大いなる回帰。 【シャドバ】回帰する抱擁・ラティカ(大いなる回帰) アンリミテッド評価!

星野之宣

大いなる回帰

・ラウンド1 決まった対戦数のバトルを行い、その中での勝利数に応じて、次回ラウンドのグループ分けを行う。 グループは上位グループであるAグループと、下位グループであるBグループが存在する。 ・ラウンド2 決まった対戦数のバトルを行い、その中で規定の勝利数に達することで、決勝ラウンドに進むことができる。 規定の勝利数に達することができなかった場合は、敗退となる。 ・決勝ラウンド 決勝ラウンドは2回負けた時点、もしくは、Aグループの場合5回戦、Bグループの場合3回戦を終えた時点で終了する。 また、期間中1度のみ挑戦できる。 それ以降は、大会ごとの上限回数までクリスタルやルピ、グランプリチケットを消費することで挑戦可能となる。 ・決勝ラウンド 無料で挑戦することができる。 ・未受取の報酬がある状態で終了した場合、その報酬はギフトに付与される。 (付与されない場合、一度タイトル画面へ戻りしあらためてギフトを確認してほしい。 ) ・ランクマッチをプレイしているユーザーとマッチングすることがある。 ・グランプリのバトルで勝利すると1勝につき累積BPを「100」獲得できる。 ・決勝ラウンドで使用したデッキは、後日ゲーム上などで紹介される場合がある。 【報酬内容】 ・ラウンド1、2 1回挑戦するごとに、勝利数に応じて下記の中から選出された報酬を獲得できる。 ・決勝ラウンド 決勝ラウンド進出報酬に加え、勝利数に応じて追加報酬を獲得することができる。 2回負けた時点、もしくはAグループの場合5回戦、Bグループの場合3回戦を終えた時点での勝利数で報酬が決定する。 Aグループ決勝ラウンド進出報酬:大いなる回帰 エンブレム 、大いなる回帰 スリーブ Aグループ決勝ラウンド追加報酬 0勝:なし 1勝:森羅咆哮カードパックチケット 3枚 2勝:森羅咆哮カードパックチケット 3枚、オーブの欠片 1個 3勝:森羅咆哮カードパックチケット 3枚、オーブの欠片 2個 4勝:森羅咆哮カードパックチケット 3枚、オーブの欠片 3個 5勝:森羅咆哮カードパックチケット 3枚、プレミアムオーブ 1個、VEC アンリミテッド杯 優勝 称号.

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ニーチェの哲学を易しく解説!

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大いなる和の国、大和 僕たちの国は、かつて「大和(やまと)」とも呼ばれていました。 なぜ「大和」という漢字が当てられたかというのは諸説があるとは思います。 ただ、単純に読み取るとしたら「大いなる和」で「大和」という文字を当てたとも考えられます。 日本は和の国。 「和を以て貴しとなし、、、」 聖徳太子が制定した十七条の憲法の第一条にもこう書かれているのは有名なお話ですよね。 しかし、漢字が導入される前から「やまと」という言葉はありました。 これに関しても諸説あるとは思いますが、こんなお話もあります。 歴史研究家の井沢元彦さんの著書「学校では教えてくれない日本史の授業 天皇論」によると、 卑弥呼(ひみこ)で有名な「邪馬台国(やまたいこく)」の「邪馬台」は 当時(3世紀頃)の中国語の発音で聞くと「やまど」に近いものなのだそうです。 やまど=やまと 日本側が「やまとこく」と言ったのを、中国側が「やまどこく」と聞き取り、「邪馬台国」という漢字を当てた。 そして、それを日本側が「やまたいこく」と現在の読み方で読んでいたのではないか、ということですが、 確かにロジック(論理)が整っていて、納得と思ってしまいました。 ) 漢字が日本に伝わったのが5世紀頃ですので、その前から「やまと」という言葉があったことがここからも伺えます。 では、この「やまと」という言葉はもともとどんな意味があったのか? 「ホツマツタヱ」「ヲシテ文字」で紐解く「ヤマト」の意味とは? 「ホツマツタヱ」「ヲシテ文字」で解釈すると、そこに込められたもっと深遠な想いを知ることができます。 「ホツマツタヱ」によると、縄文人の宇宙観では、宇宙創成の様子はこうなっています。 縄文の人たちが感じ取った宇宙のエネルギーをそのまま形にしたのが「ヲシテ文字」です。 ) そのヲシテ文字で「やまと」を読み解いていくと、、、 「や」は、宇宙の創造神アメミヲヤをあがめて、 「ま」は、その宇宙の創造神アメミヲヤから生まれた五元素が地上に伝わっていき、 「と」は、「トの教え」を表していることがわかります。 「トの教え」とは、古代の天皇(アマカミ)が人々の為に尽くした精神(つくす、やわす)や政治のこと。 つまり、「やまと」とは古代の天皇(アマカミ)が宇宙の創造神アメミヲヤから生まれた宇宙の五元素を自らの身体に取り入れて、人々のために「トの教え」で国を治めたことだと読み取ることができます。 現在の日本では、実際の政治は政治家が行っていますが、 皇室では今でも祭祀が行われており、天皇陛下は元日の四方拝に始まり、 国民や国のために全身全霊で祈りを捧げてくれています。 「トの教え」の「つくす、やわす」を漢字に当てはめるとすると「尽くす、和す」になります。 宇宙の深遠なるエネルギーがアマカミ(天皇)の身体を通り、「トの教え」として降り注ぐ。 その「トの教え」が広がっていき、大きな和のようにつながっていく。 ヲシテ文字で「やまと」の深遠なる想いを知り、漢字の「大和」からも大いなる想いも知ることができます。 どちらが正しい、間違いではなく、両方ともこの日本で育まれてきたこと。 ホツマの基本精神である「トの教え」はつくす、やわすの心。 「ヲシテ文字」と「漢字」も対立する必要はなく、「ホツマツタヱ」と「古事記、日本書紀」も対立する必要もない。 この深遠なるヤマトの国で、大いなる大和の国で育まれてきたことをこれからの未来に活かしていく。 写真の作品はそんな想いから生まれたものです。 アメミヲヤから生まれた二つのア(天)とワ(地)の渦。 そこから生まれる五元素。 この五元素に囲まれている「勾玉」は「トの教え」の象徴です。 その勾玉を中心として、円状に波のようにその教えが大いなる和のように広がっていく。 富士山は「ホツマツタヱ」で、アマテルカミ(天照大神)が生まれた場所だとされています。 「深遠なるやまと、大いなる大和」 僕なりに感じ取った「やまと」と「大和」、、、五七調で綴りました。 ヲシテ文字は母音で宇宙の五元素を表し、子音でそのエネルギーの状態を表しています。 縄文人の宇宙観をそのまま形にしたこの文字は、シンプルで、どこか懐かしい! 作品を見て感じて頂くのもいいですし、実際に書いてみるとまた感じることも違います。 プチ!【ヲシテ文字を書く会】は来場された皆さまにお氣軽にヲシテ文字に触れて頂こうとワンコイン500縁で随時開催しております(講演会の時間は対象外)。 参加された皆さまには、ポストカードにお名前を書いたものをプレゼント致します! 背景をパステルで彩り、筆文字でお名前を書いたオリジナルカードです。 「ホツマツタヱやヲシテ文字に興味がある」 という方はもちろん、 「なぜか分からないけれど、縄文に惹かれる」 という方も足を運んで頂けると嬉しいです。

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星野之宣

大いなる回帰

創作とは何なんだろう? 新月でもある7月3日(水)の日、上野の東京都美術館にて開催されているZEN展に行ってきました。 出展されている オルゴナイト作品「コノハナサクヤ」を観るためです。 作者である 勾玉オルゴナイト工房のデザイナー&クリエイター千葉由紀子さんがこの作品に込めた想い、 物語を感じ取り、この作品を観に集まった人たちから放たれる解釈でさらに見方や視野が広がるのを感じた時間と場。 そこで感じたことを記事にしようと思って、ふと最初に出てきたのが、 「創作とは何なんだろう?」 という言葉。 見出しに添えました。 創作、創造、表現、、、 言い方はいろいろありますし、時代によっても違うでしょうが、 「真理や真実というものに触れたい、思い出したい」 と、いう想いが全ての人の中にあるのではないかと思います。 タマシイの奥底にある想い。 その想いの現れが、人を表現という創作に駆り立てていくのではないかとも。 コトバ、アート、それが、どのような表現やカタチであれ、 人が生きるということそのものが「表現という創作」といってもいいのかもしれません。 創作にはテーマがあり、 そのテーマに沿って受け取った想いやインスピレーションをカタチにしていきますよね? この日、僕が観た作品から感じ取ったのは 「大いなる祈り」。 コノハナサクヤ姫という富士山と深い関わりがある女神を通しての大いなる祈りです。 「ホツマツタヱ」という書物に沿って、描かれたというこの作品に込められたものとは何だったのか? それを観て僕が感じ取ったこと、そこに集まった人の解釈を聞いて感じ取ったこととはどんなことだったのか? 思うまま、感じるままに書いていきますね。 そもそも、コノハナサクヤ姫とは? コノハナサクヤ姫はいわゆる神話で登場する女神です。 「古事記」では、木花之佐久夜毘売、「日本書紀」では、木花開耶姫、 「ホツマツタヱ」では、コノハナサクヤヒメと、書物によって、呼び方や表記に違いがあります。 で、もう少し詳しく書くとすると、この「コノハナサクヤヒメ」というのは別名(讃え名)で、 本名はというと、 「古事記」では、神阿多都比売(かむあたつひめ)、「日本書紀」では神吾田津姫、神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ)、「ホツマツタヱ」では「アシツヒメ」となっています。 ちなみに「ホツマツタヱ」はヲシテ文字という神代文字で記されているので実際はこうです。 記紀神話での概略 コノハナサクヤヒメが、記紀(古事記、日本書紀)でどのように描かれているのかをザックリと簡単に。 イワナガヒメは容姿が醜いとの理由で断られてしまったからです。 コノハナサクヤヒメは一晩でニニギノミコトの子を身ごもりますが、 ニニギノミコトは本当に自分の子どもなのかとコノハナサクヤヒメに疑いを持つようになります。 「本当にニニギノミコトの子なら無事に産めるはず」 とコノハナサクヤヒメは小屋に籠り、なんと火を放ってしまうのです! しかし、無事に三柱の神を産んだコノハナサクヤヒメは、 ニニギノミコトの疑いを晴らし、身の潔白を証明することができました。 ホツマツタヱではどう描かれているの? 「ホツマツタヱ」では、もっと詳しく描かれています。 例えば、 「なぜ、コノハナサクヤヒメと呼ばれるようになったのか?」 ということも読み解くことができます。 実は、ここが作者である千葉由紀子さんが、このオルゴナイト作品「コノハナサクヤ」で表現したいポイントでもあるんです。 ホツマツタヱでは若干呼び名が違います)に断られたことで、 イワナガヒメと母はアシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)を恨み、偽りの話をニニキネに伝えます。 記紀にもあるように、 「一晩で身籠ったのはおかしい。 ニニキネの子ではないのではないか」 ということですね。 このとき、ニニキネは白子の宿にいましたが、この話を聞き、伊勢に帰ってしまいます。 アシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)は追いかけていきますが、松坂でせきとめられてしまうことに。 一人とぼとぼと白子の宿に帰ってきたアシツヒメは、桜に話しかけ、誓いを立てます。 「桜よ、もし心があるならば、、、私の妊娠があだ種(他の人の子)なら、しぼんでしまいなさい。 でも、もし、まさ種(ニニキネの子)であるならば、子を産むときに咲いておくれ」 桜を植え、故郷に帰ったアシツヒメは6月1日(旧暦)に三つ子を産みます(このZEN展を訪れた7月3日がなんと旧暦の6月1日!)。 その胞衣(えな)の模様は、梅、桜、卯の花模様の順へと変わっていきます。 これはニニキネが旅の途中でかざした花模様の順番と同じだったのです。 そのことを知っていたアシツヒメはニニキネに伝えますが、返事はもらえず。 アシツヒメは、富士山の裾野にうつ室(むろ)を作り、生まれた三つ子とともに中に入り、火を放ちます。 「もし、この子らがあだ種(他の人の子)ならば、私と共に滅んでしまうだろう」と。 これを見ていたタツタ姫の神が、水を吐きかけ助けるのです。 この知らせを聞いたニニキネは、姫のもとへ向かい、急使を送りますが、アシツヒメはニニキネを恨み、答えようとしません。 ニニキネは考え、アシツヒメに和歌を送ると、その歌を見た姫の恨みの涙は溶け落ち、2人は仲直りするのです。 アシツヒメが三つ子を産んだ日より、誓いを立てた白子の桜の花は絶えることがなかったので、コノハナサクヤ姫という名を賜わったというわけです。 オルゴナイト作品〈コノハナサクヤ〉とは? ここまで、コノハナサクヤ姫についての物語を簡単にご説明してきましたが、 この「ホツマツタヱ」の物語に沿って創られたのが、 オルゴナイト作品〈コノハナサクヤ〉です。 作者は 勾玉オルゴナイト工房のデザイナー&クリエイター千葉由紀子さん。 彼女は勾玉のオルゴナイト作品を主に手掛けていますが、 このZEN展では、今まで様々なオリジナリティー溢れる作品を生み出してきました。 それぞれの作品の根底にあるのは、ヤマト(日本)、そして神様に対しての想いであり、大いなる祈りです。 その想いをカタチにし、表現することに活かしているのが彼女が学んでいる「ホツマツタヱ」や「神聖幾何学」の叡智。 「コノハナサクヤ」は富士山と勾玉が一対となったオルゴナイト作品です。 富士山とコノハナサクヤ姫の関わりは、富士山本宮浅間大社の御祭神となっていることからも分かりますが、 もともと祀られていたのは富士山の神霊である浅間大神で、 後にコノハナサクヤ姫を浅間大神と同じ存在として祀ったというのが一般的な解釈となっています。 これは、火の中で出産したコノハナサクヤ姫を「火の神」として祀ったともあり、 火を鎮める「水の神」として祀ったともあり、解釈が曖昧となっているようです。 ただ、先ほど書いた「ホツマツタヱ」の話を読み解くと、この一般的な解釈の曖昧さが解消されます。 なぜなら、 コノハナサクヤ姫がうつ室(むろ)を作って、3つ子と共に籠って火を放ったのが富士山の裾野で、 助け出された後、連れていかれたのがサカオリの宮という富士山の麓にある御宮だからです。 富士山本宮浅間大社がある富士宮市には大宮の地名が残っていて、サカオリの宮はここにあったのではないかとも言われています。 また、タツタ姫の神が水を吹きかけて火を消したという記述から、火を鎮めた「水の神」と関連していることも分かりますね。 「富士山本宮浅間大社記」によると、浅間大神を祀ったのは第11代垂仁天皇の御代となっていますが、遡ること、初代神武天皇の祖父の母がコノハナサクヤ姫です。 そして、「ホツマツタヱ」には、コノハナサクヤ姫が身罷った(みまかった)後、 アサマの神となったという記述もあり、 アサマの神とコノハナサクヤ姫が同じ存在だということがここからも読み解くことができます。 「ホツマツタヱ」では富士山のことをハラミ山と呼びます。 ハラミ山の頂上には右巻きと左巻きが合わさったハート模様の渦。 宇宙の創造神アメミヲヤが「ウー」と吐いた息吹により左巻き(ア・陽)と右巻き(ワ・陰)の渦が生まれ、それが合わさるとハート模様となります。 ビックバンを表しているというこの図は、ホツマツタヱ研究家のいときょう先生がフトマニを研究していて浮かんだイメージで、このア(陽)とワ(陰)が合わさったハート紋様が世界中にあることに気づいたそうです。 詳しくは、いときょう先生の新刊「フトマニと北欧の女神ゲフィオンから読み解く古代人の宇宙観と文字生成の原理」に載っています。 このハラミ山(富士山)の頂上にあるハートの渦は内部にあるポイント水晶へと繋がり、地底まで続いています。 写真では分かりづらいのですが、 地底(底)には マグマと共に描かれている不死鳥(フェニックス)が。 富士山は日本人にとって特別な存在であると同時に火山でもあります。 僕にはフェニックスがマグマの活動を押えてくれているようにも映りました。 こちらも写真では分かりづらいのですが、底の角に勾玉のカタチをしたガラスドームがあります。 三角なので3つ。 そう、コノハナサクヤ姫の三つ子。 三つ子のタマシヰ(たましい)を現しているかのようです。 ガラスドームの中には、五次元生命体とも言われるガンズ水(銅、亜鉛、鉄)のエッセンスがそれぞれ含まれています。 また、ハラミ山の周りには、花が家紋のように描かれています。 コノハナサクヤ姫が子どもたちを産んだときに現れた花模様。 順番に、 「梅」 「桜」 「卯」 花びらは全ての花が五枚。 五は中心、カミを現す数字で、渦を起こす数霊。 よく見ると、赤(火)と青(水)の勾玉が花模様の奥にあることが分かります。 火と水。 そう、うつ室(むろ)で「火」に包まれ、タツタ姫の神の「水」で助けられた子どもたち。 その子どもたちを守るように、ハラミ山の周囲をぐるりと虹色に輝く白龍の姿をしたタツタ姫の神が美しく旋回しています。 このハラミ山(富士山)のカタチは正四面体。 正四面体は火のエレメントを表し、それが集まったものが立体フラワーオブになります。 真理、元一つを現しているというフラワーオブライフ。 そのワンピース(かけら)である正四面体を富士山のカタチにしたのは、 「この作品で表現したことも解釈の一つであり、日本中、世界中にある神話や文献の書かれていることは視点、角度が違うだけかもしれない」 という作者(千葉由紀子さん)の想いと、 「お互いが認め合い、尊重して、全ては一つであることを思い出し、大きな生命の花となるように」 という大いなる祈りが込められています。 ハラミ山(富士山)と一対になっている勾玉は、白子の不断桜を入れた鮮やかな桜色。 「アシツヒメが三つ子を産んだ日より、誓いを立てた白子の桜の花は絶えることがなかったので、コノハナサクヤ姫という名を賜わった」 ということを先程も書きましたが、それを象徴するかのような鮮やかな桜色の勾玉です。 ありきたりな表現ですが美しい! ハラミ山(富士山)が宇宙的な色合いをしているので、この鮮やかな桜色とのコントラストがまた双方の存在、美しさを引き立てます。 このハラミ山(富士山)の内部で右巻きの渦が巻かれていて、頂点に手を当てると上昇気流の渦のエネルギーが起こっているのを感じます。 そして、作品の土台となっているターンテーブルは左回転。 双方のエネルギーで陰陽のバランスを取っています。 エネルギー調整をしているのか、時折、ターンテーブルが止まったり、遅くなったり、早くなったり。 富士山という日本人にとって特別な存在をモチーフにした千葉由紀子さんの新作「コノハナサクヤ」は、まるで、大きな変換期を迎えている日本や世界を象徴するかのような存在感があります。 先程も書きましたが、千葉由紀子さんは、神話という私たち日本人にとって大切な物語を、あくまで一つの解釈という観点をもちつつ、表現しています。 それぞれの想いや表現を認め合い、元一つだということを思い出すという祈りを込めて。 上野の東京都美術館で開催されているZEN展には、さまざまなジャンル、さまざまなアーティストさんの素晴らしい作品が展示されています。 その中で、ときにゆっくり、ときに止まりながら、左回転で回っているオルゴナイト作品「コノハナサクヤ」。 それはまるで、作者である千葉由紀子さんの想いや祈りのエネルギーを静かに、そして厳かに放っているかのようです。 その想いや祈りに呼応したハラミ山(富士山)やコノハナサクヤヒメと一緒になって。 「全ては一つ。 元一つ。 大きな生命の花となりますように」と。 ZEN展の開催は7月8日(月)まで。 開催場所は上野公園内の東京都美術館です。 無料で入場できますので、ご興味ある方はぜひ! 【千葉由紀子さんの勾玉オルゴナイト工房のサイトはこちらです。 】 【ホツマツタエ研究家いときょう先生の書籍はこちらからご購入できます。 】 P. 編集後記 この作品で描かれた物語はいろいろな見方、解釈ができます。 書物による違いもありますが、書物に書かれていないことも含めて。 ニニキネ(ニニギノミコト)は天孫降臨(ホツマツタヱでは新田開発となっています)という神話の中でも偉業を成し遂げた存在として描かれていますが、 一方で、コノハナサクヤ姫を疑うことで傷つけ、イワナガ姫を醜いという理由から拒絶することで傷つけ、苦しめたという側面もあります。 イワナガ姫はコノハナサクヤ姫に比べると圧倒的に記述は少ないですが、彼女もその傷を癒していった辛い過程があったことは容易に想像できます。 そもそも、書物に「醜い」と書いてあったからと言って、それが本当かなんて分かりません。 ある視点ではそう見えたのかもしれませんが、そうじゃない視点だってあるからです。 で、このような書き方をすると、 「ニニキネ(ニニギノミコト)って悪い奴」 なんて短絡的に思ってしまいますし、そういう影響を与えてしまうこともあります。 そうではなくて、全ての人に悪いところ(陰)、良いところ(陽)があるように、 観る角度によって違ってくることを理解することが大切だと思っています。 「言葉は断片的なもの」 「その影響を無意識に何気なく受け取ってしまう性質が私たちにある」 ということを僕たちはつい忘れがちです。 「いかに言葉で自分の正しさを証明しようか」 ということをずっとやってきたから。 「この書物が正しい」 「あの書物が正しい」 「私の考えは間違っていない」 「いや、私の考えが間違っていない」 学校のテストのように言葉で正解が導き出せると思い、それをすることで認められる、自分の価値を証明するかのように一生懸命。 書物によって、本当の真実を知りたいとしたら、世界中の神話、文献を集め、すり合わせることが求められてくるでしょう。 でも、それらの一つひとつがピース(断片)を集めただけでは、ただの情報がたくさんあるだけになってしまいます。 それをいかに様々な視点、角度から、俯瞰して観ることができるか。 立体的な高い視点、角度から観ること、本当の意味で知ることができるか。 よく行間を読むと言われますが、きっと行間だけでなく、もっと見えていない部分に氣づく直感、インスピレーションという力が必要なのでしょう。 その直感、インスピレーションもまた、僕たちがいかに本来の自分自身とガチッと一致しているかでも違ってきます。 「創作って何なんだろう?」 この記事を書くにあたって最初に浮かんだこの言葉。 人生が「表現という創作」ならば、、、 僕たちがすることは自分自身の人生を通して、本当の真実(真理)を思い出していくことなのでしょう。 そう、真実を誰かに証明することではなく、思い出していく。 そして、思い出していくとは、真実を受け入れていくということでもあり、一人ひとりがジャッジという分離の線を一つずつ消していくということです。 その中には「許す」という人類にとっての課題も含まれているでしょう。 そういう意味で、コノハナサクヤヒメもイワナガヒメもニニキネ(ニニギノミコト)に対して「許す」という課題を克服したのだと思います。 「お互いを認め合い、尊重し合う」 「全ては元一つ、大きな生命の花を咲かそう」 これは、千葉由紀子さんがオルゴナイト作品「コノハナサクヤ」に込めた大いなる祈りでもありました。 この日、一緒に千葉由紀子さんの作品を観た日本語アーティストのおのみんこと小野秀夫さんが即興で作った回り歌(上から読んでも、下から読んでも同じ歌)には、「罪溶き赦す」の言葉が。 一人ひとりが表現者であり、創造主です。 あなたはご自分の人生でどんなことを表現したいですか?.

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