉 ( しし )むらが 赭 ( あか )ら顔の 両顎 ( りょうあご )にたっぷり張ッていて、大きな鼻の坐りをよくしている。 なんとも 貪欲 ( どんよく )な人相だが、しかし毛虫眉をかぶッた切れ長な眼は細く針のような底光りをかくしていて、しじゅう意識で えびす顔を作っており、それがこの人物の食えない甘酸ッぱさをまた妙に発散している。 そして精力的で 傲岸 ( ごうがん )な体臭が一見、相手を 押圧 ( おうあつ )せずにおかないものとなっている。 おや? 道誉ですら何かこの男を見たとたんには、意味なく 気押 ( けお )されたかたちでなくもなかった。 「……これは」 男の 武者烏帽子 ( むしゃえぼし )と、黒い狩衣の両袖は、いやに仰々しく、道誉の前にヒレ伏して、 「長々お待たせ申しておざる。 ただおひとりここへおいて、おかまいも申しあげず、いやどうも、ご無礼を」 と、わび入った。 道誉はすでに、ごつんと来ている。 そんな 慇懃 ( いんぎん )ぶりなどに用はないといった風で単刀直入に言って返した。 「ではすぐ御病間へ案内してもらおうか」 「いや、主人よりは、御前てい、ただ、何とぞ、よしなに御披露を、とのことにござりまする」 「会えんのか。 高氏どのへは」 「が。 せっかくお越しの佐々木殿へは、身に代って、心からなおもてなしをして 進 ( しん )ぜよ。 重々な失礼はひらにおゆるしを仰いでと……まずは 御意 ( ぎょい )にござりましてな」 「やめよ。 もてなしをうけに来たのではない」 「ごもっとも」 と、黒地に 蔦 ( つた ) つなぎを白抜きした狩衣はその背を初めて客と対等にして、でんと太鼓腹の 恰幅 ( かっぷく )を向けてみせた。 「おもてなしとは、つまり主人高氏に代り、何なと、おはなし相手を仕れとのおいいつけで、決して、さもしき意味で申したわけではおざりません」 「そちは当家の何をしておる者か」 「申しおくれました。 以後、お見知りおき下されましょう」 「 高家 ( こうけ )か。 ふウむ……」 高 ( こう )ノ 党 ( とう )といえば、ちょっとした名族である。 祖は 山階家 ( やましなけ )から出ており、三河、武蔵、 下野 ( しもつけ )あたりに、子孫は分布されている。 「その国家老の師直が、いまは当所へまいっておるのか」 「いえいえ。 この歳末とて、藩用のために、ちょうど、お国元より出て来ておりました者で」 「大蔵には人も多かろうに、なんで高氏どのには、さような田舎勤めの家臣を、わしの応対に突ン出されしか」 「はははは」と、師直は大きく笑った。 きっと、やつがれなれば、あなた様と駒が合うにちがいないと、お察しなされたものでございましょうわい。 光栄至極に存じおります」 道誉にも今はわかった。 高氏以下ここの家中は、結束して、殻のような要心をかたく守っているのらしい。 「師直とやら」 「はっ」 「せっかくな好意だ。 饗応にあずかろう。 かたがた、もっとくわしく、高氏どのの病状など訊いて帰らねば、台下へのご復命もできかねる」 「や、ごもっとも」 これが口癖か、師直は取ッてつけたような相ヅチの下に、 「ありがとう存じまする。 ではご迷惑ながらべつな席まで少々お運びを」 と、先に立った。 外廊の 沓脱石 ( くつぬぎ )には、いつか 穿履 ( はきもの )までそろえてある。 そこらの家中の侍たちへ師直は小声で何かいい残していた。 彼の案内にまかせて、道誉は大庭をななめに庭つづきの山すそをだいぶ歩いた。 おかしいと感じ出したのは、もう庭ではなく、 滑川 ( なめりがわ )を渡って町屋根も見えていたからだった。 「師直。 邸内の庭座敷などではなかったのか」 「いやまあ、お庭内も同様な閑静な所でおざる。 陰気なお屋敷では、せっかく、お気散じにはなるまいと存じましてな」 「陰気なと申されたが、しかし御家中の 服喪 ( ふくも )は、すでに明けておるはず。 しかるに、なぜ今年も足利家では、門松をお立てなさらんのか」 「お気づきでしたか」 師直は先に立って、いつか 清洒 ( せいしゃ )な木の間の露地へ曲がっていた。 おくに家があるのか、きれいに 箒目 ( ほうきめ )が立っている。 「ちとお答えに窮しますな。 ……いや何、 関 ( かも )うまい。 じつは主人高氏には、何やら 結願 ( けちがん )のあるらしくて、それの 叶 ( かな )うまでは、門松を立てぬと、大殿のお 位牌 ( いはい )へ、去年の陣中でお誓いになったものとか聞いておる」 「ははあ。 正月にも正月をせぬと、御先代の霊へお誓いとは、何かよほどな願望でおわそうな。 ひとつ訊いてみたいものだが」 「次第によっては」 と、師直は色気をもたせながら、そのとき小腰をかがめていた。 紗綾形編 ( さやがたあ )みの 篠垣 ( しのがき )に、柳を抱いた女性的な門づくり。 どうしてもしかるべき 白拍子 ( しらびょうし )の家でもあるか、さもなくば 仮粧坂 ( けわいざか )や小磯大磯あたりには多い茶屋といった 屋構 ( やがま )えだった。 「? ……。 師直、ここは」 「よう御存知でございましょうがの」 「いや知らん」 「ま。 ずっとお通りを」 師直は、濡れ光った玄関からおくへむかって、手を打ち叩きながら大声で言っていた。 「 白龍 ( はくりゅう )、白龍、なにしておる。 はやこれへおわたりだわ。 お出迎えいたさんか」 と聞いて、道誉は驚いた。 白龍とは、柳営へもしばしば呼ばれてくる鎌倉でも一流の白拍子なのである。 白龍はおくから走り出てくるなり、人前がなければ抱きつきもしそうな 媚 ( こび )を道誉の前に誇張して、 「まあ、ようこそ。 こんな 伏屋 ( ふせや )へ 勿体 ( もったい )ない」 とばかり、出迎えながら、一方では 下屋 ( しもや )の 妓部屋 ( おんなべや )へ向い、 「みんな何しているの。 しようがないわね、お 眉粧 ( めかし )ばかりに手間どって。 ……お越しですよ。 はやくなさいよ!」 なにしろ家じゅうの騒ぎである。 師直からの前ぶれも、今しがた受けたばかりで 天手古舞 ( てんてこま )っていたものらしい。 妓たちは、 朱唇 ( しゅしん )をそろえて、まず言い囃す。 「どうした風の吹きまわしなんでしょう?」 「伊吹さまと師直さまの、お連れ合いなんて」 「変ね」 「変よ」 「どっちも、むずかしいお顔をしてさ」 「ホ、ホ、ホ、ホ」 彼女たちは、恐れを知らない。 柳営に 聘 ( へい )され、高時の浜御所によばれてもこうなのである。 とくに高時の前では、日ごろの 猛者 ( もさ )や大名が、彼女たちの 繊手 ( せんしゅ )にかかると手も足も出ない有様を見て高時がよろこぶとこから、自然、鎌倉の妓ほど、東国武人を手玉にとり馴れているものはなかった。 今も、である。 師直の命で、あらかじめ、 選 ( よ )りすぐった一流どこの美妓が首をそろえていた。 「ちょいと、 於呂知 ( おろち )さんえ」 「なあに」 「どうしたの、あんたも」 「だって」 と、彼女は三日月様みたいな 顎 ( あご )を白々と撫でてみせて「いくらあたしでも、すこしは おみきが入らなくっちゃ……」 「だからおすすめしたらどう?」 「そう、勇を 鼓 ( こ )してね」 於呂知は、銚子のつるを 把 ( と )って、左の指を持ち添え、わざと師直のそばへすり寄った。 「おれか」 「あい」 「それやお門違いだろ」 師直が軽く肩を突く。 すると、こころえたものである。 於呂知は大ゲサにしかも 姿態 ( しな )よく道誉の方へ 仆 ( たお )れてそのまま彼の膝に抱きついた。 妓たちはわあっと 囃 ( はや )す。 にやと 睥睨 ( へいげい )しながら道誉は、 「飲むぞ」 宣言して飲みだした。 それまでは、飲むまいとしていた顔であったと分って、妓たちは 凱歌 ( がいか )に はしゃぐ。 こうなれば 婆娑羅 ( ばさら )の本領である。 高ノ師直のごとき、眼の中のチリでもないと、道誉は観る。 「これや師直、まんまと、わしをだましたな。 が、足利家の内にも、師直の如き婆娑羅がいたとは意外だった。 この家の白龍は、そちの 馴じみか」 「ご眼力」 と、師直も妓の中に埋もれながら横着な 居ざんまいで、自若と答えた。 「白龍はてまえに首ッたけな 情婦 ( いろ )でおざる。 そもそもの馴れそめは近江さまと於呂知よりは、ちと古いかもしれませんな」 「いうたな、大言を」 「されば 極道 ( ごくどう )にかけては、あなたにも 譲 ( ゆず )りません。 ゆらい、足利の御家風は、質素一式、婆娑羅の 婆 ( ば )の字も知りませぬが、それでは御家人づきあいや柳営向きも巧くゆこうはずがなく、この国家老師直が、上府の つどには、白龍の家をねじろに、ちとばかり、お台所政治の方も努めております」 「それや大した内助だ。 いくら 鈍 ( どん )な足利殿でも、内には誰か一人ぐらい経理の才物がいるに相違ないと見ていたが、それが武蔵守師直だったか。 師直と申す 狒々 ( ひひ )だったのか。 あはははは」 妓たちはすぐ言った。 「狒々とは何でございますえ」 「和漢 三才図会 ( さんさいずえ )にある獣だ」 「ま、おひどい。 箒よりはまだ狒々の方が ましであろ」 「どうしてです」 「人間に似ている」 「人間に」 「人間以上だ」 「どこが」 「全身毛深うて」 「おおいやらしい」 「そして女に眼がない、酒に眼がない、すべて 獰猛 ( どうもう )無比、人間もおよばんところだ。 ただ、そこにおる師直はやや近いかな」 興にのッて、言いたい放題を、道誉は腹いせに言いちらす。 しかし師直は辛抱づよく彼の 肴 ( さかな )になりながらも、折々、 道化 ( どうけ )にことよせては、 辛辣 ( しんらつ )に相手を 揶揄 ( やゆ )の手玉に取り、しかも決して怒らせない。 見ようによれば、これは当代武家極道の両雄が、一方は 於呂知 ( おろち )を主将とする 妓陣 ( ぎじん )、一方は白龍を将とする妓陣、二つにわかれて、 杯 ( はい )を 盾 ( たて )とし、舌を矢として、虚々実々の婆娑羅合戦を展じたものといえなくもない。 なにしろ男女ともみな泥酔した。 この宵、妓家の 蓄 ( たくわ )えの大きな 酒甕 ( さけがめ )は、 幾壺 ( いくこ )をカラにしたことか。 しかも、灯を見ると、道誉は、ひょろけもせずに立ち上がって、 「 陪臣 ( ばいしん )(師直をさす)。 馬を曳け、もう帰るぞ」 と、外へ出た。 師直もまた、泥酔はしたが、正気は失っていない様子で、 「心得まいた。 鵺殿 ( ぬえどの )のお馬、狒々が口を取って、途中まで同道つかまつらん」 とばかり、 狩衣 ( かりぎぬ )の片肌 外 ( はず )して、駒の背へ道誉を乗せ、 蹌踉 ( そうろう )、闇の道へ引ッぱり出した。 どこなのか、わからない。 滑川 ( なめりがわ )の水音だけがどこかでする。 「師直。 いやさ陪臣!」 「なんでおざる」 「わしはもう大蔵などへは戻らんぞ。 どこへわしを送る気だ」 「てまえも、お送りする気などはありません。 お勝手に召されい」 「では何で、わしの駒の 口輪 ( くち )など 把 ( と )って、 従 ( つ )いて来るか」 「師直、今日まで、ずいぶん 種々 ( さまざま )なお人の、饗応役も仕ったが、こよいほど、おもしろかったことはおざらん……。 で、ちとどうも、 食 ( た )べ酔い気味で」 「さすが狒々もか」 「……が、こうして、馬の口輪にぶら下がって歩けば、足もとも心配なく、馬がどこへか連れて行ってくれましょう」 「無礼者、吠えづらかくな。 いつ馬の腹へ 踵 ( かかと )をくれて、急に飛ばすかわからんぞ」 「どっこい」 師直はあざ笑いながら、馬上の影を振り仰いだ。 その白眼は「なんたる凄い眼の男か」と思わせた。 「やって 御覧 ( ごろう )じ。 武蔵守師直が、こう抑えた馬の口輪、びくとも動かすものですか。 はははは」 「それ、 溝川 ( みぞがわ )だぞ。 陥 ( はま )るな」 「だいじょうぶ。 馬の方が悧巧でおざる。 さては 鵺殿 ( ぬえどの )には、まだ酔い足らんな。 これで立ち帰っては、主人高氏どのへの話もおもしろくない。 はて残念な」 「今日のことはみな、高氏のさしずだったか」 「何の、師直が一存でおざる。 自体、わが殿は、おとなし過ぎる。 さればこそ、伊吹の鵺殿ごときに 嬲 ( なぶ )らるる。 それを無念と存じ、今日のご接待役、この師直が、あえて買って出た次第でおざる。 ゆめ、わが殿へ遺恨をおふくみ下さるるな」 「いや高氏の腹は汲めた。 嬲り返しに、今日はこの道誉を嬲ったものに相違ない」 「どうなとお取りなされ。 仮病と見たら、君前へ、仮病と御披露あるもよし。 ……ただこちらとて、佐々木殿のお内輪事なら、聞いていないこともない」 「何」 「それは、遠い過去なれど、伊吹ノ城の茶堂で、わが殿へお洩らしあった一事もおざろう。 ……近くは、あなた様がさんざん追い廻した小右京ノ君からも、いろんな秘事を伺うておる」 「こやつ、何を」 鞍に挟んであった 鞭 ( むち )を抜いて、道誉が馬上で振りかぶると、とっさに、師直も足もとに落ちていた棒切れを拾って、 「おや、ご立腹か」 「いわせておけば」 「わが殿は無口な 質 ( たち )だが、この師直はいわずにゃ腹が 癒 ( い )えん 質 ( たち )だ。 ……それらも探り知らずにいる足利家とお思いか」 「しゃっ、この下郎っ」 鞭 ( むち )も唸ったが、より早く、師直は口輪の前を跳びのいて、その手にしていた棒切れで、いやというほど馬の尻を打っていた。 馬は驚いて、かたわらの溝川を 跳 ( と )び越え、そこの畑から道へ、狂奔に狂奔をつづけてゆき、やがて大町の辻の灯に、ようやく脚をゆるめていたが、どこへ振り落したものか、道誉の姿はなく、その背はいつか 空鞍 ( からぐら )だった。 年はこえて、すぐ正月がきていた。 けれど新しい年の紀号も、 元弘三年 正慶二年(北方) と、敵味方によって 称 ( よ )びわけられるという変則な地上では、もとより四海兄弟などと 唱 ( とな )えて祝福し合う初春景色などはどこにもない。 ただ高時の 執権邸 ( しっけんてい )のおくで三ヵ日には 鼓 ( つづみ )の音がもれていたくらいなもの。 柳営の門にも、例年の 大紋烏帽子 ( だいもんえぼし )の参賀や式事すがたは見られず、代りに、おちおち正月気分も味わえずに征途へついてゆく武者 ばらのあらびた 猛 ( たけ )り 声 ( ごえ )や軍馬の馬糞が若宮大路を明けくれにうずめている。 ただ例外なのは、花街の大繁昌だった。 七切通 ( ななきりどお )しの安手な 娼家 ( しょうか )から一流どこの茶屋、白拍子の家までが、夜ごと、やけくそな武人の遊興に 紅燈 ( こうとう )をただらしていた。 すでに、一陣二陣と先に立って行った友軍の戦場からは、たくさんな戦死者報が、留守の家族へ聞えて、悲涙をしぼらせていたのである。 「こんどはちがうぞ。 いままでにない大戦の様相だ」 とは、いわず語らず、たれの 眉 ( まゆ )をも、悲壮にしていた。 もっと奇形なのは、征途に去る者、残る者の悲壮もよそに、折々鎌倉の夜の闇を、 妖 ( あや )しくゆする 鉦 ( かね )の 音 ( ね )だった。 しかも何百人が、幾組にもなって、鉦叩き踊りに狂う念仏の 諸声 ( もろごえ )なのだ。 その鉦を、どう聞いてか。 諸家に飼われている闘犬や、鳥合ヶ原のお犬小屋の犬どもは、ここへ来て夜も昼も、けんけんと異様な 啼 ( な )き 声 ( ごえ )を世間に こだまさせていた。 「むりもないよ」 と、犬ずきは、気にもしないのである。 「なにしろ、ここのとこ、しばらくは高時公の闘犬の御上覧もないからね」と。 道誉の私邸、佐々木の門は、鳥合ヶ原から遠くない。 彼はこの正月を、寝たっきりであった。 いや 年暮 ( くれ )からのことである。 高 ( こう )ノ 師直 ( もろなお )に、いっぱい食ったあの帰途だった。 暗い 溝崖 ( みぞがけ )で、したたか奔馬の背から振り落され、右の肩を打ち、 右額 ( みぎびたい )へも、大きな 擦過傷 ( さっかしょう )を負ったうえに、念入りに風邪までひきこんでしまったのだ。 このごろ、風邪はややよく、邸内でぶらぶらしていたが、頭の 繃帯 ( ほうたい )はまだとれていない。 もちろん、見栄坊な彼、 「この ていでは」 と、まだ柳営へも出なかった。 年暮 ( くれ )から 出仕 ( しゅっし )を欠いている彼へ、柳営の高時からは、 「はやく顔をみせよ」 と、慰問の使いは度々であり、道誉はあの日の報告を、 「不審重々のまま、いずれ君前にまかり出て、つぶさに言上申しあげまする」 とだけ、つたえてある。 もちろん、高氏の仮病を、彼は弁護しようなどとは思っていない。 むしろ、 「どうして、この報復を」 と、呪っていた。 高氏はおもしろい奴、行く末なにか大ばくちでも打ちそうな奴。 利用すべき男で、敵にまわすべきではない。 従来は、こっちでやや男惚れの嫌いがあった。 まま 女讐 ( めがたき )とみたり 出世讐 ( しゅっせがたき )とそねんでも、また時には恩を売って彼の歓心を買おうともし、将来の提携だけは失うまいとしていた道誉だったのである。 が今は、 「敵だ」 と、はっきり彼に見切りをつけた。 そして、 「しょせん、高氏とは、どっちも相容れぬものをもっているのだ。 すこしでも未練をもつ方が負けになる。 もう色気はもたん」 と、腹をすえたふうだった。 とはいえ、その報復を急ぐのは危険と思う。 こっちの 脛 ( すね )にもキズはある。 まず高時の耳へ 讒 ( ざん )を ( ささや )くにも春の日永のことでいい。 姿は、風雅である。 しかし彼の心には、彼も気づかぬ本然の妄執がいつかうごいていた。 春蘭のしなやかな葉も 刃 ( やいば )と刃にみえだしてくる。 支那鉢の 朱泥 ( しゅでい )のいろまでが、高ノ師直の肌や体臭をおもわせる。 あんな大それた無礼きわまる所行は、師直一個の量見から出たものではよもあるまい。 やらせたのは高氏にきまっている。 「……よろしい、きっとこの返報は」 つい 瞋恚 ( しんい )に燃えやすい 怏々 ( おうおう )の胸を、彼も意識では、ふり払おうとするのらしい。 一日不愉快におくるのは一日の損だ、と彼は知っている。 しんそこの風流ではなく、功利的な消閑なのだ。 こんどは細ながい 筥 ( はこ )からこれも 元 ( げん )の舶載らしい水墨画を解き出して、壁にかけ、脇息に 倚 ( よ )って、ながめ入った。 ところへ。 召次 ( めしつぎ )から思いがけぬ来客の告げがあった。 道誉が、 「ほう、いつ来ておったか。 それやめずらしい、通せ通せ」 といった口ぶりにも、よほどな好意をもつ者にちがいなかった。 まだ頭の繃帯もとれていず、正月の客もみなことわっていたのである。 そこへ通されて来たのは、一見、遠来の武者だった。 まずあいさつ、以後のぶさたの詫びなどあって、客は言った。 「一昨日、ご府内に着き、昨一日は、柳営の 問注所 ( もんちゅうじょ )でございました。 いやどうも、えらくおきびしいご質問やお調べでして」 それは 隠岐 ( おき )ノ 判官 ( ほうがん )佐々木清高なのだった。 何事か、幕府の召しによって、遠い島から急いで来たのらしい。 隠岐ノ判官佐々木清高は、佐々木党の一支族で、いうまでもなく、道誉は 宗家 ( そうけ )佐々木であった。 で、先年の先帝島送りのさいには、清高は島から出雲の美保ヶ関までお身柄を受けとりに来ていた。 そして道誉から親しく引き継ぎをうけ、また何かと帝のおとりあつかいや将来についても、ひそかな密語を交わして別れた仲だ。 それだけに、道誉は、 「なに、召しをうけて?」 と、 どきとした色で。 「では、きのう一日、問注所にて、配所のお 扱 ( あつか )いにつき、おぬしは、そんなにもきびしい取調べを食ったのか」 「なんとも、身のあぶらを 絞 ( しぼ )られるおもいでございました」 「ふウむ」 「先年、美保ヶ関でお引き継ぎをうけたさい、殿のお耳打ちもありましたことゆえ、島では、先帝以下、三名の 典侍 ( てんじ )たちへも、ずいぶん御自由な日々をお過ごしさせておいたのです」 「むむ。 あの折は、おぬしへ、確かにそう耳打ちしておいた」 「ところが」 「どうしたのか」 「事々、この鎌倉表へ、知られております。 配所外への、ご歩行は一切まかりならずとあるに、ご歩行をおゆるししたのはいかなるわけか。 千里の先を、鏡にかけて見るかのような、一々の質問で」 「……ははあ」 「お心当りがございますか」 「帝のおそばの典侍のひとり、 小宰相 ( こさいしょう )ノ 局 ( つぼね )は元々鎌倉のまわし者だ」 「それはこの清高も、知らぬではございません。 しかし島のことです。 どうあっても、鎌倉へ内報の 手だてはないはずでございましたが」 「いや。 待て清高」 何のつもりか、道誉はつよく首を振った。 清高は自分の申し述べが、道誉の意志にそぐわぬ色を見て戸惑った。 「やめるがいい。 もう従来の陰の骨折りは 廃 ( よ )すことだ。 わかったか。 これからは鎌倉表の厳命どおり、帝以下をきびしく囲って、配所の守備を、かりそめにも手かげんするな」 「では。 ……?」 「では何だ」 「美保ヶ関でお耳打ちのことは」 「あれは取り消す」 道誉はあっさり言ってのけた。 しかし彼自身にすれば、 年暮 ( くれ )いらい、考えぬいていたあげくのもので、とっさの 狼狽 ( ろうばい )からではない。 「そこで、 問注所 ( もんちゅうじょ )の方だが、申し開きはすんだのか」 「いやまだ、再三の呼び出しはまぬかれますまい」 「すててはおけぬ。 わしも明日から柳営へ 出仕 ( しゅっし )する」 「なにとぞ、ご 執権 ( しっけん )をうごかして、事なく相すみますように」 「そちばかりではない、佐々木一族の禍い、坐視できぬのは当然だ。 案じるな」 道誉は言った。 たのもしい宗家の族長と見えもするが、しかし清高は、何とも腹のわからないお人であるとも、ひそかに思った。 そのまま 晩 ( おそ )くまでもてなしをうけながら、清高は、何かと道誉の知恵をかりたり将来の計をさずかっていた。 「腹のわからないお人」の腹も、どうやらその帰りがけには、彼にもわかった気がしていた。 すべて道誉には一貫した方針などはないのであった。 時々刻々の変にしたがって行こうとする機会主義が本領でもあるらしい。 「じつをいえば、おれはどっちへも賭けていない。 その腹を裏返せば、宮方へもすこし賭けているし、また、北条氏へも賭けていることになる」 臆面もなく道誉は彼に打ち明けたことだった。 「それゆえ……問注所では、あくまで北条氏へ忠節をちかい、どんな 神文誓書 ( しんもんせいしょ )でも書くがよい。 そして隠岐へ帰ったら、配所の 掟 ( おきて )を厳にして、宮方くさい人物などは以後は一切近づけるな。 ……そのうちには、宮方勝つか、鎌倉が持ち直すか、天下の傾きようも次第に形勢明らかとなってくるだろう。 ……時によりその上でまた、寝返ってもおそくはない」 清高は、こう吹き込まれて帰ったのだ。 宗家ではあり、高時の 寵臣 ( ちょうしん )道誉の言だ。 ずいぶん腹ぐろい腹を見せられた心地ではあったものの、宗家の彼にそむいたら一ぺんに身の破滅は知れていた。 さらには、このけわしい風雲の暗黒下である。 いやでも宗家と運命を共にするしか生き途はないと観念するしかない。 三日ほどして、清高は問注所へ出頭を命ぜられた。 それから中二日おいて、また呼び出され、その つど彼は、 呶々 ( どど )、二心なき釈明にこれ努めた。 一説には。 かくて何回かの査問中、ある日、清高は幕府の重臣数名だけしかいない密室で、 極秘裡 ( ごくひり )に、後醍醐を暗殺し奉るべきことを、誓わせられたともあるが、しかし徴すべき史証のないことだから、そのへんの機微はたれにも臆測の域を出られぬものというしかない。 とまれ、やがて連署の名で、彼は嫌疑をとかれ、同時に、 「帰国してよい」 との、ゆるしをうけた。 これにはもとより、あの日から柳営へ出仕していた道誉が、陰で高時をうごかしていた力が大きくものをいっていたのはいうまでもないことだろう。 けれど道誉はいなかった。 いらい道誉はまた昼夜、柳営に詰切りだとのことである。 思うに、いよいよ時勢は大きなわかれ目、今は高時のそばを寸分も離れまいと近侍しているのだろうか。 そこで、ぜひなく、 「清高、明日、帰国仕ります。 先夜、おさずけの御方針など、充分、心得おきましたゆえ、ただ、よろしくお聞え上げを」 とだけ、家中へ伝言をたのんで、鎌倉を離れ去った。 隠岐への道は、京から 播磨 ( はりま )、 美作 ( みまさか )を越えて山陰へ出るのが順路だが、すでに大津以西は、東国勢の軍馬でいたるところ大変だと聞き、清高は近江から曲がって北陸路へ出た。 そして 敦賀 ( つるが )から便船で、出雲美保ヶ関へゆき、そこで待っていた自家の船便で、やがて隠岐の国府へ帰ったのが、はや二月近くであった。 大山 ( だいせん )(伯耆の) お山から 隠岐の国みれば 島が 四島 ( よしま )に 大満寺 ( だいまんじ ) もちろん、これは現在、島で唄われている民謡で、元弘頃の古い 謡 ( うた )ではない。 「古事記」だの「 延喜式 ( えんぎしき )」などの古いものによると、隠岐は上代に、またの名を、 天之忍許呂島 ( アメノオシコロジマ ) と、よばれ、 京ヲ去ル九百一十里 ともいわれていた。 そしてここへ流されてしまっては、ふたたび帰るにも帰れぬ虚無にとらわれたことでもあろう。 ことし元弘三年は、その承久からちょうど百十年目。 なんたる 循環 ( めぐりめぐり )か。 その後醍醐以下、 侍者 ( じしゃ )の公卿や 典侍 ( てんじ )らの身をあずかってから、すでに早や一年ちかくにはなるが、隠岐ノ判官清高の立場は、一日も心のやすまるひまはなかった。 長い旅から帰って、久しぶり自領の灯を見たくつろぎもあるはずなのに、それとは逆な、 「これからだ! ……。 むずかしいのは」 独り呟いているかのような硬めた眉の 翳 ( かげ )だった。 船は八尾川の西へ着く。 古い国府の跡である。 暗い潮の香に吹かれながら、岸には無数の 松明 ( たいまつ )が出迎えていた。 清高の家ノ子郎党たちであろう。 やがて彼の影は、それらの人々にかこまれた馬上となって、近くの小高い山上の 館 ( たち )へ入っていた。 その 甲 ( こう )ノ 尾 ( お )の 館 ( たち )は、祖先義清いらい、一世紀余も住み古してきた代々の家だった。 北の彼方に、国分寺の 址 ( あと )がある。 とにかく清高の立場は、 生 ( なま )やさしいものでなく、その上にも新たなむずかしさを抱いて帰ったことだった。 「隠岐殿にはまだ、帝のご配所へもお顔出しもしておらんそうな」 「なにか重い幕命をうけて来られたのではないか?」 島全体は、さっそく危惧や不安の眼で彼をとりまいていた。 鎌倉へ 喚 ( よ )ばれたからには、何か重大な密命があったにちがいない、とするのが島一般の観測だった。 ほんらいなら、帰島と共に、国分寺の配所へは、さっそくにも出向いて、 帝にはお変りないか。 侍座の公卿も。 また、典侍たちも。 と自身、警固の状なども任務上、見廻っておくべきであり、清高もそれを知らぬわけはない。 しかし知りつつ、それをおこたって、甲ノ尾にひきこもっていたのだから、島じゅうの危惧臆測が 昂 ( たか )まったのも当然だった。 ここに、彼の妻は浮橋といって、三人の子もあった。 浮橋は、鎌倉から帰ってからの良人が、人がかわったように無口になって、とじこもっているのを怪しんで、ある折、 「さし出がましゅうございますが、なにか重いお悩みでも、お持ち帰りでございましたか」 と、そっと良人へ訊ねた。 「ようきいてくれた。 ……じつはの、浮橋」 「何ぞ家の浮沈にでもかかわるような?」 「弱った。 どうしてよいか」 「仰っしゃってくださいませ。 女の身には、何もできませぬが、子たちの上や、家のことならば」 妻の真剣さをみると、清高は初めて、多年つれそいながらまだ知らなかった、べつな妻を見いだした思いで、 「……こうなのだ。 じつは」 と、鎌倉表における 宗家 ( そうけ )の道誉の 豹変 ( ひょうへん )や、幕命の一端などを、かたりかけ、 「それだけなら、まだよいが」 と、あとは妻へも洩らし切れぬ秘事かのように口ごもった。 が、もとより妻として、もう聞きのがすはずはない。 浮橋の涙につめよられて、清高は、 「では、はなすが、ゆめ他言はならぬぞ」 と、ついその一事も、声をひそめて打ち明けていた。 「……ま、そ、そんなおそれ多いことを」 浮橋は、まっ青になって、わなないた。 そのふるえを、後悔して眺めるように、小心な清高は、こわい顔になって言った。 「まあ仕舞いまで聞くがいい。 妻子をみると」 「いいえ」彼女はさけんだ。 「そんな出世を、私たちは望んではおりません。 ただ、あなたがあなたらしく、出雲源氏の誇りさえお忘れくださらなければ」 「なに」 清高は、妻の涙を 憐 ( あわ )れんだ。 「わしに、出雲源氏のほこりを持てというのか」 「ええ」 「そんなものを力に、そなたは生きてゆけるのか。 いやさ、生きてゆける今の時勢と甘くみているのか」 「でも、それしかないではございませんか」 浮橋も必死であった。 かたく自分の信に 拠 ( よ )って、良人の迷いには共に迷おうなどともしない。 この 一途 ( いちず )さからして、清高には「妻はやはり古い女」と、ながめられた。 名誉とは、立身出世のことである。 生命 ( いのち )と取り換えにするほどなものではない。 それこそが、武門のすたれだと、かなしむような声すらも、近ごろ、武士のあいだにさえ聞かれなくなったのだ。 清高などは、それと割りきってもいない島武士だったが、たまたま京や鎌倉へ出てみては、 滔々 ( とうとう )たる一般の風潮に驚きをうけて「世の中は変った」と、行くたびに考えさせられ「こんなことでは、いつか自分なども時勢から振り捨てられるぞ」と、いつも 恟々 ( きょうきょう )たる時代不安を抱いては帰島するのがつねだった。 だから、こんどの鎌倉召喚のばあいでも、 「いかにして身を保つか」 また、 「いかにこのさい、立身の 緒 ( しょ )をつかむか」 が、彼の胸いっぱいだったので、その点からいえば、幕府の或る密命も、宗家道誉の暗示的な言も、彼には好都合としていいはずなものだった。 ところが、島の現状ではそうもいかない。 かんたんに、それをよろこべない複雑なものが、帝の配所をめぐって、すでに出来上っていたのである。 で、しぜん島の配所には、かなり顕著な宮方の一勢力がとりまいており、俄に、それらの人物を駆逐するわけにゆかない実状にある。 かりに力をもって、しようとすれば、血をみるにきまっていた。 「それも一ト騒動だし?」 と、彼は悩む。 「やむなきばあいには、先帝を 弑逆 ( しいぎゃく )し奉ることもぜひがない。 四民のためだ。 天下を 静謐 ( せいひつ )に 帰 ( き )するためにはだ。 それの手段は、そちの分別にまかせておく」 鎌倉の 枢機 ( すうき )で ( ささや )かれたその一言が、いまでも彼には、 鉛 ( なまり )を呑んで帰ったように、心を重くしていたのだった。 しかも、古い型の女の妻は、それには絶対な反対をいっている。 能登 ( のと )ノ 介 ( すけ ) 清秋 ( きよあき )は、その日、 甥 ( おい )の判官清高に会うため、隠岐の 島前 ( どうぜん )から 島後 ( どうご )へ、舟で渡っていた。 隠岐ノ島は大別二つにわかれている。 「もう来たか」 居眠っていた能登ノ介は、すぐ舟から跳んで上がり、 都万 ( つま )の 柵 ( さく )へかかっていた。 都万は島後の南端にある小さな港だが、ここばかりでなく、およそ舟出入りのある浦には、番所がもうけられていた。 「ご苦労だな」 彼の声と知った番卒たちは、びっくりして小屋から飛びだしてくるなり礼をそろえて言った。 「これは、別府様(彼の別称)でございますか。 いずれへお越しで」 「甲ノ尾へ行くのだ。 わずか二里余でしかないが、この間の大雪が、まだ途中に残っているそうな。 馬を一頭出してくれい」 「甲ノ尾の 館 ( たち )へおいでなされますか」 「おおよ、なぜ訊く」 「甲ノ尾からも、これへお先ぶれがございましたが」 「なんと申して」 「判官の殿が、 島前 ( どうぜん )の別府へおわたりあるゆえ、舟手の用意をいたしておけと」 「ほ。 相違ないのか」 「ご 覧 ( ろう )じませ。 あれにお 船座 ( ふなざ )も 設 ( しつら )えて、お待ちしおりますところで」 「そうか。 それではここでお 館 ( やかた )を待つとしようか」 番所へ入って、彼はそこの大きな 土間炉 ( どまろ )へ、さらに 薪 ( まき )をくべさせた。 島前 ( どうぜん )の別府にいるので、島では彼のことを「別府どの」ともよんでいる。 遠いむかしには、 島後 ( どうご )の国府の支庁があったところから起った地名だが、いまでは守護代清高の甲ノ尾の出先代官所の称がその「別府」で通っていた。 一 刻 ( とき )ほど待ったろうか。 やがて、その甲ノ尾の判官清高が、馬でこれへくるのがみえた。 わざわざ 都万 ( つま )の 柵 ( さく )まで来て、舟で行こうとしたことや、目立つほどな従者も連れていないのを見ても、よほど、どこかに気がねしている 微行 ( しのび )らしくおもわれた。 「やあ、おやかた」 「おう、別府殿か。 どうしてこれに」 どっちからも訪ねようとして、ここで会ったのは、偶然でないとして、二人はすぐ舟の方へあるき出した。 期せずして、はなしは秘中の秘にわたるのをお互いに意識し、そこに支度してあった舟を選んだものだった。 「 水夫 ( かこ )ども。 しばらく 陸 ( おか )へあがっておれ。 用談はここですみそうだ。 そちたちは、わしの呼ぶまで、番所の小屋で休息しているがいい」 小者も水夫も追いはらって、清高は叔父とただふたりで、舟のうちに向い合った。 「別府殿、ここなら安心、なんでも話せる。 が、内容については、何もまだ詳しいことは知っていない。 とたんに貪欲な眼いろもそれに伴って、 「では、奥方の御心痛とやらも、そのことでございましたか」 と、甥の二の句もまたず、 「それこそ、時が与えてくれた幸運だ。 つかまねば自然の命にそむく。 いや、いたさぬことには、鎌倉殿へも相すむまい」 と、大乗り気で励ました。 「しかし、妻は」 と清高が、その妻の反対している家庭内の苦悩をはなすと、能登ノ介はまた、わざとのように、甥の気弱さを、あざわらった。 「奥方が御同意なきはむりもない。 かかる大事を女に計れば、一応どんな女でも、おののき 厭 ( いと )うのはあたりまえだ。 ……しかし男があぶない望みも首尾よくしとげて、出世の栄に会う日ともなれば、また他愛ない者でもおざる。 まかせられい、奥方のほうは、この能登に」 彼は、骨の髄からの武辺でまた功利一方の人間らしい。 元来、鎌倉幕府があることは知っても、朝廷などは念頭にもない者だったとみえる。 清高の抱いている 畏 ( おそ )れとか 怯 ( ひる )みなどはまったく持っていなかった。 むしろ彼から小首をかしげて、 「……が、むずかしい」 と言い出したのは、その鎌倉の密命に従って、後醍醐を 亡 ( うしな )いたてまつるにせよ、帝の周囲も、つねに敵地に在る細心な警戒をおこたらないことでもあるし、その手段にしても容易ならぬ思いが先立つことだった。 帝は、いわば配所の孤帝。 ふたりの公卿と三名の妃は、かしずいているが、まったくの無力である。 遠い幕府の眼からはなおそう観えているだろう。 けれど、じっさいには、警固の中に加わっている 地方 ( じかた )(本土)武士のうちにも、また、いつか島内へ流れこんで来ている 外者 ( そともの )の山伏や僧などの宮方臭い人物までも、 暗 ( あん )に配所をめぐって、帝を守る衛星の形をなしているのだった。 それは、知りながらも、宗家道誉の命で、きのうまでは、見すごして来たのであった。 しかし、こうなれば、それが大きな邪魔になる。 「おやかた、判官の殿」 「…………」 「いかがなされた。 まだお迷いでおざりますか」 「いや、もう腹はきめた。 迷ってはおらん。 したが、あとの策に当惑するのだ」 「何の取り越し苦労を。 これより能登も甲ノ尾へ御同道いたしましょう。 諸事の段取りは、手前の胸におまかせおきを」 二人は船を出た。 出るとすぐ大満寺山の雲が異様に目についた。 小雨であった。 島の二月初めはまだ寒くて、春雨とも言いがたい。 そのかみの国分寺の 址 ( あと )はおもかげもなく荒れ 廃 ( すた )れていた。 その一部は帝の配所として改修されてはあるものの、雨の日などは、元の 金堂 ( こんどう )の 内陣 ( ないじん )も、雨漏りの音が不気味にひびいて、廊は傘をささねばあるけないばかりであった。 そこをいま、 裳 ( も )を片手からげに、抜けるほど白い 花顔 ( かんばせ )の人が、素足で静かにどこかへ消えて行った。 あたりの 蕭条 ( しょうじょう )とほのぐらい 伽藍 ( がらん )のこと、なにかそれは 妖 ( あや )しの物と見えなくもない対照だった。 「 千種 ( ちぐさ )どの」 女は、はるか大屋根の端の廊をまがって、一 房 ( ぼう )のうちへ、こう呼んでいた。 帝の 寵妃 ( ちょうひ )、三位ノ 廉子 ( やすこ )なのである。 すぐ内からは、 侍者 ( じしゃ )の千種 忠顕 ( ただあき )が、侍者ノ間から 答 ( いら )えて出て来た。 しかしその後ろに、 商人風 ( あきんどふう )な男が、こちらへ背を向けたまま、室内で、もう一名の 行房 ( ゆきふさ )とはなしこんでいるのをチラと見、 「あれは?」 と、彼女は要心ぶかく、すぐ口をつぐんだ。 忠顕は言った。 「ご心配な者ではございません」 廉子は、いくらか警戒の眉を解いて。 「……では、みかどの 綸旨 ( りんじ )をいただきたいと申して来た岩松とやらの使いですか」 「そうです。 岩松 経家 ( つねいえ )の 直書 ( じきしょ )をもって、はるか四国の阿波からこれへ、ことばに絶する苦労をして、昨夜 辿 ( たど )りついた者でござりまする」 「ならばよいが、ひょっと、番の武士にでも知られたら、一大事でしょうに」 「いえ。 それも今は、心の知れている成田小三郎と 名和 ( なわ )悪四郎が 柵 ( さく )の当番にござりますゆえ、夕の交代時までは、まず懸念はありません。 ……してなにか、みかどの御用でも」 「お 薬湯 ( やくとう )が切れたのです。 いつぞや 土屋 ( つちや )が送ってくれた薬種のうちの 黄袋 ( きぶくろ )はもうありませぬか」 「あれはさしあげただけですが、もし何でしたら、成田に申しつけて、甲ノ尾の 館 ( たち )へ求めにやらせましょうか」 「いえ、余人の手をへたお薬などは、めったにお口にもなされませぬ。 ……それに、昨夜は しとどなお汗をかいて、お熱はさがっておられますし」 それでか。 廉子も寝不足のような皮膚をしていた。 まだ二月の寒さなのに、後醍醐にはさき頃、この破れ屋根の内陣にすわって、二七日の祈願をこめられ、そのムリな 勤行 ( ごんぎょう )のため、おかぜを引きこんだものだった。 そんなときの 阿野廉子 ( あのやすこ )は、たとえば下世話でいう世話女房ぶりの実意を帝の 看病 ( みとり )につくして、ほかの二人の妃にも一切、手をかけさせないほどだった。 「そのご容態とあれば、一両日中には、岩松の使いの儀も、ご 奏聞 ( そうもん )に入れられましょうか」 「 吉事 ( きちじ )ですか」 「もとより宮方の吉報です」 「ならば、ご気分を伺って、わらわからそっと、ご内意を拝してみましょう。 あすにでも」 彼女が立ち去るとすぐ、彼方の 柵門 ( さくもん )の方から、一人の若い警固武者が、こっちへ駈けて来るのが見える。 「成田ではないか。 あわただしげに何事だ」 「千種さま、ご要心を」 柵の武士、成田小三郎はこうまず告げた。 「ただいま甲ノ尾から、隠岐ノ 判官 ( ほうがん )殿がこれに見えますぞ」 「清高が」 「鎌倉からは、とうに帰っていたものですが」 「いらい顔も見せぬ彼が、前ぶれもなく?」 「何かただならぬ幕命をうけて帰ったらしいとのこと。 それに別府の能登ノ介清秋も、甲ノ尾の 館 ( たち )にあって、 寄々 ( よりより )一族の密議があったとも聞いています。 ともあれ、お気をつけて」 「こころえた」 忠顕は飛びこむように、後ろの侍者の間へ、さっとかくれた。 成田小三郎というのは、 地方 ( じかた )(本土)からここの警固役に加わってきた島外武士のひとりなのだが、鎌倉の目的とは逆に、いつか後醍醐の侍者に説かれて、ひそかに、宮方への同心をちかっていた若者だった。 もっとも、そうした武士は彼だけではない。 また土着の島武士では、近藤弥四郎、村上六郎など、かなりな数が、みな配所に気脈をつうじて、 「いつかは」 と、帝の脱島の機をうかがい合い、しかもその機会の容易につかめぬことを、すでに久しい思いでいたのである。 ところが、つい昨夜。 年に二度ほど島へ交易にくる 長門船 ( ながとぶね )の一商人が、村上六郎の手引きで、侍者の公卿ふたりへ、一書を手渡した。 これは阿波の小松島から勝浦ノ庄へかけて 蟠踞 ( ばんきょ )している岩松経家という豪族にして海賊でもある家の定紋なのである。 つまりは海賊の印であった。 忠顕は 故 ( ゆえ )あって(後に説くが)その経家とは一、二度の面識がある。 「信じるに足る男だ」 として、忠顕はその書面を疑わなかった。 しかも商人に化けてはるばるこれまで来た者は、経家の実弟 吉致 ( よしむね )でもあったから、一刻もはやく、この吉報を帝に奏したいとおもったが、折ふし帝はその前々日からの発熱だった。 で、ぜひなく侍者ノ間に、潜めておいたものだった。 「岩松」 部屋へ入るやいな、 「気のどくだが、床下へかくれてくれ。 いまこれへ、隠岐ノ判官が来るとの知らせだ。 見つかっては一大事ぞ」 彼の慌てぶりに、 「それは」 と、一条行房も色をなして、座敷の 菅 ( すが )むしろを上げ、床板をめくって、岩松吉致のからだを押しこむようにかくした。 もうどこかには、人声がしていた。 出てみると、柵門に馬をおき、雨中を濡れてきた隠岐ノ清高が、 蓑笠 ( みのかさ )を兵にあずけて、ただ一人、 「御侍者、清高でござる。 鎌倉より立ち帰り、時おくれましたが、ごあいさつに罷り出ました」 と、階を上った所に立って言っていた。 ここでは、清高は絶対な支配力をもっている。 帝のお座所以外ならどこへでも、いつなんどきでも、ずかずか通って来るだけの職権があるし、またいつもそうしていた。 いつ鎌倉からお帰りか」 忠顕と行房とは、彼を迎えながら、いま知ったように、わざと言った。 「さればちと旅疲れで、帰島以来、引き籠っておりました。 きけばお上にも御不例とか」 「いや、お熱もさがって、今日はややおよろしい方なのです」 「おかぜですな」 清高は一歩、本堂のうちへ入って、坐る所をさがすかのように見まわした。 大床のどこもかしこも、雨漏りのしずくであったが、 「ちと、折入って」 と、あらたまって彼が座をとったので、ふたりも床の冷えを忍んで坐った。 「余の儀でもありませんが、じつはこの清高、鎌倉へ 召喚 ( めしよ )ばれて、このたび、きついご 叱責 ( しっせき )をうけて帰りました」 「なんぞ、職務上の儀で」 「そうです。 従来、よくおわかりでもあろうが、配所のご起居については、清高一存にて、ずいぶんご自由にと、 掟 ( おきて )を 外 ( はず )して、お気ままにおさせ申してまいりました。 ……しかるに」 「なにか?」 「以てのほかな 怠慢 ( たいまん )なりと、数日にわたって、問注所の取調べをうけ、あわやこの清高の職も領も 褫奪 ( ちだつ )されんばかりな詰責でございましてな」 「ほ。 では現状より厳しくせいとの厳命でも?」 「どうもここの朝夕を、内々、鎌倉へ通じていた者があったに相違ありません」 「…………」 忠顕と行房は、思わず顔を見合せた。 思い当りがなくもないからであった。 「幕命とは、何事を」 さてはと、ふたりも、ひそかに抱いていた危惧を眉に反撥してかたくなった。 「まことに、お痛わしくは存じるが、お上の御快気次第、ここの御所をよそへお移し申しあげることになろう。 一そう外部との接触を断ち、もそっと孤立した警固によい地形におけとの厳命でござりますれば」 どこ? と訊いても、清高はかたらなかった。 叔父能登ノ介から出た策だったのはいうまでもなかろう。 帝の配所がこの国分寺にあっては、手の 下 ( くだ )しようがない。 ここは島第一の港の西郷や 八尾 ( やび )川にも沿っていて、出船入船、あらゆる 雑人 ( ぞうにん )の耳目に近すぎる。 のみならず、あきらかな宮方分子が、すでに配所とむすばれている形だ。 どうしても、それらの者と、帝とのあいだを、切り離しておく必要がある。 配所がえは、古来いくらもある例で、 土地 ( ところ )の支配者の権限に 委 ( い )せられているし、かつは鎌倉の示唆にも「その策と手段は島の実状にてらして、臨機応変におこなえ」ともあったので、能登ノ介が清高にすすめて、この挙に出たものかとおもわれる。 清高はその帰りに、柵門わきの警固所へも立寄って、 「このたび、帝の御所を、島内のべつな地へお移し申すによって、ここの警固所も一応解体する」 と、諸武士へ宣した。 すべては、鎌倉殿の命であると、彼らの動揺を見て、前提しながら、 「ついては、 地方 ( じかた )武士の面々は、このさい加役を解かれるゆえ、三日以内に島外へ立ち 退 ( の )き、各 の在所へ帰国するがいい」 と、その 解任 ( げにん )の 簿 ( ぼ )を、警固 頭 ( がしら )の手へあずけて、甲ノ尾へひきあげた。 名簿の中には、 成田小三郎 富士名ノ二郎義綱 名和悪四郎泰長 など、日ごろからたれにもそれと分っていた宮方色の警士十幾人の名がほとんど洩れなくあげられていた。 「すわ、何かの前ぶれだぞ」 と、ここの動揺はその直後からあらわなものがあった。 といっても、常備二百人以上はいる警兵のあらましは、清高の家来であり、また 地方 ( じかた )武士にしろその十中八九までは、鎌倉の 鼻息 ( びそく )をおそれる者でしかない。 そこで彼らは次の日、近くの大満寺山へのぼって、なんの気がねもない青天井の下で、天狗の集会のような 車座 ( くるまざ )をかこんでいた。 「どうする?」 一人がまずいえば、 「どうも仕方があるまい」 と、分別顔はなだめにかかる。 「島を離れぬといってみても、公命を たてにされては、論にならぬし、暴れてみても、これしきの同志では歯がたたん」 「だが、みすみす、みかどの御一命もあやぶまれるのに」 「いや、御座所をほかへ移しても、よも臣として、帝のおいのちまでを 窺 ( うかが )うようなことはしまい」 「わかるものか」 べつな声は 怒 ( いか )っていう。 「吉野、金剛、中国、そのほか各地は大動乱だと聞えている。 もし一朝、鎌倉の旗いろが悪いとなったら、やぶれかぶれの鎌倉はどんな 暴 ( ぼう )でもやりかねん。 配所がえは、その準備であろ。 まずおれたちを配所から遠ざけておき、一令いつでも 弑逆 ( しいぎゃく )したてまつるための支度であるまいか」 「それはあり得る」 分別派もそれはみとめて。 「したが、ここで無謀なまねをしたら、よい口実を敵に与えることになろう。 やはりおれどもは一応、おとなしく島を去って、外部から帝の脱島の計を一日も早くすすめることだ。 あとは運を天にまかす。 それしかない」 集会のあと、彼らは 玉若酢明神 ( たまわかすみょうじん )のまえに揃って 祈誓 ( きせい )をこめ、やがてちりぢり 麓 ( ふもと )へ下りて行った。 しかし、大満寺山の集会でも、さいごまで「おれは島を離れぬ。 帝がお還りの日でなくばおれも還らん」と、いい張っていた者もある。 成田小三郎、名和悪四郎などは、その組だった。 彼らは一たん本土へ送り返されてもまた 艀 ( はしけ )ででも島へ舞いもどっていたかもしれない。 帝の左右の人々は、 「お 上 ( うえ )には、ご不例である。 ご本復を仰がぬうちは」 と、一日のばしに、ここの配所がえを拒否していた。 夜々日々が 猜疑 ( さいぎ )の中の不安だった。 たのみとしている警士中の宮方武士が、ことごとく島外へ追いやられた一事など、わけて 行宮 ( あんぐう )の内輪には手足をもがれたような衝撃だったにちがいない。 「ご油断はなりませぬ」 妃たちは、風の音にもつい 恟々 ( きょうきょう )と眸をすます。 とくに帝のお口にされる朝夕の 供御 ( くご )には、いちばい細かい心をつかった。 妃の 廉子 ( やすこ )は配所仕えの童僕、金若という者へ、いちいち「これを喰べてごらん」と、 毒味 ( どくみ )をさせてからでないと、帝へお膳をすすめなかった。 が、後醍醐は声なく笑って。 「お 汝 ( こと )らは、なぜ痩せるかとおもっていたが、あまり心を労しすぎるせいだったの。 食はたのしんで喰べねば意味がない。 食はすべて天禄だ。 よも碗の中にまで北条は居るまい」 そんな戯れさえいったが、 「しかし、 忠顕 ( ただあき )」 「はい」 「配所がえはぜひもないが、次の配所の地を明示せぬ法があろうか。 北条の手下をよんで、問いただしてみい」 帝は一切、ここの支配者をさして、判官とも清高ともよばなかった。 「北条の手下」或いは単に「北条北条」とよんでおられる。 すると、日ならぬうち、清高の甲ノ尾からそれの指示があった。 すなわち 行宮遷 ( あんぐううつ )しの先は、 島内の 島前美田郷 ( どうぜんみたごう )別府 とのことだった。 同時に、 「ここ海上も 春凪 ( はるなぎ )に見えますれば、明朝、お 輿立 ( こしだ )ちの案内を差向け申す。 相違なく、お支度おきを」 と、もう猶予はゆるさんとする沙汰でもあった。 その夕、一条行房は、 「 動顛 ( どうてん )の余りつい忘れていた。 もしやいつもの場所に」 と、行宮から北の方の大きな神木の 洞 ( うつ )ろをのぞいてみた。 外部の宮方との連絡にはいつもここを使っていたからである。 果たせるかな島外へ去った成田、富士名、名和たち連名の一書がその中にかくしてあった。 それによって、彼らの二心ない結束がくずれていないことはまず分った。 とくに富士名義綱は、 「これを機会に、出雲 簸川城 ( ひかわじょう )の塩冶殿を説き伏せ、きっと 御還幸 ( ごかんこう )のはかりごとをめぐらしますれば、期して吉報をおまちください」 と、たのもしげな意図をそれに残していた。 あとで行房からそのことをお耳に入れると、帝はおん眉をひそめて、 「あぶないぞ、それは」 と、かえって御懸念のようだった。 坐 ( い )ながらに後醍醐は、本土のたいがいなことは、ここで観ておられた。 出雲の守護塩冶判官は、たよりにもしておられないお口ぶりなのである。 それにひきかえ、先ごろ四国の阿波からここへ来ていた海賊岩松の使者へは、大きな御期待のかけようで、その宵も。 「岩松の密使をここへ呼べ。 もそっと詳しゅう彼の 献言 ( けんげん )をきき、また、わが旨も充分に申しふくめておかねばならん。 直々 ( じきじき )の面語も苦しゅうはないぞ」 密使の 岩松吉致 ( いわまつよしむね )は、その晩、帝座に召されておそくまでさまざまな下問にこたえていた。 帝座といっても、廃寺の一院を補修したにすぎない行宮だ。 それもこよいかぎりよそへ移される沙汰なので、妃たちは席にも見えなかった。 御簾 ( ぎょれん )もあるわけではない。 吉致は 閾 ( しきい )一ツへだてた次室に平伏し、帝との間には、千種忠顕と一条行房がひかえていた。 「若いの」 帝は吉致を見た初めに仰っしゃった。 綸旨 ( りんじ )をさずけたり、じきじき、おん大事をかたるにはやや心もとないお気もちであったのかもしれなかった。 で、行房がたずねた。 「何歳に相なるのか」 吉致はそれに答えて、自分は岩松家の三男で二十五歳、長兄経家は三十三歳ですと言い。 「なおその間に、次男の兼正がおりますが、これは母系の一族、上野ノ国の新田義貞殿の領内、岩松と申す地に久しく在住でございまする」 帝はすぐ、お耳をとめ。 「岩松は、新田一族なのか」 「さればで」 と、忠顕がいいたした。 「新田のみならず、足利とも、浅からぬ家系でございまする」 「新田、足利は隣国だったな」 「はい。 石清水八幡の宮司田中陶清の後妻は、日野 資朝 ( すけとも )のむすめなのだ。 「ようわかった」 帝はそこで。 「もひとつ、たずねるが、その海賊岩松経家が、これへ使いをよこした動機は何か。 ただ宮方への味方を誓ってまいっただけのことか」 「いえ」 と、吉致が直答した。 「それだけではございませぬ。 ……じつは去年いらいの鎌倉の動員にて、上野の新田義貞殿も出兵を命ぜられ、金剛、吉野の攻略に参加しておりまする」 「む……。 なるほど」 「その 途次 ( とじ )、兄経家も阿波を出て、ひそかに義貞殿と某所におちあい、ふかくお 諜 ( しめ )し合ってのすえ、初めて、てまえにお使い役が下ったような次第でございまする」 一穂 ( いっすい )の 灯 ( ひ )は、いつか 有明 ( ありあ )けめいている。 帝はすでに 御寝 ( ぎょし )だった。 しかし岩松吉致は、じきじきの拝謁をえたうえに、望みの 綸旨 ( りんじ )もたまわって、こんどの密使の役目は十二分といっていいほどすませていた。 で、あとのひそひそ声は、 「気をつけてまいれよ」 「綸旨を人手に奪われるな」 侍者のふたりの注意やら、別れのことばなどだった。 ほどなく。 行宮 ( あんぐう )の北の 藪垣 ( やぶがき )を躍りこえて、まだ暗い海の方へむかって、ひた走りに消え去った人影がある。 吉致だったのはいうまでもない。 行宮のうちは、それからが眠りの夜だった。 でもかなりな時間は眠られたようである。 やがて 柵門 ( さくもん )の方に人馬の 喧噪 ( けんそう )が聞かれだしたころには、陽も高かった。 そして帝以下の妃たちは、朝の 身粧 ( みよそお )いからすべてをすませ、 「いつでも」 と、次の運命の 所作 ( しょさ )にしばしを 委 ( まか )せるかのように迎えを待っていた。 この日、清高は晴れいでたちで、軍兵二百余人をつれ、やがて階下へ来て、 「よい日です。 あちらには、万端のご用意もできておりますれば、ご心配なく、おわたましを願いまする」 と、御立座をうながした。 帝には、あじろ 輿 ( ごし )を。 また、三名の妃には、貧しげな 板輿 ( いたごし )が与えられ、侍者二人は、馬の背だった。 八尾川ぞいに、西郷の港へと思いのほか、軍兵の列は、島奥の原田の方へえんえんと流れて行った。 都万 ( つま )の漁村だった。 船手の 勢 ( せい )が、船をそろえて待っていた。 いささかの休息さえない。 それぞれ、船へ追い乗せられた。 そして 島前 ( どうぜん )の三つの島影へさして、六海里の海上を帆が鳴りはためく。 たそがれ頃、帝はせまい島と島の両ぎしを船のうちから眺められた。 はや島前へ着いたのである。 かねて聞く後鳥羽法皇の 崩 ( みまか )られた遺跡はこのへんと思われるにつけ、お心ぼそさは 一 ( ひ )トしおだったにちがいない。 そして、その御船の 艫 ( とも )には、見るからにひとくせありげな男が腰をかけていた。 男は大太刀を 佩 ( はい )から解き、杖のようにそれへ肩を 凭 ( もた )せかけている。 ときおり船尻の幕が舞いあがると、帝の 御座 ( ぎょざ )からその男のすがたが見えた。 また男のけわしい顔も、きまって、その無作法な眼でジロと帝の 御気配 ( ごけはい )をねめすえているのであった。 「……?」 帝のお肌はなにか ぞくとするようなものを男から感じた。 殺気という眼はあれではないか。 「わしに害意をもっておるな」 皮膚が教える。 まもなく、別府へつくと、すぐお分りになったことだが、この男こそ、能登ノ介清秋であったのだ。 後醍醐はゆうべ初めて、独り寝の夜を過ごされた。 国分寺の 行宮 ( あんぐう )には、妃のうちのたれかはきっと 御寝 ( ぎょし )に 侍 ( はべ )っていたが、ゆうべ荒磯の風のまッ暗なうちを、鬼火のような 松明 ( たいまつ )にみちびかれてきたこの別府の黒木のお小屋では、妃も侍者も、どこかべつな所へおかれたのだ。 「これもよいな」 そのため、夜すがら眠りにつけないような帝でもない。 朝の 千鳥 ( ちどり )に目をさまされた瞼も晴れておいでだった。 久しく陽に会わない幽居なので龍顔の青白いのはぜひもない。 髯も 漆黒 ( しっこく )な若さをほこり、お唇は紅を塗ったようである。 粗末な 後架 ( こうか )を出て、濡れ縁の端の 掛樋 ( かけひ )へ寄って行かれると十四、五歳の 童僕 ( わっぱ )が、下にいて、 「お顔を洗い召されるか」 と、そこの 竹簀 ( たけす )の 子 ( こ )へ 盥 ( たらい )や手拭を供えて、うずくまった。 金若だの」 「はい」 「そちだけは以前の所から、配所仕えとして、これへついて来たか」 「はい」 「典侍らは、昨夜、どこで眠ったの?」 「ぞんじませぬ」 「侍者どもは」 「知りません」 「何事も答えてはならんと、ここの代官、能登ノ介清秋から、かたくいわれておるか」 「はい」 帝は苦笑される。 朝の清掃から、お食事をはこんでくるのも、すべてこの小僕ひとりがするのであった。 また、それで事足るほどな狭さなのだ。 ゆうべはよく分らなかったが、今朝あらためて、あたりの景やら室内のさまを御覧あるに、これはまったく急拵えな丸木づくりのほっ建て小屋といっていい。 間 ( ま )は、四間ほどあるが、荒壁に 菅 ( すが )むしろを敷いたのみで、風雨にそなえ、 蔀 ( しとみ )と 遣戸 ( やりど )があるだけのもの。 世捨て人の庵でも、もすこし何かしらの風雅はある。 「いや有り余る風流よ」 帝は、孤独をもてあそぶかのように、自分を自分の外に観た。 するとここはすばらしいともおもわれた。 別府とよぶ 鄙 ( ひな )びた港の屋根から半島形に伸びている突端の松ばかりな丘の上である。 松越しに見える向い島にも人は住むのか。 南の高い山はかねて聞いていた 焼火山 ( たくひやま )というのであろう。 いまは舟歌もない、千鳥の声もしない。 波濤と松風とが、交互に 廂 ( ひさし )を吹きめぐっている。 「……どうかなる」 自暴でも滅失でもない。 易学 ( えきがく )の易理が腹に据っていたのだ。 従来、幾多の禅家や智識に会って、究極にまで自己を小づき廻してみたりしたことも、いまとなれば、無形に役だっている気がされなくもない。 きのうの船中で見たあの殺伐な眼の持ち主にしろ、一瞬はぞっとしたが、しかし今朝はそれほどでもない。 しかし、それからまもないことだった。 そのいやな眼の持ち主が、足音をしのばせ、そして帝の 御室 ( ぎょしつ )を木蔭から窺っているのにふと気がつかれたときは、やはり肌そのものが無意識に、きのうと同様、帝を再び ぎくとさせていた。 「たれだっ」 と、帝は物蔭の男へ不意にお声をかけた。 いったいに日頃も 音吐 ( おんと )の高い声の質が、体じゅうから意識的に発したものだけに、 「あっ」 木蔭の男は、 恟 ( すく )みを禁じえなかったらしく、へたっと地上にかがまったばかりでなく、帝の眼光にもひしがれて、おもわず平伏してしまった。 「北条の手下だの。 もそっと前へすすみ出い」 「……は」 「犬好きな北条の手下は、みな犬真似が上手よの。 なぜ前へ出て来んか」 「は」 男は、その武者面を 渾身 ( こんしん )の敵意でやっと 擡 ( もた )げた。 「天皇が何だ!」と腹のなかではいっている 面 ( つら )がまえである。 「五分と五分の人間ではないか。 しかもここにいれば帝とはいえど一 囚人 ( めしゅうど )にすぎぬ」と、しいて 思惟 ( しい )しながら、一たんはずかずかお縁さきまで歩き寄って行ったのだが、やはりその体の位置を持ちきれないように、つい片膝折って地に 屈 ( かが )まる姿勢をとってしまった。 「名はあるのか」 と、後醍醐は 訊 ( き )かれた。 「…………」 これはひどい侮辱だ。 男はむかっとしたようだが、ものを知らない天皇なら我慢せずばなるまいと、胸をさすって。 「隠岐ノ判官の叔父、別府の住人、能登ノ介清秋にておざる」 「では、ここの別府を守る 柵 ( さく )の 長 ( おさ )か」 「されば、昨夜よりはこの能登が、おからだ一切を預かることに相なりました」 「そちの手へか」 「いかにも」 能登はやっと、相手の気位に 平衡 ( へいこう )をとり得た気がして、眼をもって、ぐっと迫った。 けれどそれも長くは自分の視力にたえなかった。 帝の眸はふしぎなものをたたえていた。 これは一朝一夕にできた眸ではない。 天皇の座にあって生れながら誰をも下に見つけている 眼 ( まな )ざしなのである。 だから能登の反抗にみちた眼気も、帝には 蟇 ( ひきがえる )ほどな感もある容子ではない。 能登はかえって、底知れぬ 淵 ( ふち )へ吸いこまれそうな気さえしたので、あわててその 深淵 ( しんえん )から元の 俯目 ( ふしめ )に返ってしまった。 「能登とやら」 「は」 「妃たちをなぜ離した?」 「いや、御用なればいつでも、郎党に付き添わせて、丘の下よりお呼びしましょう。 それぞれべつな 木 ( こ )の 丸小屋 ( まるごや )にありますれば、ご心配は無用でおざる」 「それも鎌倉のさしずとか」 「 天 ( あめ )が 下 ( した )、われら武者が服すお 主 ( あるじ )は、鎌倉殿よりほかに存じ申さぬ」 「忠義な犬よの」 けわしい沈黙をすこしおいて。 「能登!」 「は」 「さぞ、そちの腰の 刀 ( もの )はよう斬れような。 しかし何を斬れても、世には斬れぬものがあることも、わきまえておけよ」 「…………」 「行くところまで行く世の波は 断 ( き )れぬ。 あわれな奴だ。 鎌倉の飼犬でなくば、ゆくすえ禁門の一将ともしてとらせんに、 不愍 ( ふびん )や、こんな小島で朽ち終るか」 「ご親切に」 能登は 鼻皺 ( はなじわ )をよせて 嘲 ( わら )った。 「仰せを聞けば、いつかまた 万乗 ( ばんじょう )の位に還るお夢でもごらんのようだが、まずそのような 煩悩 ( ぼんのう )は、さらりとお忘れあった方がよろしゅうござろう」 「そうかの」 帝は柔軟である。 微笑されて、 「しかし 儂 ( み )が還るまいとしても、いつかはきっと迎えが来る。 大挙、宮方の軍勢がこれへの」 「わはははは」 能登は 鮪 ( まぐろ )の血あいみたいな唇を反らして帝に 酬 ( むく )いた。 「さようさよう。 そんなお夢をみつつ、ここの松風波音を友に、まずはお独りを慰めているがいい。 ならば無事と申すもの」 「そのうち必然に、北条幕府は亡び去る。 能登っ、そちには信じられまいがの」 「…………」 「信じられまい」 「…………」 「むりはない。 こんな島にいては、井の中の 蛙 ( かわず )だ、わからぬはずよ。 だが今日もひろい本土の空の下では、いたるところの山河が 矢叫 ( やたけ )びや武者吠えあげて、はや羽蟻の巣にひとしい幕府の古屋台をゆすぶっている。 どうッと地鳴りが響いたら一朝のまに鎌倉の 大廈 ( たいか )は世にあるまい」 「……どれ」 と能登はわざと、耳もかさない容子で地から腰を 擡 ( もた )げ出した。 「いずれ朝となく夜となく、自身しげしげ見廻りにまいる。 みかど! ほかに何ぞ、頼まれておく御用でもないか」 「ない」 「ありませんかの」と 嘲侮 ( ちょうぶ )をふくめて「もし御用のときは、 童僕 ( わっぱ )の金若をお召しなされ。 彼方の 鈴縄 ( すずなわ )を引けば、すぐ下の木戸から兵どもが登ってまいろう」 「抜かりはないの」 「あって 堪 ( たま )ったものではおざらん。 甲ノ尾の判官殿はお気弱だが、能登は生れてから涙は知らぬ男でおざる」 いい捨てると、彼はその野性の野臭をほこるかのように、大きな肩幅と尻を帝にむけて、のっそ、のっそ、立ち去った。 後醍醐はおん眼のすみからそれを見やっていた。 が、ふしぎに腹も立って来ないのだった。 むしろ爽快な感すら覚えたようである。 野人の無礼は難なく帝の皮をひン 剥 ( む )いて行ったのだ。 しかし帝はそのため、かえって素肌な人間と人間とのやりとりというものを教えられたといっていい。 一野人を相手どってこんなにも思うざまを吐いてみたことが、自然、五体の汗腺にあとの爽快味を残したものかとおもわれる。 それにせよ、ずいぶん秘すべきことをまで放胆にいってしまわれたが、すでに判官ノ清高には、こうならぬ前に国分寺では、かなりご腹蔵の底を洩らされておられたのだ。 いまさら能登にだけ隠してみても始まらない。 だから何もかも、ご観念の上ではあった。 さりながらその観念なるものも、生死一髪の秒間ならまだしやすいが、明けても暮れても静かな起居のあいだに、持続していることは後醍醐ならずともむずかしい。 言明どおり、能登は朝に夕に、いや時刻さだめず、 黒木 ( くろき )の 御所 ( ごしょ )を見廻りにくる。 時にはわざとらしく「……エヘン」と 咳払 ( せきばら )いなどして通った。 能登は四六時中、ひとり胸の中でつぶやいていた。 「……造作はない、 檻 ( おり )の獅子だ、手をくだそうと思えばもういつでもやれる」と。 彼の大太刀は、丘上の黒木の御所を仰ぐたび、 鞘 ( さや )のうちで夜泣きしていた。 「恩賞には」 と、枕についても考える。 「北条幕府への忠節」というだけのものである。 「清高も青くさい。 なぜ、出雲、伯耆で何郡をくれるぐらいな言質をとっておかないのか。 ……帝は 殺害 ( あやめ )まいらせて候う、と注進におよんだあとのはなしでは 分 ( ぶ )が悪い」 しかし、彼は、 「幕府のことだ、まさか けちなまねは」 と、絶大な幕府崇拝の先入主までは疑いもしなかった。 ところが彼の耳にも近ごろはひんぴんと幕府の権威も疑われるような風声のみが 地方 ( じかた )(本土)から吹いてきた。 たかをくくっていた金剛、千早もなかなか落ちず、吉野も強く、 播磨 ( はりま )では播磨の豪族赤松円心が、宮方に 拠 ( よ )って起ち、四国九州も、蜂の巣をつっついたように、いまや騒然たるものがあるという。 「はて。 甥めは、何をぐずぐずしているのか」 能登は気が気でなくなっていた。 二月は過ぎる。 ただし今年は 閏 ( うるう )だ、二月という月が二度かさなる。 おそらく、念入りで小心な判官ノ清高は、さっそく、配所がえの処置を鎌倉へ報じ、そしてもいちど、最後の断についての命を待っているのであるまいか。 事が事である。 「どれ、都の女でもまた見て来るか」 彼は、彼の住む別府ノ 館 ( たち )を今日も出て行く。 それも能登の役目のひとつなのだ。 黒木の御所の丘からずっと下がった所の低地に、三人の妃を押しこめた 木 ( こ )の 丸小屋 ( まるごや )がおかれてあった。 妃小屋 ( きさきごや )は、帝の御所よりやや小さい。 小屋の地点も 柵 ( さく )も三ヵ所わかれわかれに建っていた。 内を覗いてみると昼もほの暗く、黒髪長やかな白い顔が何を打ち案じているか小机に 倚 ( よ )っているのが、 簾 ( すだれ )ごしに透いてみえる。 文字どおりな籠の鳥。 黒木の御所を見廻るよりは、彼にはここを覗くことのほうが興ふかい。 しかし、もう一名の妃、 小宰相 ( こさいしょう )の木の丸小屋へ来ると、ここでは彼の態度もがらりと変っていた。 ……お 髪 ( ぐし )洗いかの」 と、知るべの家の縁にでも立ち寄ったように腰をおろして、片あぐらをすくい上げ、 「はやく都へ帰りたいことでおざろうな」 などと、世辞よく話しこむ。 三つの妃小屋のうち小宰相の囲いだけは、どこか警固がゆるやかだし、また何かと待遇などもちがっていた。 この典侍だけは、鎌倉方に気脈をつうじている女性と、さきに甲ノ尾の清高からも、内々の指示があったからである。 で、小宰相の方も、能登ノ介清秋を、こわらしい武者などと恐れてはいず、今も、 櫛笥 ( くしげ )をとりかたづけて、すぐ濡れ縁へ寄っていた。 「お美しいなあ、いつも」 能登は無遠慮に、ほれぼれと、その人の顔を見つめて。 「それでもうひと 脂 ( あぶら )お肉づきがあれば、なお 艶 ( あで )やかでおわそうが、ちとお目のくぼが青ぐろい」 「そうですか」 「はての?」 「なぜじっとそのように、私の顔を見るのです」 「でも、妙じゃと思うて」 「なにを」 「わが女房の 妊娠 ( みごもり )も何度となく見ておるが、頬の瘠せやら肩のとがりやら、もしや?」 「え」 「まさか、あれではありますまいな」 「あれとは」 「帝のお 胤 ( たね )などを」 「…………」 小宰相はしいんと眸を澄まして、そういう能登の 猥 ( みだ )らな唇を憎むように 睨 ( ね )めかえした。 ぱっと紅葉をちらした顔でもない。 「や、違ったかな」 能登は眼をそらした。 自分でいい出して自分で頭を掻いたものである。 「男には分らん。 分らんものを、見当違いな 率爾 ( そつじ )であったら、ごかんべんを願いたい」 「…………」 「これやしまった。 お 怒 ( いか )りかの」 「いいえ。 それほど 窶 ( やつ )れたわが身かと、はっと思っただけなのです。 朝夕、鏡は見ていますが、見馴れるとあたりまえに見えるのでしょうね」 「むりはないことだ。 いやつまらん冗談をつい先にしてしまったが、小宰相どの、近ごろ何ぞ、京か鎌倉の便りがお手に入りましたかな? ……。 いろんな噂は島にもつたわって来ておるが」 「いいえ」 彼女もどこかほっとしたように、その話題へは急いで答えた。 「どうしたのでしょう。 このところ、ぷつんと絶えて、何の便りもありません。 あれば必ず、甲ノ尾のお手を通るはずですが」 「ところが、そのおやかたもさっぱり 無音 ( ぶいん )だ。 地方 ( じかた )(本土)の戦乱はよほど大きくでもなっているのか」 「それはもう六波羅も血まなこでしょうし、鎌倉表も軍務にたいへんなのでしょう。 そのため遠い隠岐ノ島のことまでは顧みていられないのかもしれません」 「そうとみえる」 能登はいやいやうなずいた。 彼としておもしろくない本土の形勢にふと気が重かったものだろう。 彼はそこから黒木の御所を仰いだ。 「どうだな、小宰相どの」 「…………」 「ここでは、みかどの夜のお伽にまだいちども、 侍 ( かしず )いておられまい。 こよいあたりひとつ黒木の御所へ伺うてみては」 「え。 ゆるして給うのですか」 腹はわからぬが、とにかく能登は、彼からすすめて、小宰相ノ局にのみ、その夕から翌朝まで、帝のおそばへ 侍 ( かしず )くのをゆるしたのだった。 「あなたは、味方だ」 と、いや味な笑い方をして、彼はまた、 「お耳を」 彼女の横顔へ、身をズリ寄せた。 「いずれは、一断に御処分し奉ることになろうが、ずいぶんズバズバ物を仰っしゃるみかどだ。 もっといろんな秘事を聞きおきたい。 よいかの、お 伽 ( とぎ )よりも 目あてはそれだ」 「わかっています」 小宰相は、あわてて彼のたまらない口臭の熱気から身を離して。 「みかどのお命をちぢめよとは、たれのいいつけなのですか」 「もとより鎌倉の秘命だが、まださいごの一令は言って来ぬ。 とかく煮えきらぬ判官殿が、また妻に 邪 ( さまた )げられでもしているものやら、いや 焦立 ( いらだ )たしいことではある」 「…………」 小宰相の唇が白っぽく息をのんだ。 その眸の奥もよく見ずに、能登はなお 吐 ( ほ )ざきちらした。 「むごいとでも思うのか。 いや、あのみかどは、もうそれも感づいておる。 だからいいおきたいことも今ならいうに相違ない。 ……といっても、あなたからは触れぬがいいぞ。 みかどはすごく 炯眼 ( けいがん )だ、怪しまれる」 だいぶ話し込んだと自分でも気がついてか、能登は、やっと縁先を離れかけて。 「小宰相どの。 男と女というものはまたべつだ。 木乃伊 ( みいら )取りが木乃伊になるようなことはよもおざるまいな」 「お案じなされますな」 彼女はもういつも能登が見ている彼女と変りがなかった。 「都には、現朝廷(光厳帝)にお仕えしている肉親たちがあまたおります。 もし私が心変りして、鎌倉どのの密命を裏切れば、その者たちの破滅ではござりませぬか」 「む。 うむ」 いかにもと、能登はなんどもその 猪首 ( いくび )でうなずきながら。 「この能登も、ここで一つの功を立てれば、いずれは 地方 ( じかた )(本土)に二郡や半国の領地は持ちえて、都に一ト屋敷は構えるつもり……。 小宰相どの、能登はあなたを、ほんとは、みかどの側へなどはやりたくないのだ。 後日、都の宿の妻として眺めたい。 忘れないでいて欲しいな」 思い入れたっぷりな言い方だった。 それを言いたいための長尻であったかもしれない。 さすがに口に出しては てれたのだろう。 のっし、のっし、すぐ彼方へ行ってしまった。 「身のほども知らない男」 さげすみと、身ぶるいを抱いて、小宰相は 簾 ( す )に 籠 ( こも )った。 そして夕のくるのを待ちわびた。 まだ陽は高かったので、それからの半日あまりを彼女は長い想いにたえなかった。 六波羅の獄いらい、おそろしい心をかくして、帝をあざむきつづけて来たが、ほかの二人の妃にたいする反抗と憎しみなども手つだって、さして罪とはそれを思わずにいた彼女だったが、ようやくこのごろは、そうでない。 どうやら、 妊娠 ( みごもり )らしい体の異状を、この春ごろからは、 否 ( いな )みようなく自覚されていた。 小宰相はもともと単純なあかるいたちの女性であった。 姉も叔母なるひとも、みな新しい光厳帝の 朝 ( ちょう )に列している西園寺家やら 久我家 ( こがけ )の室に嫁しているほどだから、彼女とて公卿教養はひととおりな麗人だったにはちがいない。 いつごろから後醍醐に 寵 ( ちょう )されたかは、さだかでないが、しかし、その後宮や側近らにもうとまれて、とかく帝の寵から遠ざけられていたのも、肉親たちがみな持明院派の公卿だったことの 祟 ( たた )りであったのはいうまでもない。 そのため、遠い島まで、帝との 流人 ( るにん )暮らしを共にして来たなどは、小宰相にはかなしみだったにはちがいないが、しかし彼女は、 隠密 ( おんみつ )の 悪 ( あく )そのものを、つらい役目とも罪深いこととも思っていなかった。 幼少から持明院派の公卿家庭に育てられてきたのである。 事々、大覚寺派への敵愾心やら蔭口のなかで人となり、また事実、そのころは後醍醐方の圧迫から持明院派はみな日蔭者の貧しさと、さげすみの目にひしがれていたものだった。 それが身に 沁 ( し )みている。 かつは、彼女の考え方も、 「後醍醐おひとりが、天皇ではない。 持明院統から立たれた光厳帝さまも、ひとしく、まぎれない、天子さまではないか」 にあった。 だから彼女にすれば、自身の行為は反逆ではない。 新朝廷への忠節であるとさえ信じていたのだ。 新しい朝廷を確立するための 犠牲 ( いけにえ )として一門親族から涙を 瀝 ( そそ )がれて島へ来ている 人身御供 ( ひとみごくう )のわが身ぞという悲壮なこころもちなのだった。 けれど、ただここに。 いいようのない辛さがあった。 後醍醐の愛は、すこぶる 茫漠 ( ぼうばく )たるもので、お心の内がわは分らないが、表面は三人の妃のたれへも平等にふるまわれていた。 夜のお伽も交代で、とくに廉子ばかりを召すとか、権大納言ノ局だけを多く 枕侍 ( ちんじ )させるというようなことはない。 しかし何といっても、一人の男性を囲んで三人の女が共にせまい配所で起居するかたちは不自然な 葛藤 ( かっとう )以外なものではなかった。 おひとよしでどうにでもうごく権大納言ノ局は当然、廉子の 薬籠中 ( やくろうちゅう )のものであり、小宰相はいつも二人の白眼視とトゲのうちにおかれていた。 それもまた、べつな意味で、小宰相の女ごころを、つよい反抗と復讐へ駆りたてていた。 いつかは廉子が号泣して、とり乱す日が来るだろうとして、その日を見るのも彼女のひそかな愉楽でさえあったのだ。 ところが。 「どうしてぞ……?」 と、彼女自身ですら自身が 腑 ( ふ )がいなくなり出していた。 なによりの原因は、彼女の意志とはべつに、彼女の女のからだが、日にまし帝を 愛 ( いと )しがって昼の間すら忘れがたい男になっていたからだった。 そのうえ 年暮 ( くれ )ごろから酸い物をこのみ、 つわりを覚えるなど、あきらかに今年に入ってからは、身の受胎を知っていた小宰相なのだった。 「ちょうど今朝、髪を洗っておいて……」 よかったと、彼女は思う。 待ちかねた夕になると、彼女はその黒髪に香を 焚 ( た )き 染 ( し )めて、もういちど入念に化粧を 凝 ( こら )し直していた。 「近うおざるが、ご案内にまいった。 そろそろお立ち出でを」 やがて外で、迎えの兵の声がする。 彼女は 被衣 ( かずき )して、 「ご苦労ですね」 すぐ白い足に草履をはいた。 松の丘の西がわに、残照の影が美しい。 東がわの湾は暮色を深くして、もう波音は夜の階音といっていい。 「もし」 登りかけて行く兵の背へ。 「すこしそのへんを巡ってみたい。 ほかの妃たちの 木 ( こ )の 丸小屋 ( まるごや )はどこですか」 「あれに」 と、兵のひとりが指さした。 「権大納言ノ局のお小屋。 また三位どの(廉子)の住むお小屋は、もすこし先の山蔭です」 彼女はだまって小道をそっちへ選んで行った。 小宰相はそれを意識し、また帝のやさしい 腕 ( かいな )を胸にえがきなどしながら、わざとゆっくり小道を拾っていた。 そして、今夜の 幸 ( さち )を 機 ( しお )に、帝のお 胤 ( たね )をやどしたことをお耳に入れよう。 これから先も帝の御愛情は何十倍も厚くなって下さるだろう。 そのうえ折々にはわが身だけが、黒木の御所の夜に召されて行く。 そうしたことにならないものか。 「それには、能登を 怒 ( いか )らせず、上手にあしろうて行かねばならぬ。 わけておそろしい機会を待ちかまえているあの男を」 帝のお命のあやうさに思いいたると、彼女のほかの考えは一切消えて、ここの松風はただまっ黒なものになった。 そのことも今宵は帝にささやいて、帝のよいご分別をうながさねばならぬ。 ……さもなくば、ご一命は風前のともし火。 身にやどしたお 胤 ( たね )は 父御 ( ててご )を知らぬものになる。 「いやこの身とて、生きてはいられない」 小宰相は夕風を抱いた。 いつからこんな気もちに変ってきた自分かと、自分をあやしむゆとりもなかった。 「黒木の御所は」 と、兵はやがて足をとめた。 「そこでおざる。 明朝、お迎えにまいるまでは、ごゆるりと」 彼女を残して立ち去った。 廂 ( ひさし )のおくを窺うと、一室の簾のうちに、小さい灯影がまたたいている。 外に立ち惑うらしい彼女の影をみると、 「お待ちですよ」 と、童僕の金若がすぐほの暗い中から言った。 「オ、金若か」 「はい」 「昼のうちに、私のことは、ここへお知らせがあったのですね」 「はい」 「みかどは」 金若は黙ッて奥の灯を 指 ( さ )した。 「小宰相か」 ふっくらと情のこもったお小声だった。 「もう、どんなに」 と彼女は、身を崩折るなり、 「……お目にかかりたさで、苦しかったかしれません」 と、帝の 腕 ( かいな )へ、我からも 手繰 ( たぐ )り寄って、そのお膝へ顔を埋めてしまった。 波音だけがしばらくする。 「…………」 帝は皇太子の頃から、女という女の型はあまた知りつくしておいでなのだ。 めったに盲目的になるなどの例はない。 だが、別府の配所では、久しく 女香 ( にょこう )にも隔絶されておられたので、小宰相のなみだの 蒸 ( む )れや、妊娠初期の女体の烈しい血の蕩揺は、帝の渇きを医すにありあまる熱さであったろう。 夜半になると、ここを繞る波音は、なおさら高い。 生理的にも 三月 ( みつき )か 四月 ( よつき )かという感受性のつよい期間にあった小宰相は、みかどたることも忘れて、帝を一個の男としてのみ、離しがたい思いにただれたに相違ない。 そしてともに暁の疲れに 黙 ( もだ )しあって、閨も白々としてくるうちに何のご屈託もないかのような寝息に入った帝のお寝顔を見ながら、彼女は、ゆうべ 涸 ( か )れるまで泣きつくした涙を、またしてもサメザメと新たにしていた。

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新田真剣佑

あらたまっ けん ゆう 幼少 期

正式な法名・現在の肩書きは「第31代唐亜玄奘三蔵法師」「北方天帝使」。 最高僧「三蔵法師」の一人だが、仏道に帰依する気は全くなく、飲酒・喫煙・博打を嗜む破戒僧。 が高く、非常に気が短いため、常に機嫌が悪そうな雰囲気を出しているが、悟空と接しているときは表情が比較的柔らかくなっていたり、笑みに近いものを浮かべている。 一行の中では冷静な性格・判断力を持っているが、時には負けず嫌いで子どもっぽい一面もみられる。 傲慢で非常に自己中心的だが、その自信と考えに見合った洞察力とカリスマ性を併せ持っているのもまた事実である。 メンバーは三蔵を一行のリーダーとして従っているが、信頼というよりはあまりの唯我独尊っぷりに呆れられているものに近い。 確かな実力を持ってはいるものの、ものぐさで面倒事に巻き込まれるのを嫌う。 他のメンバーは下僕だと公言している。 口癖は「死ね」「殺すぞ」。 金髪に紫暗の瞳、タレ目、さらに容姿端麗なため、幼少時代はよく女の子に間違われた。 現在でも時折「美人」「女顔」とひやかされ、その度に激怒したり不機嫌になる。 悟浄からは出会った当初「性格破綻の金髪美人」と称されていた。 蘇生実験阻止という三仏神の勅命により、悟空、悟浄、八戒と共に天竺国を目指す。 幼名は江流(こうりゅう)。 幼少時、揚子江に捨てられていたところを光明三蔵に拾われ、金山寺で育てられる。 幼年期から法力・武術共に天賦の才を見せ、他の多くの僧侶に「かのようだ」と畏怖されていた。 生い立ちから「川流れの江流」とあだ名されるが、本人は「江流」の名は気に入っていた。 13歳で三蔵法師の称号を継ぎ、「聖天経文」と「魔天経文」の継承者となる。 しかし、敬愛する光明を目の前で殺された上、聖天経文を持ち去られたため、経文と師の仇を探すべく金山寺を下山。 16歳のとき聖天経文の行方について三仏神に謁見したことをきっかけに長安の慶雲院に留まることになり、三蔵一行として旅に出るまでそこの総責任者に就いていた。 敬愛する師から唯一授かった言葉「無一物」を自分なりの解釈の元、その信念に従って生きている。 出自については、鳥哭三蔵法師によると父は政治的権力者、林徒候。 母は行商の娘・香藍だが、徒候の政治的圧力により引き離され徒候は行方不明となり香藍は出産後、病死とされる。 師から継いだ「魔天経文」とその守護者たる師と同じ三蔵法師という立場を大切にしており、これらを金儲けの道具にされたり、安売りする事態に陥りそうになると強く抵抗する。 拳銃を愛用。 騒ぐ仲間はで殴る、もしくは銃を乱射する。 体力も非常に高く、ロッククライミングで通る道を妖怪の悟空たちと同じように登って行った。 「魔天経文」を肩にかけており、「魔戒天浄」という技も使う。 なお、原作では「」、アニメ版では「昇霊銃」(架空の拳銃)。 特殊な経歴故に本来の三蔵法師として積むべき修行を経験していないため、戦闘でも「魔戒天浄」以外は法力による術を使うことはほぼ無い。 ヘビースモーカーで、赤(ソフト)を愛煙。 機嫌が悪くなるほど吸う量が増える。 新聞を読むときはをかける。 酒には強い方だが、酔うとたまに人格が変わる。 低血圧なため、朝は寝起きが悪い。 寝起きは密かに機嫌が悪い八戒に対し、三蔵の場合露骨に機嫌が悪い。 チーズと猫が苦手で、猫アレルギー。 伸びたラーメンやラーメンの具にマヨネーズを好むマヨラーなことや、ドラマCDでアイスコーヒーとジンジャエールを混ぜたものを平気で飲んだため、「味覚が宇宙人」(悟空)「味覚障害」(八戒)などと評される。 レストランで料理より先にデザートメニューに目を通すなど、甘党な一面もみせる。 13歳からの約4年間諸所を放浪していたため、『BLAST』に移行する際、異変の影響の色濃い西域にて一行が食料に困っていたときには自ら狩りで調して捌くことができるなど「サバイバー」(悟空評)な一面を持つ。 何でも器用にこなすタイプとも評されていたが、小説『紅楼天戯』にて演技に関しては全く才能が無い事が分かった。 また、同作にて女装も披露しており、他の3人から「ハマりすぎ」と評されている。 大地の生命エネルギーが集結して誕生した、大地の精霊と呼ぶべき存在。 人、神でもない異端の存在で、混沌の象徴とされる。 凶事の象徴とされる金晴眼を持つ少年。 そのため500年前に天界に保護される。 そこで金蝉、捲簾、天逢との友情を得るが、大罪を犯し、地上界・五行山の岩牢に封印される。 三蔵により牢の封印を解かれたが、天界での記憶は現在も封じられたままである(500年前の物語は「」を参照)。 年齢の割には幼い内面であり、食べることが思考の大部分を占め、「腹へった」が口癖な能天気な性格。 三蔵や悟浄からは「バカ猿」と呼ばれ、子供扱いされている。 しかし、彼の裏表のない優しさや明るさ、純粋さが、自滅傾向が強く捻くれている他の面々の均衡を保っている節もある。 強者相手にワクワクしたり、曲がった事や納得できない事、隠し事を嫌う一直線さを持ち、事や人の本質を的確に見抜くこともある。 500年を孤独に過ごしたこともあり他人の孤独にも敏感で、何かを「失う」ことに極端な反応を示している。 戦闘時には、三節棍にも変型する(にょいぼう)を操る。 旅に出る約1年前までは髪が長かったが、運悪く悟浄の錫月杖の鎌により切断。 この時、同時に如意棒を手に入れる。 額の金鈷(きんこ)が妖力制御装置。 通常の制御装置とは異なり、強大な神通力を固形化した特別なもので、現在着けているものは玄奘三蔵が自身の神通力を固形化したものである。 外れると力が開放され、本来の姿、 となる。 こうなると自我を失った血を好む殺戮者と化し、三蔵や金蝉以外の声は届かず敵味方区別なく襲い掛かる。 外見もやや変化し、髪が伸び、耳や爪は尖り、瞳孔も縦長になる。 腹部には普段は無い特殊な模様が現れる。 本来の姿での記憶は無いらしく、戻った後は必ず爆睡する。 西域の天竺国への旅も、当初は「三蔵が行くから付いていく」程度の軽い気持ちだったが、旅を通して様々な経験をし、成長していく中で、「牛魔王蘇生実験を阻止する」ということが、自分の意志であることを再確認する。 基本的に食べ物であれば何でも好きなようだが、特に肉まんを食べているところが描かれることが多い。 またわさびは食べられない。 筋肉質な体型に憧れており、ガトの肉体に惚れ惚れしていた。 小説『紅楼天戯』では京劇に興味を持ち、高度な技をすぐに覚える様は劇団員からも超一流の才能があると評された。 妖怪とその愛人であった人間の女性との間に生まれた。 純粋な妖怪ではないため元から人間の姿に近く、特に妖力制御装置を付ける必要はない。 煙草はを愛煙。 嫌いな食べ物は梅干しと甘いもの。 大雑把な性格で女癖が悪い。 人当たりも生活態度も悪いが、男気と優しさを持ち合わせている兄貴分的存在。 粗雑な態度に反してなんだかんだいってお人好しだが、意地っ張りで天邪鬼。 その為、貧乏クジを引き易く、八戒から買い物を全部任されたり荷物持ちにされたり、ボートを1人で漕ぐなど、損な役回りも多い。 自称「器用貧乏」。 三蔵からは「 疫病神」とも称される。 ナンパを趣味にしているが、実際は子供によく好かれる。 3歳の頃両親の心中に巻き込まれたが、ただ1人生き残った。 その後、妖怪である父の正妻の家に引き取られる。 人間と妖怪のハーフは禁忌とされていて、彼の持つ真紅の髪と瞳は、混血児共通の特徴でもある。 義母から「禁忌の子」「愛人の子」と虐待を受け、唯一彼を受け入れていたのは、異母兄の沙爾燕だけだった。 どんなに虐待されても養母を嫌いになれなかったが、義母に殺されそうになった際、爾燕の手で義母は死亡。 爾燕は罪悪感から姿を消してしまう。 左頬の傷は養母に殺されかけた際に出来たもの。 以降は一人で生きてきたらしいが、詳しいことは語られていない。 そんな過去からか、賭け事と色事で生計を立て、自由奔放かつ自堕落な生き方をしていたが、負傷した八戒を拾い、介抱したことをきっかけに三蔵達とも出会い、生活が一変する。 八戒の件が一段落した後、一度髪をバッサリ切ったことがある。 しかし「うっとうしいよりまし」といった三蔵への当てつけにまた伸ばし始め、現在に至る。 悟空とは喧嘩仲間。 子供じみた喧嘩は日常茶飯事で、その度に三蔵の発砲の的となる。 三蔵とは悪友という関係。 どちらも負けず嫌いで、お互いの神経を逆撫でし合って喧嘩することが習慣化しているが、悟空と違い煙草を片手に大人の会話も出来る仲。 八戒とは、西に旅立つまでの約3年間同居していた事もあり、親友という関係。 小説「華焔の残夢」では、八戒は悟浄を「他人に優しく、自分に厳しい人」と評している。 また、カミサマからは「優しいんだね」と言われる。 八戒には、かつて一夜をともにした女と生涯連れ添うことになりかけた時に催眠暗示で助けてもらったり、三蔵に心臓を打ち抜かれた時に傷を塞いでもらったりと、何かと多大な恩があると共に、多くの弱みを握られている。 また、賭け事で食っている腕前でありながらポーカーでは八戒に完敗していた。 戦闘には錫月杖という鎖を操る錫杖を用いるが、素手での格闘も得意としている。 他の仲間からは悪口で河童と言われているが泳ぎは苦手。 前髪の2本の跳ねっ毛を触覚に例えてゴキブリとも言われる。 また、観世音菩薩に不意打ちでキスされた時は「おまえ、慣れてるな」とコメントされた。 女の涙は苦手。 無印と『RELOAD』との服装の違いが一番明確で、初めは青のバンダナに袖の無い青の上着だったが、八戒の計らいにより落ち着いた茶の長袖となる。 作者の峰倉かずや曰く「情けないけどいちばんいい奴で、一行の中で一番好きなキャラクター」。 また、悟浄の良さは25歳を過ぎないとわからないらしい。 小説『紅楼天戯』では意外にも役者の才能があるとされ、八戒からは「かなり上手」、悟空からは「意外とマトモ」と評された。 作中では三蔵との夫婦役を演じている。 三蔵一行内で唯一、礼儀正しく笑顔の似合う人当たりの良い温厚な青年。 素行に問題のある他3人を宥める保父的存在であり、三蔵一行を西へと運ぶ(白竜)の飼い主兼操縦者。 本人曰く「現役保父さん」。 一行の中の立場は「中立」と称している。 普段は物腰が柔らかいが癇に障った時や怒った時は非常に恐ろしく、その笑顔が逆に恐怖感をかもし出すため、普段は散々三蔵を怒らせている悟浄や悟空も八戒だけは本気で怒らせてはいけないと悟っている。 そのため敵に回すと一番厄介な人。 毒舌とも取れる鋭いツッコミ(ボケ?)を笑顔で入れる三蔵一行の影の権力者。 温厚な雰囲気とは裏腹に以外に短気な部分もあり、機嫌が悪い時に発するえぐるような毒舌は、それが冗談なのか嫌味なのかわからない。 三蔵と互角に睨み合ったり口論で勝てたのは、一行の中で彼のみ。 内面は繊細なようでいて熱く、男っぽい。 また、酒と博打が滅法強く、悟浄すら負かせる一面もある。 ただしヘイゼルとは互角で、ポーカー勝負ではケリがつかなかったようである。 教師をしていた経験からか、悟空の家庭教師をしていた時期がある。 すぐに手が出る悟浄や三蔵と違い言葉で諭すので、悟空から「優しい」と思われている。 瞳は翠碧色で秀麗な面立ち。 右目はほとんど見えないため(後述)、常時をかけているが、現代の服を着ているイラストや過去のエピソードでは、普通の眼鏡をかけている。 武器は持たないが、気孔術で攻防・治癒をすることが出来る。 気孔術は見よう見まねでできたらしい。 三蔵一行の生命線と言っても過言ではない万能さだが、気孔術は術者の生命力を割いて発動するため、過度の使用は八戒自身に危険を及ぼす。 自らを器用貧乏と評する。 左耳の三つのカフスを外すことで妖怪の姿へと変化する。 彼の場合、変貌後も自我があるが、長時間その姿でいると負の波動の影響を受けるため、危険でもある。 妖怪の姿になると、体中に蔓と葉の模様が巻き、「猫のような縦長の瞳孔 」「尖った耳」「長い爪」など妖怪の特徴が現れる。 戦闘能力は妖怪の中でも突出しており、金鈷を外し斉天大聖と化した悟空にも短時間なら食い下がるほど。 かつては 猪悟能(ちょ ごのう)という名の人間であり、孤児院で育つ。 高名な学院から誘いが来るほど優秀だったが、当時は全く笑わない子供で、他の子供から恐がられていた。 孤児院を出てからは、町外れの子供塾の教師として暮らす。 が、ある時、大妖怪・百眼魔王によって、同居していた恋人・花喃(かなん)がさらわれる事件が発生。 悟能は彼女を生贄に差し出した村人の半数を虐殺、その1年後にようやく居場所を突き止め、行く手を阻む百眼魔王の一族や手下も次々と殺しつつ、遂に彼女との再会を果たす。 この後の顛末で彼は恋人を失い、自らも妖怪へ変貌するが、腹部には傷痕が残った。 その後、雨の中、傷ついた体で道に倒れていたのを悟浄に拾われる。 前述の村人の殺戮の罪で、三仏神の命を受けた三蔵に追われることとなり、その過程で悟空とも知り合う。 「八戒」と改名したのも、その時の事である。 今でこそ食えない面が目立つ八戒だが、このころは一歩引いた態度で相手に非常に気を使う謙虚さが主立っていた。 しかし、埋葬編の事件から心境が変わり、さらに清一色の事件で過去を吹っ切り、恐ろしい性格に磨きがかかり現在に至る。 花喃はアニメ版では恋人の設定になっているが、原作では恋人であり実の姉。 長安の学院で15歳の頃巡り会うが、当初は姉であることを知らなかった。 母親は娼婦。 両親が離婚し、悟能は母親に、花喃は父親にそれぞれ引き取られる。 母親が失踪した為、孤児院に預けられた。 『幻想魔伝』では孤児院のある地を訪れた際、シスターになった幼なじみのシャオヘイとの再会や、かつての自分と同じような少年リンチェイとの話が描かれた。 原作では自ら右目をえぐり落としたため、右目は義眼。 アニメでは自傷により視力が落ちたことになっている。 アニメ版『RELOAD』では「千の妖怪の血を浴びると妖怪へと変貌する」という説には八戒自ら否定的で、迷信と断言している。 『RELOAD』に移行した際、一行の衣装が変わったのは彼による悪戯が原因である。 ジープが行方不明になったとき、悟空と悟浄から「時々運転が荒い」と指摘されている。 小説版によると運転は見まねで、悟浄から運転免許を有していないことに不安がられている。 炊事、洗濯、掃除などの生活能力、人とのコミュニケーション能力や社会的マナーをはじめ、通信教材や見よう見まねで大概の事はこなす 、専門的な知識や雑学、古い流行りネタに堪能であり、作者の峰倉かずや曰く「"おかしな人"で、(作者自身も)手に負えない」とのこと。 禁断の汚呪と呼ばれる、「化学と妖術の合成」によって作り出された存在であり、その証として赤紅色の眼を持つ。 小説版では百眼魔王の城から紛失した宝具であることが書かれている。 普段は翼を持つ白い竜で、に変身できる。 変身後もある程度は自身の意思で動くことが可能。 アニメ版では、火を吹いたことがある。 一度だけ、偶然出会った兄妹たちを元気付けるために内緒で夜遊びしたことがある。 帰って来てから「この大きな人たち(三蔵一行)が一番放っておけない」という考えに至ったらしい。 三蔵達は律儀なジープが勝手に居なくなったため、盗まれたか家出したかと心配し夜の町を探しまわっていた。 悟浄と同居していた頃に、八戒が森の中で弱っているジープを拾って以来、彼のペットになる。 自動車形態での運転も基本的に八戒が行う。 悟浄とは当初、あまり仲は良くなかったが、「禁忌の存在同士」という共通点で仲良くなる。 しかし、三蔵は偉い人、八戒は飼い主、悟空は自身と同等、悟浄のことは自分より下に見ているらしい。 冷酷にふるまっているが、実際には身内や信頼した仲間には心から接する情け深い好漢で、自我を保つ妖怪の間ではカリスマ的存在。 その一方、妹の李厘におちょくられることが多く、女性の頼みには弱い面もある。 玉面公主に「マザコンボウヤ」と言われる程、母を慕い、耳には母と揃いの三角のピアスを付ける。 体術を得意とする他、火炎妖術や召喚術も使う。 闘神に父・牛魔王が討伐された際に封印されるが、何者か 玉面公主 に封印を解かれて覚醒。 そのため、見た目は青年だが、実際は500歳以上と考えられる。 羅刹女の呪縛を解くため、義理の母親・玉面公主に不満を持ちながらも命令に従う。 魔天経文を手に入れるべく、三蔵一行と幾度となく交戦するが、彼らの「自分のために戦う」信念に影響を受けたこともあり、敵対しながらも関心を抱き、悟空からはライバル視されている。 アニメ版では共闘することも多い。 一時期、你健一に洗脳され、三蔵から経文を奪い取ることしか考えない非情な人物と化したこともあったが、悟空との戦いや、独角兕と八百鼡の言葉で正気を取り戻す。 な一面も見せるが気丈な性格の持ち主。 元々薬師であった両親を百眼魔王に殺され、本人もその美しい容貌故にその百眼魔王に献上されそうになったが、紅孩児に助けられ、以降彼に付き従うようになった。 根は心優しい女性なので、三蔵一行と敵対しつつも、特に自分に気遣いの言葉をかけてくれた八戒に対しては、完全に敵意を示せないでいる。 独角兕に対しては手厳しく、年下なのに姉のような一面も見せる。 アニメ版では、李厘のお目付け役として描かれることも多い。 武器は細身の槍と爆薬、毒薬を始めとする薬類多種。 豪快で男臭い性格で、紅孩児にもため口をきく兄貴的存在。 本名は 沙爾燕(さ じえん)。 悟浄の異母兄で純血の妖怪だが、母親とは違い悟浄との仲は非常に良く、当時の悟浄にとって、唯一心を許せる存在でもあった。 殺されそうになった悟浄を助けるため、己の手で母を殺害。 その後出奔し、各地を放浪していた時に紅孩児と出会い、以後忠誠を誓う。 紅孩児に弟・悟浄の姿を重ねている所があったが、今はひとつの家族として紅孩児たち仲間を何よりも大事に思っている。 悟浄とは互いの信念の許に戦いながらも、彼を気にかけてもおり、アニメ版では共闘も度々描かれた。 武器は柄の部分に目玉がついた大刀。 錫月杖の鎖を断ち切る程の切れ味を誇る。 一人称は「オイラ」。 外見はまだ少女だが、巨大な式神を1人で倒せる程の実力者。 三蔵一行に「女版悟空」とも称される程の食い気と単細胞な性格も持つ。 牛魔王の蘇生実験に欠かせない存在らしく、玉面公主から大事にされているが、そこに愛情は一切存在していないことに本人も気付いている。 紅孩児、八百鼡、独角兕の3人にとても懐いており、特に紅孩児には、時折からかいつつも大変慕っている。 そのため、三蔵一行には「お兄ちゃん達をいじめるから敵」程度の認識しか持っていない。 アニメ版では、原作以上に三蔵一行と絡むことが多いが、彼ら(特に三蔵)からは鬱陶しがられている。 紅孩児の実母である羅刹女に、自分の実母・玉面公主にはないものを感じ取っている。 武器は持たず、素手での肉弾戦を得意とする。 幻想魔伝第42話では、八戒の術のように飛び道具を使う場面も見られた。 你健一(ニィ ジェンイー) 声:(RELOADでは冒頭ナレーションも担当) 牛魔王蘇生実験に携わる科学者。 生命工学の第一人者とも謳われるが、得体の知れない部分が多く、紅孩児や独角兕からは警戒されている。 吠登城では唯一の人間。 人を馬鹿にした口調とウサギのぬいぐるみをよく持ち歩いていることが特徴。 メカいじりが趣味で、三蔵一行の妨害にも你のメカが使われている。 玉面公主と愛人関係にある。 その正体は三蔵法師の一人にして、カミサマの師でもある 烏哭(うこく)三蔵法師。 経文はウサギのぬいぐるみに隠している。 どのような意図で蘇生実験に荷担しているのか、本当の目的は何なのか、その真相は未だ判明していない。 「」も参照。 アニメ版では原作以上に愉快犯として描かれ、様々な人間や妖怪相手に実験を行った。 黄博士(ホワン はかせ) 声: 牛魔王蘇生実験に関わる女性科学者。 生真面目な性格で、マイペースで掴み所の無い你健一とは馬が合わない様子。 你健一にからかわれることもしばしば。 你健一の台詞から、玉面公主に対する同性的恋愛感情が察せられる。 作中に出たのは姓のみで、名は不明。 玉面公主との一枚絵にて、妖怪であることが判明した。 王老師(ワン ろうし) 声: 牛魔王蘇生実験にたずさわる科学者。 スキンヘッドの老妖怪。 黄博士と同じく名は不明。 你健一とはよくチェスで勝負している。 紅孩児の義母であり、李厘の実母である。 強欲かつ非情な考えの持ち主で、実子の李厘さえも蘇生実験に必要な道具としか見ていないが、最初からそのような性格だった訳ではないらしい。 かつては三蔵の持つ経文の力により牛魔王を蘇生させようと企んでおり、多くの妖怪たちを三蔵一行にけしかけた。 その後、ヘイゼルの異教の力にターゲットを変更している。 (らせつにょ) 牛魔王の正妻で、紅孩児の実母。 500年前、紅孩児共々封じ込められた。 玉面公主が紅孩児を解放した後も、彼女は引き続き封印されたままである。 正妻の地位にある故に、玉面公主からかなり妬まれていた。 優しく聡明であったらしいが、実年齢・実際の性格等は、未だ封印されているため不明。 息子とお揃いのピアスをしている。 封印される前、玉面公主と懇意にしていたらしい。 雀呂(ざくろ) 声: 三蔵一行の前に突如現れた妖怪。 独特の大袈裟な言動 ゆえに、悟浄からは「劇団ひとり」と呼ばれる。 小説「紅楼天戯」にも登場している。 幻術を得意とし、目を合わせた者に幻覚を見せ、精神的なダメージを与える。 初登場の際は三蔵一行を幻術にかけ、苦しめた。 アニメ版ではヘイゼルらと手を組むなど、あくまでも「悪役」だったが、原作では悟空とは偶然にも仲良くなった上、八戒の計算された発言によって三蔵一行に寝返ったことにされる、どこか憎めない男である。 一応寝返った情報は紅孩児側にも伝わってはいるが、大して重要視はされていない様子。 観世音菩薩の命を受け、玄奘三蔵に牛魔王蘇生実験の阻止を命じた。 南部の山頂に建立されている斜陽殿(天上界と地上を唯一結ぶ聖域)で、最高僧・三蔵法師のみ拝謁できる。 玄奘三蔵が長安に来てからは、妖怪に奪われた「聖天経文」の行方を調べるのと引き換えに、様々な雑事を「任務」として与えるようになった。 なお、三蔵が所持するゴールドカードは三仏神が与えたもので三仏神名義である。 彼が赤子の頃、に捨てられていたところを拾い、金山寺で育てる。 玄奘三蔵の本名である「江流」の名付け親でもある。 容姿は端麗・童顔で、常に微笑みを絶やさない。 隠れて煙草を吸い、皆が寝静まった夜更けに酒を飲むなど、僧侶として型破りな面も併せ持つ。 長い黄金色の髪 を持ち、かつてはポニーテールに、後には三つ編みにしている。 少々とぼけた掴み所のない性格だが、その内には人を見極める確かな力と厳しさを秘めている。 当時史上最年少の若さで 「聖天経文」を継承・三蔵法師になり、後に空位となった『魔天経文』の守り人の地位も継承、「天地開元経文」のうち2つの守護者となった。 当時12歳の江流に法名を与えた夜に妖怪の襲撃に遭い、彼と『魔天経文』を守って死亡(48歳)。 烏哭(うこく) 声:、(修行僧時代) 誕生日:8月24日 「天地開元経文」のうち、「無天経文」を所持する三蔵法師。 牛魔王一味に与する你健一と同一人物で、妖怪側に寝返った悪党。 修行僧時代は健邑(けんゆう)と名乗る。 あらゆる分野の知識に精通し、17歳で博士号を取得した天才。 大抵のことを簡単にこなせてしまうため、「最も難しいこと」である三蔵法師になることを目指して剛内三蔵の下に弟子入りする。 師である剛内にその冷酷・悪心を見抜かれており、継承者候補から外されていたが、選考試験中に乱入し僧たちもろとも剛内を殺害した。 師の提示した条件である「剛内を打倒し殺害する」ことを満たしたため、当時史上最年少の三蔵法師となる。 継承に立ち会った光明三蔵が「烏哭」という法名を付けるが、選ばれし者の証・チャクラは額に現れず、異例の「チャクラを持たない三蔵法師」となった。 光明三蔵には一目置いていて、三蔵法師となった後の約一年間、共に旅をしたらしい。 かつて、光明三蔵に「いつか自分を喰ってくれる相手を探している」と言っていた。 鳥哭の髪型のモデルは俳優のであることを、作者が公式サイトの日記で明らかにした。 戦闘技能は高く、修行僧時代でも呪文なしで術を行使、一撃で師の命を奪う程。 現在も三蔵一行とヘイゼルを相手にしてなお、全員を圧倒する実力を誇る。 手にする「無天経文」は、万物のあらゆるものを無に帰し、それが存在した事実すらも消滅させる。 悟空を陰から襲撃したり、三蔵を消そうとするなど度々暗躍。 直接対決では圧倒。 ガトの銃を手にした三蔵の攻撃を受けながらも、こめかみへの致命傷を避けたが、目元を撃たれたことで盲目となる。 剛内(ごうだい) 声: 光明三蔵とは古い付き合いで、烏哭三蔵の師。 禅奥寺で弟子とともに生活していた。 「天地開元経文」のうち「無天経文」の元所有者。 死期を悟り、光明三蔵立会いの元、後継者を決めるために自ら選出した弟子達と戦ったが、選出していないのに試験場に現れた健邑に敗れ死去。 剛内は健邑が三蔵になることを予感しており、光明三蔵に後事を託す。 なお、『最遊記』作品に登場する三蔵法師の中では唯一、まともな思想と感性を持っている。 紗烙(しゃらく) 声: 正式な法名は「第二十八代羅漢紗烙三蔵法師」。 『最遊記』では初めて登場する 女性の三蔵法師。 恒天経文の守護者。 『BLAST』第4話にて、西域に入ったと思われる頃に高山の寺院で出会う。 顔と肩に大きな傷痕がある。 天恢(てんかい) 妖怪の三蔵法師。 光明、剛内とは同門にあたる。 物語開始時にはすでに故人であり、守護していた魔天経文を光明に託している。 人間 [ ] 待覚 大僧正(じかく だいそうじょう) 声: 慶雲院の大僧正で、院を取り仕切っていた人物。 光明三蔵、剛内三蔵の師範代であり、自身も高位の僧でありながら、人目につかない夜中に煙草を吸う型破りな面を持つ。 玄奘三蔵に喫煙を教えた人物で、三蔵法師という立場と魔天経文の重圧で眠れずにいた彼に、からかいながらも重要な示唆を与える。 その後、玄奘を追う者たちに慶雲院が襲撃された際、自らを玄奘三蔵法師と偽って迎撃、妖怪を道連れに死亡した。 その死は玄奘が本来の姿を取り戻すきっかけとなり、これ以後、彼は正装するようになり、慶雲院の一切を取り仕切るようになった。 花喃(カナン) 声: 現在は故人。 八戒が「猪悟能」であった頃の恋人であり、双子の実姉でもある。 優しく聡明な女性で、悟能と幸せな生活を送っていた。 しかし、悟能が塾で働いている間、村人たちの手で百眼魔王に差し出されて、陵辱されてしまい、その子供を身篭り、最期には恋人・悟能の目前で自害するという末路を辿る。 彼女の自害は悟能が八戒になった後もトラウマになったが、最期まで悟能を愛し続け、強い意志を持っていた女性である。 花喃が死を選んだ原因は、ただ単に妖怪の子を身篭った事への絶望だけでなく、ある種の執念または「女の情念」と呼べるものも含まれていた。 原作者は花喃を「執念の聖母」と評した。 アニメ版で八戒は清一色との戦いの際に「喪われたのは1人の女ともう1つの命」と発言。 八戒は花喃だけでなく自分の子ではないとはいえ、赤ん坊の命まで喪ったことにも責任を感じていた。 百眼魔王の城は悟能が襲撃した跡に何者かによって放火され無くなっており、「せめて亡骸だけでも」という八戒の願いはかなわなかった。 実は料理が大の苦手。 作者はインタビューで「実は酒や博打が強い八戒に対し、花喃は八戒よりさらに強いという『花喃最強説』がスタッフの間で流れた事がある」と語っている。 アニメ版では、砂漠の町で妖怪への生贄にされようとした花喃に瓜二つの姿を持つ、萌花(ホウファ)という女性が登場する。 金山寺では、札使いの朱泱として師範代の地位にあった。 金山寺の多くの僧侶が江流を畏れた中、唯一の友となった人物。 人に物を与えたりしなかった江流が彼に数珠を譲ったことから、その信頼ぶりが窺える。 光明三蔵が死に、玄奘三蔵が寺を出た後、寺を襲ってきた妖怪を滅するために禁断の呪符「阿羅琊の呪」を自らに使用。 その結果、自己の渇きを満たすために、善悪問わず全ての妖怪を滅する「六道」となった。 その後金山寺を抜けだし旅の中で三蔵一行と遭遇、戦闘中に覚醒した悟空により左肩を食いちぎられる。 一連の戦いの中で、かつて三蔵から与えられた数珠が壊れ、三蔵と交戦中に呪符の呪いが体を侵食、自我を失い暴走し始めた。 最後は、自我が消滅する前にそう望んだとおり、三蔵に撃ち殺される。 カミサマ 声:、(少年期) 自らを「カミサマ」と名乗る青年。 本名不明。 顔の半分に火傷の跡がある。 額にチャクラを持ち一見三蔵法師のようだが、経文は受け継いでいなかった。 元々は身売りをしていた貧しい少年だった。 その頃に烏哭三蔵法師と出会い、彼の弟子となる。 少年時代の三蔵とも会ったことがある。 子供がそのまま大人になったような人物だが、強力な法力を操り、金閣に集めさせた人間の魂をぬいぐるみに封じ込め、自らの兵として操る力も持つ。 だが、烏哭から経文は与えられなかった。 三蔵一行との戦いでは彼らを軽くあしらい、魔天経文を奪い取るが、再戦時には、八戒が提案した連携プレーの前に敗れる。 崩れ落ちる自らの城の中で、師である烏哭に「神様はいるのか?」と問い、彼が「いないんじゃないかな」と答えたことに満足して最期を迎えた。 妖怪 [ ] 悟浄の母 声: 悟浄の養母。 名前は不明で顔もはっきりとは描かれていない。 幼い頃に両親を亡くした悟浄を引き取るが、「禁忌の子」や「愛人の子」であることが許せず、泣きながら虐待していた。 ついには、悟浄を殺そうとするが、もう一人の息子の爾燕の手で自身が殺されてしまう。 彼女の死は悟浄と爾燕の別れとトラウマにも繋がった。 死後、悟浄の回想や敵の幻術などで登場し、彼を惑わしている(特に『幻想魔伝』で苦しめられている)。 八戒を改名前の猪悟能の名で呼ぶ。 占い師を標榜し、三蔵一行に近付いた。 名の由来はので、作中でもそれを指摘された。 麻雀牌を媒体にして、対象の物体を式神として操ることができる。 他、大量のムカデを出現させたり、目を合わせた相手を操ったりもする。 痛覚を持たず、腕をもがれても平然と動ける。 百眼魔王の城で、八戒の繰り広げた殺戮や恋人との結末の全てを見ており、彼が妖怪化したのも、清一色が自らの血を浴びせたためである。 その直後八戒に殺されたが、死ぬ間際に自らの体に麻雀牌を埋め込み、自らを式神化することで仮初の命を得、以後も行動出来るようにした。 復讐ではなく「八戒が壊れていく姿を見たい」(アニメ版では復讐心もあった)という理由から八戒を精神的に苦しめていくが、最期は八戒に核である麻雀牌を握り潰されて消滅する。 なお、戦闘終了後の八戒は「清一色は僕の影だったのかもしれない」と述べている。 親が暴走し、孤児となって行くあてもなく彷徨っていたところをカミサマに拾われた。 そのため彼には絶対的な信頼を寄せているが、それを逆手に取られ利用される。 生き物の魂を取り込む不思議な瓢箪を持ち、「悪人退治」と称して付近の村で評判の悪い人間の魂を、次々と瓢箪に封じ込めていた。 悟空、八戒の魂を瓢箪内に封じ込めるが、悟浄によって瓢箪を破壊された。 その後、利用されていた事実を八戒によって知らされたが、直後にカミサマに用済みとばかりに殺された。 亡骸は弟と共に三蔵たちの手で埋葬された。 暴走した両親(妖怪)と離れさまよっていたところを、兄弟共々、カミサマに拾われた。 最初は慕っていたものの、徐々に彼を不気味に思うようになり、城から逃げ出そうとしたが、叶わず瓢箪に魂を封じられる。 その後、金閣は、式神として召喚した化け物を銀閣だと思い込まされ、手駒とされていた。 瓢箪内のに封じ込められた悟空、八戒に兄を救ってくれるように頼む。 既に魂が戻るべき身体は白骨化し、地下に打ち捨てられていた故、瓢箪破壊後も魂が肉体に戻ることはなかった。 耶雲(ヤクモ) 声: 雪山で三蔵一行が出会った若い妖怪。 異変の影響を受けておらず、雪山で孤児たちと共に暮らしていた。 初対面の三蔵たちを手厚くもてなす。 面倒見が良く子供たちから慕われていたが、裏では異変の影響で暴走した子供を自らが殺すという矛盾を抱えていた。 しかし暴走して出奔した一人の子供を追ううちに、隠れ家で待っていた子供たちが村人達に皆殺しにされ、それをきっかけに自らも暴走。 三蔵たちによって討たれた。 その後、一行の手で子供たちと共に雪原に葬られた。 妖怪の少女 『RELOAD』7巻、8巻で登場。 名前は不明。 妖怪だけが暮らす村に住む悟空と同じ年くらいの三つ編みの少女。 砂漠で遭難している悟空、悟浄、八戒を救出したことで知り合った。 紅孩児の大ファン。 気が強く愛想がないが仲間想いで世話好きな性格で、家族は兄だけらしい。 自らの村を狙う人間たちに対抗する、レジスタンスの一人として活動していた。 悟空に好意を抱き、また悟空自身も彼女に好意を抱いていたが、兄の銃殺を皮切りとした妖怪と人間の戦争が始まった際には「家族も村も、大事なものを全て奪われて黙っていることなんかできない」と戦って死ぬことを望んだ。 止めようとした悟空を振り切り、村の仲間達と共に爆薬を積んだ馬車で特攻をかけて死亡する。 別れ際に悟空にキスをしている。 異大陸出身者 [ ] ヘイゼル=グロース 声: 異国からやって来た司教。 京言葉を喋る。 一人称は「うち」。 幼い頃、烏哭三蔵法師がヘイゼルの家にホームスティしていたらしい。 物腰は穏やかだがかなりの自信家であり、人の神経を逆撫でする言動が多い。 八戒との仲は険悪。 カード勝負は何故かいつも勝負がつかない。 妖怪のことを「モンスター」と呼ぶ。 幼い頃に師であるフィルバートをモンスターに殺されて以来、モンスターを憎み、根絶やしにするために旅をしている。 しかしフィルバートを殺害したのは、ヘイゼルの中に眠る妖怪ヴラハルだった。 心の弱みを突かれ身体を乗っ取られかけるが、三蔵、八戒の助けもあり自力でヴラハルを抑え込み、三蔵一行と協力して翼を駆使し烏哭に立ち向かう。 しかし力及ばずに叩きのめされ、隙を突いて奇襲を行うも経文の力により翼を消されて崖から落下し、行方不明となる。 後に、どこかの村の村人に助けられて生存していた事が判明したが、ヘイゼル自身は記憶を失っていた。 死者の魂を抜き取り、別の死者にその魂を入れて蘇らせるという、特殊な蘇生術を持つ。 蘇生術には、胸元に下げるペンダントの13の穴にストックした魂を使用。 蘇生された人間は、外見は瞳が黄色になる程度だが、食事や睡眠を摂らなくても生きられるらしい。 またヘイゼルの号令により、妖怪を滅することだけを目的とする兵隊にもなりうる。 普段はガトに戦闘を任せているが、自身も体術は得意で足も速い。 でもあるため、妖怪を滅することも可能だが、それでは蘇生術に使う魂が得られなくなるため、ペンダントを失うまでその類の技は使わなかった。 アニメ版では原作より温和になっており、你健一との面識もなく、彼を敵視。 紅孩児一行とも交戦した。 幼い頃、妖怪退治で自らもモンスターと化するも、ガトにより撃ち殺されるが、ガトが自分の魂でヘイゼルを蘇らせ、自分がガトを殺したと記憶を変えられていた。 その為、ガトの死によって再びモンスター化し、毒を用いて悟空たちを苦しめ、変化する際には、多大な妖力を必要としたため、ガトを含む蘇生された人間の魂が全てペンダントに戻った。 最終的には自ら死ぬことを望み、三蔵の銃で最期を迎える。 ヴラハル ヘイゼルの中に眠っていた妖怪としての人格。 大阪弁を喋り、殺戮を好む残忍な性格の持ち主。 フィルバートを殺した張本人である。 悪魔のような黒い翼をもち、気孔波や強力な真空波を自在に操る。 ヘイゼルの身体を乗っ取ろうとしたが、精神内での死闘の末抑え込まれる。 ガティ=ネネホーク 声: 通称 ガト。 ヘイゼルと行動を共にしている、風の大男。 その命は既に失われているが、ヘイゼルの蘇生術によって今なお生き続けている。 そのため、空腹や痛み等は感じない。 また、何度でも蘇生できるため、無謀な攻撃をしたり、身を盾にしてヘイゼルを守る。 ただし、ある出来事の中でヘイゼルのペンダントを握り潰した後は、蘇生を前提とした従前の戦法を咎められるようになった。 寡黙で無表情だが、心根の非常に優しい性格。 元々は自然崇拝思想を持ったトカチャ族の猟銃使いの青年だったが、共存していた妖怪を襲ったヘイゼルと敵対し、ヘイゼルから妖怪を庇って死亡。 直後ヘイゼルの手により蘇生するが、自然の法則を捻じ曲げたとして一族を追放され、ヘイゼルの従者となったという経緯を持つ。 武器は二丁の拳銃。 体術にも優れていて、悟空に「ムキムキ」と言われる程筋肉質で屈強な体格を持つ。 烏哭との戦いで無天経文からヘイゼルを守る盾となり、下半身を消される。 ヘイゼルが自分から解放されることを望みながら崩れ落ち、その生涯を終えた。 アニメ版では、元々「精霊」を崇め生きる分以上の殺生はしない一族の元で暮らしていたが、異大陸の人間の銃撃で死ぬ。 が、精霊の力により生き返り、力を得た。 拳銃はこの時に入手。 その後、精霊によりヘイゼルの所へ行き、次々と妖怪を殺戮するヘイゼルを殺そうとしヘイゼルがモンスター化するも撃ち殺す。 が、自分の魂を引き換えにヘイゼルを生き返らせ、自分が襲ってきて返り討ちに遭う嘘の記憶をヘイゼルに吹き込み死亡。 その後、蘇生術で再び生き返らされ僕となった。 最後は魂のストックがなくなり自分が死んだ後モンスター化したヘイゼルを止めることを三蔵一行に託しヘイゼルに「お前といた時間は楽しかった」と言い残し笑顔で死んでいった フィルバート=グロース 声: ヘイゼルの養父にして高名な退魔師。 ヘイゼルのことを誰よりも気にかけ、それ故彼が自分の跡を継ぐことに反対していた。 かつて烏哭に妖怪にやられかけていたところを助けられたこともある。 ヘイゼルがまだ幼い頃に妖怪に殺された。 天界 [ ] 悟空(ごくう) 声:保志総一朗 東勝神州傲来国にある花果山山頂の仙岩卵から生まれた。 大地が生んだ生命体で、妖怪とも人間ともつかぬ異端の存在。 凶事の象徴とされる金晴眼を持つ為、下界から天界へと連れて来られた。 天界は殺生事が御法度な為処分を免れ、金蟬童子の元に預けられる。 天界に連れてこられた際にひとつ20kgほどもある枷を両手足につけられたが、本人には邪魔だ位の認識しかなく驚くほど身軽である。 野山で育った為粗野な部分も目立ち「野猿」と称されるも、子供らしい純粋な心と真直ぐな言葉に、周囲の大人達は魅せられてゆく。 しかしその小さな身体に秘められた「斉天大聖」の力と残虐性は絶大な物である。 生まれて最初に見た月を太陽だと思っているため、悟空の言う「太陽」とは月の事である。 金蝉の金色の髪のことも「太陽」と呼ぶ。 『最遊記』の時より幼い姿である。 またこのころから食に人一倍興味があった。 金蟬童子(こんぜんどうじ) 声:関俊彦 観世音菩薩の甥。 長く細い金糸の髪に、睫毛の長い垂れ目。 その容貌は、どこかに似ている。 天界人としての地位は高いが、その仕事は主に書類に目を通す事ばかりで、退屈に心を病んでいた。 典型的なおぼっちゃまで苦労知らず、内弁慶で態度も大きいが体力も根気もない。 世間知らずなだけに根は純粋だが、言葉遣いが悪いのは観世音菩薩の影響とされる。 悟空と出会い、天蓬や捲簾からも影響を受けて、大切な物を守るべく今までの自分を打破し、強大な力に立ち向かう決意を抱く。 悟空のことを非常に大切に思っており、「太陽」は悟空のほうだと述べた。 悟空たちが謀反の罪を着せられ天界を追われた時は、最期まで悟空と共にいた。 李塔天の最後の抵抗で次空ゲートに挟まれ、最期は圧し潰され消滅した。 悟空の名付け親である。 判を角度も写りもキレイに押すことが趣味。 捲簾(けんれん) 声:平田広明 天界西方軍大将。 黒髪の短髪に三白眼、皮肉めいた口調、大きな子供のような笑顔。 その面差しはどこかに似ている。 酒と花と女を愛でる無頼者。 名うての武将で、元は東方軍の大将だったが、上官の妻を寝取った事で西方軍に左遷され、天蓬元帥の部下となる。 子供や部下にとっては良き兄貴的存在だが、上層部からは煙たがられている。 高所恐怖症であり、木登りも下りられる範囲でなければ登れない。 天蓬の夫役と黙認されるほど、戦場に立つ際は勿論、プライベートでも親友として行動を共にすることが多い。 天界の事勿れ主義な方針に疑問を抱いている。 趣味は釣りで、水面を挟んだ見えない敵とのバトルを楽しんで酒の肴にする。 煙草は入手が難しい為、その銘柄はマチマチらしい。 悟空たちが謀反の罪を着せられ天界を追われた時は、「ナタク」たちの囮となって悟空たちを逃がした。 「ナタク」らや敖潤を相手に激戦を繰り広げたが力尽き、敖潤に全てを託して最後の「ナタク」に喰われ死亡した。 アニメでは赤い髪になっていた(RELOAD BLASTでは原作同様黒髪)。 天蓬(てんぽう) 声:石田彰 天界西方軍元帥。 放っておいたら伸びたようなセミロングの黒髪と、度のキツい眼鏡。 優しさと厳しさを秘めた整った顔立ち。 その風貌はどこかに似ている。 階級は捲簾より上だが、軍を率いるときは副官を務めている。 金蟬童子の友人で古い付き合い。 読書マニアで、自分の書庫を持ち、学書から俗書まで揃えている。 しかし、一度読み始めると本の世界に入り込んでしまうため、部屋はいつも本に埋もれている。 捲簾から、「物置」と言われてしまうほどの有様。 また下界の物が大好きで、造型美だと言ってはわけの判らない物を執務室に収集している。 飄々とした掴み所のない性格で、常にマイペース。 自分の事にすら全く構う気がなく、ヨレヨレの白衣とフケまみれの髪で端正な顔立ちも台無し。 更には便所サンダルを常に履いている。 果てには上官に会う際は、ネクタイさえしておけば問題ないと思っている。 変人として有名だが、戦場に立った時の冷静沈着な洞察力と戦闘能力は別人のようで、上司である竜王には優秀な軍人として一目置かれている。 捲簾が解任されそうになった時は、抗議し相手を殴り倒したこともある直情派でもある。 悟空たちが謀反の罪を着せられ天界を追われた時は、悟空と金蟬を逃がし、回廊にて天界軍の前に立ちはだかる。 多くの天界軍を一人で殺害したが力尽き、最期は抄雨と刺し違え死亡した。 はっきりとした明記はされていないが、の前世の姿。 天界には人間と見た目が変わらない者が多い中、人型ながらも白い鱗の肌、角など普通の天界人とはかけ離れた容姿を持つ。 闘神一族出のエリート軍人。 、、らとともに竜王四兄弟と呼ばれている。 金蝉達が逃走する際に人質とされたが、彼らといる内に少しだけ感化された。 その後研究室で捲簾と一戦交えたが「ナタク」の奇襲を受け片目を失う。 捲簾が身を張ってかばい飼育室を抜け出すが、落下の衝撃で下半身と頸椎を損傷、及び内臓破裂の重体となるも一命を取り留める。 その後李塔天の罪を告発し、悟空たちの軌跡を綴った。 (なたく) 声: 天界で唯一殺生が許される闘神太子「 」。 李塔天の息子で500年前の悟空の友達。 生来はやんちゃで明るい性格で、眠りこけていた天帝の顔に落書きするなど子どもらしい一面を持っており、悟空ともすぐに仲良くなった。 しかし、父・李塔天に対して、恐怖に似た忠誠心を持って従っている。 地上で牛魔王が暴走した際には、討伐しその一族を天竺国・吠登城に封印した。 その生まれは母の腹からではなく、李塔天により「造成」されたもの。 彼が天界において実権を握るために創り出された。 「悟空を殺せ」という父の絶対的な命令と、悟空に対する友情との間に葛藤した結果、悟空の目の前で自害してしまう。 現代では意識がなく、椅子に座ったまま動かない状態になっている。 なお本作では版のと同じ読み方をとっているが、本来は「 吒」に「たく」という読み方は無い。 ドレッドヘアと髭面がトレードマーク。 天界での地位はさほど高くはなかったが、息子の哪吒が闘神太子になったのを機にその立場を利用し、のし上がっていった人物。 その真の目的は天帝の座を奪い取り、天界を支配することにあった。 悟空が哪吒に代わって闘神となることを恐れ、彼を使い悟空や金蝉達を殺そうとしたが失敗。 覚醒した斉天大聖により右目を抉られた。 敖潤が捕まった後、天界西方軍の指揮を執る。 次空ゲートに辿り着いた悟空たちを追い詰めるが、暴走した「ナタク」が起こした落盤の下敷きになる。 金蝉に右腕を切り落とされたが、最後の力を振り絞ってゲートを閉じることで金蟬を殺害し、死亡した。 天界を司るの一柱で、慈愛と慈悲の象徴。。 化身は鶴。 言葉遣いが悪く、周りを気にせず言いたいことを言う的性格。 原作の衣服は露出度が高く、上半身が透けている。 斉天大聖と化した悟空を軽くあしらえる実力を持つが、普段は飄々としており、強い素振りは一切見せない。 悟空の500年前の姿を知り、悟空の妖力制御装置をつけた張本人でもある。 趣味はあるようだが、二郎神曰く「子供に言えないような趣味」らしい。 恵岸行者が連れてきた子供(悟空)の世話を金蝉に一任した。 反乱が収束した後、頑なにゲートの前から動こうとしなかった悟空に金蟬らの分まで生きるよう諭し、彼の名前以外の記憶を消した。 また、現代では天界から三蔵一行の動向を、楽しみながらも温かく見守る。 三蔵が重傷を負い悟空が暴走した際には、下界へ自ら助けに降りた。 豊かな髭が特徴。 観世音菩薩の退屈しのぎに将棋を指すこともある。 趣味は。 (てんてい) (RELOAD BLAST) 天界の頂点に立つ絶対的な存在。 だが、それは表向きであり、実際は天界上層部内での軍の台頭や哪吒を擁する李塔天により進言されたことの最終決定権をするだけに留まる。 多くは、「天帝」「御前」と呼ぶが、観世音菩薩や哪吒などからは「じじい」と呼ばれる。 李塔天の仲間である抄雨により殺害された。 円雷(えんらい) 天界軍第二小隊隊長。 元々は第一小隊隊長だったが、天蓬とそりが合わないため自ら第二小隊へと移籍した。 下界へのゲートに続く道で金蝉たちを待ち受けるが、第一小隊の不意打ちにあい失敗、最期は天蓬に斬り殺された。 抄雨(しょうう) 天界軍大将にして第四部隊隊長。 李塔天の仲間。 天帝を殺害し、その罪をすべて金蝉たちに着せようと企む。 次空ゲートへの道を阻むが、天蓬と刺し違え死亡した。 賀猛(がもう) 天界軍元帥。 李塔天の仲間。 地下で「ナタク」になりそこなった化け物たちの管理をしていた。 「ナタク」たちに金蝉たちを襲うよう差し向ける。 捲簾との戦いの中で「ナタク」の攻撃に押し潰され死亡。 大霜寺 [ ] 象凌 ぞうりょう 一ノ班の体術師範代の男。 一ノ班 [ ] 峯明 ほうめい 声:(ドラマCD) 一部の人物から「ほーさん」と呼ばれている。 別名「減点僧」。 真言などの予備動作を抜きに強力な法術を操ることが可能なほどの法力を持つ。 後の光明三蔵である。 桃醍 とうだい 声:(ドラマCD) 2メートルを超える筋骨隆々で黒い長髪の男。 一部の人物から、「モモちゃん」と呼ばれている。 結婚を目前とした矢先に恋人が死去し、仏内に入る。 後の剛内三蔵。 玄灰 げんかい 声:(ドラマCD) 辮髪の妖怪の男。 先見の力を持ち、手に触れた者の未来を読み取る事が出来る。 先見の力を発動する際には、眼の光が無くなり、自らの感情に蓋を閉めた状態となる。 幼少の頃に、両親に商売道具として扱われてきたが、親の死後、寺に引き取られる。 成長が止まっており、峯明や桃醍よりも年上。 後の天恢三蔵で、代々妖怪が守護することが通例である魔天経文を守っていた。 道卓 どうたく 声:(ドラマCD) 三白眼で強面な男。 一部の人物から、「アゴタク」と呼ばれている。 一ノ班で唯一、頼れるアニキ的なサバサバした性格をしている。 幼少の頃に、親の為にと自ら身売りされ、禅寺の下働きを獲て僧となる。 外見とは裏腹に、学力も体術も人並みを軽く上回っており、教官らからの信頼も厚い。 青藍 せいらん 声:(ドラマCD) 常に冷静で、身体能力が高い優等生キャラ。 一部の人物から、「せーさん」と呼ばれている。 犬や猫を含む牙をもつ動物が大の苦手で、脂汗が止まらなくなる。 蝶庵 じょうあん 声:(ドラマCD) おかっぱの男。 一部の人物から、「お蝶さん」と呼ばれている。 体力は低いが、峯明に次ぐ法術の使い手。 班内では最も華奢な体格。 右胸付近に薔薇のタトゥーを入れている。 幼少の頃に、村を救った三蔵法師を美しいと思ったのをきっかけに、三蔵法師を目指している。 丸福 がんぷく 声:(ドラマCD) 陽気で調子の良いムードメーカー。 本名はマルコム=チチェスター。 根っからの商人気質で、お金が第一。 普段はバンダナを撒いていて見えないが、銀髪である。 一部の人物から、「マル」「ガンちゃん」と呼ばれている。 太っているが、筋肉質な相撲体形。 西の大陸生まれの両親を持ち、異国人である事から幼少の頃に差別を受けてきた。 宗迅 そうじん 声:(ドラマCD) 一部の人物から、「オッサン」「カーネル」と呼ばれている。 陸善 りゅうぜん 声:(ドラマCD) 一部の人物から、「メガネ」と呼ばれている。 抄雲 しょううん 声:(ドラマCD) 一部の人物から、「しょーちゃん」と呼ばれている。 義兆 ぎちょう 声:(ドラマCD) 一部の人物から、「ぎっちょん」と呼ばれている。 勢力不明 [ ] (さいたいさい) 声: 『RELOAD』第1話・第5話のラストに登場(アニメには登場せず)。 サングラスを掛けて煙管を吸っている年齢不詳の人物で、耳の形状こそ妖怪だが今のところ正体不明。 同人誌『最遊記OFFROAD』(峰倉かずや責任編集、一迅社発行)に収録されている峰倉の短編漫画『最遊記オフロード』でも悟空の夢枕に姿を見せる形で登場している。 後に『BLAST』第2話で再登場。 タルチエ 声: 桃源郷西域で三蔵一行を待ち受けていた、賽太歳と行動を共にする妖怪の紋様を持つ少女。 三蔵が扱う魔天経文のかつての守護者・天恢三蔵法師とは双子の関係にあたる。 彼と同じ先見の力を持つで、三蔵一行に不吉な預言を授ける。 アニメオリジナル [ ] 最遊記 OVA版 [ ] 焔推(えんすい) 声: OVA版『最遊記』に登場。 ジープに時限爆弾を埋め込んだ妖怪。 幻想魔伝 最遊記 [ ] 焔、是音、紫鴛の3人は『幻想魔伝 最遊記』に登場したアニメオリジナルキャラクターである。 アニメ版で3人を演じた声優陣はテレビシリーズ第1期終了後に制作された劇場版に友情出演している。 焔(ほむら) 声: 天界の闘神太子でナタクの後任。 天界人と人間のハーフで、妖怪とのハーフと同じく禁忌の子である。 右目は孫悟空と同じ金晴眼。 に仕える身だが反旗を翻し、この世に新たなる世界を築こうと企む。 三蔵一行の前世を知る者である故、彼らを前世の名で呼ぶ。 武器は「聖龍刀」と呼ばれる長刀。 両手首に掛けられた手枷を外すと本来の力を発揮する。 はるか昔に「鈴麗(りんれい)」という天界人の恋人がいたが、天帝により引き裂かれ、それを機に天上界への復讐を決意する。 また人間の血を受け継いでいるので長くは生きられない体でもある。 新天地創造を目的とし聖天経文と三蔵の持つ魔天経文と新天地の鍵である悟空を狙う。 是音(ぜのん) 声: 焔と行動を共にする天界人。 右目を眼帯で隠している。 人間の妻と息子を妖怪に殺されたため、妖怪を憎んでいる。 武器は三蔵が使う「昇霊銃」を連射式にした「魔神銃(ましんがん)」。 紫鴛と常に行動を共にし、酒場ではいつも一番強い酒を注文する。 右目の眼帯を外すと本来の力を発揮する。 だがその力は長時間制御することが出来ない。 悟浄曰く「子供好き」。 紫鴛(しえん) 声: 是音同様、焔と行動を共にする細目の天界人。 無益な殺生を好まないが、己の邪魔をする者や攻撃してくる者には容赦ない。 武器は懐に入れて携帯している二本の光の鞭。 が好物。 頭部の髪紐を解くと本来の力を発揮する。 劇場版 幻想魔伝 最遊記 Requiem 選ばれざる者への鎮魂歌 [ ] 呉道雁(ご どうがん) 声:、(少年時代) 鵬魔王の館を掌握した仮面の男。 以前は金山寺で三蔵の世話係を務めており、悟空とも面識がある。 優秀な学僧だが、拾われ子という理由から以前の寺では、いじめを受けていた。 三蔵に認められたい一心で山籠もりで修行の日々を送り、金山寺に伝わる武術や式神の術を体得。 3年間の修行を終えて戻ってきたが、その時には、三蔵は悟空たちと共に西へ旅立った後だった。 このショックから、三蔵に相応しい従者は自分だけという歪んだ考えを抱くようになり、鵬魔王一族を惨殺し、彼らの血を浴びて、八戒同様に妖怪に転生した。 以前の容姿は三つ編みで、メガネをかけていて、弱々しい風貌だったが、鵬魔王一族襲撃時には、悟浄のような顔つきになっており、髪の色も悟浄と同じ禁忌の子である朋蘭の血で染めた。 三蔵が橙色の紙飛行機を作っていたことから、橙色の紙飛行機を核として、式神を作り出す。 朋蘭を使い、三蔵一行を誘き寄せた後、彼等の偽物を作り、錯乱させる。 決戦時は、金山寺の呪札の暴走で化(八戒曰く「ワイルド」)したり、胸部にが発生するようになるが、 朋蘭の捨て身の行動でブラックホールが止まった後、三蔵に撃たれて、最期を迎える。 朋蘭(ほうらん) 声: 鵬魔王の娘で妖怪の男性と人間の女性の間に産まれた禁忌の子の少女。 父を初めとした一族に愛されながら育ったが、道雁に一族を皆殺しにされてしまう。 自身も千人目の妖怪の血にされかけ、悟浄に似た男が身代わりとなったことで命拾いするが、自我を保ったまま、道雁の従者に変えられてしまう。 三蔵一行を誘き出す際には、髪の色を緑に、瞳の色を茶色に変えていたが、シャワー中の悟浄の暗殺を試みた際に禁忌の子であることを知られてしまう。 道雁に苦戦する三蔵一行を救うべく、自らの命と引き換えに道雁のブラックホールに飛び込み、内部から力を封じ、三蔵一行に勝機を与えた。 最遊人に登場 [ ] 天蚕三蔵法師(てんぞん さんぞうほうし) 光明以前の魔天経文の所持・守護者。 光明、剛内の修行仲間であり、3人がそれぞれ三蔵となった後も友人として親交を持った。 光明が若くして2つの経文を継承したとされることから早世したものと思われる。 なお、魔天経文は玄奘、光明以前は代々 妖怪の三蔵法師が継承し守護していたという記述があることから、天蚕は妖怪の中から選ばれた最後の三蔵法師と考えられる。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• ドラマCDで自分に懐く猫に動揺し「魔戒天浄」を放とうとした程苦手である• 混血児は総じて生殖能力が無いと、作中で你健一が指摘した• 義母がいつも自分を見て泣いていたのと、口説きたくなるからという理由。 悟空と違い元に戻れる保証がないと、三蔵に注意されている• 原作では右目は義眼なので左目のみ変化• 後に小説版で双子の姉と明かされた• 原作をベースとした小説版でも、「千の妖怪の血を浴びたから妖怪になるのではなく、妖怪を憎み、人より強い力を持つ妖怪を倒すための力を欲しいと願う思いが人間を妖怪に変える」という説が語られている。 ただし、『幻想魔伝』では、主人に妖怪の血を与え続けられ、実際に一行の前で妖怪に変貌したムカデが登場したエピソードが存在する• も見よう見まねでやってのけたほか、通信教育でも会得している• 例外的に、八戒が重症の際には三蔵や悟浄が運転したことがある• 独り言すらも大袈裟である• 一部のイラストでは銀髪、『最遊記』『幻想魔伝 最遊記』では薄栗色の髪• 烏哭・玄奘両三蔵法師の誕生で3番目となった• 『最遊記異聞』の冒頭では天恢だが、『最遊人』の光明の解説では天蚕と表記されている• 「千人の妖怪の血を浴びると妖怪になる」というのは伝説であるため、本当に彼が千人目であるかは不明。 アニメ版では穴は空いておらず、無制限にストック・蘇生出来る• 三蔵曰く「化け物みたいな威力だが撃った後腕が痺れる」。 『最遊人』の光明三蔵の解説では天蚕と表記されているが、『最遊記異聞』では天恢と呼ばれている 出典 [ ].

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夜尿症で悩んでいます。20代女性です。幼少期のおねしょはほと...

あらたまっ けん ゆう 幼少 期

夜尿症で悩んでいます。 20代女性です。 幼少期のおねしょはほとんど記憶にありませんが中学生になった頃から月に1回ほど失敗するようになりました。 高校卒業してからは頻度が減り、数ヶ月〜半年に1回ほどになってい ました。 ところが最近、数ヶ月前に久しぶりに失敗して以来頻度が増え、最近は月に数回レベルになってしまいました。 急に忙しくなった、大きく体調を崩した等の心当たりはありません。 失敗する時は必ずトイレをしている夢を見ます。 起きている時に我慢できず失禁することはありません。 オムツ等の利用も考えましたが、失敗した結果を目にすることでまたストレスを感じてなかなか改善しない気がしてなりません。 大人の夜尿症について調べてみましたがまず診察してくれる病院が少ない、医薬品 漢方以外 は副作用が強いものがある、抗うつ剤を用いることもある、ということでできれば自分で漢方で改善したいと考えています。 どの漢方を用いるのが適しているでしょうか。 補足寝る前少なくとも2時間は水分は摂らないようにし、寝る直前に必ずトイレに行くようにしています。 漢方というならば、以下のものになるでしょう。 黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう) 苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう) 白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう) 桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう) 病院に行って相談すれば、まあこれらか、これらに準ずる漢方を処方されると思います。 ご本人が漢方の種類を決めるのではないので、ここに書いてもあまり意味ないのですが。 こういう処置以外に、夜尿症、尿漏れについて、昼間は漏れないのなら、就寝時おむつを当てておけばいいのではないかと思います。 たかがと言っては軽率かもしれませんが、たぶん精神的なものも含まれた上での現象のように思うので、別に戦う必要はないのではないかと。 誰も見ていないので恥ずかしいことはない。 ちゃんとと大きな尿漏れパットをして、安心して入眠してください。 漢方よりこっちのほうが安あがりでナチュラル。 失敗という意識を捨てよう。

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