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幸福の科学について

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幸福の科学学園 創立者 大川隆法• 幸福の科学グループ創始者 兼 総裁。 1956(昭和31)年7月7日、徳島県に生まれる。 東京大学法学部卒業後、大手総合商社に入社し、ニューヨーク本社に勤務するかたわら、ニューヨーク市立大学大学院で国際金融論を学ぶ。 81年、大悟し、人類救済の大いなる使命を持つ「エル・カンターレ」であることを自覚する。 86年、「幸福の科学」を設立。 信者は世界100カ国以上に広がっており、全国・全世界に精舎・支部精舎等を700カ所以上、布教所を約1万カ所展開している。 説法回数は3150回を超え(うち英語説法150回以上)、また著作は31言語に翻訳され、発刊点数は全世界で2650書を超える(うち公開霊言シリーズは550書以上)。 『太陽の法』(幸福の科学出版刊)をはじめとする著作の多くはベストセラー、ミリオンセラーとなっている。 また、映画「心霊喫茶『エクストラ』の秘密 -The Real Exorcist-」(実写・2020年5月公開)、「奇跡との出会い。 -心に寄り添う。 3-」(ドキュメンタリー・同年8月公開予定)、「夜明けを信じて。 」(実写・同年10月公開予定)など、20作の劇場用映画の製作総指揮・原作・企画のほか、映画の主題歌・挿入歌等、100曲を超える作詞・作曲を手掛けている。 ハッピー・サイエンス・ユニバーシティと学校法人 幸福の科学学園(中学校・高等学校)の創立者、幸福実現党創立者兼総裁、HS政経塾創立者兼名誉塾長、幸福の科学出版(株)創立者、ニュースター・プロダクション(株)会長、ARI Production(株)会長でもある。 幸福の科学設立の頃より、書籍や講演会等を通じて、教育の大切さを訴え続ける。 ゆとり教育の廃止やいじめ防止、宗教教育の大切さ等の数多くの教育提言も行う。 2006年、理想の学校教育を目指し、「幸福の科学学園構想」を発表。 それ以降、具体的な学園計画がスタートし、2010年の那須本校開校を迎える。 2013年には関西校を開校。 現在、未来を担う若者の数多くの輩出を願い、創立者自ら、学園に対して様々な寄付を行っている(大川隆法記念講堂、2万冊の図書、海外語学研修や大川賞の寄付、スクールバスの寄贈など)。

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役員紹介

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幸福の科学学園 創立者 大川隆法• 幸福の科学グループ創始者 兼 総裁。 1956(昭和31)年7月7日、徳島県に生まれる。 東京大学法学部卒業後、大手総合商社に入社し、ニューヨーク本社に勤務するかたわら、ニューヨーク市立大学大学院で国際金融論を学ぶ。 81年、大悟し、人類救済の大いなる使命を持つ「エル・カンターレ」であることを自覚する。 86年、「幸福の科学」を設立。 信者は世界100カ国以上に広がっており、全国・全世界に精舎・支部精舎等を700カ所以上、布教所を約1万カ所展開している。 説法回数は3150回を超え(うち英語説法150回以上)、また著作は31言語に翻訳され、発刊点数は全世界で2650書を超える(うち公開霊言シリーズは550書以上)。 『太陽の法』(幸福の科学出版刊)をはじめとする著作の多くはベストセラー、ミリオンセラーとなっている。 また、映画「心霊喫茶『エクストラ』の秘密 -The Real Exorcist-」(実写・2020年5月公開)、「奇跡との出会い。 -心に寄り添う。 3-」(ドキュメンタリー・同年8月公開予定)、「夜明けを信じて。 」(実写・同年10月公開予定)など、20作の劇場用映画の製作総指揮・原作・企画のほか、映画の主題歌・挿入歌等、100曲を超える作詞・作曲を手掛けている。 ハッピー・サイエンス・ユニバーシティと学校法人 幸福の科学学園(中学校・高等学校)の創立者、幸福実現党創立者兼総裁、HS政経塾創立者兼名誉塾長、幸福の科学出版(株)創立者、ニュースター・プロダクション(株)会長、ARI Production(株)会長でもある。 幸福の科学設立の頃より、書籍や講演会等を通じて、教育の大切さを訴え続ける。 ゆとり教育の廃止やいじめ防止、宗教教育の大切さ等の数多くの教育提言も行う。 2006年、理想の学校教育を目指し、「幸福の科学学園構想」を発表。 それ以降、具体的な学園計画がスタートし、2010年の那須本校開校を迎える。 2013年には関西校を開校。 現在、未来を担う若者の数多くの輩出を願い、創立者自ら、学園に対して様々な寄付を行っている(大川隆法記念講堂、2万冊の図書、海外語学研修や大川賞の寄付、スクールバスの寄贈など)。

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幸福の科学

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シンボルマーク 「幸福の科学」の象徴的デザインのROマーク。 1989年12月に制定された。 幸福の科学は、がに、設立したである。 幸福の科学によれば、仏法真理の流布による人類幸福化を掲げている。 発足以前の1985年から、やなどの歴史上の偉人・などが大川隆法の口を通じて語ると主張し、()という内容の書籍(霊言集)を多数出版している。 最初の「霊言集」である『日蓮の霊言』 のなかで用いられている「幸福科学」という言葉は、1年後の1986年に団体の名称の基となった。 その後には『』『』『』が出版された。 社会学部教授の沼田健哉は、書籍読者から数多くの信者が集まった、と述べ 、またジャーナリスト 秋谷航平は、短期間で日本国内の全国組織ができあがった、と述べている。 1991年3月7日に宗教法人となった。 この1991年は、講談社フライデーへの抗議行動と共にで盛り上がったことも相まって、年末には「」がにノミネートされ、を受賞した。 からは日本国外の法人設立と支部展開が行われる。 1996年には会員制度の変更や運営方針の転換が行われた。 には、の設立と、の設立が行われた。 のアメリカ・ハワイでの講演から以降、大川隆法の英語説法による海外講演会が世界各地で行われている。 その後、(2010年11月) 、・(2011年3月) 、・(2011年5月) 、・(2011年9月) 、(2011年11月) 、(2012年6月) 、(2012年10月) などで行われている。 幸福の科学の発表では数千人数万人の規模だと報告している。 幸福の科学によれば、インド・ネパールの講演では7紙のマスコミに紹介され 、アフリカ・ウガンダの講演では、4紙のマスコミに紹介された 、と報告している。 2020年現在のところ、大川の著作は38言語以上 に翻訳され、世界各国で出版されている。 (参照。 ) 設立 1981年、を卒業したは、(現)に在職の傍ら、上記「霊言集」などを出版しながら教団設立の準備をしていた。 7月15日に退社後、具体的な団体設立の計画に着手。 に任意団体として教団を設立した。 その設立直前から、根本経典『正心法語』や基本書という宗教理論書『太陽の法』など短期間に多数の執筆を行い、これを機に書籍出版活動を活発に行った。 これらの書籍が書店を通して日本各地に流通し、また入会する会員が増え、組織の全国展開へとつながった。 5月には関西支部が開所し、日本各地に支部展開が始まる。 にを取得した。 「幸福の科学」の英語名は 2008年2月までは The Institute for Research in Human Happiness であり、の IRH である略称を使用していた。 これは、世界伝道において、解りやすい名称にした とされている。 教義 宗教法人「幸福の科学」では、大川隆法が多数ので説いた「 仏法真理」を教義とし、仏法真理の探究・学習・伝道を通じての「この世とあの世を貫く幸福」と地上の建設を目指しているとする。 修行の実践については、現代の四正道として「愛・知・反省・発展」を提唱している。 人間は神の子・仏の子であることを自覚した上で他者へ愛を与え、真理を探求し、自分の心を見つめ直し、社会全体を向上させる心構えを持つことを現世の「魂修行」とする。 また、世界観としてを展開し、三次元世界(この世)は根源神に近づくための「魂の修行の場所」とされている。 本尊 宗教法人「幸福の科学」の本尊は、霊天上界に存在するとされる、 ( El Cantare)である。 詳細は「」を参照 と信仰 「 代理本尊」 大川隆法教祖の写真を用いた「 」や、「 エル・カンターレ像」、「 布教所エル・カンターレ像」等を崇拝している。 「 大エル・カンターレ像」 総本山の礼拝堂に置かれていて崇拝されている。 エル・カンターレ信仰の確立 ・1989年に『仏陀再誕』を出版し、1990年第12回大講演会において、自身は「仏陀の魂の再誕」であると明示した。 幸福の科学の信者は、主エル・カンターレを体現しているところの「現成の仏陀(悟りたる者)」としての創始者大川の崇拝を始める。 ・1991年創始者大川の「御生誕祭」において、大川は自身が「エル・カンターレ」であると宣言した。 幸福の科学の信者は、主エル・カンターレの本体部分が地上に下生した者としての創始者大川の崇拝を始める。 組織・施設 総合本部 総合本部、写真1 「幸福の科学」 発祥の地・東京都杉並区西荻南にある建物。 1989年12月まで 総合本部として使われた。 (2006年撮影当時は杉並支部) 1986年10月の教団発足当時、事務処理を行うにおける寺務や社務所に相当する支部や本部を総括する「総合本部」は、に事務所を設け設立した。 1987年6月13日に杉並区松庵へ移転して一時的に「本部」とした後、1988年4月16日に前のビル(写真1)杉並区西萩南へ移転して再び「総合本部」とした。 その後、総合本部は、1989年12月20日にの紀尾井町ビル(写真2)4階に移転後、1996年4月1日には自己ビルとしてのの総合本部ビル(写真3)に移転、1999年10月31日には現状の品川区の新総合本部ビルに移転している。 この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2017年8月) 教団組織は、総裁である大川隆法に代表される。 組織の分類では、会内で婦人部の総称として位置づけられている「女性部」。 「青年部」「学生部」「中堅部」「親子の会」 その他に、壮年部的な位置づけにあたる「百歳まで生きる会」(1997年3月発足)などがある。 施設 地方本部、支部、拠点、布教所などが日本国内・世界各地にあり、「支部精舎」と呼ばれる施設も数多く建立されている。 国内の支部および支部精舎の所在地は、公式ホームページ内の「お近くの幸福の科学」 等で公表されているが掲載されてないものも多い。 日本国内の支部数・拠点数:440ヵ所• 内、支部精舎数:240ヵ所• 布教所数:約8000ヵ所 (2018年1月現在) 名古屋正心館 愛知県名古屋市中村区亀島 研修・礼拝施設は「精舎」と呼ばれている。 日本国内にある主な精舎は下記の通り。 総本山・正心館()1996年8月4日開設• 総本山・未来館(栃木県宇都宮市)1997年11月2日開設• 総本山・日光精舎(栃木県)1998年7月18日開設• 総本山・那須精舎 (栃木県)2004年5月30日開設• 東京正心館()2001年12月8日開設• 聖地・四国正心館()2000年7月7日開設• 聖地・エル・カンターレ生誕館()2016年開設• 北海道正心館()2003年8月7日開設• 東北・田沢湖正心館()2003年4月17日開設• 秋田信仰館()2007年4月8日開設• 日本再建祈念館()2011年10月30日開設• 仙台正心館(宮城県仙台市)2011年10月30日起工、2012年7月開設• 雌伏館()2005年3月23日開設• 千葉正心館(千葉県)2005年7月27日開設• ユートピア活動推進館(東京都)2012年5月13日開設• 戸越精舎(東京都)1996年5月8日開設• 戸越国際精舎(東京都品川区)2008年10月5日開設• ヤング・ブッダ渋谷精舎(東京都)2005年12月25日開設• 新宿精舎(東京都)2006年11月1日開設• 初転法輪記念館(東京都荒川区)• 横浜正心館()2012年4月29日開設• 箱根精舎(神奈川県)2002年8月27日開設• 新潟正心館()2008年1月1日開設• 中部正心館()2002年4月17日開設• 名古屋記念館()2003年5月5日開設• 名古屋正心館(愛知県名古屋市亀島)2016年6月5日開設• 北陸正心館()2004年9月7日開設• 琵琶湖正心館()1998年12月20日開設• 大阪中央精舎()2007年4月28日開設• 大阪正心館(大阪府大阪市)2007年12月23日開設• 中国正心館()2004年4月17日開設• 聖地・四国本部精舎(徳島県)2004年10月17日開設• アジア国際精舎 福岡正心館()2010年11月23日開設• 湯布院正心館()1999年7月20日開設• 九州本部研修所()2005年8月7日開設• 沖縄正心館()2005年4月17日 上記以外の研修施設の歴史としては、1988年9月に幸福の科学研修ホール(東京都杉並区西荻南)を開設、1990年12月16日に四国研修道場(鳴門市、現・四国正心館の境内地内)を竣工、1991年8月1日には幸福の科学研修センター(東京都)を開設した。 1996年5月8日には、東京道場(旧東京正心館)を品川区に開設したが、その後、総合本部ビルと呼ばれていた品川区の施設へ移転し、戸越精舎として主にを中心に住む学生の会員が利用する研修施設となった。 大川の出身地である・徳島は「」とされ、生誕地の徳島県川島町には、参拝施設「川島特別支部」がある。 の聖地・四国正心館境内には、父で名誉顧問・善川三朗(本名:中川忠義、故人)を偲ぶ「善川三朗記念堂」がある。 その他の宗教施設としては、2006年4月15日、総本山・那須精舎(栃木県)の境内に、「総本山・那須精舎付属 来世幸福園」が開園した。 来世幸福園の中心には「大ストゥーパ」が建立され、幸福の科学の信仰の象徴となっている。 「大ストゥーパ」の周辺には、3つの(「在家菩薩堂」「三帰誓願堂」「涅槃堂」)が建立されている。 2011年5月には、聖地・四国正心館の隣接地にも「来世幸福園」が開園した。 2005年9月には、(愛知万博「愛・地球博」)の館で展示された貴重なである(ハラティ・マタの復元物)を購入し、総本山・正心館のに建立された「ネパール釈尊館」の中に移設している。 館内には寺院のほかに、釈尊への信仰に基づいたが展示されており、一般公開されている。 2015年に千葉県に「幸福の科学大学(仮称)」を開学することを計画し、準備を進めていた。 しかし、2014年10月、文部科学省の大学設置審議会は、同大学の設置を認めないことを文部科学大臣に答申した。 さらに文部科学省は、「審査の過程で認可を強要するような不適切な行為があった」として、今後最長5年間にわたって、学校法人幸福の科学学園による大学の設置を認めない方針を決定した。 これに対し、幸福の科学側は引き続き文科省に抗議を行うとともに幸福の科学大学を私塾として開設し、との名称で開校した。 日本国外 1990年7月『』の英訳版『 』の発刊以降、海外在住の会員が増加し、1994年1月1日に海外初の法人として「幸福の科学USA Kofuku-no-kagaku,U. 」が設立され 、支部の開所となる。 続いて支部、支部などが開所される。 同年さらにには、支部、のには、支部など各地で現地法人が設立される。 海外の精舎・支部精舎 オーストラリア正心館 シドニー支部• ハワイ精舎 2006年12月17日開設• 支部精舎 2007年12月9日開設• ロサンゼルス支部精舎 2008年2月24日開設• 支部精舎 2008年3月23日開設• 支部精舎 2008年5月25日開設• ロンドン支部精舎(ヨーロッパ支部所属) 2008年6月7日開設• ニューヨーク支部精舎 2008年8月24日開設• ブラジル正心館 2010年5月16日開設• アフリカ・支部精舎 2011年8月7日開設• 支部精舎 2011年9月4日開設• 正心館 2011年12月11日開設• 精舎建立祈念堂 2011年12月28日竣工• 支部精舎 2014年8月30日落慶・開設• インド、ブッダガヤ精舎• 支部精舎 2017年7月9日落慶 ほか世界130か国に支部・会員組織がある。 (2018年4月現在) 幸福の科学グループ 2009年5月、宗教法人 幸福の科学の外部組織として「幸福実現党」の設立により、組織として「幸福の科学グループ」を呼称するようになった。 これにより、大川隆法は肩書きを「幸福の科学総裁」から「幸福の科学グループ創始者兼総裁」へと変更している。 宗教法人• 日本国内の宗教法人のほか、世界60カ国に法人組織がある。 USA、カナダ、メキシコ、ブラジル、ペルー、イギリス、フランス、ドイツ、フィンランド、オーストリア、ブルガリア、韓国、台湾、香港、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インド、ネパール、スリランカ、ウガンダ、ナイジェリア、ガーナ、南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、他• 来世幸福園(霊園・納骨堂)• ヘレンの会(視聴覚障害者支援)• ネバー・マインド(不登校児支援スクール) 出版・及び各種メディア展開• 幸福の科学出版株式会社• IRH Press Co. , Ltd. USA. (アメリカ合衆国の出版法人) このほか世界各地に「幸福の科学出版」の事務所が多数ある。 株式会社ブックスフューチャー (Web書店)• ブックスフューチャー(一般書店)• HS PICTURES STUDIO (映画制作は、ニュースター・プロダクションに移管)• - 映画製作や劇団運営を行う会社。 の機能もある。 劇団「新星(しんせい)」• (アリ・プロダクション) -。 (清水富美加)やなどが所属する。 学校法人など• 那須本校 - (栃木県)• 関西校 - (滋賀県)• - に準ずる教育を行う - (千葉県、運営者は宗教法人の幸福の科学) 政治関連• HS政経塾(社会人教育機関) その他• 来世幸福セレモニー株式会社 (葬儀社) 会員制度と信者数の推移 2009年の発表では、全世界80か国に1100万人の信者・会員がいるとされる。 2010年の発表では、86か国に1200万人とされる。 教団の刊行物「月刊幸福の科学」によれば、1986年11月23日に東京都の日暮里酒販会館で開催された幸福の科学発足記念座談会に集った人数は87名であった。 創設初期から入会試験制度があり、幸福の科学の書籍10冊を読み、入会願書に読書感想等を記入するものであり、合格率は4割程度であった。 (入会試験は次第に簡略化され1994年頃に廃止された。 ) 1987年3月8日の発足記念第1回講演会「幸福の原理」の聴講者は約400名であった。 1989年4月に会の方針として伝道活動が許可されて「誌友会員」制度が発足した。 これは入会試験の無い会員で従来の会員を「正会員」とした。 1989年11月26日に全国20会場で実施された「第1回全国統一神理学検定試験」の受験者数が2209人。 1990年7月には7万7千人とした。 1991年7月には会員数が150万人に達したとされている。 信者数が1000万人を突破したと公表されたのは1995年7月である。 1996年に会員制度が変わり、以前の「正会員」「誌友会員」を統合し「会員」とされるようになった。 2007年には新たな入会制度が導入され、入会申し込みの手続きで会員になれるように簡略化された「入会者」会員ができた。 公称信者数の変遷 日付 人数 備考 1986. 23 87名 「幸福の科学発足記念座談会」参加人数 1987. 8 約400名 「幸福の科学発足記念講演会」参加人数(出席していたおよびの信者・関係者を含む数) 1987. 12 1,700名 1988. 12 4,000名 1989. 12 13,300名 正会員8,100名、誌友会員5,200名 1990. 8 7万数千名 「第七回大川隆法先生大講演会」における公表数 1990. 12 17万名 正会員2万名、誌友会員15万名。 1991. 3 30万名 正会員5万名、誌友会員25万名 1991. 22 77万名 正会員10万名、誌友会員67万名(同上) 1991. 12 100万名 正会員15万名、誌友会員85万名(同上) 1991. 15 1,527,278名 正会員約20万名、誌友会員約133万名 、での「御生誕際」での発表 1991. 9 約200万名 正会員約30万名、誌友会員約170万名 1991. 12 約560万名 1995. 7 1000万名以上 2009. 8 約1,100万名 根本経典『正心法語』累計発行部数をもって公称値とする 沖縄正心館 所在地:(沖縄県国頭郡) 活動• 教義の内容を編纂して、や月刊「」等の(幸福の科学出版より発行)、、、、、、布教誌「ザ・伝道」(会員の生の声をピックアップ)「ヤング・ブッダ」(中学生~大学生を対象だがコラムがメイン)「ヘルメス・エンゼルズ」等を発刊している。 2012年10月3日、インターネットに、幸福の科学 体験談投稿サイト voicee(ボイシー)を開設した。 幸福の科学の信者の体験談や生の声を集めたサイトである。 特に映画は宣伝活動にも力を入れており、過去には調べによる全国の映画興行収入ランキングで複数回1位を記録したこともあった。 (1994年・実写・配給) 1995年朝日ベストテン映画祭・読者賞グランプリ受賞• (1997年・アニメーション・東映配給) 1997年毎日映画コンクール・日本映画ファン大賞2位、中央青少年団体連絡協議会推薦、優秀映画鑑賞会推薦• (2000年・アニメーション・東映配給) 2000年10月28日-29日、11月4日-5日(2週連続)を参照 2001年朝日ベストテン映画祭・読者賞第1位、第25回報知映画賞・読者投票邦画部門第1位 ぴあ映画満足度ランキング第1位、中央青少年団体連絡協議会推薦• (2003年・アニメーション・東映配給) 2003年10月11日-12日、10月28日-19日(2週連続)を参照 ぴあ映画満足度ランキング第1位• (2006年・アニメーション・東映配給) ぴあ映画満足度ランキング第2位• (2009年・アニメーション・東映配給)• (2012年6月・実写・配給)• (2012年10月・アニメーション・日活配給) 、 REMI SPECIAL JURY AWARD受賞。 (2015年10月・アニメーション・日活配給)• 2016年3月・実写・日活配給• 2017年5月・実写・日活配給• (2018年5月5日・実写・東京テアトル)• 2018年5月12日・実写・日活配給• 全国の精舎で研修や祈願、各種大祭や式典等のを開催。 世界各地の支部や拠点を中心に、「御法話拝聴会」、各種の大祭や式典、研修、祈願、集い等の行事を開催。 主な祭典行事 支部や精舎において開催される。 代表的な祭典は下記のとおり。 新年大祭(1月)• 宗教法人設立記念式典(3月)• 大悟祭(3月)• 春の幸福供養大祭(3月)• 大祭(5月)• 御生誕祭(7月)• お盆の幸福供養大祭(8月)• 先祖供養大祭(9月)• 立宗記念式典(10月)• 初転法輪祭(11月)• エル・カンターレ祭(12月) 特に御生誕祭とエル・カンターレ祭は二大祭典とされる。 信仰形態の変遷 1986年教団設立当初は、霊言集の刊行などによる「霊知識」「霊的人生観」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、に関することが説かれることはあまりなかった。 後に、教団内で組。 織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:系の人は、系の人は)などを信仰していた。 1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と愛」「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。 また、宗教法人となった1991年には、東京ドームでの「御生誕祭」7月15日に、大川隆法による「 エル・カンターレ宣言」があり、信仰の中心がエル・カンターレに集約される基準点となった。 1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。 1994年4月10日には、大川隆法により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、信仰、を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。 1996年10月6日には、会員制度を変更して、「正会員」と「誌友会員」の名称を「会員」とした。 1998年「エル・カンターレへの祈り」を制定し、研修施設「正心館・精舎」等で使用していたが、2010年に三帰誓願した信者まで下賜し「エル・カンターレへの祈り」で信仰を深めるようになった。 幸福の科学では、単純な一神教信仰ではなく、またフラットな形の多神教でもない。 「多様な価値観を包摂しながらも、融合させ調和させてゆく」という立場をとっている。 「霊天上界には、神格、つまり高級神霊としての格を持った人が大勢いる」とし、「神は一人だけ、あと他は全部間違いだ」という考えは明らかに事実に反するとしている。 またその「格」の高低の違いについても「どれだけ多様な人々を救い・導きうるか」によって格付けが成されるとしている。 そして至高神エル・カンターレの教えによって世界の宗教間の対立問題は解決し、お互いの融和をもたらすことになるとしている。 現代社会に適応し、かつ、人類の豊かな未来を開いてゆくための宗教として、新しい手法を「発展の原理」として投入し、イノベーション型の組織・信仰となっている。 社会運動、活動、事件等 1991年9月、幸福の科学会員らは『フライデー』などに掲載された教団を批判する記事に抗議し、に対する行進や電話・ファクスによる抗議を実施した。 9月6日には「講談社フライデー全国被害者の会」(会長・、副会長・)が結成され、以後教団・大川隆法・および会員らは「精神的公害訴訟」と銘打った裁判など数多くの訴訟を提起し講談社と対立した()。 教団はこの一連の活動を、9月15日に開催された講演会法話に因んで「希望の革命」と称している。 この事件を機に、外国のを含め、、、などからの取材や対談に応じることとなり、1991年10月27日のの番組()内では、教祖・大川隆法への公開インタビューが生放送で放映された。 講談社側と争った裁判にて、講談社刊行雑誌の一部の記事内容と抗議行動の双方に違法性が認められた。 裁判の結果、勝訴の件数・賠償金の合計額で幸福の科学側の勝利といえる。 詳細は「」を参照 1994年には、誰でも手に取れる一般週刊誌等にも猥褻なヌード写真等が数多く掲載されていることにつき、問題を提起し、反対運動として 同年11月に「マスコミ倫理研究会」を発足し、・(11月26日)や・(12月4日)、・(12月23日)でデモ行進を行なうなど、啓蒙活動を行なった。 1995年1月17日のでは、地震発生当日から21日までにに35ヵ所の救援拠点を設け、1月19日から炊き出しを始めてなど1日あたり3万食を提供し、全国からの救援物資を届け、医師ボランティアによる医療活動のほか、特設浴場を開くなどした。 1995年2月28日に発生したによるでは、拉致の現場目撃者が幸福の科学会員だったこともあり、幸福の科学は、オウム真理教による犯行であることをや、政治家などに訴え、事件の早期解決を求めた。 これが一連のオウム教犯罪の捜査の突破口になったと幸福の科学は主張している。 同年3月18日に東京都内などでオウム糾弾デモや街宣活動なども展開、適用を支持した。 1995年、幸福の科学が理想とする「哲人政治家」として、の代議士を推薦するなど、積極的に政治に提言した。 幸福の科学はに関しては「徳治主義的民主主義」を理想としており 、思想的にはのやのに近い思想を持つとしている。 1995年の御生誕祭(1995年7月10日、東京ドーム)で、幸福の科学政権の樹立を目指すとして三塚を推薦することを発表するなどしたが、8月には『三塚博総理大臣待望論』(小川空城編、幸福の科学出版)が刊行され、8月8日にの野外音楽堂で出版記念フェスティバルが開催された。 幸福の科学は、一貫して、宗教の立場から「霊的人生観」(宗教的真実を基礎におく人生観)を説いており、や・無神論を批判している。 1997年から雑誌「ザ・リバティ」誌上で、問題や問題が宗教的真実を全く知らないで議論されているとして、問題点を指摘し、宗教的観点から解説している。 霊的真実では 「脳死」とされる段階では、まだ死んでいないとして、この段階で臓器移植を行うと、本人は生体解剖されているのと同様の痛みと心理的混乱を引き起こし、死後の世界への魂に重大な傷を負わせてしまうとしている。 また臓器移植を受けた患者は、死亡した臓器提供者の魂のを受ける確率が高くなり、人格の豹変などの危険があるとしている。 1998年からは、毎年増え続ける自殺者を減らすべく、雑誌「ザ・リバティ」誌上で「自殺防止キャンペーン」を開始、この運動は現在も継続しており、Web上 や、全国で会員有志が街頭などでも「自殺者を減らそう」キャンペーンを展開している。 2001年、元信者が献金を強要されたとして提起していた裁判(幸福の科学が「強制献金捏造訴訟」と呼称するもの。 強制の事実はないとして元信者側が敗訴) の関連で、虚偽の内容と知りつつ裁判を提起したとして、その弁護士らを訴えた裁判(悪質な弁護士業務の逸脱行為として提訴)にて、威嚇目的の訴訟とされ幸福の科学側が敗訴。 詳細は「」を参照 機関紙ザ・リバティウェブ版では右翼並びに歴史修正・否認主義の主張が見られる。 [ ] 批評 教義はとのつながりが弱く 、先行するであるとの影響を強く受けているとする宗教学者もいる。 島田裕巳の評価(平成29年時点)概要 1980年代の終わりから90年代のはじめにかけて、幸福の科学は大いに話題になったとされている。 1991年、「御生誕祭」が東京ドームで行われた。 また、1991年、出版社に対しての抗議活動、テレビでのオウム真理教との対決などがあげられている。 その当時総合本部を高層ビル内に構えていたこともあり、新しいタイプの教団として注目されたことを記している。 宗教法人幸福の科学を母体として幸福実現党が2009年に結成され、2009年8月、第45回衆議院議員総選挙に候補者を337名立てて選挙に臨んだことも、大いに注目されたとしている。 母体である幸福の科学は国内外に1100万人の会員がいると公称されていたが、得票率は平均して1%前後とふるわず、国会議員を出すには至らなかった結果となった。 党総裁となった大川隆法については、東京大学法学部の出身ということもあり、幸福の科学を結成した当初の段階から政治的な発言を繰り返し語っていたことを挙げている。 その主張は右翼的なものだが従来の日本の宗教右派とは、移民の容認、独自の憲法による大統領制の実現の主張などの異なる部分が見られたとしている。 得票率がのびていない理由として、幸福の科学の活動の中心が、著名人の守護霊が下りてきてメッセージを下す「霊言」にあると思われることを挙げている。 大川と関心を共通している人間の数よりも、公開霊言等のパフォーマンスに関心を抱く信者の方が多いのではないかと記している。 平成29年度時点において、新宗教を母体としての政界への進出という目的を持つ幸福実現党は、必ずしもその目的を達しているとは言えないとしている。 出版社に対して激しい抗議活動を展開していた時代には、教団批判に対して巨額の訴訟を提起していた。 しかし社会に対する敵対的ともとれるそうした姿勢は、2010年の幸福の科学学園の開校からは見られなくなった。 現時点において新宗教としては珍しくオープンになっているとしている。 脚注 [] 注釈• 朝日新聞朝刊 朝日新聞社 : p. 1991年7月30日• 『日蓮の霊言』(絶版、潮文社、初版発行、)• 『日蓮の霊言』(潮文社、初版発行、)• 『大川隆法霊言全集 第1巻』• 『幸福の科学』リンダパブリッシャーズ・秋谷航平 著、2015年10月1日発行、• 「月刊幸福の科学」1996年12月号• 「月刊幸福の科学」2009年12月号• 「幸福の科学」教団史『法輪、転ずべし』2008 より• 『月刊 幸福の科学』2008年4月号• 年報人間科学 大阪大学 14: 31-46. , p. 303. , p. 196. 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 産経ニュース2014年10月29日• withnews. 2015年3月30日. 2015年4月26日閲覧。 「月刊 幸福の科学」1994年2月号p50• 「月刊幸福の科学」2010年7月号• 塚田穂高 『宗教と政治の転轍点 保守合同と政教一致の宗教社会学』• 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著• 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著• 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著• 「月刊幸福の科学」1987年5月号• 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著• 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 『月刊幸福の科学』1991年8月号• 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著• 、2009、「大川隆法インタビュー「ウチは創価学会より集票力がある」」、『文藝春秋』(2009-8)、文藝春秋 p. 322• 塚田穂高 『宗教と政治の転轍点 保守合同と政教一致の宗教社会学』• 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 東京地裁平成8年12年20日判決(判時1619号104頁)• 東京新聞朝刊 中日新聞社東京本社. 1999年7月17日• 読売新聞東京朝刊 読売新聞社 : p. 1998年11月17日• 読売新聞東京朝刊 読売新聞社 : p. 2000年10月26日• 読売新聞東京朝刊 読売新聞社 : p. 2001年6月13日• 毎日新聞東京朝刊 毎日新聞社 : p. 1995年10月31日• 毎日新聞東京朝刊 毎日新聞社 : p. 1999年3月26日• 『宝島30』1994年10月号特集「幸福の科学」における裁判の研究• 東京地裁平成13年6月29日判決(判タ1139号184頁)• 読売新聞東京夕刊 読売新聞社 : p. 2001年6月29日• 朝日新聞朝刊 朝日新聞社 : p. 2002年5月28日• 毎日新聞東京朝刊 毎日新聞社 : p. 2002年11月9日• 「グローバル化時代の近代新宗教とポスト近代新宗教」『グローバル化するアジア系宗教 経営とマーケティング』中牧弘允ほか、。 『日本の新宗教』島田裕巳著P285 一次資料または記事主題の関係者による情報源• 2016年2月6日, at the. - サンパウロ講演会 『愛と天使の働き』• 『「幸福の科学」教団史2008 法輪、転ずべし』p57• 『忍耐の法』より。 『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月• 宗教法人幸福の科学「第2章 真理の太陽が昇る」『「幸福の科学」教団史2008,法輪、転ずべし。 』幸福の科学出版、2008年、34-35頁。 『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月• 『救世の法』p157• 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。 、この判決はマスコミ側の上告もなく確定した。 、東京高裁平成12年10月25日判決の確定裁定• 』幸福の科学広報局、1995年1月10日、• 書籍『阪神大震災神戸を救え!! 大川隆法『理想国家日本の条件』幸福の科学出版、1994年4月25日、• 大川隆法『奇跡の法』幸福の科学出版• 大川隆法『永遠の生命の世界 - 人は死んだらどうなるか』幸福の科学出版、2004年4月27日、• 『永遠の生命の世界』参照、• 参考図書• 大川隆法『幸福の法』幸福の科学出版、2004年、(第4章に幸福の科学入門)• 大川隆法『太陽の法』幸福の科学出版、1997年、(第6章(エル・カンターレへの道)にエル・カンターレについての説明)• 大川隆法『信仰のすすめ』幸福の科学出版、2005年、(第4章にエル・カンターレについての説明)• 大川隆法『永遠の生命の世界』幸福の科学出版、2004年、(自殺防止、脳死・臓器移植等について)• 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著• 秋谷航平『幸福の科学』、2015年10月1日。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク• (1814年)• (1840年)• (1857年)• (1859年)• (1869年)• (1872年)• (1873年)• (1880年)• (1882年)• (1882年)• (1892年)• (1900年)• (1905年)• (1908年)• (1916年)• (1927年)• (1930年)• (1930年)• (1932年)• (1935年)• (1941年)• (1945年)• (1946年)• (1947年)• (1948年)• (1948年)• (1949年)• (1952年)• (1952年)• (1954年)• (1955年)• (1957年)• (1958年)• (1970年)• (1970年)• (1972年)• (1984年)• (1985年)• (1999年) 天理系.

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