金田一耕助 登場人物。 金田一耕助(60分版)/古谷一行

横溝正史 金田一耕助シリーズ初出順一覧簡易版。おすすめや読む順番は?

金田一耕助 登場人物

倉敷市真備町は、金田一耕助シリーズで有名な作家横溝正史が、戦中・戦後の時期に疎開をしていました。 日本を代表する作家になった横溝正史が、「 人生でもっとも楽しかった」と回想するのは、真備町の地で過ごした日々なのです。 金田一と横溝を巡る名所は、「 巡・金田一耕助の小径」というウォーキングコースとして、整備されています。 さらに、毎年11月には真備町で、も行われており、秋の風物詩になっているんです。 この記事では、作家横溝正史の足跡をたどりながら、作中に登場するスポットを紹介しています。 作品世界を感じられる仕掛けが随所にあり、横溝作品のファンにとてもおすすめのウォーキングコースです。 半日あれば、すべての順路を巡れるので、金田一耕助になった気分で歩いてみませんか。 巡・金田一耕助の小径のデータ 名前 巡・金田一耕助の小径 地域 季節 期日 いつでも 場所 倉敷市真備町 参加費用 税込 無料 ホームページ 金田一耕助が初登場した清音駅 まず、 「巡 めぐる ・金田一耕助の小径 こみち 」の始まりは、JR伯備線と井原鉄道の清音駅です。 清音駅は、 日本のミステリー界を代表する名探偵、金田一耕助が初めて登場した場所。 作中での表記では、「清—駅」と一部伏せ字で表記されています。 初登場作品名は、横溝正史 以下横溝 にとって戦後初の長編となった 『本陣殺人事件』です。 少し長いですが、金田一耕助初登場の部分をみてみましょう。 伯備線の清—駅でおりて、ぶらぶらと川—村のほうへ歩いて来るひとりの青年があった。 見たところ、二十五、六、中肉中背—というよりはいくらか小柄な青年で、飛白の対の羽織と着物、それに縞の細い袴をはいているが、羽織も着物もしわだらけだし、袴は襞もわからぬほどたるんでいるし、紺足袋は爪が出そうになっているし、下駄はちびているし、帽子は形がくずれているし……つまり、その年頃の青年としては、おそろしく風采を構わぬ人物なのである。 引用:本陣殺人事件 金田一は、倉敷からJR伯備線に乗って清音に到着しました。 横溝が真備町に疎開してきた理由は、東京で空襲に遭ったことや、親族から疎開をすすめられたからです。 横溝一家は総社 そうじゃ 市に一時滞在した後、岡田村字 あざ 桜 さくら へ居を移しました。 私は家内と三人の子供をつれて、岡山県吉備郡岡田村字桜という、農村のどまんなかへ疎開していた。 戦争はもう終わっていたが、村のひとたちは大変親切で、居心地もよく、私はとうとう伜が大学へ入ったについて、やむなくそこを引き払うまで、足かけ四年、まる三年と三カ月そこでお世話になってしまった。 引用:金田一耕助のモノローグ 横溝が 自分の人生のなかでも、もっとも楽しい時期だったと回想するのが、真備町に疎開していた時期なのです。 横溝正史の疎開にいたる経緯と、真備町での暮らしについては、 エッセイ集『金田一耕助のモノローグ』で読めます。 「巡・金田一耕助の小径」の行程 では清音駅から順番に、「巡・金田一耕助の小径」の行程を巡って行きましょう。 清音駅の西出口を出ると、さっそく金田一耕助の顔出しパネルがあり、記念撮影に最適ですよ。 「巡・金田一耕助の小径」の全長は約7キロメートルです。 清音駅の西出口から出て、道なりにまっすぐ進んでください。 橋の左手側の側道を進むと、作品の舞台となった地区へ行けるんです。 道を抜けると、川辺橋に出ます。 信号を渡り、歩行者用のレーンを進んでください。 橋を渡り左手に進み、「史跡山陽街道一里塚」の横を通過します。 江戸時代には、真備町には山陽道が通っていました。 そのため大名が宿泊する本陣があり、現在でも「川辺本陣」「川辺脇本陣跡」の石碑があります。 しばらく進むと、艮御崎 うしとらおんざき 神社が見えてくるので、ここで右に曲がってください。 鳥居をくぐり横道を進むと、地下道が見えます。 ここで、国道486号線の下を通過します。 地下道を抜けると、いよいよ「 巡・金田一耕助の小径」に入ります。 出た先にセブンイレブンがあるので、飲み物などを補給するのもいいですね。 旧岡田村役場跡〜横溝正史散策の道 セブンイレブンから10分ほどまっすぐ歩くと、岡田地区公園があります。 江戸時代の真備町は、岡田藩によって治められており、この場所に藩の郡会所がありました。 箭田地区の一部は、岡山藩領 村の役場も岡田地区公園の場所にあり、『本陣殺人事件』にも登場していますよ。 岡田地区公園周辺は、横溝が散策をして作品の構想を練った場所です。 村役場跡は公園になっていて、ベンチもあるので休憩ができます。 トイレもあるので、準備を整えて次に向かいましょう。 この公園には、「巡・金田一耕助の小径」ウォーキングマップがあるので、道を確認できますよ。 しばらく進んで、の付近まで来ると、「」があります。 この祠にまつわる伝承をもとに、横溝は『八つ墓村』に出てくる濃茶の尼を創作しました。 濃茶の祠まで、のどかな田園風景を歩きますが、おそらく横溝が疎開していたころとは、大きく違うことはないはずです。 だんだんと、自分が作品の世界を闊歩 かっぽ しているような感覚になってきますよ。 横溝正史疎開宅 濃茶の祠を過ぎ、まっすぐ進むと、横溝正史疎開宅があります。 この家は、 横溝が疎開時に実際に暮らしていた家で、そのまま保存されているんです。 横溝は、地元の人と仲良くなり畑を借りたり、土地の伝説を聞いたりして、探偵小説の構想を練りました。 集落の人が、畑に行くには横溝宅の前を通らなければいけない関係上、仕事の合間に横溝宅で休憩することもあったそうです。 横溝正史疎開宅の入館料は、無料です。 開館時間は午前10時から午後4時で、 定休日は月曜、木曜、金曜、年末年始。 ウォーキングをする際には、出かける前に休館日を確認してくださいね。 代表作である、 『本陣殺人事件』『獄門島』『八つ墓村』などの作品を発想したのは、まさにこの家なのです。 玄関から入ると土間になっていて、横溝の年表など資料を見られるので、より作品世界を満喫できますよ。 門から正面に当たるところに腰高障子があり、そのなかはかなり広い土間である。 土間の左側に六畳があり、六畳のさらに左側が四畳半になっていて、そこが私の書斎兼寝室になっていた。 引用:金田一耕助のモノローグ 疎開宅について書かれた横溝の文章を読むと、この家が当時のままであることがわかります。 筆者が疎開宅を訪れた際も、熱心に説明していただきました。 この場所と横溝作品の舞台になっていることを、地域の誇りとして愛されていることがわかります。 筆者が訪問した日は雛祭りが近いということもあり、雛人形が飾られていました。 普段は、横溝が滞在していた当時のままのようすを見られます。 戦時中、軍の指示により探偵小説が禁止されていました。 横溝は戦争終了を期して、東京から持ち込んだ本を読んだり、トリックの構想を練ったのです。 紙不足の時代でもあり、東京から送っていた荷物のなかから書き損じの原稿用紙を集め切り貼りし、字を書いていない部分を集めて作品を執筆していきました。 また、この場所で友人と話し合うちに、いろいろと探偵小説のトリックを話し合うようになります。 これが、のちに「本陣殺人事件」や「蝶々殺人事件」のトリックとして、できあがったわけです。 戦後には、日本探偵小説の大家「江戸川乱歩」も横溝に会うため、この地を訪れています。 庭には、金田一の顔出しパネルがありますよ。 横溝正史像もあるので、ぜひ見てくださいね。 ちなみに横溝正史疎開宅の近くには、『獄門島』に登場する寺のモデルになった、千光寺があります。 真備ふるさと歴史館 では、次の順路に進みましょう。 疎開宅から歩いて10分ほどで、岡田大池という池に出ます。 ここには、『悪魔の手毬唄』の登場人物である、おりんの像が。 岡田大池を超えたところに、 があります。 真備ふるさと歴史館は、1994年に真備地区の文化発信の拠点として開館しました。 施設の前には無料の駐車場があり、大池ふるさと公園と共用のトイレもあります。 入館の際は、玄関でスリッパに履き替えてください。 館内には、横溝作品の文庫本や真備町について学べるスペースと、真備町の歴史に関する展示室があります。 ここには、横溝作品の文庫本をはじめ、作品を実際に読むことが可能です。 職員の人に聞いたところ、休憩のできるスペースに展示してある写真や資料、そして展示室の古文書や横溝正史についての展示とも、撮影が可能とのことです。 展示室には、江戸時代に真備町を治めていた岡田藩に関係する古文書や、貴重な展示物を見られます。 横溝ファンにとって見逃せないのは、遺品を集めた 横溝正史コーナー」です。 横溝が東京の自宅書斎で使っていたテーブルが寄贈されていて、展示されていますよ。 職員の人によると、横溝が真備町で実際に使用していたテーブルではないとのことですが、執筆時の雰囲気はわかるはずです。 映画化された『本陣殺人事件』のシナリオや、作品がはじめて掲載された雑誌も展示されています。 歴史館の外には、 金田一耕助の像があります。 ちなみに横溝は、金田一耕助を演じた俳優のうち、古谷一行 ふるや いっこう さんを気に入っていたそうです。 歴史館から順路にしたがって歩いていると、休憩所があり足を休められます。 この休憩所には、『獄門島』に登場する了然和尚の像がありますよ。 休憩所からまっすぐ下り、スーパーの山陽マルナカの横を抜けて行くと、コースの終点である井原鉄道の川辺宿駅に到着します。 コースの終点、川辺宿駅 巡・金田一耕助の小径の終点は、井原鉄道の川辺宿駅です。 川辺宿駅には、高架下に金田一シリーズの世界観をテーマにした、アート作品が描かれています。 ホームにある案内板も、ぜひ見てほしいポイントです。 川辺宿駅から倉敷駅方面に行くには、井原鉄道に乗って清音駅まで行き、JR伯備線に乗り換えてください。 おわりに 筆者は、 「巡・金田一耕助の小径」の全行程を3時間かからずに歩き終えました。 メモしたり、写真を撮ったり、話を聞いたりした、ゆっくりと巡った時間です。 途中で休憩するスポットもあるので、お弁当を持ってのんびり歩くのも楽しいですよ。 急な坂がなく歩きやすいので、横溝作品の世界観に浸りながら歩けば、楽しめるコースです。 ウォーキングコースを歩いてみた結果、地域の人が 今でも横溝のことを慕っていて地域の誇りとして伝えていこう、という思いを感じました。 横溝は後年、晩酌の時に岡田村の話をよくしたそうで、時には涙を流しながら語ることもあったそうです。 真備町は、 名探偵金田一耕助が誕生した地であり、横溝にとっては心の故郷というべき大切な場所になっていました。 日本が誇る名探偵誕生の地を、ぜひ巡ってみてください。

次の

菊村栄(石坂浩二)は実在した人物(脚本家)なの?wikiやモデルを調査!

金田一耕助 登場人物

「シリーズ」の一つ。 雑誌『』に連載され(6月号~5月号)、1952年から『傑作長篇小説全集』第14として刊行。 本作を原作として、現在までに2本、5作品が制作されている。 本作を作者の代表作と見なす者は少ないが、華やかな人物配置や背景、20年に及ぶ因縁のドラマなどが好まれて映像化の機会が多い。 作者は本作を自選ベスト10の9位に挙げてはいるが、自選は7位までで8位以下は文庫本の売れ行き順であり、「(8位以下の作品を)ベスト10に入れるとなると躊躇せざるをえない」とも記している。 あらすじ [ ] 5月、の南方にある月琴島で育てられた大道寺智子は、数日後に迎える18歳の誕生日に、祖母の槙と家庭教師の神尾秀子とともに、義父・大道寺欣造の住む東京の屋敷に引き取られることになっていた。 智子は、東京行きの直前に、好奇心に駆られて別館の開かずの間に入ったところ、そこには血がついて折れたがあった。 その頃、東京からの迎えとして月琴島出身の・九十九龍馬とが来訪する。 「月琴島からあの娘をよびよせることをやめよ」「19年前の惨劇を回想せよ。 あれは果たして過失であったか。 何人(なんびと)かによって殺されたのではなかったか。 」という警告の手紙を読んだ欣造と、もう1人同じ警告の手紙が届けられた「覆面の依頼者」(名を明かせないという意味)から相談を受けた加納弁護士は、金田一に智子の護衛を依頼していた。 金田一は加納弁護士に19年前の出来事とその後の顛末を聞き出す。 19年前、7月、学生だった速水欣造(現在の大道寺欣造)と友人の日下部達哉が月琴島を訪れ、滞在中に日下部は大道寺琴絵と契りを結ぶ。 2人が島を去ったあとに妊娠に気付いた琴絵からの報せを受け、日下部は10月中旬に月琴島を再訪するが、彼はそこで崖から落ちて不慮の死を遂げる。 状況は事故のように思われたが、日下部が島から「覆面の依頼者」宛に送った謹厳な手紙の中に、ふざけたような調子でをで撮って送ることが書かれていた。 「覆面の依頼者」は、琴絵の子供を私生児にしないために欣造をくどいて名義上の結婚をさせ、これにより欣造は大道寺家の婿養子となった。 しかし、琴絵は日下部との子供の智子が5歳の年に死去する。 その後、欣造は「覆面の依頼者」の後援もあって、現在は実業界に羽振りを利かせる地位に就いているとのことであった。 そうして、智子一行が月琴島からのホテル・松籟荘に到着すると、そこには欣造と蔦代、2人の間の子供の文彦が待っていた。 その後、欣造の薦める智子の花婿候補である3人の男、遊佐三郎、駒井泰次郎、三宅嘉文も到着し、さらには謎の黒眼鏡をかけた老人と、謎の手紙で呼び出されたギリシャ彫刻風の見事な肉体を持つ多門連太郎と名乗る青年も松籟荘に泊まっていた。 智子が手紙で時計台に呼び出されると、そこには遊佐が血にまみれで殺されていた。 現場には多門もいたが、自分が来た時には遊佐は既に殺されていたと言い、智子の唇を奪うと、調べられると困るからと言って逃走し、謎の老人も姿を消していた。 さらにその翌朝、ホテルの庭番の姫野東作老人の絞殺死体が見つかった。 調べにより、姫野は遊佐よりも先に殺されていたことが判明する。 また、姫野が殺される小一時間前に、秀子が姫野と遊佐の会話を小耳に挟んでおり、その会話は19年前の月琴島での出来事らしきことと、「あいつは蝙蝠だ、実に変な蝙蝠だった」と姫野が言うものであった。 それらにより、19年前の惨劇の秘密の一端を知るらしい姫野殺害が主で、「蝙蝠」と名指された人物が疑われるので遊佐の口も塞いだという構図が明らかになった。 そして、遊佐と多門の会話を聞いていた文彦の証言から2人が元々知り合いであることなども判明した。 さらに姿を消した謎の老人が加納弁護士の元へ駆け込んだこと、その人物は実は元・宮様の衣笠氏であることが判明した。 加納弁護士は明らかにしないが、衣笠氏が「覆面の依頼者」であるらしい。 5月末に金田一は大道寺家を訪れ、日下部達哉が19年前にライカで撮影したネガを大きく引き伸ばした写真を一同に見せた結果、姫野は19年前の惨劇時に月琴島を訪れていた旅役者一座の座頭・嵐三朝であることが判明した。 ところが、大道寺家を辞した金田一が闇夜の中、殺意を持った何者かの襲撃を受ける。 しかも、気が付くと引き伸ばした写真もいつの間にか奪われていた。 さらに、写真を引き伸ばしてもらった新日報社の宇津木の手からネガも奪われていた。 しかし、このことにより写真には犯人にとって致命的な証拠が写っていたことが分かった。 また、宇津木の調査により、日下部は衣笠宮の亡き第二王子で、智子は衣笠氏の孫であることも判明した。 そして6月6日、で修善寺に集まったメンバーが全員参集する中、智子と多門が再会を果たす。 2人の会話を盗み聞きしていた金田一は、2人を結び付けようとする人物がおり、その人物が衣笠氏らしいことを知る。 登場人物 [ ]• 金田一耕助(きんだいち こうすけ) - 私立探偵• 等々力大志(とどろき だいし) - 警視庁警部• 亘理(わたり) - 警察署署長• 工藤(くどう) - 署長• 宇津木慎介(うつぎ しんすけ) - 新日報社調査部社員、金田一の同郷の後輩• 大道寺鉄馬(だいどうじ てつま) - の血を引くという伝承を持つ旧家の先代。 大道寺槙(だいどうじ まき) - 鉄馬の妻• 大道寺琴絵(だいどうじ ことえ) - 鉄馬の娘、智子が5歳の時に死亡• 大道寺欣造(だいどうじ きんぞう) - 琴絵の夫(婿養子)。 智子をにしないために戸籍上夫婦になったに過ぎず、智子と血の繋がりは無い。 大道寺智子(だいどうじ ともこ) - 琴絵の娘• 大道寺文彦(だいどうじ ふみひこ) - 欣造と蔦代の息子、智子の弟(血の繋がりは無い)• 蔦代(つたよ) - 元大道寺家女中、欣造の愛人(実質的には妻)で文彦の実母• 神尾秀子(かみお ひでこ) - 琴絵・智子の• 伊波良平(いなみ りょうへい) - 大道寺家、蔦代の兄• 九十九龍馬(つくも りゅうま) - 月琴島出身、ので、政財界にも影響力を持つ怪人物• 遊佐三郎(ゆさ さぶろう) - 智子の婿候補者の一人• 駒井泰次郎(こまい たいじろう) - 智子の婿候補者の一人• 三宅嘉文(みやけ よしぶみ) - 智子の婿候補者の一人• 姫野東作(ひめの とうさく) - ホテル松籟荘使用人• 衣笠智仁(きぬがさ ともひと) - 元宮様、ホテル松籟荘の前の持ち主• 日下部達哉(くさかべ たつや) - 欣造の友人で智子の本当の父、正体は衣笠宮の第二王子・智詮(ともあきら)。 19年前、学生のときに島を訪れ琴絵と結ばれるが、謎の死を遂げる。 多門連太郎(たもん れんたろう) - 帰りですさんだ生活をしている。 優れた肉体美を持ち、遊佐と面識がある。 カオル - 連太郎の恋人• 加納辰五郎(かのう たつごろう) - 加納法律事務所所長 映画 [ ] 1952年版 [ ] 『 毒蛇島綺談 女王蜂』はに公開された。 、監督は、主演は。 月琴島は毒蛇島と名が変わっており、琴絵は智子を産んで間もなく投身自殺している。 原作とは逆に智子は東京で育って成人後に島を訪れようとしており、同行しようとした恋人の沢村に脅迫状が送られてきて、沢村が先輩にあたる金田一に調査依頼した。 智子の婿選びという要素は無い。 日下部殺害に関する設定は概ね原作通りである。 原作で金田一が石を投げつけられ負傷するという場面があるが、本作では銃で撃たれ生死不明、さらに銃弾が命中したはずなのになぜ助かったのかの説明もなくクライマックスで変装をして現れ推理を披露するという、後の「」の『』を先取りしたような作りになっている。 キャスト• 神尾秀子 -• 速水欣造 -• 日下部達哉 -• 大道寺鉄馬 -• 大道寺槇 -• 沢村光一 -• 九十九龍馬 -• 遊佐三郎 -• 伊庭良平 -• お蔦 -• 嵐三朝 -• 千木良兼吉 -• 三原町子 - 1978年版 [ ] に公開された。 、監督は、主演は。 この映画では舞台が東京から京都に変更されているほか、月琴島が伊豆山中の「月琴の里」に変更されている。 この映画の放映時期に合わせるように、漫画化作品も出版された。 の過去3作 の犯人役を総出演させての豪華キャスト、とのタイアップなど話題作りなどでヒットしたが、日程がタイトでベテランがB班監督として協力した。 詳細は「」を参照 テレビドラマ [ ] 1978年版 [ ] 『 ・女王蜂』は、でからまで毎週土曜日22時 - 22時55分に放送された。 全3回。 以下のような重大な変更があるが、それ以外では原作の設定を概ね踏襲している。 全事件が月琴島内で完結している。 時計台や九十九道場も島内にあり、姫野東作は大道寺家で働いている。 速水欣造は大道寺に婿入りしておらず、単に成人(18歳ではなく20歳)した智子を養女として引き取ることになっていたのみである。 智子の血統(日下部達哉の正体)に関する設定が無い。 したがって指輪のトリックも無く、蝙蝠の比喩は姫野東作の科白に出てくるのみ。 智子の婿選びという要素が無い。 原作の3人の候補のうち遊佐三郎のみが島の青年として登場し、単に姫野東作から秘密を聞いたという理由で殺害される。 また、三宅嘉文に代えて頼朝研究の学生・多門連太郎が毒殺される。 浴室を利用した籠ぬけのトリックは無い。 鏡に口紅の脅迫文は智子の自室に記されており、神尾秀子の仕業だった。 多門毒殺直後に智子の依頼で金田一が開かずの間に入るが、撲打されて鍵を奪われる。 錠を壊して再度入ると月琴と血痕が撤収されていた。 このとき挙動不審だった九十九を金田一が罠にかけて撤収されていたものを持ち出させ、20年前の事件について白状させる。 それを立ち聞きしていた智子が九十九を訪ね、九十九殺害事件へ展開する。 抜け穴は頼朝伝説の元になった史実に関係するものと金田一が推定する。 日下部殺害直前の嵐三朝一座の写真が奪われる展開は無い。 編み物符号の暗号は無く、毛糸の玉は単に姫野東作殺害の小道具に過ぎない。 神尾秀子は欣造の罪をかぶるためではなく、自殺を阻止された欣造に恥をかかせないために射殺する。 キャスト• 金田一 -• 神尾秀子 -• 大道寺智子 -• 大道寺琴絵 -• 速水欣造 -• 大道寺槇 -• 多門連太郎 -• 速水蔦代 -• 九十九龍馬 -• 速水文彦 -• 姫野東作 -• 遊佐三郎 -• 日下部達哉 -• 山本(巡査) -• 日和(警部) - 1990年版 [ ] の「」(毎週火曜日20時 - 21時48分)でに放送された。 旧皇族・衣笠家が旧華族・朝倉家に変更されて当主は女性であること(1978年版映画と類似の設定変更)や、等々力警部も月琴島出身という設定であることなど人物関係に若干の変更があるが、ストーリーはほぼ原作通りで、娯楽性が高い演出が施されている。 キャスト• 金田一 -• 等々力(警部) -• 神尾秀子 -• 大道寺欣造 -• 九十九乙郎 -• 嵐三朝 -• 文彦 -• 吉田茂(巡査) -• 加納(弁護士) -• 朝倉柳子 - 1994年版 [ ] 『 ・女王蜂』は、の「」(毎週月曜日21時 - 22時54分)でに放送された。 原作の登場人物や人物関係の多くを継承しているが、ストーリーは大幅に変更されている。 源頼朝伝説は、「貴子様伝説」などという訳の分からない伝説に変えられている。 欣造は奈良の大財閥当主であり、既に智子を産んでいた琴絵の恋人を殺害して財産を奪ったうえ琴絵を強姦、さらに琴絵そっくりに成長した智子を強姦したうえ、智子の見合い相手を次々に殺害させるなど極悪非道の設定になっている。 秀子は大道寺家の金庫番であり、欣造と男女関係であるのみならず、智子の見合い相手や殺害実行犯・印南も誘惑して関係を持っており、終盤で欣造に殺害される。 智子は欣造に対する復讐のため殺害して自殺に見せかけようとするが、金田一に見破られて自殺する。 キャスト• 金田一 - 古谷一行• 神尾秀子 -• 大道寺欣造 -• 遊佐三郎 -• 印南連太郎 -• 亀山(警部) -• 駒井泰次郎 -• 三宅嘉文 - 1998年版 [ ] 『 ・女王蜂』は、の「」(金曜日21時 - 23時8分)でに放送された。 月琴島ではなく岡山県にある月琴の里が舞台であり、ストーリーは大幅に変更されている。 大道寺家は養蜂業者であり、事件以前から女主人が「女王蜂」と呼ばれている。 19年前の事件は原作通り欣造の犯行だが、最近の殺人は欣造を守るための秀子による犯行である。 琴絵は事件の1か月前に19年前の記憶を取り戻したため自殺に見せかけて殺害されていたが、その前に記憶に基づく推理小説の前半原稿を、金田一の探偵譚を出している出版社に送っていた。 そのほか、他の金田一登場作品の設定を取り入れた改変が多数なされている。 キャスト• 金田一 -• 神尾秀子 -• 大道寺智子 -• 大道寺琴絵 -• 大道寺欣造 -• 多門連太郎 -• 九十九龍馬 -• 遊佐三郎 -• 蔦代 -• 磯川(警部) -• 磯川八千代 - 2006年版 [ ] 『 ・女王蜂』は、の「」(金曜日21時 - 23時22分)でに放送された。 ストーリーはほぼ原作通り進行していくが、登場人物が何人か省かれている。 また、原作でで殺害される三宅嘉文が登場せず、その代わりに原作では殺害されなかった駒井泰次郎が殺害される。 また、三宅が登場しない関係で、3人目の婿候補が九十九龍馬になっている。 金田一が襲撃されるシーンはないが、代わりに歌舞伎座でに突き落とされるというシーンがある。 また、原作では加納弁護士の依頼で事件に関わるが、このテレビドラマではたまたまホテルに宿泊していた時に最初の事件に遭遇する。 キャスト• 金田一 -• 横溝正史 -• 神尾秀子 -• 大道寺欣造 - (若い頃:)• 多門連太郎 -• 衣笠宮智仁 -• 九十九龍馬 -• 伊波良平 -• 大道寺文彦 -• 遊佐三郎 -• 今井(支配人) -• 駒井泰次郎 -• 日下部達哉 -• 橘(署長) - 脚注 [ ].

次の

獄門島

金田一耕助 登場人物

最後の事件。 中、解決までに最も時間を必要とした時間である。 あらすじ 第一部 明治36年、陸軍軍医である 法眼鉄馬とその正妻である朝子との間には子がいなかった。 そこで、鉄馬は愛人との間の子の琢磨を養子に迎えたいと言い出した。 それに対して朝子の弟で鉄馬の妹である千鶴の夫 五十嵐猛蔵は猛反対すると思われたが、一つの意外な条件と引き換えに養子縁組を認める。 それは千鶴の前夫との間の娘の 弥生を琢磨と結婚させるというものだった。 その後、鉄馬は軍医総監を目前にして退役、港区高輪のとある坂道に法眼病院を開業し、その隣に邸宅を構える。 やがて法眼病院は名医として知られた琢磨と経営者の才に長けた弥生の二人三脚によって都内屈指の大病院へと成長し、その坂道は病院坂と呼ばれるようになった。 時は流れて昭和22年、空襲によって廃屋となった病院坂の法眼邸で首を吊った女性の腐乱死体が発見された。 身元確認の結果、その女性は法眼琢磨の愛人である山内冬だと判明する。 さらに時は流れて昭和28年、本條写真館の息子 本條直吉は若い女性から結婚写真の撮影を依頼されるが、彼女に案内された場所こそ病院坂の首縊りの家と呼ばれるようになった旧法眼邸であった。 不思議に思った直吉はに撮影を依頼した夫婦の身元調査を依頼する。 金田一の調査によって新郎は山内冬の義理の息子である敏男である事、山内冬には他に法眼琢磨との間に 小雪という娘がいる事、小雪は法眼弥生の孫娘である 法眼由香利と瓜二つである事、そして由香利は現在行方不明である事が判明する。 一方、直吉は写真撮影を依頼した女性から「風鈴を撮影してほしいから、もう一度病院坂の法眼邸に来てくれ」と言われる。 父 徳兵衛、父の弟子 兵頭房太郎と共に病院坂の首縊りの家に向かった直吉が見た物は 風鈴に見立てて吊された山内敏男の生首であった。 第二部 後に生首風鈴事件と呼ばれたその事件は迷宮入りとなったまま20年が経過した。 事件発生の直前に発見された法眼由香利は五十嵐猛蔵の曾孫の 滋と結婚して法眼病院を継いでいた。 昭和48年、金田一耕助は本條直吉から再び依頼を受ける。 それは直吉が何者かに命を狙われているという事、その原因が徳兵衛から「自分が死んだら法眼家に返却するように」と託された函にあるらしい事を告げた上で、、だから自分が殺されたら函を開けて真実を明らかにしてほしい、というものだった。 数日後、金田一の努力も空しく直吉は転落死を遂げる。 そして、これを皮切りに事件は凄惨な連続殺人事件と変貌する。 金田一は20年前の事件に関する重大な証拠を持って法眼気を訪れる一方、直吉殺しに始まった連続殺人事件の容疑者として由香利の一人息子 法眼鉄也が浮上する。 やがて全てが終わった後、金田一はにいくつかの事件の資料を託すと青春時代を過ごしたへと旅立ち、そこで消息を絶った。 の映画版では第一部の事件の直後に第二部の事件が発生する形をとっている。 また、の2時間ドラマ版では、このシリーズ特有の大幅なアレンジが加えられている。 余談 文庫にして2冊もの大長編になった事に対して、は「どうやら自分は年を取ると話がくどくなるタイプらしい」と語っている。 二部構成のうち、第一部は作者急病のため不本意に終わった短編作「病院横町の首縊りの家」を改変したものである。 この作品は当初短編として執筆する予定であったが、プロットが膨大に膨れ上がってしまった事で長編に切り替えてもらった所で横溝は急病で執筆が不可能になってしまう。 そこで、編集者は大坪砂男 の祖父 に代筆を依頼したのだが 大坪は横溝と不仲なうえ、遅筆で有名であった事から実現しなかった。 結局、「病院横町」は岡田鯱彦と岡村雄輔によって2通りの結末が書かれているが、 どちらもな仕上がりになっている。 なお、大坪砂男は後に「病院横町」のプロットを基にした作品「ある夢見術師の話」を執筆して横溝及び代筆を依頼した編集者に対して筋を通している。 関連項目 関連記事 親記事.

次の