弟子 が 師匠 を 超える こと を 意味 する の は。 徹底的に師匠の真似してたらまとまった!「弟子学」の実践法|福本真士|note

二上達也と羽生善治、どっちが強い?

弟子 が 師匠 を 超える こと を 意味 する の は

*問題* 弟子が師匠をこえることを意味するのは? 青 二八余りは人の瀬越 赤 出藍の誉れ 緑 ルゥを使わず昆布で ことば検定の答え 答えは 赤 出藍の誉れ 出藍之誉 しゅつらんの ほまれ の意味・使い方。 弟子が師よりもすぐれた才能をあらわすたとえ。 緑 はというと、「だしがシチューを越える」だそうです。 「ううむ、おいしいのかな」と林先生 【ことば検定】答えの解説 ここから林先生の解説です。 二八余りは人の瀬越 「二八余りは人の瀬越」 この場合の「瀬」とは、早瀬のこと。 船で早瀬を超すことから、瀬越にしは危機や試練を乗り越えることの意味があります。 そして、「二八」は「2x8=16」で16歳頃をさすのだそうです。 つまり、16,7歳頃は、人生を左右する大事な時期だという意味です。 師弟関係への関連はないそうです。 藍染めに由来 一方、出藍の誉れ」とはどんな意味なのかというと、藍染に由来する言葉です。 藍の葉は染料につかわれますが、葉っぱは藍色をしていないのに、布を染めるとなると、美しい藍色に染めることができるのです。 そこで、教えを受けた人が教えた人よりも優れるという意味なのですね。 なお、これは紀元前の、中国の荀子の言葉であるそうです。 藍染の歴史は思いのほか古いのですね。

次の

出藍の誉れの意味とは?例文や由来・読み方を解説

弟子 が 師匠 を 超える こと を 意味 する の は

碁漬けの生活が送れる。 ライバルが身近にいることで、切磋琢磨して成長できる等々、内弟子制度の効用は多くの棋士が認めるところ。 けれども近年では住宅事情もあり、内弟子をとれる棋士(師匠)も減ってきた。 相撲部屋は弟子がいると協会から援助があるが、囲碁界では内弟子をとっても、どこからもお金は入ってこない。 すべて、棋士の気持ちひとつなのだ。 そんな中、志のある棋士が続けている。 現在、内弟子をとり、一緒に生活している石田篤司九段に話をうかがった。 石田篤司九段 昭和44年生。 大阪市富田林市出身。 山下順源七段門下。 昭和59年入段。 平成13年九段。 平成11年新鋭トーナメント準優勝。 平成12年、13年棋聖戦リーグ入り。 =筆者撮影 師匠自身も内弟子経験者 石田九段は大阪府富田林の 自宅で、現在、2人の小学生を弟子としてとっている。 1人は福岡県出身。 プロを目指して親元を離れ、転校して石田九段の自宅で生活している。 プロ養成機関の「院生」の試合は、土日に行われており、そこに通うため、もう1人は土曜日だけ宿泊している。 子どもたちの生活全般のめんどうは、石田九段の母親と妻が担っている。 食卓を囲む弟子たち=石田篤司九段撮影、提供 石田九段は、もともと子どもに教えるのが好きで、自宅で子ども教室をやっていたこともあった。 内弟子をとるようになったのは、 石田九段自身、内弟子経験者だったことが大きい。 師匠宅の3LDKのマンションで、師匠の家族と弟子、10人ほどで生活していた。 石田九段「内弟子は少なくともマイナスにはなりません。 僕自身、 一緒に生活するライバルがいたことがありがたかった。 ライバルが勉強していたら、こっちは遊べませんから」 師匠宅にいれば、遊びにくい。 怠け心を制することができるし、わからないことがあればいつでも質問できる。 自身の経験からも、次世代を育てる環境には内弟子として生活させるのがいいと考えているのだ。 師匠への恩返しの意味も大きいという。 これまで石田九段は、2人の弟子をプロ棋士として誕生させている。 「吉川一(三段)と寺田柊汰(初段)は中学生のときから内弟子で来ていたので、何も言わなくても熱心に碁漬けの生活を送っていました。 今いる子たちは小学生でまだ幼い。 詰碁を出題するなど面倒を見ています」と石田九段。 子どもの個性、性格に合わせて成長を見守っている。 新型コロナウィルスのため学校は休校。 朝から家で詰碁の勉強中の弟子たち=石田篤司九段撮影、提供 石田九段の決意と方針 子どもを預かるときに、親と本人に必ず言うことがあるという。 「自分の子どもと思って育てるので、実子と同じことをします」と。 迷うことがあったら、自分の子だったらと考えて判断する。 そして、本人の意志を確認する。 「まわりから言われたので」などとは一切言わせない。 自分で決めたことは、誰のせいでもなく自分のせい。 これは、 碁の本質につながることでもある。 碁は自分で判断し、自分の着手に責任を持っていくゲームだ。 社会人としても恥ずかしくないよう育てることも大事だと思っている。 碁だけ強くてもだめだ。 石田九段「今後、希望者がいればとって行きたいけれど、僕1人では無理。 母や妻がギブアップするまではがんばっていきたい」 人間どうしの交流が大切 強い囲碁AIが登場し、囲碁を勉強する環境は激変した。 碁が強くなるには、それぞれ個人がパソコンに向かい、AIと打っていればいいというものでもない。 中国や韓国など、日本勢が遅れをとっている国では、トップ棋士たちが日頃から集まって研究している。 結局は、人間どうし集まって研究したり打ったりするのが、大切だということなのだろう。 今や禁煙は当たり前だが 囲碁といえば、昔はおじさんたちがタバコを吸い、煙もくもくの中で打っているというイメージではなかったでしょうか。 私がこどものころ、昭和50年代はまさにタバコ天国。 碁会所に打ちに行くと洋服や髪の毛はタバコの煙が焚き込められ、すごいにおいをさせて帰宅していたものでした。 棋士の写真でも、喫煙しているポーズが多くありました。 今ではそんな写真を見るとちょっと驚くくらい、対局室では禁煙というのが当たり前になっています。 対局室を禁煙にしよう。 そんな動きが出てきたのが2000年を過ぎたころ。 ちょうど端境期の話です。 橋本九段のタバコを結城九段が引っこ抜く?! 2002年5月、橋本昌二九段(故人・当時67歳)が 対局中喫煙していたところ、結城聡九段(当時30歳)が 橋本九段のくわえタバコを引っこ抜いた、という短い文章が囲碁誌に載っていました。 最初、私はまさか、何かの冗談かと思いました。 まず、対局中といえば、休み時間に廊下などですれ違っても話しかけるのははばかれます。 ましてや盤を前にしているときに、接触を試みるということ自体が信じられなかったのです。 さらに、橋本昌二九段といえば1994年から98年まで関西棋院理事長を務め、十段や王座などのタイトル経験もあるトップ棋士、大御所です。 まだまだ縦の関係が大事にされる世界で、 30歳以上年齢が下の結城九段がそんな大胆なことをするのだろうか、と。 証言者もいた! あるとき、 「この話はさすがに大げさに盛っているのでしょう?」と結城九段本人に聞いてみると、 「いえ、本当です。 タバコ、取りました」というではないですか。 橋本九段はヘビースモーカーだったようで、 対局室内は禁煙と決まったのにもかかわらず、堂々と喫煙を続けていたといいます。 囲碁界の重鎮を相手に注意できる人もいなかった、ということが喫煙容認の既成事実として積み重なっていたのかもしれません。 その日、橋本九段の対局相手は、関西棋院所属ではなく、東京からきた日本棋院所属の若手。 橋本九段の隣で対局していた結城九段は、その若手棋士に申し訳ないという義憤から、成敗(?)に向かったというのです。 真面目で正義感の強い結城九段ならではの行動とはいえ、驚きましたね。 たまたまこの「 結城九段の勇気(笑)のエピソード」が話題に上がり、私が「冗談かと思っていたけど、本当だった」と話したとき。 「あ、僕が対戦相手でしたから。 目の前で見ていました」と山下敬吾九段が証言(!)したのです。 若手棋士とは、当時24歳だった山下九段のことでした。 その碁に勝って、山下九段はタイトル獲得まで駆け上がった 橋本九段との一局は「棋聖戦最終予選決勝」でした。 この碁に勝った山下九段はリーグ入り。 リーグ優勝し、挑戦者にまで勝ち上がり、そして、24歳で初の棋聖位に就いたのです。 山下九段にとっても、色々な意味であの一局は忘れられないものになったに違いありません。

次の

【テレビ】林先生のことば検定のメモその1

弟子 が 師匠 を 超える こと を 意味 する の は

私が教えている生徒から、芥川賞を受賞した生徒が出た。 まさに、 出藍の誉れである。 この場合はつまり、 「教えている先生のレベルを超えて、生徒が芥川賞を受賞した」 ということですね。 弟子が師匠の力を超えるとなると、 何だか気まずそうな印象にも見えますよね。 しかし、「出藍の誉れ」は、 多くの場合ポジティブな場面で使われます。 具体的には、• 師匠が弟子の功績を誇りに思う• 周りの人間が弟子を称賛する• とんでもないことが起きた といったイメージです。 したがって、 基本的にはこの言葉は良い意味で使うと思ってください。 出藍の誉れの由来・語源 続いて、由来を確認していきましょう。 「出藍の誉れ」は、 中国戦国時代の「 荀子(じゅんし)」の言葉が元となっています。 彼は、自らの著書である『勧学』の中で次のような言葉を述べました。 学問は終わりのないものなので、おこたってはいけない。 青色は「藍」からとると、「藍」よりも青くなる。 「 藍(あい)」とは、 「 青色の染料を持つ草」のことです。 この草から採取した青色はとても鮮やかで、 布などにつけると原料の藍よりもずっと青くて美しくなりました。 このことから、当時の中国では 「 元になった物よりも、それからできた物の方が優れている」 という意味の言葉が広まるようになります。 それが、 「出藍(藍から出た染料)の誉れ(光栄・名誉)」なのです。 現在ではこの意味から派生し、 「弟子が師匠よりもすぐれている」 という意味で使うのが一般的です。 「荀子」は、元々は学問に励むことの大切さを説いていました。 そして、学問と向き合って努力を積み重ねることにより、 持って生まれた資質や才能を超えることができると考えていたのです。 以上が類語となります。 いずれの言葉も、 「元になるものよりも後から出て来るものの方がすぐれている」 という点が共通していますね。 逆に、「 対義語」としては 「 不肖の弟子(ふしょうのでし)」が挙げられるでしょう。 「不肖の弟子(ふしょうのでし)」とは、 「師匠の教えを受け継がず、未熟な弟子」という意味です。 「不肖」は「未熟・愚かな様子」などを意味するので、 「師匠を超えるどころか全く教えを理解できない様子」を表した言葉となります。 出藍の誉れの英語訳 続いて、英語訳です。 「出藍の誉れ」は英語だと次のように言います。 これに、「master(師匠)」や「teacher(先生)」を意味する名詞をつけることにより、 「出藍の誉れ」を表現していますね。 例文だと、以下のような形です。 He surpassed his master in Judo. (彼は柔道において師匠の力を超えた。 ) She finally surpassed her teacher in English. (彼女はついに英語において先生の力を超えた。 ) ちなみに、 以下のような言い方をする場合もあります。 The scholar may be better than the master. 直訳すると、 「弟子が師匠に勝つこともある」となります。 「scholar」は、 「学者」以外に「生徒や学生」という意味もあるので、 このような訳となるのです。 スポンサーリンク 出藍の誉れの使い方・例文 では、最後に「出藍の誉れ」の使い方を 例文で確認しておきましょう。 コーチの打撃成績を超えたよ。 出連の誉れとはこのことだね。 すぐに師匠を超えてしまうなんて、 出連の誉れだ。 ついに空手の全国大会で優勝した。 まさに、 出連の誉れだよ。 出連の誉れを意識して、会社で出世を目指すことにした。 私の門下生からとても優秀な学者が誕生した。 出連の誉れと言えるだろう。 師匠のベストスコアを超えるなんて、あいつはまさに 出藍の誉れだね。 「出藍の誉れ」は、上記のように、 武道や学問・スポーツなど幅広い分野で使われる言葉だと思ってください。 基本的には、師匠と弟子という上下関係があれば使える言葉です。 場合によっては ビジネスなどで使うこともあるでしょう。 ビジネスの場合は、 「上司を超える」といった 出世を意識した使い方が一般的ですね。 ちなみに、 「出藍の誉れ」の意味に近い四字熟語としては 「免許皆伝」が挙げられるでしょう。 「免許皆伝」については、 以下の記事を参照して下さい。 まとめ いかがだったでしょうか? 今回の内容をまとめると、 「 出藍の誉れ」= 弟子が師匠よりもすぐれていること。 「 由来」= 「藍」から青色を取り出すと、元々の「藍」よりもさらに青くなることから。 (中国の「荀子」の言葉が元) 「 類語」=「青藍氷水・青は藍より出でて藍よりも青し・トンビがタカを生む」など。 昔の故事成語を調べると深い由来があることがほとんどです。 この記事によって、 「出藍の誉れ」の正しい意味を理解して頂ければと思います。

次の