八つ墓村 ネタバレ。 「八つ墓村」 ネタバレ感想~ライトだけど楽しめた”祟りじゃ!”

横溝正史氏の【八つ墓村】について、ネタバレをお願い致します。

八つ墓村 ネタバレ

金田一耕助シリーズの第4弾です! 完璧な舞台、秀逸なキャラクター設定…エンターテイメントとして最高のミステリでした。 作者情報 横溝 正史(よこみぞ せいし) 1902年兵庫県生まれ。 1981年東京都で死没。 『 八つ墓村』『 犬神家の一族』をはじめとする金田一耕助シリーズが何度も映像化された結果、ミステリファン以外にも広く知られる存在となった。 1976年勲三等瑞宝章受章。 作品概要 八つ墓村 発行:角川文庫、2001年(1971年発行の同名文庫に基づく) ジャンル:小説 メモ:金田一耕助シリーズ第4弾。 八つ墓村で新たに起こる連続殺人は人間の仕業か、それとも祟りか? 八つ墓村と呼ばれる小さな村には、かつてこの村で惨殺された若武者と彼に仕える7人の男が祀られている。 8人の死後、彼らを殺害した首謀者である 田治見庄左衛門が家族や村人を切り殺し、自らの首をはねて死ぬという事件が起こったため、祟りを恐れた村人たちが急いで墓を建てたのである。 32人の村人を虐殺し、行方不明となった。 それから二十数年、神戸に住む青年 寺田辰弥は、 諏訪という弁護士から何者かが自分を探していることを聞かされる。 このうち第1章~第8章、そして大団円は、寺田辰弥の手記という形をとっています。 では「発端」に何が?というと、 八つ墓村が八つ墓村と呼ばれるようになった所以と、 要蔵がどのようにして32人を殺すまでに至ったのか、が書かれています。 この2つの話、特に要蔵の話は本当にイヤ…汚い言葉を使わせてもらうと胸糞悪い。 こんな男が近所に住んでたら即行で引越すぐらいに鬼畜。 そして最後には32人も殺すという… ほんとにこの村には行きたくないっ!!! と思わずにはいられません。 こんな感じなので、 第1章に入る頃にはしっかりと、八つ墓村に対する暗いイメージが刷り込まれているんですよねぇ。 イメージでは、日も当たらなくてずっと霧に包まれている灰色の村です。 さらには、辰弥が村に行く前の神戸でもひとつの事件が起こる。 え、行くなよ辰弥!どうして行く気なんだよ! と友人なら絶対に止めますってレベルで嫌な感じしかない。 だからこそ! ミステリの舞台としては最高じゃないですか!! 何もなさそうな場所で突如…というのもいいけど、ベタベタの暗闇に突入していく恐怖っていうのはやっぱり鉄板ですよね。 つまり、鬼畜の要蔵の息子、ということになります。 村人たちからすると、辰弥には憎き殺人鬼の血が流れているんです。 帰ってきてほしいわけがないですね。 全然帰ってきてほしくない。 ということで、 辰弥にはほとんど味方がいない。 村の人たちは何を考えてるかよく分からないけど、自分を歓迎していないことだけは分かる。 この閉鎖的で小さな村では、あることないこと噂はすぐに広まってしまう。 それなのに自分の周りで次々に人が死んでいく! なんという心細さでしょう! いわゆる神目線で描かれていたとしても十分に同情できるであろうこの状況。 辰弥の手記の中で辰弥と同じ体験をすることで、よりハッキリと恐怖を味わうことができます。 特に彼が地下洞窟に逃げ込んだ後なんて、スリラーのようなハラハラもたっぷりです。 人生いろいろ、恐怖もいろいろです。 八つ墓村って現代日本の縮図かもしれない 犯人のサイコパスっぷりは見事なものでした。 これぞサイコパスって感じ。 横溝氏がこのような人種を意識していたかは分からないけど、現代で言われているサイコパスの特徴にしっかり当てはまってるのを見ると、いつの時代もサイコパスっているんだなぁとしみじみしちゃいます。 もうひとつ「現代にも当てはまるなぁ」と眉をひそめてしまったのは、辰弥に襲いかかる村民たちの描写。 これって、当事者でもないのに正義面して他人を叩きまくる現代の風潮に似てる。 そして当事者もそういうエセ正義マンに乗せられて、「わたしは完全なる正義です」と言わんばかりのドヤ顔で、人を傷つけるようになる。 これって、今でいう フェイクニュースですよね。 フェイクニュースに踊らされて、ヘイトスピーチしたり暴力をふるう人たちですよね。 本作の時代設定は昭和20年代なのに、現代の私たちも変わらないんだなぁ…と悲しくなりました。 という感じで、まったく古臭さを感じさせず胸に迫る作品でした。 まとめ 耕助の孫・金田一一が活躍する 金田一少年の事件簿の中では、首狩り武者と秘宝島をミックスした雰囲気の八つ墓村。 地下洞窟で秘宝を探す場面もあり、一瞬たりとも退屈しません。 謎解き要素は薄めなので、ミステリ初心者にもオススメです! ちょっとした話 金田一耕助シリーズは順番どおりに読もう!と思ったんだけど、うっかり4作目の八つ墓村を読んでしまいました。 というのも、 角川文庫が出している 金田一耕助ファイル というシリーズの順番が、作品発表順とちがうんですよね。 なぜこんな分かりづらいことをしてくれたんだ、まったく!(角川のせいにする) もう二度と間違いたくないので、10冊まで表にしてまとめておきます。

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八つ墓村(1977)のレビュー・感想・評価

八つ墓村 ネタバレ

今回の、2004年の稲垣版から実に 15年ぶりのドラマ化だったのか。 さあ、視聴後の熱冷めやらぬうちに感想をば。 (以下、ドラマ・原作のネタバレあり) 愛がテーマの吉岡版 インタビュー記事で既に紹介されていた通り、今回のは 「愛」がテーマとなっている。 この記事を目にした時、「そういや原作でも様々な愛が描かれていたな」と思い出した。 典子と辰弥の愛、春代の一方通行な愛、子を想う母鶴子の愛、殺人鬼の要蔵によって奪われた愛、犯人のある人に対する愛、亀井陽一の忍ぶ愛…といった具合に一つの作品に溢れる愛の数々。 それに加えて無差別連続殺人といった ミステリー要素や八つ墓明神の祟りといった オカルト・ホラー要素、更に 宝探し要素まであるのだから、「盛沢山なのに、よくもまぁ話が空中分解せずにまとまっているな」と感心するばかり。 流石は横溝先生。 でも、小説ならともかくドラマでこれだけの要素を全てやるのはどだい無理な話で、事実これまでの映像作品は「愛」の部分、特に典子と辰弥の愛がカットされている。 というか典子自体存在していないことになっている。 (典子が登場したのは本作との映画版のみ) 今回は愛がテーマなので、典子も出て来るし、今までの作品でずっとカットされてきた 英泉のエピソードも挿入されている。 これは原作における 辰弥の「救い」となるので、実は結構重要な部分ではあるのだが今までの作品のほとんどでカットされている。 これは尺の都合仕方ない部分もあるし、殺人事件がメインなのだからそちらの描写にまで力を入れていられない事情があったと思う。 それに 典子と英泉のエピソードをカットしても話としては何ら破綻する訳ではない。 何故なら辰弥にとって 「殺人犯の子ではなかったこと」(救済)と 「落ち武者の財宝を見つけたこと」(経済的救済)で十分救済になっているからだ。 現に稲垣版では辰弥出生の秘密が明らかになったことで辰弥は母の愛を知り、母が遺した地図で財宝を得ている。 重要でありながらカットしても話は成立する。 典子と英泉のエピソードは映像化作品ではそんな微妙かつ不憫な立場に立っているのだ。 「どうしようもない感」が強い辰弥 美也子を毒婦にしたせいか、辰弥のどうしようもなさが際立ってるな。 — タリホー@サラリーマン山田 sshorii10281 原作でも結構振り回されて大変な目に遭っている辰弥だが、今回は犯人に良い様に振り回された挙句、春代や典子に対してクズな態度をとってしまった。 もし原作を読んですぐにこのドラマを見ていたら「恩人に手をかけるとは、何たるクズだ!」とか「春代に何てこと言うのだコイツ!」みたいに憤懣の念が強かっただろう。 でもこれまでの映像化作品を見ていると「原作の辰弥がやったかもしれない」という if 的展開としてあり得るかも…と受け入れている自分がいる。 (改変については横溝は案外寛容だったりする) 確かに 里村慎太郎に財産がわたって得をするのは身内である典子もそうなのだから疑ってしまうのも当然だし、原作みたいに好意を寄せたくなるようなものが劇中では見受けられなかったので、手をかけてしまったのも仕方がないといえば仕方がないのかも…。 今回の辰弥はクズなので頭に一撃食らってます。 またブログに感想書きます。 — タリホー@サラリーマン山田 sshorii10281 今回のドラマを見て全体的に散漫な印象を受けた。 これは今までの映像化作品で見受けられた祟りの発端となる落ち武者殺しや32人殺しの場面が簡素化されてしまい、原作の持ち味の一つである おどろおどろしさが薄まったせいもあるだろうが、 様々な愛を描き過ぎたことも原因ではないかと思う。 典子の一途な愛・春代の不憫な愛・英泉の忍ぶ愛・美也子の偽りの愛・母鶴子の愛と、劇中で出ただけでもざっとこんなにある。 尺に限りのない小説ならまだしも、映像ともなると事件のことも描かなきゃいけないし、ミステリーだから謎解きもしなきゃいけないしで、結果的にどれもパッとしない感じだった気がする。 まぁこれは原作を映像化する上で避けては通れない道だし仕方ないのかもしれないが、原作の典子と辰弥の愛の描写が良かっただけに、今回の 押しかけ女房的なオチはあんまり受け入れられなかった。 …ところで、愛のために殺人を犯す人間なら裏切られる辛さとか理解できるにも関わらず、偽りの愛で辰弥を翻弄した美也子は 今までの映像化作品の中で最も邪悪性が高い美也子ではないだろうか。 だからさんが起用されたのかしら(みがある演技が合う人だからね)。 これは八人目の生け贄エンドってことですかね?— タリホー@サラリーマン山田 sshorii10281 あと「愛がテーマ」と言っていたのにエンディングが 小竹の自殺というのはいかがなものだろうか。 八つ墓明神の祟りを前面に押し出していたのならともかく、愛がテーマの本作で「祟りはあるかもしれない」ことを仄めかすオチで物語を閉じるのはどうも合わない。 …いや、もしかしてあれは「死んだ小梅さんの元へ行きたい」という 姉妹愛の表れだったのか…!? sshorii10281.

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「八つ墓村」原作ネタバレ相関図|映画とは違う爽やかな結末

八つ墓村 ネタバレ

今回の、2004年の稲垣版から実に 15年ぶりのドラマ化だったのか。 さあ、視聴後の熱冷めやらぬうちに感想をば。 (以下、ドラマ・原作のネタバレあり) 愛がテーマの吉岡版 インタビュー記事で既に紹介されていた通り、今回のは 「愛」がテーマとなっている。 この記事を目にした時、「そういや原作でも様々な愛が描かれていたな」と思い出した。 典子と辰弥の愛、春代の一方通行な愛、子を想う母鶴子の愛、殺人鬼の要蔵によって奪われた愛、犯人のある人に対する愛、亀井陽一の忍ぶ愛…といった具合に一つの作品に溢れる愛の数々。 それに加えて無差別連続殺人といった ミステリー要素や八つ墓明神の祟りといった オカルト・ホラー要素、更に 宝探し要素まであるのだから、「盛沢山なのに、よくもまぁ話が空中分解せずにまとまっているな」と感心するばかり。 流石は横溝先生。 でも、小説ならともかくドラマでこれだけの要素を全てやるのはどだい無理な話で、事実これまでの映像作品は「愛」の部分、特に典子と辰弥の愛がカットされている。 というか典子自体存在していないことになっている。 (典子が登場したのは本作との映画版のみ) 今回は愛がテーマなので、典子も出て来るし、今までの作品でずっとカットされてきた 英泉のエピソードも挿入されている。 これは原作における 辰弥の「救い」となるので、実は結構重要な部分ではあるのだが今までの作品のほとんどでカットされている。 これは尺の都合仕方ない部分もあるし、殺人事件がメインなのだからそちらの描写にまで力を入れていられない事情があったと思う。 それに 典子と英泉のエピソードをカットしても話としては何ら破綻する訳ではない。 何故なら辰弥にとって 「殺人犯の子ではなかったこと」(救済)と 「落ち武者の財宝を見つけたこと」(経済的救済)で十分救済になっているからだ。 現に稲垣版では辰弥出生の秘密が明らかになったことで辰弥は母の愛を知り、母が遺した地図で財宝を得ている。 重要でありながらカットしても話は成立する。 典子と英泉のエピソードは映像化作品ではそんな微妙かつ不憫な立場に立っているのだ。 「どうしようもない感」が強い辰弥 美也子を毒婦にしたせいか、辰弥のどうしようもなさが際立ってるな。 — タリホー@サラリーマン山田 sshorii10281 原作でも結構振り回されて大変な目に遭っている辰弥だが、今回は犯人に良い様に振り回された挙句、春代や典子に対してクズな態度をとってしまった。 もし原作を読んですぐにこのドラマを見ていたら「恩人に手をかけるとは、何たるクズだ!」とか「春代に何てこと言うのだコイツ!」みたいに憤懣の念が強かっただろう。 でもこれまでの映像化作品を見ていると「原作の辰弥がやったかもしれない」という if 的展開としてあり得るかも…と受け入れている自分がいる。 (改変については横溝は案外寛容だったりする) 確かに 里村慎太郎に財産がわたって得をするのは身内である典子もそうなのだから疑ってしまうのも当然だし、原作みたいに好意を寄せたくなるようなものが劇中では見受けられなかったので、手をかけてしまったのも仕方がないといえば仕方がないのかも…。 今回の辰弥はクズなので頭に一撃食らってます。 またブログに感想書きます。 — タリホー@サラリーマン山田 sshorii10281 今回のドラマを見て全体的に散漫な印象を受けた。 これは今までの映像化作品で見受けられた祟りの発端となる落ち武者殺しや32人殺しの場面が簡素化されてしまい、原作の持ち味の一つである おどろおどろしさが薄まったせいもあるだろうが、 様々な愛を描き過ぎたことも原因ではないかと思う。 典子の一途な愛・春代の不憫な愛・英泉の忍ぶ愛・美也子の偽りの愛・母鶴子の愛と、劇中で出ただけでもざっとこんなにある。 尺に限りのない小説ならまだしも、映像ともなると事件のことも描かなきゃいけないし、ミステリーだから謎解きもしなきゃいけないしで、結果的にどれもパッとしない感じだった気がする。 まぁこれは原作を映像化する上で避けては通れない道だし仕方ないのかもしれないが、原作の典子と辰弥の愛の描写が良かっただけに、今回の 押しかけ女房的なオチはあんまり受け入れられなかった。 …ところで、愛のために殺人を犯す人間なら裏切られる辛さとか理解できるにも関わらず、偽りの愛で辰弥を翻弄した美也子は 今までの映像化作品の中で最も邪悪性が高い美也子ではないだろうか。 だからさんが起用されたのかしら(みがある演技が合う人だからね)。 これは八人目の生け贄エンドってことですかね?— タリホー@サラリーマン山田 sshorii10281 あと「愛がテーマ」と言っていたのにエンディングが 小竹の自殺というのはいかがなものだろうか。 八つ墓明神の祟りを前面に押し出していたのならともかく、愛がテーマの本作で「祟りはあるかもしれない」ことを仄めかすオチで物語を閉じるのはどうも合わない。 …いや、もしかしてあれは「死んだ小梅さんの元へ行きたい」という 姉妹愛の表れだったのか…!? sshorii10281.

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